第五章
「ーードグーン……といったかーードグーンよ」
『……』
「目覚めよ、ドグーン。人の手により生み出されしものよ」
『……誰だ、私を呼ぶのは……』
「わたしだ。お前が憎んでやまぬ者。お前が数千年前、最後まであらがった相手……」
『……地母神。大地母神か?』
「そうだ」
ドグーンの意識は覚醒した。視野には、復元された昔ながらの三内の集落が並んでいる。もっとも、ドグーンの記憶にあるような人の営みはそこにはない。
『魔を払う私の身体に入り込むとは……』
「魔の払う術式がわかれば造作もない。そもそもお前は分かっているはずだ。もうそこには、お前が守ろうとした人々はいない。おまえが護ると誓い、命をかけた人々はとうの昔にいなくなったのだぞ」
『なにをいう。お前が攻めた人々とてこの地……この青森の地の民だ。私の護る民に違いはない』
返ってきたのは哄笑だった。
「あのような者達は、わらわが生を与えた者達ではない! そもそも、この地で産まれたものではない者達が、ほとんどではないか!」
『地続きではないか! 産まれたところが違えども、同じ土の上ではぐくまれたものに変わりはない。どうしてそれほど憎む!』
「お前の考え方はわからん。わらわの愛は貴重なのだ。のべつまくなし、無限に与えてよいものではない。わらわの愛を与えるに値しないものには……」
声はそれと分かるほど、嘲笑を含んでいる。
「おしおきじゃ」
それとともに、ドグーンの身体が自由を失った。さらに意識が泥に沈むように浸食されていく。
『やめろっ!』
「お前の力は、わらわの力としてありがたく使わせてもらうぞ。人の生み出せし者。わらわではないものによって生み出されし者よ」
『やめろーっ!』
「……ふっ、これほど容易に我が物に出来るとはな」
かわいらしいカーテンや絨毯に飾られた部屋で、舞奈はぽつりとつぶやいた。
数千年前の戦いの時は、ドグーンを作った人々が必死に結界を張って呪いを阻止していたので、ドグーンを乗っ取ろうとしても、近づくことすら出来なかったのだ。
しかし、今の世は、建築や技術には優れていても、かつてあった呪術に対する防御は全くといっていいほど考慮されておらず、完全に無防備だ。おかげで容易にドグーンを我がものにすることが出来た。
「これで……」
復讐することが出来る。ドグーンの力をもってすれば、前回のわらわの使い魔のように蹴散らされることもなく、人間どもの攻撃を退けることが出来るだろう。
「見ていろ。今度はこの間のようにいかないぞ」
12歳のの少女の外見に似つかわしくない暗い顔で、にやりと舞奈は笑った。
「こんにちわー」
優太は、いつものように三内の時遊館にドグーンを訪れた……が。
「あ、工藤くん!」
警備の警官の一人が優太に気づくと、慌てて駆け寄って来た。
「あ、おまわりさん、こんにちわー」
「って、それどころじゃないんだ。ほら!」
警官は、優太の手をひっぱって、本来であれば警備上、立ち入り禁止のはずの時遊館裏手にある堀立柱に向かってひっぱっていく。すでに顔パスどころではなく、関係者あつかいだ。
もっとも、警察関係者から見ても、最重要関係者であることに代わりはないのだが。
「え、え、な、なんですか?」
警官の慌てぶりに戸惑いながら、優太が聞く。
「あの土偶……ドグーンの様子が変なんだ!」
「え?」
それを聞いたとたん、優太も引っ張られていた手をほどき、自分で走り出す。
時遊館の裏手に周り、遊歩道を駆け抜けるとすぐに堀立柱が見えてくる。
「え、えー?」
確かに様子が変だ。いつもは頭を上げて背筋をのばした「良い姿勢」の見本のような格好で立っているはずのドグーンが、伏し目がちの姿勢だ。しかも遠目からでも、何か異様な雰囲気をまとっているのが分かる。
