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第七章

「機体の調子はどうだね」

 藤岡陸将は、大和の整備に余念のない中野渡技官に声を掛けた。

「あ、陸将。順調であります」

 顔を上げて技官が応える。表情が明るいところを見ると、本当に順調のようだ。

「ドグーンもここに収納すればいいのだがな」

 藤岡陸将は格納庫の中を見回した。さすがに大和自体が大きいとは言っても、15メートルといえば航空機と同じ。

 とはいえ、いらないものをそぎ落としたデザインの航空機と、装甲を含めてボリュームのある人型の大和では、存在感が違う。

「まあ、気持ちは分かりますが、堀立柱がエネルギー源だというのでは、仕方がないですね。しかも、物理的な汚れまで落ちるそうですから、メンテナンス能力自体、あちらが上です。こっちに来てもらう理由がないです」

 中野渡技官が苦笑いした。

「ああ、そういう意味ではな。ただ、現在は結界という要素がある。ここに来てもらえれば、前回のように取り付かれる心配を、しなくてもいいからな」

 青森の神社に依頼した鎮護の結界設定については、依頼した複数の神社から同じ様な降魔覆滅ーー魔を下し、滅するーーのお札が届けられ、すぐに司令部の各所に貼られた。

 その結果なのかは分からないが、非常事態事は今のところ、起こっていない。

 というか、取り付かれるという具体的なダメージを被らない限りは、効果を観測する方法がないのだ。ドグーンのように取り付かれれば分かるのだが、それを願うわけにもいかないし、異常はない。

 うがった見方をすれば、ドグーンが取り付かれたのなら、隊員が魔に取り付かれれる可能性もあるし、そうなれば大変なことになるが、その兆候はない。

 単に向こうが諦めたのか、結界の効果なのか、想像するしかない。

 そもそも現代の兵器体系にない技術だ。現状、異常がないことで納得するしかない。

「それについては、工藤君にも呪符を渡して使うようにお願いしていますし、毎日確認もしています。今のところドグーンに、変化の様子はないということです。ただ……」

「ただ?」

「彼と一緒に行動している鮫島という大学生ですが、彼が興味深いことを言っていました。

「興味深いとは?」

 意味深な中野渡の言葉に、藤岡陸将が聞き返す。

「はい。呪術的結界が効果を発揮するならば、敵の攻撃も、結界や霊的なポイントを避けて攻めてくるのではないかということです」

「ほう? どういう意味かね」

「この青森市は、元々港町です。今の国道にあたる部分がかつては町外れで、寺社が並んでいるし、神社も国道沿いにまとまってあります。これを避ける形で攻めてくるのではないか、ということです」

「ふむ」

 確かに、興味深い。

 そもそも青森市内の寺社の配置は、それこそ今の自衛隊にはない、凶事等を地域に入り込ませないために、江戸時代の方位などに関する知恵を盛り込んだ産物だ。凶事が入ってくる方角には、魔を祓うために神社等が配置してある。

 言ってみれば、ぐるっと時代が一周回って、大地母神対策を最初から見越したような配置になっている、とも言える。ありがたい配置だ。

 少なくとも、現在は敵が攻撃を仕掛けてくるとしても、その対策を立てるための手がかりがない。

 それに対して、少なくとも説明出来る理由を根拠に、手がかりを提示してくれるというのはありがたい。

「わかった。よければ鮫島君かな、彼を呼んで話を聞いてみよう。その線で防衛策を考えてみたい。もっとも……」

 藤岡陸将は苦笑した。

「まだ補充兵力が来ていないので、対策も何もないんだかな」

 90式戦車もそうだし、比較してカタログスペック上は国内インフラでの移動に適しているとされる10式戦車にしても、結局移動に手間がかかるのは五十歩百歩。現実には未だに補充兵力が届いていないのが現実だった。




「ぬう……わらわの手出しを拒むとは、こしゃくな連中め」

 大地母神は歯ぎしりして悔しがった。

 数日前から、自衛隊の駐屯地ーーという言葉そのものは大地母神の知識にないがーー見通すことが出来なくなっている。

 実は駐屯地の隊員の意識を乗っ取り、その混乱に乗じて大地母神の手駒を暴れさせようともくろんでいたのだが、それに先んじて駐屯地が結界に護られてしまった。藤岡陸将の手だてが幸を奏したのだ。

 さらに、気づいているわけではないだろうが、この地域の寺社の一部が、自衛隊の依頼そのものの他に、自分達の寺社も同じ様にお払いしたことで、地域の寺社が呪術的に「見え」なくなっている。強力なものではないが、呪術的に位置そのものがつかめないのでは攻撃のしようがない。

