第六章
「大地母神だと……」
「はい!」
第9師団司令部。
師団長の応接室で、優太は元気よくうなづいた。
「それが、ドグーンーーあの土偶巨人を操っていたということか。間違いないかな?」
「はい!」
優太が再度うなずく。
「『この時代は、呪術的な防御が全く行われていないから、ドグーンの意識を乗っ取り操るのは簡単だ』と大地母神は言っていました」
「言っていた、とは?」
「大地母神の考えていることが言葉として伝わってきて、ボクにも少し分かりましたから」
「なるほど……」
藤岡陸将は腕組してうなづいた。
確かに、自衛隊では、呪術的な防御というものは、研究もデータ収集もされていない。
巷の自衛隊を登場させたミリタリー小説には、民俗遺産うんぬんといった部署が、そういった呪術関係の研究をしたり、資料の収集していたというエピソードもあったがーー逆に言うと、本当に研究していたら、そういった小説が巷に流布することに対して、どんなに日本が自由だといっても、何か手を打っていただろう。
第二次大戦中、アメリカでSF作家が小説中で新型爆弾について描写したら、実際のマンハッタン計画とそっくりだったため、情報漏洩を疑われ、当局につかまったという逸話がある。自衛隊だって同じ立場だったら、同じ疑いを持つに違いない。
そんな取り締まりの話がないということは、つまり自衛隊は「呪術的防御」については、全くの無防備状態だということになる。
「なんということだ……至急対策を立てないと……」
藤岡陸将は眉をひそめた。
呪術的攻撃に対する防御。
想定したことすらなかった。しかし、今はそれを想定しないわけにいかない。
とりあえず、善知鳥神社、広田神社、諏訪神社といった地域の神社や仏閣に声を掛け、邪や魔を祓う方法を検討してもらおう。
人にとりついたり、人の意識を操ることが出来るというのなら、この司令部や駐屯地そのものが、安全ではないということだ。本当にゆゆしき問題だ。
「分かった。至急対策しよう。それで土偶巨人……ドグーンはそれに操られて、この駐屯地を目指した、ということだね?」
「はい。ボクが大地母神と話をしたかぎりでは、そうでした。『三内から、わが侵略は始まるのだ!』と言っていました」
「侵略というのは、おだやかじゃないな」
「あの……大地母神は、すごく悲しがっていたんです。本当にーー悲しみのあまり、正気を失うくらいに」
「悲しがった?」
陸将は、不思議そうに聞き返した。
「はい。大地母神がこの地を見守るようになってから、たくさんの民が、飢えや寒さ、病の犠牲になったと。それから戦いによって命を落とした人がたくさんいると。その目の前で起こる悲劇の積み重ねが、大地母神を悲しませ、その悲しさのあまり、現在のように青森県に青森以外の出身者が多くなったのを見て『自分の護る民じゃない』という結論になった……」
一気に話した優太が一息つく。
「ボクが大地母神から感じたのは、そういう気持ちです」
大地母神の悲しみは身を持って感じた。でも、賛成することは出来ない。広範囲の土地で行き来するこの時代に、もはや三内の集落と同じ発想は出来ない。
「そういえば優太君、その大地母神に操られているという女の子は……」
「あ、はい。五十州舞奈ちゃんですね。三内小の6年で……」
陸将の問いかけに答える。
陸将は手元のメモにいくつか走り書きすると、傍らの副官に手渡した。
「県警に連絡して、この家の人達を、ただちに保護するように依頼してくれ。くれぐれも丁寧にな」
「はい」
副官が出て行くと、陸将は優太に向き直った。
「優太君、君はドグーンと会話が出来るんだね」
「はい! 友達ですから」
優太は断言した。
「よろしい。それと、大地母神とも会話した。そして大地母神の気持ちものぞいた。これは間違いないね」
「それは……そうです。ダメですか?」
戦っている敵と話をしたことを怒られるのではないかと、おそるおそる聞き返す。
「いや、ダメということはない」
藤岡陸将がひらひらと手を振る。
「実は重要なことを聞きたい。大地母神は『三内から侵略は始まる』と言ったんだね」
