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第二章

「へー。大きさ15メートルの巨人の土偶?」

 小学校へ向かいながら、優太は同級生にドグーンの話をしていた。

 ちなみに話の相手は五十州舞奈。ほっそりした見た目の可愛らしい同級生で、クラスでも明るい人気者だ。

 もっとも優太としては、話しやすく気のおけない同級生である。

「そう。すごいんだよ、見上げるような大きさで、今は堀立柱のところに立っているんだ」

「立ってる?」

 意味が分からず、舞奈が首を傾ける。

「うん。堀立柱ーー三内の6本の大きな柱だよ、あれがドグーンの祭壇なんだ。その祭壇でエネルギーを充填するんだってさ」

「ドグーン?」

 聞き慣れない単語に、舞奈がさらに聞き返す。

「ドグーン。その巨人の土偶にボクがつけた名前だよ。かっこいいだろう?」

「土偶だからドグーン? ……うーん」

 舞奈が微妙な笑顔を見せるが、優太は気づかない。

 二人は、話をしながら学校へ向かう。その途上、時折パトカーが通っていくのに気づいた。サイレンは鳴らしていないものの、スピードを上げて通り過ぎる白と黒に塗り分けられた車体は、それだけで、通りの周囲に緊張感を振りまいている。

「なんか、今日はパトカーが多いね」

「うん、事故かなあ?」

 そのまま学校についた二人が、教室に入る。

「おはよー」

「おはよー」

 クラスメイトと挨拶を交わしているうちに、予鈴がなり、担任の篠田先生が入ってくる。

「起立、礼!」

 当番の号令に合わせ、担任の篠田先生に礼をするが、いつもは表情の明るい篠田先生の表情が、今日は少し堅い。

 ーー何があったんだろう? 来る時のパトカーの関係かな?

 この近辺は、山が近いこともあり、ごくまれにクマが出たりする。そんな事態だろうか。

「えー、今日の授業は午前だけの短縮になる」

「えー」「わーい!」

 おどろきの声がクラス中にあがるが、9割方は「ラッキー」といわんばかりの喜びのトーンだ。

「先生、何があったんですか?」

 まじめな舞奈が、手を挙げて先生に聞く。

「ああ、じつはな」

 困った、と言わんばかり表情で、篠田先生が口を開く。

「三内の遺跡に、昨日の夜、いきなり土偶が出現したんだ」

 自分自身も、訳が分からない、といった表情で篠田先生が話し出した。

「土偶って……」

「どんなのだ?」

「おもしろそうだな、見に行こうぜ」

「あーこらこら。静かにしなさい」

 見に行こうとか、不穏な話をする子供達をたしなめる篠田先生。

「何でも身長15メートル近い大きさの、例を見ない大きさの土偶だそうだ。もっとも土偶は土偶だから危険性はないとは思うが、いきなりそんなものが出現したし、どんな目的のいたずらか分からないから、念のために今日の授業は……あ、おい、工藤!」

 優太は教室を飛び出した。




「はい、押さないで! 何もありませんから!」

「今日は立ち入り禁止です!」

「危険はありません。あぶないですから下がって!」

 時遊館の前の道路は、野次馬整理の警官によって封鎖されていた。駐車場は、報道関係の車で満杯だ。警官達は声を枯らして矛盾したことを叫んでいる。

 三内小学校は時遊館まで、坂道だが小学生の足でも数分の距離と、結構近い。教室を飛び出した優太は、学校から走って直行した。そして新聞記者や野次馬が群をなしている入り口を目の当たりにして、おおごとになっているのに呆然となった。

