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12:小さき竜少女の決意

 なんとしても異世界で生きていく——!

 そう腹をくくり、役所をおとずれたカナデとリュカの話を聞いてくれた人は、栗色の髪と同じ色の瞳に理知的な輝きを宿した役人・エルマ。

 黒髪黒目、ザ・日本人なカナデと金髪碧眼の美少女・リュカ。

 見た目が違うのに身内を亡くした従姉妹同士という話を信じ、戦災支援制度の申し込みを受理してくれた男性だ。

 これまでの苦労を労うようにリュカの話に穏やかに相槌を打ち、やがて。


「それでお姉さんはどのような仕事が得意ですか?」


 突然の質問。カナデは緊張のあまり、頭の中がまっ白になっていて。


「ピアノを弾くのが得意で、ピアノを人に教えたりしていました」


 そう正直に答えてしまい、言った後でしまった! と青ざめた。

 けれど、あわてたのは十数秒だけ。エルマは書類をめくりながら「なるほど」とうなずいて。


「将来、ピアノ教室を始めるのを想定すると……1つ広めの部屋がある、この家はどうでしょう?」


 家の情報が詳しく記された1枚の書類をさし出した。

 

「ただ、今すぐにピアノを習いたい、習わせたいという人は少ないでしょうから、当面は別の仕事と両立したほうがいいでしょう。ピアノも調達しないといけませんし……ピアノが用意できたら、役所の掲示板に『ピアノ教室の生徒募集』の貼り紙を出しましょう」


 そう約束してくれたけれど、ピアノを用意するって……どうやって?

 異世界での新しい生活を整えながら、ピアノを探しているけれど、すぐに見つかるわけもなく、見つかったとしてもポンッと買えるわけもなく……。


(暮らし始めてまだ5日……これからよ、きっとこれから!)


 己を鼓舞するようにうなずき、カナデは意識を現実に引き戻す。

 鉄のフライパンをかまどに置き、マッチに似た火石を使って、かまどに火をつける。

 街並みが中世ヨーロッパ風なら、生活レベルも中世ヨーロッパ。

 鉄製のフライパンは重く、持ち手も鉄製。調理中、気をつけなければ火傷にする。

 注意を払いながら、カナデは油代わりのバターをフライパンに入れ、まずはソーセージを焼き、次に卵液を流し入れて、半熟になったらフライパンを傾けて卵を折りたたんで——今日もちょっと不恰好なオムレツの完成!

 ソーセージをのせた皿に野菜入りオムレツ、ベビーリーフに形が似た野菜を盛りつけて、テーブルに皿とパンを置いてから、カナデはリュカを起こしに寝室へと向かう。


「リュカ、朝ごはんできたわよ?」


「えー……もうちょっ……ぃいでしょ? お願い、おかーさん」


 足にはさんだ布団をもぞもぞ抱き寄せて、リュカは寝たまま、微笑む。

 その無邪気な笑顔を前にカナデの胸がズキリと痛む。


 戦災支援制度の申請が通り、この家にリュカとやってきた後。

「カナデはあたしのお姉ちゃんで保護者だから、一応話しておくわね」と、彼女自身の口から複雑な生い立ちは聞いている。

 竜族であるリュカの母親は5年前に他界。

 人間の父親は行方不明——今から10年前に「世界が僕を呼んでいる」と告げて旅立ち、そのままだという。

「お父さんは役目を終えた後、きっと帰ってくるわ!」と力説するリュカの姿は行方不明中の父の帰りを必死に信じようと、自分に言い聞かせているようで。

 リュカの健気さにカナデは「それ蒸発……」と喉元までせりあがってきた言葉をグッと飲みこんだのだった。


 戦災支援制度の申込みをしに役所に行った時、彼女はエルマを前にしても臆する様子はなく、堂々とした態度で従姉妹のこれまでの事情(作り話)を話していた。

 その時はリュカの熱弁に舌を巻いたけれど、彼女はそれだけ必死だったのだ。

 母が亡くなった後、竜族でも半分人間——冷たい親類の元を飛び出し、自力で生きるために。


(まだ蝶よ花よと大切にされている時期のはずなのにね)


 生意気でちょっとワガママだけど、できるだけ許そうって思う。

 そうは思うけれど、今は。


「リュカ、朝ごはんできたわよ。冷める前に一緒に食べ……っと!」


 リュカの肩に手を置き、そっと揺らすと——ひゅんっ!

 彼女の尾てい骨からのびる金色の長いしっぽがカナデ目がけて飛んできた!

 風を切る気配を察し、カナデは一歩うしろに下がる。


(こういう時、しっぽって便利よね。だけど!)


 しっぽを持つ生き物にとって、しっぽは弱点でもある。

 カナデはふらふら揺れるしっぽをつかむと、もう片方の手でコチョコチョコチョ……!

 しっぽの先をくすぐり始めると。


「ひゃっ! きゃははは、やめ、カナ、デ! やめてっ、てば!」


 すぐにリュカが飛び起きる。

 カナデがくすぐりをやめ、しっぽから手を離すとパッ!

 尾てい骨からのびたしっぽを消し、リュカは完全に人の姿をとる。

 そして、艶のある白い頬をふくらませて。


「もうっ! その起こし方はやめてって、きのうも話したでしょ!」


「ええ、話したわよ。ただししっぽ攻撃をしてこなかったら……とも約束したわよ?」


「……そ、それは。……と、とにかく起きるから」


 寝ている間に無意識とはいえ——分が悪くなったリュカがカナデから目をそらし、ベッドからおりる。


「お腹ぺこぺこ! 今日の朝ごはんもオムレツ?

 だとしたらちゃんと野菜も入れた?」


「ちゃんと入れてあるわよ」


「やったあ! じゃあ早く食べましょう!」


「その前にちゃんと顔を洗ってね。

 あ、先に髪をとかしちゃいましょう。ほら、ここに座って」

「……はーい」


 姉妹のようなやりとりに胸がくすぐったい。

 カナデは笑顔で櫛を手に取ると、寝室の端に座ったリュカの金糸のような髪にそっと触れるのだった。

 

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