 もちろん、万全ではない。しかし、霊的に見通すことが出来ず、結果的に手出しできないという事実は、大地母神の当初の目論見をくじくのには充分だった。

「そちらがそう来るのならば、こちらにも考えがあるぞ。この地に産まれたもの以外の人間を蹴散らし、この地に住まうもののを護るために……」

 12歳の少女の姿をした大地母神は、暗色の微笑みを浮かべた。

「全てを無に帰してやるわ」




 青森という地は、東西に長く延びた地形をしている。

 内陸にある、八甲田の山々から流出する荒川、駒込川などの河川の土砂で埋め立てられ、大きく見ると三日月形の平野となっている。

 よって、現在内陸となっている地域にも、浪打、浪館といった海に関連した名前がそこかしこに残っている。現在は内陸だが、過去にはそこが海岸線だった名残である。

 元来、沖積平野を含む陸奥湾の弧状の地形に沿って町が形成され、江戸時代から北海道への米の積み出し港として発達したという経緯がある。

 近代になってからも、旧街道をなぞる形で、湾の地形にそって作られた国道4号線に沿って街が形成されたことから、繁華街が東西に細長いという特徴がある。

 江戸時代は、現在の国道4号線にあたる街道が町外れであり、寺社のたぐいは国道4号線ぞいにならんでいる。地方自治体……青森市役所も青森県庁も、この国道4号線ぞいにある。

 そしてその外側に国道7号線が整備され、国道4号線と7号線の間が住宅街となったが、未だに陸奥湾に沿った部分が中心繁華街であることにかわりはない。

 国道4号線の出発点である青森駅は、以前は青函連絡船の発着場であり、昭和63年に青函トンネルが開業となり、連絡船が廃止されるまでは物流の大動脈の一つだった。その名残で、いまだに青森駅前が観光拠点でもある。

 そして……大地母神が憎んでやまない「この地に生を受けし者」以外の人間が大挙して青森市へ来るのは、当然ながら、交通の拠点である青森駅なのだ。




 鮫島隆治は、藤岡陸将の招きで、自衛隊の駐屯地で青森市の防衛のための意見を求められていた。

 本当ならば、民間人が軍事作戦に口出しをするなどということは、あり得ない。

 しかし今回は、藤岡陸将曰く。

「今回は三内の土偶発見の時点から、この事態に深く関わっている君の意見を聞きたい」

 ということで招かれていた。

 オタクである鮫島は、いろんな創作物で見られるように、民間人や果ては小学生が、「探偵さ」と名乗れば、一般人の素人が捜査に首を突っ込んだり、民間人の言うことに唯々諾々と従ってくれるのが絵空事だということを、理解している。

 それだけに、この状況は居心地が悪いこと、この上ない。さすがに万事に物怖じしない鮫島としても、恐縮することしきりだった。

「……ふむ、優太君も言っていたが、三内……というか、青森に生を受けた人以外を、ねえ」

 藤岡陸将が首を傾ける。

「はい、優太……工藤君が言うには、激しく憎悪していたということですから、観光に来る人の降着が多い青森駅が、一番狙われるのではないか、と考えます」

 隆治が、優太の言っていたことを元に、推論を述べる。

「それと……やはり青森の特徴として、東西に長い街ですから、青森駅に加えて東を封鎖すれば、一般市民は交通としては行き場を失い、一網打尽です。西の交通の拠点である青森駅と東……この寺町四か寺の東側のポイントが危ないかと思います。寺社のならんだ寺町自体は、霊的に『見えない』可能性が高いので、狙われないでしょう」