「は、はい」
優太がうなずく。
「しかし、今回のドグーンがこちら……自衛隊の駐屯地に向かってきたのは、途中で止められてしまった。つまり、侵略ですらなかったわけだ」
藤岡陸将は、おどけるように肩をすくめた。
「ということは、だ」
そういって藤岡陸将は姿勢を正した。
優太も緊張して座り直す。
「また、大地母神……彼女は攻めてくるのかな?」
「来ます」
優太はノータイムで断言した。
「大地母神は、ここ青森に住んでいる人たちの大部分を、ここの出身じゃないーーこの土地に生まれた者の血を引いていない、というだけで憎んでいました。攻めることにためらっていないんです。最後の最後にドグーンが操れなくなっても、攻める気持ちはすごく持っていました」
ここまで言い切って、一息つく。
「だから、絶対攻めてきます。すごく本気です。ボクはそう感じました」
「そうか……わかった。ありがとう」
藤岡陸将はうなずいた。
第9師団の厳しい状況は、過ぎ去ってはいないようだった。
「これは手ひどくやられたなあ」
中野渡技官は、メンテナンス台に横たわる大和を見て、ため息をついた。
「装甲はともかく、腕はフレームがゆがんでいる。ドグーンはかなり力が強いらしい。メインフレームはどうだ?」
本体部分をチェックしている部下に問いかける。
「幸い無事です。通常行動に支障はありません。ただーー」
「何だ?」
「肩や油圧系統にかなり負荷がかかった様子があります。これ以上戦闘をするとどうなるか」
「やれやれーー試作機だからな」
中野渡技官は、ため息をついて首を横に振った。
実は、一般に流布されている「常識」と相反して「試作機」というのはーー量産型と比べて、弱い。
兵器開発では、試作機よりも、正式採用された量産機の方が強いのだ。
一般的に「開発のために、実際の生産よりもふんだんに予算をつぎ込んでいるのだから、大量生産のためにコストカットした量産機よりも、性能が高いだろう」と考えがちだ。
しかし、試作の段階で、要求される性能に近づけるためにいろいろと試した結果、試作機は工業製品として、不安定なのだ。
そういった不安定な部分を、量産化のために設計を整理し、工業製品として生産性を考慮したものが「量産機」だ。だから量産機は試作機にくらべて工業製品として頑丈で、性能も安定している。結果として信頼性も高く、試作機よりも強い。
某国民的人気アニメで、試作機の名を冠した機体が無敵の強さを誇った描写がされたおかげで誤解されているが、実際にはそういう「試作機が高性能で、量産型の敵に対して無敵」ということはない。
実例をあげれば、歴史的名機の誉れ高いゼロ戦ーー零式艦上戦闘機の「試作機」など、急降下試験で異常振動を起こして、空中分解している。試作の設計の段階で設計ミスがあったからだ。
試作機というのは、往々にしてそういった問題を抱えている。だからこそ、そこを洗い出し、改善するために行うのが「試作機」なのだ。
高い性能を目指す「試作機」という意味では「技術試験機」がこれにあたるだろう。目標とする技術の開発のために試作される。ただし技術開発のためであって、非武装の場合さえあり、やはり「無敵の強さ」はない。
この「大和」も試作機であり、要求された要目を満たして正式採用の決定はされたものの、まだまだ機体としての不安定さはぬぐえない。
開発開始からこの機体の面倒を見てきた中野渡は、試作そのものの問題を含めて、その限界を熟知していた。
「この際、マニュアルの基準は無視だ。不具合の疑いがあれば、交換基準に達してなくてもいい。ありったけのパーツを交換して、万全な状態にしておけ。次の戦闘に備えるんだ」
「次があるんですか?」
部下の一人が、疑問符そのものという表情をする。
「あん?」
中野渡技官が問い返す。
「ここは戦地だぞ。次がないとでも?」
中野渡技官は、自分の勘ーー胸騒ぎに忠実だった。
「五十州さん、こんにちはー。五十州さん、いらっしゃいませんか?」
制服姿の警官が、家に向かって呼びかける。呼び鈴を押すが、返事はない。
「留守かな」
