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第八章 その1


「青森県警から通報がありました。怪獣が二体、青森駅前に出現したとのことです」

「青森県庁から要請です。ただちに災害出動を依頼するとのことです」

 怪獣の出現は、警察によってただちに通報され、青森県庁からも災害出動の要請があった。

「想定通り、か」

「戦争は専門外だと言っていましたが、あの鮫島君ですか、大したものですね」

「うむ」

 藤岡陸将はうなずきながら、地図を眺めた。

 第9師団では、現在、青森駅と、栄町一丁目ーー青森市を縦断する国道四号線の東西の真ん中の二カ所に戦力を置いている。

 特に栄町一丁目は、堤橋ーー東西をつなぐ橋があり、交通の要衝になる。

 そして、報告のあった敵は、まさに青森駅の真ん前の駅前公園に出現している。しかもそれが前回出現した怪獣と同等のサイズで二匹。

「おかしい」

 ーー敵の大地母神は、青森以外で生を受けた者を激しく憎んでいたというではないか。なのにどうして、こんな中途半端な攻撃を?

 そう考えたところで、鮫島隆太の言ったことを思い出す。

『藤岡陸将のご依頼ですから、ご協力申し上げて敵の行動の推測をしますが、これはあくまでも、敵が論理的な思考をしている場合です』

 現状は、想定の範囲内ーーようするにこちらの予測通りだ。

『これが外れるとしたら、2パターン考えられます。ひとつは、相手が軍事的な思考に疎く、目的に合わない行動をした場合』

 鮫島が苦笑いして続ける。

『例えば、見境なくあるだけ怪獣を野に放って、市街地を攻撃するような場合ですね。被害は少なくないですが、迎撃は単純です。各個撃破すればいい』

 そういうと、表情を改める。

『それからーーこれは最悪の場合ですがーー相手がこちらの予想を越えて目的に適した行動を取った場合ーーつまりこちらより賢く、目的に沿った行動を取った場合です』

 今のところ想定通りだが、では、どの部隊をどの程度出すか?

 今後の状況の推移も、想定しなければならない。しかも追加戦力はなく、予備戦力は少ない。

 難しい想定に、藤岡陸将の額に汗がにじむ。




 幸い、列車の乗降客の避難は間に合い、今のところ人的被害は出ていない。

 新幹線の離発着の合間に当たったことと、そもそも怪獣騒ぎで観光客に敬遠されていた結果、乗降客が少なかったことが幸いした。

 そのため、怪獣による被害は、建物がいくつか踏みつぶされただけだ。怪獣は余所者を襲うよう命令されているせいか、犬のように周囲のにおいーーおそらく、他県出身者は違うにおいがするのだろうーーを探っていて、直接人間を襲う様子はない。周囲が元の青函連絡船発着場で、JRの引き込み線以外、建物らしい建物がないのも幸いした。

 ちなみに、青森県以外の人間を襲うつもりだ、ということは、自衛隊の外部には公開していない。

 そもそも、自衛隊としては、出身地によって保護対象を変更することがないからだ。

 よって、それを知らない行政側として、怪獣が暴れない理由は不明のまま、怪獣の動向が、逐一自衛隊へ通報されてくる。

「時間がない。国道から展示用連絡船の八甲田丸側へ入って、迎撃しよう。陸奥湾へ追い落とすんだ」

「では、栄町方面に警戒配備している16式も、全部向かわせますか?」

「いや、16式は5両だけ。隊員の退避の援護用だ」

「ということは、洋弓隊を?」

「洋弓隊、全員出動だ」

 藤岡陸将には懸念があったーー大地母神の計画が想定を上回るのではないか、という懸念だ。

 だから、動かせる戦力を出来る限り温存したい。

 それに、洋弓隊は弾の補充が利く。その分、活躍してもらおう。




 洋弓隊はトラックで青森駅前に駆けつけた。護衛の16式機動戦闘車5台も一緒だ。

 怪獣は、運動公園に現れた20メートルクラスで、昔の青函連楽船の発着場だった青函連絡船展示場から、青森県産品物産館Aファクトリー、ねぶた展示館ワ・ラッセの周囲をうろうろしていた。

