第四章
藤岡陸将は、今回の巨大不明生物対策のために、防衛省に出向いていた。
連絡機を横須賀で降り、そのまま防衛省に向かうと、新装備について、地下で説明を受けるように指示された。
その地下というのが、驚きだった。
防衛省には役目柄、何度も来ていたが、まさか地下にこれほど広大な空間があるとは知らなかったのだ。
この地下にある広大な空間。それは地下のトレーニング場ーーというよりも、兵器のデモンストレーション場というべき空間だった。
その真ん中に、シートをかけた巨大な物体が鎮座しており、傍らに一人の男が待っていた。
男は、藤岡の肩章を見ると、すぐに向き直り敬礼した。
「藤岡陸将でいらっしゃいますね? 私は防衛技術研究所の技官の中野渡といいます。
今日は、第9師団の増援の兵器をご説明申し上げることを、拝命してまいりました。」
「藤岡です。今日はよろしく」
そういいながら、藤岡は傍らにそびえ立つものを見上げた。
そもそも第9師団は現在、深刻な戦力不足に悩んでいる。
通常の場合ならセットで運用されるはずの野砲や戦闘ヘリといった兵種が、まだそろっていないのだ。
ーーこれが要請していた増援か?
いぶかしげな藤岡の視線に、中野渡がうなづいた。
「ええ、これが藤岡陸将のご要望されていた、増援です」
うなづいた中野渡に、藤岡はまだ納得いかないという視線を向けてしまったのだろう。中野渡はさらに語をつないだ。
「今回、青森で出現した敵の性質および戦闘記録に基づいて、この兵器が適当だろう、との判断で、増援としてお送りすることになりました」
中野渡技官の口調に、ひっかかりを感じて、藤岡陸将は口を開いた。
「増援、といったが、ひょっとして増援として送ってくれるのは、これだけか?」
技官は、我が意を得たり、とばかりにうなづいた。
「はい、これだけです」
ーー上は、何を考えているのだ。
陸将は天井をあおいだ。
「戦いは数だというのに……」
古今東西、戦闘を決するのは、数だ。1台より2台。2台より4台。4台より8台……。
どれほど強くても、目の前にいない敵を討ち伏せることは出来ない。機動防御ーー移動しながらの防御にも限界がある。
「大丈夫です。今回、そのために私が藤岡陸将に本機『大和』の紹介を命じられてまいりました。必ずご納得いただけるはずです」
ーー大和? 中野渡と名乗る技官はそう言った。
しかし、旧軍のイメージを嫌うーー最近はそれほどでもないがーー自衛隊は、基本的に旧軍の兵器の名前をつけたがらない。海上自衛隊など、艦艇の名前自体が地名が多く過去の艦艇と名前が重複することが多いのだが、それでも「真珠湾攻撃に参加した艦艇の名前をつけない」という暗黙の了解が以前はあったほどだ。
それがまさか「大和」とは。
まあ確かに「ヤマト」と書けば、旧軍のイメージうんぬん以前に、大ヒットアニメで一般化してしまった古今もっとも有名な日本海軍の軍艦の名前だが。
そもそもモノは何なのだ? 背の高さから見て、とても戦車とは思えないし、まさか海上艦艇でもあるまいに。
中野渡に向き直った藤岡は、肩をすくめた。
「申し訳ないが、そもそも何を説明してもらえるのか、全く聞いていないのだ。段取りはお任せする」
「了解しました。それでは、まずモノを見ていただきましょう」
そういうと中野渡は、足場のそこかしこに控えていた部下に合図した。それとともにシートがはずされる。
その下にあったものが姿を現し、藤岡陸将は驚きに目を見開いた。
「これは……!」
目の前に立つものが信じられなかった。
いや、正確に言うと、いつか実現するとは思っていても、それは10年単位で数えた方が数えやすいくらい遠い未来の話だと思っていた。
しかも、それと自衛隊で遭うことになるとは、さらに思ってもいなかった。