 いてもたってもいられない。優太は、まずはどこかの小さな探偵よろしく規制線を身を屈めて突破しようと試みた。

 が、あっさりつまみ出されてしまった。

「優太!」

「隆治兄さん!」

 つぎにどうやって入り込もうかと、やきもきして周囲を歩き回っていて、優太は隆治に声を掛けられた。

「隆治兄さん、ドグーンが、ドグーンが!」

「まあ落ち着け。今出来ることはない。というか、あの土偶が何かをされるにしても、まず学術調査だし、手荒なことをされることはないから、安心しろ」

 そう言われて、優太もようやく落ち着きを取り戻した。

 発掘物の学術調査といったら、まず対象物をきれいに取り出すために、刷毛で土をはらうのを思い出したのだ。

 とりあえず、傷つけられたりする心配は、まずないだろう。

「いやあ、気が回らなくてすまんな」

 隆治は、優太に頭を下げた。

「確かに、昨日の晩、あのままにしとけば大騒ぎになるのは分かり切ってたよなあ」

 髪の毛に手を突っ込んで、失敗失敗とばかりにぼりぼりかく。

「あの土偶の巨人が安らいでいるのと、堀立柱があまりにもあの巨人にしっくりしてたもんだから、一晩くらいいいだろうと思って、そのままにしてしまった。油断したわ」

 そう言って宙を仰ぎ見ると、取材陣を押しとどめている警官の群れを見やった。

「それに、何か動きがあるとしても、二、三日は時間があると思ったんだがな。まさかいきなり警察が出張ってくるとは思わなかったよ」

 隆治は今度は、苦虫を噛み潰したような表情で、取材陣を見やった。ただ、あくまでも「ドグーン」という単語を使わずに話している。

「で、ドグーンはどうなるの?」

 優太としては、気になるのはドグーンの行方だ。縄文を知る巨人と友達になったのだ。離れがたいの一言につきる。

「そうだなあ……普通に考えたら、発掘物の仲間入りをして、自律的に動いている理由を延々と調べられる、というところか?」

 そう口では言っているが、もう一つ、優太に面と向かって言っていないこともあった。

 このパニック的な状況では、優太が発掘したという事実はうやむやになってしまう、ということだ。

「三内のすぐ近くに、身長15メートルの土偶型の巨人が眠っていた。しかも、今の今まで見つかっていなかった」という信じがたい事実は、文字通り信じてもらえないだろう。少なくとも、マスコミには。

「そんなあ……」

 優太も校外学習で、三内丸山縄文時遊館を見学したことがある。なんと言っても学校から指呼の距離だ。

 厳重というわけではないが、保存処理区画、復元区画など、しっかりと区分けされた施設の中にドグーンが納められたら、おいそれと会うというわけにはいかないだろう。

「……うーん」

 隆治も、寂しそうな優太の表情を見て、何とかしてやりたいと思った。何と言っても、こんなにっちもさっちもいかない状況になったのは、自分の甘い見通しのせいなのだ。

 隆治は、ここにくるまでに胸の内で考えていた方法を優、太に提案しようと心に決めた。

「……優太、いいか」

「なに?」

 隆治の改まった表情に、優太も表情をあらためる。

「これから言うことを実行したら、かなりいろいろとつらい状況になるかも知れないが……巨人、いや、ドグーンのために頑張って耐える覚悟はあるか?」

 そう言われて、優太は一も二もなくうなづいた。




 翌日の青森県の地方新聞は、トップで三内丸山遺跡に突如現れた巨人を報じた。

『三内に巨人現る』

『身長15メートル以上の武人型土偶』

 そして、それを発掘した小学生のことも。

『小学生が三内近辺で発掘』

 記事の掲載は、隆治が仕組んだものだった。

 隆治の大学の先輩が、地方紙の新聞記者をしていて、その伝手で優太が発掘した事実を流したのだ。

 実はその先輩も、最初は話半分……というより、全く信じていなかったのだが、優太が詳細に撮影していた写真を二、三枚メールしたら、十数分で飛んできた。地方紙の本社もこの近くなのだ。

 地方紙には、優太の発掘の様子や、優太本人が自撮りしたドグーンとの写真も掲載されていて、記事はあっという間に拡散された。さすがに優太本人の素顔は隠されていたが。

「ここまで既成事実を作ってしまえば、発掘の成果は優太のものだろう。余人に手柄を横取りされる心配はない」

「そうだけど……なんかすごい反応だよ、兄さん」

「そもそも優太が第一発見者なのは事実だ。ためらう事も、ひけめを感じる事もない」

 三内にある自宅の自室で、地方紙のトップニュース画面を見ながら、隆治は悪い笑みを浮かべた。反面、となりの元太は戸惑っている。

 記事のリンクと記事そのものには、全国からコメントが殺到している。

 賞賛や妬み、さらには何の根拠があるのかわからないが「嘘をつかないでください!」と決めつけたものまで、さまざまだ。

「ああ、ほとんどは脊髄反射レベルのものだから、無視していい。ただ、優太にはあまり見せるなよ」

「あいつ、ネットニュースには全く興味がないから、心配はないと思うけど、一応気をつけるよ」

「こんにちはー。隆治兄さんいるー?」

 言うが早いか、外から声が聞こえ、どたどたと優太が入ってきた。

「あ、優太、おまえ、大丈夫か?」

「え? 何が?」

 見るなり、元太が優太の心配をするが、優太自身はきょとんとしている。

「その様子なら大丈夫そうだな」

 何を気にするのか、と言わんばかりの優太の様子に、隆治がほっとする。

「それより、ほら。ボク、新聞に載ったよ!」

 優太が、新聞に掲載されたドグーンの記事を広げた。

「どれ……ふん、なかなかまとまっているな」

 モノが発見の第一報で、考古学的な事実は詳細を含めてまるで分からない土偶巨人の記事なので「見つかった」という事実の内容の報道が主体の記事だが、それでも発掘のいきさつなどが具体的に掲載されている。