 幸い一般市民はすでに避難しており、青森駅前の一帯は無人と化している。

「これが本当の『ヤシマ作戦』だな!」

「まったくだ」

 手に手に洋弓を持った射手達が、次々とトラックから降りてくる。

 この洋弓を装備している隊員達は、鮫島隆太が提案した、怪獣の呪術的弱点を突いた作戦の参加者だ。隊員の中から、洋弓に心得のある隊員を集めた特別編成部隊となる。

 ちなみにこの特別編成部隊の参加する作戦の作戦名は、公式には「ランボー作戦」なのだが……。

 これはシルベスター・スタローン主演の映画のランボーシリーズで、爆発物を弾頭にした洋弓が大活躍したことになぞらえた命名だった。

 これはこれで遊び心があり、洋弓隊そのものへの期待も込めた、それなりに気の利いた命名なのだが……アニメになじみのある若い隊員たちにとっては、某人造人間アニメの作戦名の方が、なじみ深かった。屋島の戦いで扇の鼎を打ち抜いた故事になぞらえた作戦名を連呼している。

「よーし、洋弓隊、整列! 第1目標を狙う。全隊、前へ! 防御隊、洋弓隊を守れ!」

 周囲をうろつく怪獣に対して、弓を携行した隊員10名と、それを守るように盾を構えた防御隊員20名が、盾を差し上げるようにしながら前進する。

 その後を、洋弓を装備した隊員10名が、盾の陰に隠れるように進む。

 実は防御隊が盾で護るというのも、ヤシマ作戦を思い起こさせる原因になっているのだが、年輩の隊員には、預かり知らぬことだった。

 洋弓の射程に怪獣を納めると、想像以上に近い。そもそも数十メートルの大きさの怪獣からすると、文字通り指呼の距離だ。

 しかし、隊員達はひるむ様子もなく、各々が怪獣をにらみつけている。

 自衛隊は郷土部隊主義を取っていない。だから、自分の故郷を荒らされた、と怒る隊員はいないのだが、それでも自分たちの駐屯地として親しんだ街を破壊され、誰もが腹を立てていたのだ。

「洋弓隊、構え!」

 この洋弓隊は、洋弓の心得のある者から希望者を募って急遽編成された部隊だ。

 鮫島隆治が提案し、藤岡陸将が承認した作戦だった。陸将の「呪術的に自衛隊は押されっぱなしだ」という嘆きに対して、隆治が提案した、呪術的攻撃方法。

 そのためには、怪獣と指呼の距離といっていい場所に近づかなければならないが、志願者が多数いて、実行に移された。

 その洋弓の弓は、対大地母神用に特殊な加工……というほどでもないが、細工がされている。

「よし! 2番、4番、構え!」

 一列に並んだ洋弓隊のうち、2番目と4番目の隊員が洋弓を構える。

「測距、撃て!」

 つがえた弓が放たれ、弧を描いて怪獣へ向かう。的が大きいのもあり、怪獣の背中に吸い込まれた。

 かなり近づいたが、そのおかげで矢は届くようだ。

「よし……では、続けて本射用意! 呪術弾用意! 3番、5番、1番の順に撃て!」

 洋弓隊がふたたび構える。みな落ち着いており、戸惑ったり後込みする隊員はいない。

「まだだ、まだ……撃てっ!」

 隊長の号令とともに、つぎつぎと弓が放たれ、怪獣の背中に吸い込まれていく。

 先ほどの距離測定のための試射では、矢が背中に当たっても反応がなかったのだが、今回、本射の呪術弾が着弾した時の反応は、激烈だった。

 GUAAAA!

