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16:一躍、有名人気ピアニスト!

 大通り沿いに建つ酒場・希望亭には誰も聞いたことのない、不思議で魅力的な曲を弾くピアニストがいる。

 その演奏技術はエストーリア大陸中央にある学術都市・エスペランタで学んだ奏者級!


 そんな噂が街中に伝わり、カナデが初めて幻想即興曲——地球のクラシック曲を演奏した日から希望亭は毎日満席、大繁盛!


 今宵もカナデは大勢のお客に注目される中、希望亭のステージでピアノを弾いていた。

 はじめは軽快に、中盤は大砲を打ち上げるかの如くド派手に。

 地球では超有名なモーツァルト作曲のピアノソナタ第11番。

 通称「トルコ行進曲」

 演奏を終え、勢いよく鍵盤から手を離すと、店内いっぱいに大雨のような拍手が響く。


 今日の演奏はこれでおわり——お客たちの拍手を全身で受けとめながら、カナデは深く一礼する。


(わたし今、希望亭の役に立てているのよね……)


 1週間前に幻想即興曲を弾くまでは見向きもされなかった自分の演奏。

 肩身が狭すぎて、やめようと思いかけたけれど、現在は自分の演奏を聞くため、大勢の人々が希望亭にやってきて、食事をしていき、店の売上げも一気にアップ!

 夢のような状況が与えてくれる確かな自信。

 カナデが頭をあげた時、頭上からちりっとした視線を感じた。


(この感覚、異世界転移する前に感じた視線と似てる気がする……)


 顔をあげると、フードを目深にかぶった長身の男性が酒場の2階席からカナデを見下ろしていた。

 フードの下で輝く真紅の瞳は見覚えがある——魔族の青年・サーフェスだ。

 そして、その隣には。


(サーフェスさんと……エルマさん?)


 ジゼたちスタッフと親しい人しか案内されない2階席を見あげたまま、カナデは目をぱちくりさせる。

 サーフェスの隣には、この街に来てからお世話になりまくっている役所の男性・エルマがグラスを片手に立っていた。

 目が合うと彼はにこやかに手を振ってくる。

 奇妙な組み合わせ。関係が気になるけれど、今は仕事中。

 二人に会釈をし、カナデはまた一階の客席に視線を戻す。

 拍手はまだ、鳴り止まない——アンコールだ。カナデは一歩、前に出る。


「たくさんの拍手をありがとうございます!

 それでは今宵、最後の演奏にぴったりな曲を演奏します」


 自分の一声を合図に拍手が収まっていく。

 カナデはもう一度、ピアノの前に座り、両手を広げる。


 演奏する曲はゆったりした曲調が心地いい、ドビュッシー作曲「2つのアラベスク」第1番。

 陽の光が弾ける小川の水面を無数の花びらが流れていくような、優しい情景を思い描きながら、指を動かし続けた。



 一階のお客たちにお礼と挨拶をした後、カナデは二階席に急ぐ。

 しかし。


「えぇっ、エルマさんもサーフェスさんも帰っちゃったの?」


 話を聞きたかった二人は、もう店を後にしていた。

 代わりに自分を出迎えてくれたのは、カナデがちょっとした有名人になって以降、夕食がわりのまかないを食べながら、毎晩2階席で演奏を聞くリュカだった。


「ええ、ついさっき。

 エルマさん、素敵な演奏だったから次は家族を連れてくる……だって」


「エルマさんとサーフェスさん、二人は知り合いなのかしら?」


 カナデが首をかしげると、リュカが「ええ」と、不機嫌な声で返事をする。


「アイツの身内がエルマさんと旧知の仲だったらしいわ。

 エルマさん、アイツからあたしとカナデが戦災支援制度の申請をしに来ると聞いてたんですって。

 つまり申請が通ったのは、あたしの名案のおかげじゃなくて、アイツのせいなのよ!!」


 白い頬をふくらませ、リュカはベチンベチン!

 地団駄ならぬ、スカートの裾から出現させた竜のしっぽで床を叩く。

 心の底から悔しがっている——というか!


「ストップ、リュカ、落ち着いて! このままだと床に穴があくから!

 正体がバレて、これまでの色々が水の泡になるから!


「だって、だってぇ……!」


 リュカをなだめつつ、「なるほど、だからなのね」と、カナデは納得する。

 半年分の生活費と住居を提供する申請があっさり通ったのは、審査がユルいのではなく、サーフェスの口添えがあったから。

 でなければ年下の従妹に全てを丸投げする、世間知らずな上に住所不定無職のカナデの申請が通るわけないのだから。

 サーフェスがエルマにどう口添えしたかは、わからないけれど。

(わたしにとって、サーフェスさんは悪い人じゃない……)


 命の恩人にして、生活の恩人。大恩人だ。

 今度、彼に会ったら、自分は他の人たちと同じように接しよう。


 合言葉は「旅は恥のかき捨て」

 異世界にいる間は自分の気持ちを偽らずに生きていきたいから。

 カナデが改めてそう決意した時、一階に続く階段から足音が近づいてくる。

「リュカ、しっぽ! 早く隠して!」と小声で指をさし、服から飛び出たしっぽをしまわせる。

 やってきたのは、カナデぶんのまかないを持った希望亭の女将・ジゼだった。


「カナデちゃん、今日もお疲れ。連日の演奏、疲れただろう?

 明日は定休日だから、しっかり休みなね」


「はい、いつもありがとうございます。ジゼさん」


 湯気がたちのぼるシチューがのったトレイを受け取り、カナデはうなずく。

 聞いたことない曲を弾く演奏者として、お店に貢献できるようになり、遠慮や緊張がほどけた頃からジゼとの心の距離が初出勤時より少し近づいた……と思う。


 その時「ねえちょっと!」と、眉間に皺をよせて、リュカがカナデとジゼの間に割って入る。


「女将はエルマさんと来てたアイツの正体、知ってるの?」


「ああ、もちろん。知ってるさ」と声を低くして、ジゼはうなずく。


「それなのにお店に……」


「昔から知ってる子だからね。エルマくんも、彼の甥のパウル様も。

 もちろん戦争の時のことは忘れてないし、今だって夢に見る」


 戦時中の記憶を夢に見る。

 ジゼの言葉に含まれる重さを考え、カナデはひやりとする。

 別の世界から来た自分だけが持っていない、パウル戦役と呼ばれる戦争の経験と記憶。

 視線の行き場に戸惑い、カナデは自分のつま先に視線を落とす。


 うつむくカナデにおだやかな視線を送りながら、ジゼは「だからさ」と、明るく告げる。


「どっかの店が飯を食わせないと彼だって、死んじゃうだろ?

 それでまた戦争が起きるのもこまるからね……さっ、カナデもしっかりお食べ。

 リュカちゃんにはなにかデザートを持ってくるから、それで怒りを収めてくれよ」


「わかったわ。もうコリュ……こ、子どもじゃないし!」


「ありがとね」


 ジゼは大きな手でリュカの小さな頭をわしゃわしゃと撫でた。


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