 もっとも、そのいきさつ自体が「掘ったら見つかった」レベルでしかないのだが。

「ふん、『三内丸山遺跡はまだまだ謎と可能性を秘めており……』まあまあかな」

 大学の先輩の書いた記事なのだが、隆治は遠慮なく品評している。

 そしてふと気づいて優太に問いかけた。

「それで、ドグーンとは会えたのか、優太?」

「あ、それそれ! 話も出来たよ!」




 くだんの新聞記事を執筆した新聞記者と会った時に、取材名目で三内丸山遺跡に立ち入る許可を警察から取り付けてくれたので、優太も現場に入ることが出来たのだ。

 そして、ドグーンの近くにも近寄れた。

「あ、君、あまり近寄ったらどんな危険があるか……」

 近くにいた警官が、無警戒で近寄る優太に注意する。

「ドグーン! おはよう」

『ああ、朝だ。優太、元気か?』

 今の今までじっと立っていたドグーンが、優太が近づいたとたん、顔をそちらに向けて声を掛けた。

「しゃ、しゃべった!!」

「どうしてだ!?」

 それを見ていた警官達が驚いて騒ぎ出す。

「ドグーン! おまわりさんたちに迷惑を掛けてないよね。ドグーンは身体が大きいから、少し動いても大変だよ。気をつけてね」

『おまわりさん? そこにいる同じ衣を着た者たちのことか? 了解だ』




「はあ、すっかり仲良しだな」

 現場に立ち会わなかった隆治が、感心したような、あきれたような口調で言う。

「ドグーンは友達だよ」

 優太は気負うでもなく、当然のように言った。

「ともだち、ねえ」

 隆治はつぶやいた。

 優太とドグーンが警官達の前で和気藹々と会話した状況は、あっという間に地域に広まった。土偶型巨人と人間のコミュニケーションというトピックスは、好奇の的となり、優太は一躍説時の人となった。

「ねえねえ、あの巨人と優太って、どういう関係?」

「すごいよねえ、なんでも言うこと聞いてくれるの?」

「あの巨人ってーー」

 小学校でも、登校してすぐに囲まれてしまい、質問責めだ。

 とはいうものの、一介の小学生、しかもドグーンは分からないことだらけ……というよりも分かっていることがほとんどない。答えようがないまま数日たつと、さすがに潮を引くように同級生の和が引いていき、クラスの様子は普段の通りに戻っていった。