 16式機動戦闘車の105ミリ弾が当たっても平然と暴れている怪獣が、あからさまに苦しがってもがき苦しんでいる。

「よし、効果あり! 洋弓隊全隊、各個射撃! 呪術弾の続く限り撃てっ」

 隊員達が、矢継ぎ早に弓をつがえて、次々に弓を放つ。

 怪獣の体に無数の弓が吸い込まれ、その度に怪獣の動きが鈍っていく。

 この弓は「呪術弾」ーー魔を祓うための、魔除けの呪文を書き込んだ呪府が仕込まれている。その呪符は、駐屯地や県庁に魔除けのために貼られたものと同じだ。

 それを弓で怪獣の身体に打ち込んだのだ。

 現在のところ、大地母神の使役する怪獣は、呪力によって形成されていると推定されている。

 その怪獣に魔を祓うための呪符を打ち込んだのだ。言ってみれば、怪獣の活動自体を支えている呪力ーーエネルギーそのものを絶つに等しい。

 怪獣は、どんどん動きを鈍らせていく。

「よし、16式、前へっ」

 充分に怪獣に打撃を与え、弱らせたと見た指揮官が指示し、16式機動戦闘車が前進する。

「標的を海に追い落とせ! 照準いいか……撃てっ!」

 105ミリ流弾砲が立て続けに怪獣に命中し、埠頭の端へ追いつめる。

 何射目かが着弾し、怪獣が水柱を立てて海へ落ちた。

 しばらく様子を見るが、浮かび上がる気配はない。

「よしっ! 次、2番目標をねらえっ!」

 指揮官が次の目標を指示する。 




「青森駅前に向かった部隊から連絡です。呪術弾は効果あり。怪獣二体のうちの一体を弱らせ、16式で砲撃して、埠頭から海へ追い落とすことに成功したとのことです。落とした怪獣は上がってこないとのこと。現在、二体目と交戦中です」

「よーし。洋弓隊は効果あり。単体でも怪獣を排除出来るようだ」

 呪術弾の効果は鮫島の推定以上だった。怪獣の無力化が、可能のようだ。

 しかし、その安堵感は、長続きしなかった。

「青森県警から連絡です! 怪獣の出現を確認! 栄町一丁目付近に出現とのことです!」

「なに?」

「堤橋の付近に怪獣が6体出現とのことです! そのうち一体は特に大きく、ヘビー級です」

 堤橋は青森市の大動脈である東西に延びる国道4号線にかかる橋だ。これが破壊されると、青森市の東西の交通が遮断される。

 堤橋のたもとには諏訪神社があるが、どうやら怪獣の標的になることは防げても、怪獣そのものを出現させないことは、出来なかったようだ。

 そして、鮫島の想定していた最悪の知らせが飛び込んできた。

「青森県警から連絡です!」

 副官が駆け込んでくる。

「今度は何だ?」

「中央大橋付近に怪獣が複数出現しました! 怪獣は中央大橋を占拠しつつある、とのことです!」

 ーーやられた!

 中央大橋は、交通の背骨たる国道4号線から南北に延びる、いわば青森市の交通の肋骨のようなもの。県立図書館や荒川地区を経て、青森空港に向かう南北の動脈だ。

 言ってみれば、青森市中心市街地は、東西南北、どこへも大規模移動が出来なくなったのだ。

 中心市街地には、少なくとも数万人の民間人が残っている。この人たちが危ない。

 さすがに、次に本当に出るかどうか分からない怪獣のために、青森県の地方自治体としての機能を停止するわけには、いかなかったのだ。

 ーー大地母神め、この地の神だけあって、攻めるに適切だ。

 しかし、諦めることは、決してない。

「ドグーンに戦闘開始を要請! 堤橋を守るように依頼するんだ! 配備した16式にも堤橋を守るように指示! 予備戦力の16式は、全て中央大橋へ向かわせろ! 市民の避難誘導をさせるんだ」

 そして、決然を言い放った。

「市民を逃がせ!」




 中央大橋は、青い森鉄道と青森信号場をまたぐ陸橋である。

 かつては有料だったが、現在は無料となっており、交通量も多い。

 ゆえに、そこに5体もの怪獣が出現して、現場は大混乱に陥った。

「か、怪獣だっ」

「にげろっ!」

 陸橋なので、土の中から出現する怪獣は、陸橋の前後の地面から現れた。

 怪獣の出現を見た車は、怪獣を避けてスピードを上げて逃げるか、急停車して車を乗り捨てて逃げ出すかーーどちらにしても、陸橋の上は乗り捨てられた車が列をなし、それを踏みつぶしながら怪獣が占領してしまった。

 陸橋自体は約1キロメートルあるので、走って脇の非常階段を降りれば逃げることが出来るのだが、逃げ遅れた市民に怪獣が迫っていた。

「う、うわあああっ」

 怪獣自体が大きいので、まだ距離があっても迫ってくるとパニックになる。

 逃げる市民は車の間を走るのだが、どんどん怪獣との距離が縮んでくる。

「た、助けてっ!」

 逃げ遅れたドライバー達に、怪獣が迫ってくる。

「う、うわあああっ」

 怪獣がすぐ後ろに迫った、その時。

 どんっ!

