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13:この街と彼の距離

 リュカの豊かな金髪を二つに結び終え、朝食を食べたら買い物へ。

 東部王国アストリアの首都・アストーリアに住み始めて、5日。

 まだまだ探検状態だ。


 近所の住人を見かけたので、カナデはすれ違いざま挨拶をするけれど。

「ああ、どうも……」

 戦災支援制度を利用して、別の場所から来たためか、まだよそよそしい。

 リュカが不満げに頬をふくらませる。


「なにあれ。カナデが挨拶しているのに……カンジ悪っ」


「まだここに住み始めたばかりだから、これからよ」


 ピアノ教室の生徒が集まるのも、これから。

 近所の人たちに認めてもらうのも、これから。

 未来の自分に色々丸投げしながら、大通りにでる。


「わあ、今日も人間がいっぱい!」


 リュカは竜族の少女。

 時おり飛び出す上から目線の発言は新鮮で面白くて、カナデはぷっと吹き出してしまう。

 でも。


「リュカ、人間じゃないってバレるかもしれないから、こういう時は『今日も人がいっぱい』とか『混んでる』と言ったほうがいいわよ」


「わ、わかったわ。バレたらこまるもの」


 小さくうなずくリュカ。カナデは視線を市場へと移す。

 野菜や果物をはじめとした瑞々しい食品、衣類をはじめ、色とりどりな雑貨。

 大通りには、様々な屋台が集まっていて、今日も大にぎわい!


「カナデ、野菜買って! いっぱい買って!」


 青い瞳を輝かせて、リュカが指さすのはきのうも寄った野菜や果物を売るお店。

 近づくと二人の顔を覚えた朗らかなおじさん・ニーズが「いらっしゃい!」と、明るく声をかけてくる。

 自分たちを受け入れてくれる笑顔に安堵しながら、カナデは並べられている商品を確認する。

 リュカは葉物野菜が大好物で、きのう買ったサニーレタスは玉のまま。

 にんじんも生のまま、バリバリと食べてしまった——さすが竜族。


 葉物野菜とトマトとパプリカに似た野菜を買い、ニーズの店を離れると、くいっ。

 リュカが遠慮がちにカナデの服のすそを引っぱる。


「きのうで花油あげチップスがなくなったから、買ってきたいんだけど」


「うっ……じゃなくて、そうだったわね」


「今日からはあたし一人で買ってくるから、カナデはここで待ってなさいよ」


 上目づかいで目的の屋台がある方角を指さすリュカ。

 彼女なりに自分を気遣ってくれている——カナデが「わかったわ」とコインを渡すと「ありがとう!」

 リュカの顔がパァッと明るくなる。


「近くのお店を見てるから、いってらっしゃい」


 人の波に飲まれていくリュカを見送って、カナデは小さく息をつく。

 花油あげチップスとは、花油と呼ばれる甘い油でじゃがいも……ではなく、花びらと蝶の羽をあげたお菓子のこと。

 花びらにも蝶の羽にも魔力のもとになる成分が含まれていて、リュカの大好物の一つでもあり、彼女が人のすがたを取り続けるのに必要なものだという。


 味は甘いけど、後味が苦い。

 おととい、じゃがいものチップスだと思って食べ、首をかしげたカナデは、

「それ、蝶の羽よ」

 リュカの衝撃の一言に悲鳴をあげた。


(さすが異世界よね……わたしはもう食べないけど)


 袋いっぱいに入った色とりどりの花びらと羽を思い出しながら、カナデがなんとなく屋台を見てまわっていると、ちりっ。

 首すじにまたあの視線を感じた。

 足を止め、視線を巡らせると目深にフードをかぶった長身痩身の人物が細い路地からカナデを見ていた。

 フードの下、ちらりと見える赤い瞳と目があった。

 先日、夜の森で魔獣に喰われそうになった自分を助けてくれた魔族の青年・サーフェスだ。

 命の恩人にカナデがぺこりと会釈をすると、彼は軽く頭を動かして踵を返す。


(この前のお礼をもう一度しつつ、話がしたい……)


 細い路地の奥へと歩いていくサーフェスの背中をカナデは急いで追いかける。

 魔術のこと、青いガラス玉のこと。色々教えてほしい。

 戦災支援制度の申請が無事に通り、この街でリュカと二人で暮らし始めたことも報告したい。


「サーフェスさん!」


 呼び止めると彼の肩がピクリと跳ねる。

 足を止め、何故か慎重にサーフェスがふり返る。


「……申請が通って、アストーリアで暮らせるようになったんだな」


「はい。あの時、サーフェスさんが助けてくれたおかげです。

 ありがとうございました!」


 うなずいて頭をさげると「そうか、よかった」

 頭上からサーフェスの低く、よく通る声が降ってくる。


 サーフェスは魔族の親善大使として、この街にいるという。

 彼はアストーリアのどの辺に住んでいるのだろう。それを聞こうとした矢先。


「カナデさん、一体どうしたんだい!?」


 背後から聞き覚えのある声が響く。

 ふりむけば、屋台で野菜を売ってもらったばかりのおじさん・ニーズがあわてた様子で近づいてくる。


「あんた、この魔族になにかされたのか?」


「えっ、なにかって……?」


 ニーズが表情をこわばらせ、こわごわとサーフェスを指さす。


(どうして、そんな解釈に? わたしがサーフェスさんに頭をさげていたから?)