「ドグーン、ドグーン!」
ドグーンの脚もとに駆け寄って正面に回り込み……優太は息をのんだ。
いつもはにこやかに挨拶をしてくれるはずのドグーンが、今日は優太に気づいた様子すら見せない。そもそも、その顔には表情が全くない。
「これって……」
ドグーンが、うつろな表情でまとう空気。それは、自宅を訪ねた舞奈が見せた空気と同じ……暗い、毒気を含んだような、攻撃的なオーラだ。
『はははは、優太よ。この間は我が家を訪問してくれて、ありがとう』
「え、なに? 誰?」
突然、耳元で声が響き、周りを見回す。が、一緒に走ってきた警官はきょとんとしている。どうやら聞こえないーー優太の脳裏にだけ響いているようだ。
『せっかく上がっていけと誘ったのに、すぐに帰ってしまって。ゆっくりしていったらよかろうに、わらわの話し相手はイヤか? すくなくとも外見は、お前が憎からず思っておる舞奈の姿を借りておるのだがな。寂しかったぞ』
からかうように語るのは、聞き覚えのある声。五十州舞奈の声だ。
「どこにいる? 出てきて話せばいいじゃないか!」
もはや人目もはばからず、周囲に向かって叫ぶ優太。
何といっても、友人のドグーンを乗っ取られたのだ。優太の怒りはマックスだ。
『ざんねん。わらわはそこにはいない。警官とやらに捕まるのは、まっぴらごめんだからな』
「ひきょうもの!」
『おいおい。どうしてそちらに都合のいいところに、のこのこ出て行く必要がある?』
どうやら口では勝てないようだ。さすがの優太もつっこみどころを変える。
「舞奈ちゃんとドグーンを解放してくれ! 話はそれからだ!」
『いやなこった。そもそもわらわは、この娘を依代にしなければ現世に介入出来ない。
そもそもこの時代は、呪術防御が全く行われていないから、建物がどれほど石造りの頑丈なものでも、ドグーンの心を操るのは簡単だったぞ。そしてドグーンには、これから使い道がある』
「使い道……?」
不吉な言い回しに、優太が眉をひそめる。
『そう。この地でーー三内から、我が侵略は始まるのだ!』
ずんっ!
いきなり優太の脚下で地響きが起こった。
「ド、ドグーン!?」
見ると、ドグーンが堀立柱から一歩踏み出している。
「ま、待ってドグーン! あいつの言いなりになっちゃダメだ!」
『あいつとはまた、ずいぶんな言い草だ。こんな美少女をつかまえて』
「別にボクは舞奈ちゃんを束縛してないよ! だいいち、いいように扱っているのは、そっちじゃないか!」
『そうだっけ?』
そんな会話を脳裏でしている間にも、ドグーンは一歩、また一歩と歩いていく。
優太はその脚にしがみついて止めようとした。
「待って、止まって! ドグーン!」
しかし所詮は小学生。身長15メートルのテラコッタ製巨人を止められようはずもない。ドタバタコメディよろしく、脚につかまったまま、軽々と引きずられていく。
それを見かねた周囲の警官たちも、優太にならってドグーンの脚にしがみつく。だが結果は全く変わらない。全く支障なく、ドグーンは歩みを進める。
「だ、だめだ、止まらない!」
「急いで本署に連絡を!」
状況に気づいた他の部署の警官達も慌てるが、その騒ぎの中をドグーンが一歩一歩
と進み、時遊館の敷地から、踏み出してしまった。
『さあ、行け、ドグーンよ! 家を踏みつぶせ! 集落を壊せ! お前の力を有象無象の者どもに見せつけるのだ!』
青森市の三内地域には縄文時遊館、青森県立美術館、運動公園、第9師団司令部がある。
一番奥ーー山手にある縄文時遊館に近いのが青森県立美術館で、史上初の異星人ヒーローのデザインをした青森市出身の前衛芸術家の資料などが、大量に所蔵されている。その先には運動公園。そこからしばらく行くと、商店街の手前に第9師団司令部がある。