 炸裂音があたりに響き、怪獣の動きが止まった。

 つづけて同じ炸裂音が複数響き、その度に怪獣がのけぞり、あとじさっていく。

 陸橋に響く、金属同士がぶつかり合う音と、腹に響く振動。そして長く延びる影。

 現れたのは、20試装肢装甲体「大和」だった。

「大丈夫ですか?」

 15メートルの高さから大和が話しかけると、怪獣が迫っていた人が、大和の顔を見上げて、かくかくと首を縦に振った。

「ここは危険です。早く避難してください」

「あ、ありがとう」

 そういうと、そこここにいたドライバーたちが、転げるように側面の非常階段に向かって走っていく。

 そのあいだにも、砲撃に後じさっていた怪獣が気を取り直し、頭を振りながら起きあがった。

 GUAAAAA!

 大和に向かって吠えかかる怪獣。

 それに向かって大和は、手に持ったショットガンのようなものーーというか、巨大ショットガンを構えた。

 ジャコンっ!

 大和はバレル下のハンドグリップで次弾を装填すると、無造作ともとれる動きで怪獣を撃った。

 GYAAAAA! 

 撃たれた怪獣が叫ぶのにかまわず、次々を次弾を装填し、怪獣を撃つ。

 三発目で怪獣が動かなくなると、すぐに次の怪獣に銃口を向け、弾を打ち込む。

 大和が使っているのは、105ミリショットガンだった。

 藤岡陸将に中野渡技官が説明した105ミリ砲。それをポンプアクションライフルの形に仕立てたものだ。

 ポンプアクション形式にしたのは、弾詰まりを防ぐためと、出来るかぎり素早く操作出来るようにするためだ。こんな巨大な口径のショットガンなど存在しないが故に、中野渡技官が信頼性の高い操作形式を選んだのだ。

 弾を撃ち尽くすと、大和は素早く弾倉を交換し、次の怪獣を狙う。

 ドンっ、ドンっ!

 対怪獣用の105ミリ散弾は有効だった。複数発を打ち込むと、怪獣の動きが止まる。

 運動公園の時の16式機動戦闘車の射撃と効果を比較しても、人型兵器が至近で最適照準で射撃する効果は大きい。

 仲間の怪獣が倒されたのを怒ったのか、橋脚を揺らしながらもう三匹が自動車を踏みつぶしながら大和に迫る。

 目標を変更した大和が、怪獣の正面めがけて散弾を放つ。

 GYAAAAA!

 頭を吹き飛ばされ、一匹が崩れ落ちる。

 と、その怪獣を乗り越え、二匹が迫る。

 ドンっ、ドンっ!