シートがはずされて現れたもの……それは、巨大人型ロボットだった。
それが、目の前に存在している。
自衛隊で開発されているからには、当然兵器なのだろう。全体的に、直線的なデザインをしている。
顔はゴーグルをつけた人間のようなデザインで、かっこいいというよりは、無機質で質実剛健というイメージだ。
「これが、今回私が陸将にご説明申し上げるように命じられた「試製20式装甲装肢体、通称『大和』」です」
驚きに目を見開いたまま見上げている藤岡陸将を見て、してやったりとした顔の中野渡が紹介する。
「そうしたい?」
「『装肢体』と書きます。一般的に「ロボット」と言ってイメージされる四肢を装備した人型ロボットを、自衛隊ではそう呼称します」
中野渡が説明する。
ロボットというと、自動生産機械のように人型ではないものもロボットであり、腕などの「ロボットらしい」パーツがないものもある。さらに不整地走破のために人の下半身だけの形状の「ロボット」もあり、一言で「ロボット」呼んだ場合、対象となる範囲が広すぎる。
よって、人型、もしくは人型に近い形状のものを「四肢をもつもの=装肢体」と呼称し、人型ではない自動生産用機械ーー特に産業用ロボットなどと区別している。
「自衛隊が、すでに人型兵器を開発していて、しかも実用段階に達していたとは……」
「確かに、ここまで分かりやすく形になっていると、驚かれるのも無理はありません」
中野渡がうなずく。
「もっとも、日本の特殊な事情ーーロボットがヒーローとして子供の頃から流布しているという状況ゆえ、開発を担う人材はいくらでもいましたから」
そういいながら、苦笑する。
「かく言う私もその一人ですが」
いつの間にか、他の職員は下がっていた。藤岡と中野渡の二人だけで「大和」の周りを歩く。
「しかし、『大和』とは。陸自は2002年から兵器に名称はつけていないはずだが……」
「ああ、すみません。「大和」はあくまでも通称です。部内で「20試」では呼びにくいということで、誰かがつけた名前が、そのまま呼称になってしまって」
「なるほど。別に、公式資料に出ないならいい」
そういうと、藤岡陸将は感慨深げにあおぎ見た。
「高度な複合技術産品だ。苦労しただろう」
「兵器開発というのは、いつでもそうですよ」
中野渡が一般論で返答する。
「ただ、今回はハードルが高かったですが。藤岡陸将ほどであれば、当然、兵器の実用化のために必要な条件はご承知でしょう?」
突然話を振られ、藤岡は首をひねった。
「専門ではないので、あまり理路整然とは説明出来ないが、低コスト、容易なメンテナンス、攻撃力、機動性の優位、といったところかな?」
「すばらしい。それほど整理してお話しいただいた方は、初めてですよ」
中野渡が手放し誉める。
「人型兵器の実用化にも、当然同じ条件が適用されます。
1.現行兵器と同等、もしくはそれ以上のコストパフォーマンスで調達出来ること。
2.現行兵器と同等、もしくはそれ以下のメンテナンスで稼働すること。
3.現行兵器と同等、もしくはそれ以上の攻撃力を持つこと。
4.現行兵器と同等、もしくはそれ以上の機動力を持つこと。
この四条件が必須と考えています」
「なかなか厳しい条件だな」
苦笑いしながら、藤岡陸将が言った。
とはいうものの、藤岡にも、言わんとするところは分かる。
1のコストパフォーマンスは言わずもがな。
2のメンテナンスについても、せっかく開発した兵器が必要なときに、その性能を発揮出来なければ、調達した意味がない。
3の攻撃力については、人型兵器を開発しても、攻撃力が低いのでは役に立たない。4の機動力もそうだ。人型で歩けるといっても、必要なだけの機動力がなければ戦場では使い物にならない。