「あの土偶巨人が、こちらに向かっているというのか?」
「はい。青森県警から連絡がありました。それと同時に県知事からも出動要請です。前回と同様、災害出動要請ですが……」
「ふむ……」
藤岡陸将が、顔の前で手を組んで考え込む。
「……土偶巨人の位置は?」
「国道を下り、もうすぐ県立美術館の脇にさしかかるところです」
「よし。今回は運動公園の中で迎撃する。16式の稼働全車両を出動させるんだ」
前回の怪獣の迎撃は、結果として成功した。怪獣の直接的な被害による死傷者もなく、怪獣の足止めに徹したおかげで、周囲の街への被害も極限出来た。
防衛省には前回の防衛戦による報告書を急ぎ提出し、同等の事案が発生した場合の装備の追加を要請していた。しかし、前回の怪獣出現からまだ数日。特に重装備を中心に、まだ追加の装備は青森に届いていない。
今回も、前回の時と同様、16式機動戦闘車に賭けるしかなかった。
場合によっては、装輪車両ならではの脚の早さを生かして逃げることも出来るが、装甲がMBTより薄く、心元ない。
もっとも、装甲がMBT並ならば怪獣相手に大丈夫かというと、そんな根拠もないのが現実なのだ。自衛隊が怪獣と真正面から戦うのは、初めてなのだ。
「しかし……」
なぜ、あの時に我々の援護をしてくれた土偶巨人が、まっすぐこちらに向かってくるのだ? しかも、周囲に何も攻撃することもなく。
あの土偶巨人は、少なくとも人語を理解し、現代の知識をのぞけば、概ね人の思考を理解する知性を持っていたはず。もちろん、一般市民ーーという言葉そのものは知らないまでも、土偶巨人と同じく、人々を守る勢力であることは理解しているはずだ。自衛隊という組織や勢力名は、知識として知らないとしても。
なのに今は、敵対しているとしか思えない移動をしている。
「何かある……」
しかし、何があるのだ? 今はそれを知るすべはない。
ただ確実なのは、前回、怪獣を退ける決め手になった土偶巨人の応援なしに、我々は土偶巨人そのものを足止めしなければならないという事実だ。
「あれが役に立つのか……?」
防衛省で見た20試装甲装肢体『大和』。
唯一、前回の怪獣出現後に増援として間に合った戦力。今もこの師団司令部で最終調整が行われているが……。
「まさか、味方と思っていた土偶巨人を押し止める為に使うことになるとは……」
「市民の避難が順調なのが唯一の……いや、唯一じゃないな。最大の救いだ」
前回、対怪獣防衛戦の指揮を執った小比類巻は、口の中でつぶやいた。自分が言ったことが不謹慎だと気づき、言い直す。
藤岡陸将の命令の適切さは、前回の防衛戦の結果で納得している。今回も運動公園前の中で16式機動戦闘車を率いて阻止線を引いている。
しかし、今回は知恵があるかどうか分からない怪獣ではない。その怪獣相手に、見事な剣さばきを見せて瞬殺した土偶巨人ーー見つけた小学生はドグーンと呼んでいるというーーが相手なのだ。
「昨日の友は今日の敵ーーか? これは笑えないな」
苦笑いしようとした小比類巻は、文字通り笑う事に失敗した。状況が状況だけに、頬がひきつって言うことを聞かなかったのだ。
「ドグーン、待って! 止まって!」
優太は、ゆっくり歩いているドグーンの脚元を必死に追いかけていた。
ーーひょっとして、ドグーンはあんまり操られてないんじゃないのか?
その思いは、優太の胸の内で次第に大きくなっている。
前回、怪獣が現れた自衛隊の前に、自動車でやっとの思いで追いかけたくらいの速度で走っていたドグーンが、今回は小学生の自分の脚で追いかけられる速度でしか歩いていない。
実は、街を攻撃しようとする大地母神の命に、逆らっているからじゃないのか?