 ポンプアクションの利点を生かし、素早いコッキングと射撃を繰り返す。

 重なるように迫ってくるのにもひるまず、射撃を繰り返す大和。

 一匹は指呼の距離で頭を吹き飛ばされ、最後の一匹は105ミリ砲弾を食らいながらも近づき、大和に前足の爪を突き立てようとしたところで力つきた。

 その場に出現した五体の怪獣は、全て大和のショットガンで駆逐された。

「第9師団司令部に連絡。状況終了。中央大橋に出現した怪獣は全て無力化出来ました。以後の指示を請います」

「了解した。中央大橋の後始末は後続の隊員に任せ、大和は至急、栄町一丁目の堤橋に向かってくれ。現地の守備隊に助力するんだ」

「了解しました。至急、栄町一丁目に向かい、現地の守備隊に合流、援護します」

 通信が終わると、大和はただちに中央大橋を降り、栄町に向かった。ただし、降りる時に民間車両を踏みつぶさないようゆっくり避けて。

 自衛隊員としての規律をプログラムされている大和は、民間人の財産を破壊するわけにいかないのだ。




「ぬう、なんというていたらくだ。傀儡一体に全滅するとは」

 中央大橋の状況を気配で探っていた大地母神が歯ぎしりした。

 しかも敵の使った道具は、大地母神の知らない武器だった。それを打ち込まれた使い魔は、数発で土に還ってしまった。さすがに誤算だった。

「しかし……」

 目の前の光景を見て、にやりと笑み崩れる。

「お前のために用意した最後の駒だ。工藤優太……きさまにこれを排除出来るかな?」

 大地母神ーー五十州(いそす)舞奈の目の前では、ドグーンが使い魔ーー怪獣の前で苦戦していた。




『これは、この前の敵とは違うぞ!』

 ドグーンは、両刃の剣をふるいながら叫んだ。

 国道4号線にかかる堤橋を必死に守りながら、ドグーンは6匹の怪獣と相対していた。

「っていうか、あの敵は卑怯だよ!」

 ドグーンの頭部に乗っている優太も、敵の攻撃の音に負けじと叫ぶ。

 敵は怪獣が六匹。しかし、ひときわ大きな怪獣ーーエビが大きくなったような怪獣の上に、まるでドグーンと優太と対になるように乗っている人ーー小学生がいた。

「はっはっは! いいざまだな、工藤優太! 手も足も出ないのか!」

 なんと、それは鮫島元太だった。

 ドグーンと優太に対してのカウンターとして大地母神に目をつけられ、洗脳されてドグーンに対する人質として、怪獣に乗せられたのだ。

「元太君! 敵に負けちゃダメだ! 目を覚まして! こっちに戻ってきて!」

「誰が負けてるっていうんだ? 俺は俺だ! お前には負けん! 俺は自分の意志で戦っている!」

 優太の叫びに、元太が叫び返す。

「いけ、怪獣どもよ! ドグーンを倒せ!」

 元太の指示で、怪獣達の攻撃が熾烈さを増す。

『ぬうっ! 防ぎきれんっ!』

 剣で敵が飛ばすトゲや尾の攻撃を裁きながら、ドグーンが後ろに跳躍し、敵から距離を取る。

『くっ!』

 元太の乗っているひときわ大きな怪獣がドグーンに追随して突進し、カニのような巨大なはさみをドグーンに叩きつける。

 それを剣で受け止めるドグーン。

『くっ、強いーー!』

「はっはっは! どこまで下がるのかな、ドグーンよ!




「はあ、はあ、はあっ、やっぱりここか!」

 鮫島隆治は、荒い息をつきながらつぶやいた。

 藤岡陸将の依頼に応えて、大地母神の攻撃パターンの推測を行ったものの、「陸自のトップクラスの幹部が民間人の推測を依頼する」という突拍子もない措置に責任を感じて、実際に事が起こったことを知った瞬間、状況を確認に来たのだ。

「しかも、中央大橋も攻撃されていたし、俺もヤキが回ったか」

 自分の思考能力に、自信を持っている人間にありがちの感想をつぶやきつつ、鮫島はあたりを見回した。

 控えめに見て、周囲は混沌としている。

 自衛隊は16式機動戦闘車を堤橋の東側ーー諏訪神社の境内と脇の空き地に展開し、牽制の砲撃を怪獣に浴びせている。

 そしてその脇にドグーンがいて、射撃の合間に怪獣に向かって突撃を繰り返している。

 しかし、今回はその怪獣の中の一匹が他の怪獣に比べて二倍の大きさで、しかもエビに似た甲羅の堅さを生かしてドグーンを圧倒している。

 さらにその巨大怪獣の頭の上には……。

「あのバカ、何をやっているんだ。大地母神に操られやがって」

 思わず目を覆う。

 怪獣の頭の上に弟の元太が乗っかり、控えめに見積もっても、怪獣達を操っているのだ。

 おかげで、機動戦闘車も足下の20メートル級の怪獣を牽制しているだけ。あきらかに、怪獣の上に乗っている元太に被害が及ぶのをためらって、攻撃を抑えているのだ。

 もっとも、弟を責めるわけにもいかない。優太の友人であり、その一点で状況の弱点となりうる弟に、対大地母神の対抗策を施さなかった自分の落ち度でもある。

 ドグーンの動きも、元太の事もあるのか、あきらかに鈍い。

 ーー元太を何とかして、ドグーンが怪獣攻撃に集中出来るようにしないと。

「となると……」

 大地母神は、この地に生を受けた者以外を恨んでいた。

 そういった自分の思想信条や執着に基づいた犯罪を働く者は、得てして自分の目でその現場を見たがるものだ。放火魔などは、必ず自分が火を放った火事の現場に戻って、右往左往する消防隊員を眺めて喜ぶ。

 とすると……。

「ーーいた!」

 堤橋のたもとにある歩道橋。その上に、ほっそりとした少女ーー大地母神に取り付かれている五十州(いそす)舞奈ーーが中年男女を後ろに従えて、怪獣の暴れる様を見て、あまつさえ怪獣に向かって声援を送っている。