「それを全て満たしたのがこの機体……『大和』です」
デザイン的には「とても地味な西洋甲冑」というイメージを越えていないのだが、この四条件を越えているとしたら、すごいことだ。
なぜなら、この四条件は現行の兵器体型に新しい兵器を加える時には、絶対に必要な条件だからだ。
そのくせ、変な話だが、四条件全てが満たされることなど、めったにない。
例えば、一時期、新世代兵器としてもてはやされたステルス爆撃機。レーダーに捉えられずに敵地へ侵入し、攻撃出来る、などといった触れ込みだったが、これなど1と2の条件が落第ものだった。特殊な塗装をしなければ肝心のステルス性能を維持出来ない上、「同等重量の金と同じくらい費用がかかる」と言われるくらい維持管理に掛かる費用が高額だった。おかげで米軍の予定調達機数が早々にカットされてしまったくらいだ。
「高すぎて買えない」という典型的な失敗例だ。
もっとも、米軍は調達したステルス爆撃機に各州の名前を付け、艦艇のような扱いをしている。納税者に説明するためだろう。
兵器として評価が確定しているもので、落第ものの評価をされている例をあげれば、第二次世界大戦の時のケーニヒス・ティーゲル……キングタイガーなどもそうだ。
敵と一対一で対峙すれば必ず勝てた戦車として伝説的な強さを誇っているが、機動力が最悪だった。
車体そのものよりはるかに軽い戦車のパワープラントしか搭載出来ずーーそれしか調達出来なかったーー、しかも当時の技術水準では巨大な重量に対して変速装置に負荷が掛かりすぎて故障続きで、しょっちゅう立ち往生した。戦場で喪失した車体のほとんどが故障や燃料切れで遺棄されたものという伝説ーーというか事実ーーがそれを物語っている。
「しかし、これは誰が操縦するのかな?」
「操縦者はいません」
中野渡技官は軽く断言した。
「え?」
さすがに言うところが理解出来ず、藤岡陸将は聞き返した。
「こいつは無人ーー自分の判断で動きます。
「自律行動が可能なのか?]
すごい。二次元運動をするだけの自動車ですら、扱いきれていないというのに。そう言うと、中野渡はかぶりをふった。
「いや、自動車運転は安全に走らなければならないという一点においてハードルが高いんです。その点、戦場であれば、あっちにぶつかってはいけない、こっちに踏み込んではいけないといった制約はないので、やりやすいのです」
「それだけか?」
説明に不自然なものを感じて、藤岡陸将が突っ込む。
「かないませんね」
中野渡技官が苦笑いした。
「まず、全高15メートル以上の高さの兵器というのは、それだけで目立って敵の恰好の的です。そんなところにパイロットを乗り込ませることは出来ない……というのが建前です。
「建前と言ったか?」
「そうです。乗り込んだ人間がもたない、というのが実際のところです」
「もたない?」
「そうです」
中野渡技官が藤岡陸将に向き直った。
「簡単に説明します。藤岡陸将。失礼ながら、お腹に手を当てて、そのままジャンプを3回してもらえますか?」
「……こうか?」
藤岡陸将は、胃の下あたりに手を当てて、ジャンプを3回した。
「そうですーーでは、手をあてがったお腹のあたり、それなりに揺れたでしょう?」
「ああ」
中野渡技官が、にやり、と笑った。
「その揺れのほぼ十倍の衝撃で、乗っている人間が振り回されるわけです」
「ーーなるほど」
普通にジャンプしても20センチとして、その10倍……2メートルの揺れに振り回されたのでは、乗った人間が耐えられる訳がない。しかも当然、上下左右の動きに同等の揺れが、常につきまとう。機体がただ走ったとしてもそうだ。
人型の機動兵器というのは、これほど扱いがたいものなのか?