それは、優太にとって確信となりつつあった。
その視界に、戦車がこちらに砲口をこちらに向けて、並んでいるのが見えた。
「ドグーン! 自衛隊の戦車だよ! 止まって! このままじゃ攻撃されちゃう!」
しがみついているドグーンに向かって優太が叫ぶ。
と、その戦車隊の砲列の後ろで、何か巨大なものが立ち上がった。
「止まってはくれないか……」
戦車隊の砲列の後方で、状況を見守っていた藤岡陸将はつぶやいた。
「止まってもらえると、ありがたいのですがね」
中野渡技官も、渋い顔で同意した。
『大和』の整備部隊を率いて、陸将の青森への帰還に同道してきたのだ。
「おや、実戦が経験出来ることを喜ぶかと思ったのだが」
少し意外な気持ちで陸将が応える。
「小官は、そこいらに転がっているウォーモンガーではありません。のべつまくなしに実戦を経験出来ることを、喜んだりはしません。自衛官として、ここで実戦を行うことが何を意味しているかは、理解しているつもりです」
まじめくさって中野渡技官が応える。
どうやら、そこいらの機会主義者とは異なり、理性的な人間らしい。
「報告します。土偶巨人接近。それと、土偶巨人の脚元に小学生ーー土偶巨人を発掘した工藤優太君と思われますーーが巨人の進行に従っている模様です!」
偵察班からの報告に、藤岡陸将が渋い顔をする。
「まずいな。このままでは攻撃出来ない」
「……出しましょう。まず、こいつで」
技官が顎で、キャリアーに横たわっている「大和」を指す。
「小学生を保護して、その後、次の行動に移りましょう」
それを聞いて、藤岡陸将が眉をひそめる。
「保護といっても、出来るのか? そういった繊細なことが。本来ならレンジャーレベルの隊員が複数人以上必要な状況だ。しかも命がけで、だ」
「そのための四肢であり、運動の自由度ですよ」
そう言われ、陸将はしばし考えてうなずいた。
「よかろう、やってくれ」
承認を得た中野渡技官が、台車に向かって叫ぶ。
「『大和』発進準備! 台車を起こせ!」
三内時遊館からずっと付いてきていた優太と数名の警官ーーさすがに小学生をこの状況で放置するわけにはいかなかったーーは、脚をひっぱったり押し戻そうとしていたが、さすがにドグーンの歩みを、遅くすることすら出来ない。
「優太君、あぶない! 自衛隊がドグーンを警戒している! このままでは攻撃に巻き込まれるぞ!」
警官の一人が、優太の手をつかんで、運動公園の入り口を指さした。
見ると、戦車が数台、こちらに向かって大砲を向けている。
「待って、待ってください! ドグーンは危険ではありません!!」
200メートルほど離れた戦車隊に向かって優太が駆けだした、その時。
戦車隊の後ろで、何かがゆっくりと持ち上がった。
それは、シートを掛けられた十数メートルの高さのものを直立させて、止まった。
シートがゆっくりと剥がされる。
「……えっ!」
優太は、そしてそこにいる全員が、驚きのあまり目を見開いた。
そこに現れたのは、人型ロボットだった。
「『大和』リフトオフ!」
中野渡技官が叫ぶ。
大和は、第一歩を踏み出した。台車のサスペンションがきしみ音もをたてる。
「歩いた……!」
思わず技官自ら感嘆の声を上げた。それを聞いた陸将が、咳払いをする。
「あー、いいかね、技官。指示を頼む」
中野渡技官が我に返り、赤面しながら大和に向かって指示を出す。
「あ、はい。大和、前方の小学生と警官をすみやかに保護。そののち、防衛線のこちら側に下がるように」
『了解』
大和が、ゴーグルタイプの視線を技官に向けうなずいた。そして、さらに歩をすすめる。
15メートル超の巨人が二体、自衛隊の防衛線を挟んで近づいていく。
一方のドグーンはゆっくりと。
そしてもう一方の大和はーー。