 誤解を解かないと。カナデはふるふると首を横に振る。


「いえ、違いますよ。サーフェスさんは」


「カナデ、こんなところにいたっ!」


 カナデの声にリュカの声がかぶる。

 色とりどりの花油あげが入った袋を抱え、リュカが白い頬をふくらませて走ってくる。


「もうっ、近くにいてねって言ったのに! 迷子になったらどうするの?」


「ごめんね。サーフェスさんを見かけたから……って、あれ?」


 彼から目を離したのは数秒。

 なのに、すでにサーフェスの姿はそこになかった。

 一体、どこへ? と、カナデが首をひねっていると。


「カナデさん、気をつけなよ」


 ニーズが忠告してくる。


「今のは魔族・サーフェス。

 見た目は年頃の子がホレる、カッコ良さげに見えるが親善大使と名乗って、このアストーリアに居座っている魔族だよ」


 ニーズの厳しい口調は「知ってます」とも「命を助けてくれた恩人です」とも言える口調ではなかった。

 カナデは黙って、ニーズの話を聞く。


「なにが親善大使だ。

 この前まで魔族の大群を率いて、アストーリアを攻めてきたヤツがさ」


「そ、それは……」


 この前、リュカも話していたことだ。

 サーフェス本人に向けて直接言い、空気が険悪になった。


 それでも彼は自分にとっては命の恩人——ああまた、わたし、相手に話を合わせてる。

 こんなに魔族を嫌う人にそう反論したら、野菜を売ってくれなくなるかもしれない、避けられるかもしれない。

 そうなるのがイヤで相手の顔色をうかがってしまう。

 変われない自分に絶望し、立ち尽くすカナデの代わりにリュカが「もちろんよ!」と、うなずく。


「カナデってお人よしだから、こまった人を放っておけないところがあって。

 だからあたしがしっかり見ているわ! 教えてくれてありがとう、おじさん!」


 リュカの返事を聞き「本当に気をつけなーね」と手をふり、ニーズが二人の横を通りすぎて、近くの倉庫らしき建物に入っていく。


 助けを求めるようにリュカを見ると。


「街の人間たちは魔族を嫌っているの。

 あいつに話しかけて、魔族に味方すると疑われたら大変よ。

 話すのはやめたほうがいいわ」


 自分たちにとっては命の恩人なのに。

 そう言い返したいけど、ニーズとリュカの態度から彼女たちのほうが正しいように思えて、また言えない。


 その時。


「そういうことだ」


 カナデがリュカの言い分を認めるより先にサーフェスの声が真横から響く。

 姿が消える魔術を使っていたのだろうか。

 彼の姿が虚空からにじみ出るように現れ、「あんた」とリュカが青い瞳をつりあげる。


「俺は人間に嫌われている。俺に話しかけるとあらぬ疑いをかけられるぞ」


「ですけど」


「戦災支援制度の申請が通り、この街で暮らせるようになったんだろう?

 街の人間にとって、申請者は余所者。

 下手すればそこの竜族の努力が泡になるぞ」


 家を出た直後、住民のよそよそしい態度が脳裏をよぎる。

 なぜそっけないのか、理由を理解したカナデが息をのむと、サーフェスが「わかったのなら」と言葉をつづける。


「もう俺に話しかけるな……」


 低く重い口調でそう告げて、サーフェスは踵を返す。

 強い拒絶。けれどどこか苦しげな声。

 自分にとっては恩人なのに。

 かける言葉を見つけるより先にサーフェスが歩きだし、細い路地の薄闇に消えていく。


 カナデが立ちつくしたままでいると。


「さ、買い物のつづきをしましょう!」


 リュカがカナデの手をにぎって駆け出し、市場へともどる。


「さっきね、とってもおいしそうなパン屋を見つけたの。

 お昼はそこのパンにしましょうよ!」


「え、ええ……そう、ね。もうお昼だものね。夕飯もパンでいいかしら?」


 太陽の位置はほぼ真上。正午だ。


(昼食を食べたら、エルマさんが紹介してくれた仕事に行かないと……)


 その仕事について考えると、気分が一層重くなる。

 カナデは静かに長い息をつきながら、リュカの後をついていくのだった。


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