そもそも、人間の動作が10倍になって反映される、というのは盲点だった。
「よく開発中止にならなかったものだ。普通だったら『運用に耐えない』という理由で開発中止だ」
「運良く自動車の自動運転技術が、かなり進んでいましたのでね。仕様変更の説得材料には最適でした」
中野渡が飄々とした表情で言う。
「それに、自動操縦のロボットというのも、モビルドールとか結構あり、概念としては十分にイメージできました。史上初の敵ロボットである機械獣など、そもそも人工頭脳ーー自動操縦そのものですよ。あまりの動きの自然さに、機械の獣ーー機械獣だと弓教授が例えて、その名がついたんです。イヤですねえ」
「このロボット……装肢体という言い方でいいのかね?」
「将来的には、今回の技術を援用し、作業用に腕や上半身だけを装備した型や、場合によっては不整地で行動が容易なホバリングを下半身に装備した型、なども考えられています。いわゆる『脚なんて飾りですよ』というやつですな。装肢体としての共通項は『四肢のいずれかがある』ですから」
藤岡陸将も、ロボットアニメを子供のころに見ていた世代だ。その「名言」の元ネタがわかるので、苦笑した。
「そもそも二足歩行は、不整地走破性が売りのはずだが。ホバリング移動の仕様にしたら、本末転倒ではないのかな?」
「そこが痛いところです。やはり脚がいらないのは、宇宙の戦場の特権ですね」
中野渡技官が苦笑いをする。
「そういえば、この『大和』、武装はどうなっているのかね?」
肝心の事を聞き忘れていた。これほどの機体だ。どのような火力ーー武装を持っているのか。
「はい。腕を装備していますから、当然両手で武器を扱います。両手で武器を持ち変える柔軟さを生かして、状況に応じて武装を交換するのが売りです」
やはりそうか。ロボット兵器の概念上の最大の売りは「何でも使える」というところにあるのだから。
しかし。
「そもそも、武器は何を用意しているのだ? まさか『戦艦並のビーム咆』でもあるまい」
藤岡陸将が必死に脳裏の記憶を掘り返して、思い出したフレーズをぶつけると、痛いところを突かれた、とばかりに中野渡技官が苦虫を噛み潰した顔をする。
「自衛隊もビーム砲はさすがに開発していません。誘導弾迎撃用のレーザー砲の試射まではしましたが。そもそも実用的なレーザー砲は、その出力を叩き出すパワープラントが肝なんです。ましてや『戦艦並のビーム砲』と来た日には……」
中野渡技官が肩をすくめる。
「ご存じのとおり、そもそも戦艦という鑑種は現在ありません。さらに古今東西の戦艦はビーム砲など装備していません。なのに「戦艦並のビーム砲」とやらを想定するとなると……」
「無理か」
「無理ですね、やっぱり」
中野渡技官が渋い顔をする。
「そもそも戦艦の艦砲を想定するなら、第二次大戦型の戦艦であれば、40センチ砲となります。陸上兵力換算するなら、40センチ砲で陸上を艦砲射撃すると、湾岸戦争の場合、おおよそ……」
中野渡技官が天井を仰ぐ。
「おおよそ、一個師団の打撃力と同等と言われています」
まさか一機の陸上兵器で、一個師団並の戦力となりうるはずもない。携帯出来る現行火器を使うのであれば、極端な話「多少機動力の高い移動砲台」の域を出ない可能性もある。
「現在、二十試用に用意している武器は、両こめかみに装備している頭部バルカン砲、手持ちの105ミリ砲、それとアサルトナイフ、日本刀です。あ、あと盾も作りました。装備出来ます」
「105ミリ砲は単発かね?」
「単発です。ドラム缶みたいな薬莢が降ってくる120ミリマシンガンをご希望でしたら、諦めてください。120ミリといったら、そもそもMBTの主砲クラスですよ。それをマシンガンにするとしたら、どれほど冶金工学的なブレイクスルーが必要になるか」
中野渡技官が首を横に振る。
「ふむ……それはいいが」
本当に「多少、機動性のある砲台」以上の働きが出来るのか?
「こう言っては何だが……よく言われる『二足歩行が出来るようになりました』と喧伝される人型ロボットではーー」
ぎこちなく歩行する程度では、そもそも戦力にならないのではないか?
藤岡陸将の意味ありげな視線に、中野渡技官が微笑んだ。
「大丈夫ですよ、陸将。『大和』の真価は四肢を生かした柔軟性のある総合力です。今、お見せします」
そういうと、技官は陸将を案内して、壁際に下がった。同時に、どこからともなく現れた研究員達によって、「大和」の起動準備が行われる。
「いいですか、陸将」
「ああ、やってくれ」
藤岡陸将がうなずくと、中野渡技官は、立てた人差し指を目の前に振って合図した……。