数歩近づいたところで、いきなり歩行速度をあげた。
そして、かがみ込んで優太と警官三名を両手ですくい上げると、そのままきびすを返して、自衛隊の防衛線まで戻ってきた。
「おおーっ!」
「すげー」
「なんて器用さだ!」
機動戦闘車の後方で待機していた救護班が、大和に連れてこられた優太や警官達に駆け寄る。
「大丈夫か?」
救護隊員に話しかけられ、優太が叫ぶ。
「ドグーンへの攻撃を止めて! ドグーンは操られそうなのを必死に堪えているんだ! 攻撃しちゃダメだよ!」
ドグーンは、優太達が大和に連れ出されても、ゆっくりと歩みを進めていた。
「操られている……?」
「はい。大地母神とかいう者に操られていると話しています。だからそれに抵抗して、動きがゆっくりになっていると言っています」
優太の話を聞き取った救護班員が、報告する。
「どう思うかね?」
とりあえず、中野渡技官に意見を聞いてみる。相対する可能性のある敵だけに、状況をいくらか把握しているはずだ。しかし、技官は首を傾けた。
「私には何とも。しかし、以前の戦闘データの動きに比べると、動きが非常に緩慢です。状況証拠は工藤優太の証言と合致していますね」
それを聞いた陸将はしばし考え、命令を下す。
「16式、主砲を土偶巨人の脚元をねらって一斉射! そののち、巨人の反応を見る」
「了解。一号車から三号車、主砲発射用意。弾種鉄鋼ーー撃て!」
どんっ! どんっ! どんっ!
後方に下がっていた技官たちの頬をはたくような衝撃波を周囲にまき散らし、16式の主砲が発射された。指呼の距離だけあって、立て続けにドグーンの脚元に着弾する。
盛大に巻き起こる土煙。それとともに、爆発はドグーンの歩みをさらに遅くさせ……ついに立ち止まらせた。
「止めたか」
藤岡陸将が小さな声でつぶやく。
土埃が晴れると、そこには無傷ーーに見えるーードグーンが立っていた。
「油断は禁物です。大和、警戒しつつ前進。防衛線の前に遷移」
「了解」
大和が16式機動戦闘車の車列をまたぎ、防衛線の前に立つ。
それとともに、ぎこちない動作で、ドグーンが再度防衛線に向かって歩き出す。
「だめか……!」
陸将が、拳をそばに止まっている16式に叩きつける。
中野渡技官が命じる。
「陸将、砲撃停止の指示をお願いします。大和、盾を装備。ドグーンの動きを止めろ。これ以上、阻止線に近づけるな」
「了解。敵土偶巨人を阻止線の前で止めます」
大和が、背中に装備していた盾を左手に持ち替え、前進する。
ドグーンがゆっくりと防衛線に近づいてくる。
大和は正面に盾を構え、機動隊の暴徒鎮圧と同じ手法でドグーンに盾を押しつけ、押し止めようとする。
「これ以上進んではいけない。おとなしく止まるんだ」
大和がドグーンをその場に組み伏せようとする。
しかし、ドグーンもそれに抵抗する。盾で組み伏せられ、膝をついた状態から立ち上がろうと抵抗している。
身長15メートルを越える巨人同士の組み合い。ドグーンの装甲が大和の装甲と擦れあってきしみ音を立て、大和のモーターが全力でドグーンの抵抗を制圧しようとする。
二体が組み合っているので、機動戦闘車も攻撃することが出来ない。手を出せないまま、二体の組み合いが続いた。
と、そこに乱入する者が現れた。
「あ、君!」
「ドグーン! ドグーンっ!」
二体の組み合いの場に駆け寄ったのは優太だった。
「なぜ避難させなかったっ!!」
振り返って救護班員に叫ぶ。
「も、申し訳ありませんっ! 土偶巨人の様子が心配だといって、後方に下がるのを嫌がりまして……」
救護班の班員が、陸将の問いかけに頭を下げる。
その間にも、優太は二体の足下に駆け寄った。
「ドグーン、分かるかい? ボクだよ、優太だよ!」
「少年、危険です。ここから離れてください」