制服姿の警官の後ろに立つ私服姿の年輩の刑事が、ため息をつく。
「自衛隊からの情報通りだと、自衛隊にテロを仕掛けたようなものです。逃げていてもおかしくはないですから」
制服警官の後ろに立つ、同じく私服姿の若い刑事が、渋い顔でうなずく。
「しかし……本気なんですか? その、自衛隊が一般市民を捕まえて欲しいとか」
若い私服刑事が、さらに渋い表情をした。
「『捕まえて』とは言っていない。『保護』だ」
年輩の刑事が訂正する。
「同じでしょう?」
「ぜんぜん違う。そもそも、ここの親子が妙な状況に巻き込まれているから、危険のないように保護して欲しい、ということだ。だいいち」
年輩の刑事が覆面パトカーに戻って通信機を操作しながら言う。
「県警に情報提供をして、依頼して来ているんだ。民間人相手に、ごり押しをする気がないっていうことじゃないか」
「それはそうですが……」
「それよりも、忙しくなるぞ」
状況を報告しながらーー留守宅に踏み込むにしても、裁判所の令状がいるーー年輩の刑事が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「なんといっても、年輩の女性ーー母親と小学生の女の子を探さがさなきゃなんない」
そんな組み合わせは、人口が多くない青森市でも、山ほどいる。
その困難さを考え、今から頭の痛くなる刑事達だった。
「海はいいのう。豊かな恵みをもたらし、わが子達を満たしてくれる」
舞奈は青い海公園で、海風に吹かれていた。
優太が自宅を訪れた時のおかしげな恰好ではなく、マニッシュな服装にあらためているので、遠目には普通の「散歩している美少女」といったところだ。
母親と父親は、うつろな視線を宙に漂わせたまま、娘の後ろに控えている。
「海の恵み、山の恵み……じゃが、それでも間に合わなかった……」
自らを慕う者達を満たすことが出来ず、飢える者達をどうすることも出来なかった。そして、さらに病魔、戦乱……それらを防ぐことも出来ないとは……神というのはどれほど無力なものかーー
しかし、それももうすぐ終わる。
ドグーンを操ってじゃまな者達を排除する試みは失敗した。しかし、あれは狼煙にすぎない。
「今度はわらわが自ら手勢を用意して、邪魔な者達を排除してくれる」
そしてこの豊かな恵みを、この地に産まれた者達にのみ分け与えるのだ。
この地の恵みはこの地に産まれた者たちのために。
「わらわの理想がもうすぐ実現する……ふははははっ!」
青森の複数の神社への祈祷依頼に対して返ってきた反応は、自衛隊の名義なだけあって、とまどいだった。
もちろん自衛隊もお役所だけあって、地鎮祭、起工式といった折々には、神事が必要であり、神社にお祓い、安全祈願の祈祷などを依頼することはある。
だが、そういう行事をおこなう時期でない時、しかも駐屯地の司令官が自ら神社に赴いて依頼するのだから、神社の戸惑いは大きかった。
もっとも、
「怪獣が出現したこともあり、そういった不幸や凶事がこれ以上ないように、青森を鎮護する神々に祈って欲しい」
と言われれば、神社としてもイヤな気はしない、というのが正直なところだった。
ということで、自衛隊の依頼によって「青森市の安寧を願う」祈祷が行われた。
もちろん、自衛隊側として、儀式の内容に口を挟むことはなかった。
ただ、一つだけ。
「魔や凶事が駐屯地の中に入り込まないよう、御札をもらえないか」ということで、駐屯地のあちこちに貼る御札を多数と、簡単なお祓いの方法を聞いたのが、唯一の自衛隊側からの要望だった。
あと、お祓いの実行日を急いだが、それは「凶事を一日も早く鎮めるため」と言い抜けて依頼した。
そのお祓いの効果があったのかどうかはともかく、しばらく大地母神の動きがなく、数日が過ぎていった。
作者の香月です。
お読みいただいている方がいらっしゃるようで、ありがとうございます。
作品もこれから終幕に向かっているところですので、よろしければ引き続きお読みいただければ幸いです。
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