「見えない?」

 同席していた幹部自衛官ーー偉いだろう人という以外には分からないーーが首を傾けた。

「霊的に入り込めない、というか、霊的にシャットダウンされていて感知出来ない、といいますか。攻撃対象と見なされないと思います」

 説明しづらい概念で苦労する。

「言ってみれば、ステルスと同じです。レーダーに何も写らない、敵機の反応がないのに攻撃しようとは思わないでしょう? 呪術的にそういう状態です」

「なるほど。青森県庁や青森市役所も、同じ処置をした方が良さそうだな」

 藤岡陸将がうなづくと、傍らの自衛官が、すぐに手配に出ていく。

「……しかし、我々としては、呪術的手法では押されっぱなしだな」

 陸将が苦笑いする。

「いや、このまま敵の思いどおりにはさせませんよ。急拵えではありますが、呪術で敵を攻撃する方法があります」

 鮫島が、とっておきの自分のアイディアを提案した。自衛隊が大地母神の精神攻撃を防ぐお札を寺社に依頼したと聞いた時から、暖めていた方法だ。

 大まかに内容を、藤岡陸将に説明する。

 これは、自衛隊が今、手元にある「呪術的」な手法を用いて、敵に対抗する手段だった。しかも、場合によっては敵を排除することすら可能だと鮫島は考えていた。

 さらにコストも掛からず、効果を期待出来る手段だ。

「うむ、それはいいな。すぐに該当者を選抜して準備させよう。しかし……」

 うなづきながら感心する。

「よくポンポン思いつくものだね。呪術的な対抗手段など、現実にはないものなのに」

「いや、今は『現実』です。これも」

 鮫島はテーブルの上の、今回のアイディアのキーアイテムを指した。

「それに、そもそも私達オタクは、こういうものにお話……創作物でなじんでいますからね。言ってみれば、イメージトレーニングをしょっちゅうやっているようなものです」

「ちがいない」

 藤岡陸将は苦笑いした。




「ねえ、ドグーン」

 堀立柱の一番上の台に座って、目の前に高さにあるドグーンの顔に優太が話しかけた。

『なんだ、優太』

「ドグーンは、大地母神と戦って、怖くなかったの?」

『怖い、怖くないかと言ったら、怖かった。私も死ぬということは理解している。自らが無となる恐怖は、私も理解している』

「ごめん、ドグーン。イヤなことを聞いちゃった」

 優太が謝るが、ドグーンはそっと首を横に振った。

『いや、かまわない。それより、どうしたのだ? そんなことを聞いて』

「うん……だって、敵は神様だよ。とっても強い。しかもいろんな神様の中で一番偉いんでしょう、大地母神って」

『うむ……』

 ドグーンが優太の方を向いて、軽くうなずく。

『偉い、というか、大地母神は全ての生あるものの源。だから、自ら生み出した命あるもの全てを愛している。それゆえに……大地母神は耐えられなかったのだ』

「……耐えられなかった?」

『そう。あの時代は、この今の時代と違って、人の生活の周囲に、死というものが常に存在していた』

 ドグーンが悲しそうに説明する。

『人を襲う動物。そして狩猟・採集に常につきまとう危険。寒さ、飢え、病気……』

 そう語るドグーンを、優太はじっと見つめ続ける。

『さらに、人と人との戦いまで起きた。そんな災厄が起きる度に大地母神は悲しみ続け……』

 ドグーンがこころもち伏し目がちになる。

『最後には心の均衡を失ってしまいーーすべてを呪う悪霊どもに取り付かれてしまったのだ。大地母神は、優しすぎたのだ』

「そうなんだ……」

 優太もうつむき加減になり、聞いたことをかみしめる。

「……でも、ああやって怪獣を生み出して、普通の人たちを攻撃するなんて、ひどいよ!」

『あれは、もともと大地母神の力ではない』

「え?」

『大地母神の力というのは、この世界におだやかに恵みを与えるもの。あのようなバケモノどもを操って人を害するような、直接的な力は持っていない』

「え、じゃ、じゃあ、あの怪獣は?」

 神様だから、あんな強力な力を持っていると思っていた優太は、おどろいた。

 では、あれはいったい何だったのだろう?

『あれはーー大地母神の意識を乗っ取っている怨霊どもだ』

「怨霊?」

『そうだ。戦や飢えなど、いろいろな理由で命を落とし、この世に恨みを持ったままの者の魂が寄り集まったもの……神というより、怨霊とでもいうべきかもしれない』

「怨霊……この世を呪って? それがあんな力になるんだ……?」

『そうだ。現世に恨みを持ったり、死に際してそれを受け入れられなかった者達を集めると、あれほどの力になる。それだけ、生と死、この世とあの世の間というのは曖昧だ』

 淡々と話すドグーンに、優太は飲み込みきれず、目を白黒させる。

 その様子に気づいたドグーンは、微笑んだ。

『ああ、済まない。優太はまだまだ長生きする年齢だったな。大丈夫だ。生と死の間が曖昧というのは、神々の世界の話だ。優太は、まだまだこの世で精一杯生きなければならない』

 ドグーンはしっかりとうなづいた。

『我々はこの命で、この世界をしっかりと生きる。それに変わりはない』

 優太は、その力強い言葉にほっとした。

「よかった。なんか生と死とこの世の間があいまいって、怖いよ。生きることって、大事なはずなのに」

『そうだな』

「工藤君、工藤優太君!」

「はーい?」

 ドグーンとそんな話をしていた優太に、警官が駆け寄ってきた。優太が堀立柱の上から返事をする。

「第9師団の藤岡陸将から連絡です! 怪獣が堤橋に現れる可能性があるので、ドグーンの出動を願う、とのことです」

「怪獣が? わかりました。ドグーン、行くよ!」

『わかった』

 ドグーンがうなずくと、優太を頭部に乗せる。

「わ、ボ、ボク、乗っていいの?」

『乗っていい、のではない。ぜひ乗って欲しい』

「え?」

『危険かも知れないが、私と一緒に行って欲しい。そして大地母神が魔の手を伸ばしてきたら』

 ドグーンが一瞬の躊躇のあと、言った。

『君の心で、私を大地母神の魔の手から守って欲しい』

「ドグーン……分かったよ。ボクが大地母神からドグーンを守る。ボクも一緒に戦うよ!」

『ありがとう。では、行こう!』

 ドグーンが三内から一歩を踏み出した。

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