「ちくしょうっ!」

 歩道橋の階段を一気に上り、鮫島が五十州(いそす)舞奈に飛びかかろうとした。

 が、控えている男女に押さえつけられてしまった。

「ーーほう。鮫島ではないか。こんなところまで。ご苦労だったな」

「てめえっ、放せっ! 弟を解放しろっ」

 中年の男女ーー五十州(いそす)舞奈の両親だろうーーに押さえつけられながら、鮫島がもがく。

「ふん。自分自身が不利な状況の割に、要求が多いな」

「ふざけるなっ!」

「とりあえず、どちらも出来ない相談だ。元太とやらのおかげで、ドグーンが攻撃出来ないでいるからな。お前の弟は、なかなかいい働きをしてくれる」

「なにをっ!」

「ふふんーーよかろう。お前にも魔を分けてやろう」

 そういいながら、舞奈がほっそりした指で、鮫島の頬をなで上げる。魔に取り付かれた少女のひんやりした指の感触、妖艶な色気と禍々しい迫力に、背筋に冷たいモノが走る。

「さあ、来るがよい」

「やめろ……」

 鮫島がたじろいで、後じさる。

「闇の世界へ。魔と欲望の渦巻く黒い世界へ……」

「やめろーっ!」




「降車ーっ」

 青森駅前の怪獣を退けた洋弓隊は、堤橋の西側へ到着した。

「隊長。ドグーンが劣勢です!」

「至急、援護攻撃を!」

「あれはかなりやばいな」

 トラックを降りた隊員達が、口々に危機感を口にする。

「もちろん、我々はドグーンを全力で援護する。全員、射撃準備!」

「はっ!」

 隊員達は素早く射撃地点を選び、洋弓の準備をする。

 川の反対側の岸壁では、16式機動戦闘車が散発的な射撃を行い、堤橋から敵の気を逸らしている。

「準備いいか。タマのあるかぎりぶち込めっ! 射撃用意ーー撃てっ!」

 隊長の射撃命令とともに、青森駅前で怪獣に対して猛威を奮った呪術弾が弧を描いて怪獣に襲いかかった。

 GUYAAAA!

 青森駅前の対怪獣戦で、呪術弾はどこに当たっても怪獣に効果があるのは確認してある。

 着弾した矢はただちに効果を発揮し、魔力の供給を阻害された怪獣は苦しみだした。

「撃て、撃て! 敵が弱まるまで撃ち続けろっ!」

 洋弓隊は次々と矢を放ち続ける。




「おのれ、自衛隊と言ったか。邪魔をしおって。しかし、これだけの使い魔、お前たちの阻止出来るものでないわっ」

 大地母神の声で憎々しげにつぶやく舞奈。

 傍らには、舞奈の両親に押さえつけられ、魔力をそそぎ込まれて大人しくなっていた鮫島がしゃがみ込んでいる。

 その鮫島に、大地母神が命じる。

「お前はあの弓を撃っている連中の妨害をしろ。わらわの可愛い使い魔達の邪魔をさせるな」

「……はい」 

 鮫島がうなづいて歩き出すのを見て、大地母神が怪獣とドグーンの戦う様子に向き直った。

 と、鮫島はきびすを返し、手に持っていたリュックから何かを取り出すと、五十州舞奈の背中に張り付けた。

「ーーぐっ、な、何をしたっ!」

 大地母神--ー舞奈がいきなり苦しみだし、張り付けられたものを取ろうともがく。

「はっははは! 油断したな、大地母神!」

 鮫島は、手に持っている呪符ーー呪術弾と同じ、魔を払うための呪符だーーを、舞奈の手の届かないところに次々と張り付けていく。

 舞奈の両親が鮫島を止めようとするが、今回の護身用に持っていたスタンガンを取り出し、二人を無力化する。身体をしびれさせられた二人が、地面に横たわってもがく。

「きさま……魔を流し込んだというのに!」

「ああ、そうだな。貴様が流し込んだ魔は強力だったよ。欲望や破壊衝動をあっという間に解放しやがった」

 鮫島がうそぶく。

「しかしなあ、今の俺は、『弟を貴様から解放したい』という欲望でいっぱいだったんだよ!」

 そういうと、歩道橋から向こう岸に向かって叫んだ。

「ドグーン! 今だ! 元太を助けてくれっ!」




 その声は、ドグーンの耳に届いていた。

 見ると、怪獣の頭の上に乗っていた元太が、大地母神による魔力の拘束がとぎれたのか、糸の切れたあやつり人形のように突っ伏している。

『今だっ! いいか、優太。荒っぽくなるぞ!』

「うんっ」!」

 優太が台座にしがみつき、うなづく。

 ドグーンがエビ型怪獣に向かって突進する。

 怪獣が繰り出すはさみを回避しながら突進し、ジャンプ。そのまま怪獣の頭の上に乗っている元太をすくい上げると、怪獣の背後に着地し、諏訪神社側に後退する。

 

 

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