ドグーンを押さえたまま、大和が警告を発する。
しかし、優太はそれを聞かず、ドグーンにとりついた。
膝をついて組み伏せられた状態のドグーンにとりつき、押さえつけられて位置が低くなっていた頭部にしがみつく。
ドグーンの頭は、銅鐸を逆さまに取り付けたような形で、逆円錐状になっている。その円錐の中にすっぽり収まってしまった。
「……彼は何をしているんだ?」
藤岡陸将が、優太のやっていることを推し量れず、思わずつぶやく。
「ひょっとしたら、ドグーンとやらとコミュニケーションをーー話しかけているのかも知れません」
中野渡技官が、首をひねりながらも推測する。
「ドグーン! ドグーン! しっかりして、起きてよ! 大地母神のいいなりになっちゃダメだよ! しっかりして!」
優太は必死に呼びかけた。近くなれば、それだけ声が届くと単純に考えた結果だった。
『……ぬう、優太、きさま、ここまで来て、まだドグーンをそそのかすというのか』
ドグーンの頭部に収まった優太に、大地母神が語りかける。
「もうドグーンを解放して! ドグーンはこの土地を護るために闘っているんだよ!」
『何をいう! この地に、我らが護るものなどあるものか!』
大地母神の怒りが爆発し、強力な思念が優太にぶつけられる。
それとともに、優太の脳裏に、数千年の大地母神の記憶が流れ込んだ。
「……これは……!」
豊かな三内の恵み。山の恵みと海の恵みに恵まれ、数千人の巨大集落の生活を支える日々。
しかし、それも決して恵みだけではない。
幼子が病魔に冒され命を落とす。冬の厳しい寒さや飢えで命を落とす者がいる。その度に家族が悲しみ、死別の別れに胸が張り裂けそうになる。
ーーこれは、大地母神の悲しみーーだ。
他部族との抗争。そして、南のーー中央の強大な勢力の侵略。
優太も歴史で習った、農耕民族の侵略ーー農耕によって生産力が上がり、大人口を従えることが出来るようになったが為に行われるようになった、多人数の人間による侵略行動。
それらの長い歴史を、大地母神ーーこの地を統べる神である大地母神は見てきたのだ。
そして、それらの亡くなった人々の無念、怨さが、大地母神を蝕んでいったのだ……誰よりもこの地の人々を愛しているが故に。
「ドグーン……」
優太は、数千年前、ドグーンが何と闘っていたのか理解した。ドグーンは闘っていたのだ、大地母神と。いや、大地母神に取り付き、蝕んでいた憎しみーー怨霊と。
ーーだったら、ボクも戦わなきゃ。ドグーンの友達なんだから。友達を見放すなんて出来ない。
『わかっただろう。この地に住まうもの達が、救うに値しないことを! これらの無念に涙した者達を見放した連中が、護るに値しない者達であることを!』
大地母神の憎しみの声が、物理的な圧力となって優太を再度襲う。
しかし、優太はひるまなかった。永い間の人々の営みとその結果だと理解したから。
「ああ、分かったよ。あなたの憎しみや恨みが、誰のせいでもないってことが!」
『なに?』
「だってそうじゃないか! そりゃ病気や怪我、狩りなんかで亡くなった人達はかわいそうだよ。もっと生きてほしいよ……」
思わずしんみりする優太。
「……でも、それはあなたのせいじゃないし、他の人のせいでもない。ましてや、その憎しみのために、他のすべてが犠牲になっていいなんてことはないじゃないか!」
『……愚かな。では、貴様はあくまでもわらわに逆らうのだな……』
大地母神の声が弱くなっていく。どうやら思念のつながりが弱くなっていくようだ。
『……ならば見せてやろう。神の怒りを知るがいいーー!』
大地母神の声が消えていった。
『……優太』
「ドグーン! 気がついたんだね!」
『ああ、すまなかった。心配をかけた』
「よかったあ!」
ドグーンの頭の上で、ほっとした優太が尻餅をついた。