 異変は、そんな時に起こった。

「おはよー」

 いつものように三内小学校の教室に入っていくと、周囲に微妙な空気が漂っている。

「……どうしたの?」

 きょろきょろあたりを見回して、元太に聞く。

「ああ、あれ……」

 元太がこっそり指をさした方を見ると、五十州舞奈が席に座っている……が」

「様子がおかしいんだ」

「……へ?」

 いつもは明るく友達と話をしている時間帯なのに、今は黙って席に座り、うつろな表情で前を見て座っている。それどころか、目の周りに隈をつくっている。

 どう見ても、いつもの舞奈ではない。

「……舞奈ちゃん、どうしたの?」

 優太が何の気なしに話しかける。

 すると舞奈は、ぎぎぎ、とでも音を立てそうなぎこちなさで、優太の方を振り返った。

「優太ーー」

「……え?」

 地の底から響くような低い声に、思わず聞き返す。

 しかし、舞奈はぎこちなく立ち上がると、こんどは明確に叫んだ。

「優太! あの巨人を処分しろ!」

「は? ドグーンを?」

「ドグーンといったか? あのふざけた名前の巨人を今すぐ処分しろ! あれは私にとって邪魔なものだ。我の野望の妨げになる!」

 そう言って、五十州舞奈がつかみかかってきた。

「わ、あ、舞奈ちゃん!」

「優太!」

「舞奈ちゃん!」

 優太が思わず後ろに倒れ込むが、舞奈は優太を責め立てるのをやめようとしない。

 運良く教室に入ってきた篠田先生が、舞奈を羽交い締めにして引き離す。

「どうした、何があった? やめないかっ!?」

 引き離されたものの、五十州舞奈は篠田先生に押さえられたまま、じたばた暴れている。

「ど、どうしたんだ、五十州! こんな乱暴なことをして! 工藤、なにがあったんだ?」

 優太は訳を聞かれたものの、答えようがない。

「訳わかりません。いきなり舞奈ちゃんがつかみかかってきて……」

「そうか。五十州、おちつけ。何かあったのか?」

 篠田先生に押さえられたまま、じたばたしていた五十州が、先生の腕をふりほどいて、暴れるのを止めた。もっとも、興奮したままで、息を荒くてしている。

「……ふん、舞奈帰る!」

 そう言い捨てて、教室を出て行ってしまう。

「おい、待て、五十州、待てったら!」

 あわてて追いかける篠田。

「……なんだったんだろう?」

 訳が分からないまま、優太はつぶやいた。




「……ということなんだ。訳わかんないよ」

「ああ、あれはびっくりしたな」

 元太と優太が、昼間にクラスで起こったことを隆治に説明した。

「……ふうん」

 最初はたいして興味なさそうに……小学生同士の喧嘩だから当然だ……聞いていた隆治も、五十州舞奈の様子を優太が話し始めたあたりから興味を示し、じっと話を聞いていた。

「ーーよし、いくぞ」

「え、行くって、どこへ?」

「三内だ……ドグーンのところへ」

 さすがの隆治も、土偶巨人といちいち言うのが面倒になったのか、ドグーンという名前を使い始めた……らしい。

「兄さん、ドグーンと舞奈ちゃんのこと、関係があるの?」

「わからん」

「……え?」

 元太の問いに、きっぱりと「わからない」と答えた隆治に、優太と元太がずっこける。

「しかしな」

 隆治が上着を羽織りながら答えた。

「一方に前代未聞の土偶型巨人が発掘された。もう一方に前代未聞……その子は暴力をふるうような子じゃないんだろう?……の行動を取った子がいる。この双方を何の関係もないと考えるのは、想像力貧枯というものだ」

「そうなのかなあ?」

 優太は、納得がいかないという表情で立ち上がった。




『ふうむ……』

 優太と元太から事情を聞いたドグーンは、考え込んでしまった。

 ちなみに有名人になってしまった優太は、警備の警官達から名乗っただけで通してもらっていた。

 有名になった利点だ。

「ドグーン?」

 表情は変わらないものの、見るからに考え込んでいるのが分かるそぶりに、優太が心配して呼びかける。

『優太、前に私は、この集落を守らなければならない、と言ったことを覚えているか?』

「うん……」

「そうだ、それが疑問だったんだ」

 隆治がドグーンの顔を仰ぎ見ると、呼びかけるように語り出した。

「君は大きい。その巨体は、それだけで大きな力を秘めているだろう。しかし縄文……過去、数千人の大規模集落があったとはいえ、明らかにオーバースペック……威力がありすぎる」

「え? でも、集落を守るためだったら、強ければ強いほどいいんじゃないの?」

 まるでドグーンを責めるような話筋にいたたまれなくなった優太は、ドグーンをかばうように言った。

「場合によっては、そういう考え方も出来る。特に、特別なことをしなくても、強い力を準備出来るならば、だ」

 隆治がうなづきながら言った。

「しかし、ドグーンは違う。そもそもこの巨体を作るだけでも、それなりの設備と、膨大な労力の事前準備が必要だろう。それだけでも大変だ」

「あ……」

 思いつかなかった。虚を突かれた優太が驚く。

「しかも、それ以外の準備、さらには維持のための堀立柱を建造するのは、当時としてはとてつもなく大きな負担だったに違いない」

 隆治はドグーンを仰ぎ見た。

「そこまでの無理を押してまで、ドグーンは建造された。当時としては超ハイテク製品だ。現代で言えば、地方自治体がイージス鑑を建造するようなものだろう。とにかく、他集落との勢力争いや鳥獣といった、普通に想定出来る脅威との戦いを目的としているとしたら、強すぎるーー君はいったい」

 いったん言葉を切って、隆治はドグーンの顔を見上げた。

「君はいったい、何と戦い、何に備え、何から三内を守る使命を背負っていたんだ?」

 隆治が畳みかける。

「隆治兄さん……」

 優太は隆治の言葉に呆然としていた。

 はっきり言って、優太はそこまで考えていなかった。

 ただただ、強くてかっこいい、縄文時代を知る友人が出来たことを喜んでいるだけだった。

 しかし、隆治の指摘したことが大事なことは良くわかる。優太はつばを飲み込み、ドグーンの回答を待った。

 やがて、ドグーンがつぶやいた。

『……母神…』

「え?」  

『地母神。大地母神だ』

 大地母神。その単語を聞いた隆治が、唖然とした表情をして天を仰いだ。

「大地母神……こりゃまた、ずいぶんな相手を敵に回したもんだ。よりによって神様かよ」

「ちぼしんって……神様なの?」

「ああ、地母神って土地の地に母と神。一般的に言って収穫や豊穣の神、生命を生み出す神だ。日本神話だとイザナミ、ギリシア神話だとわかりやすいところでガイアとか、農耕の恵みをもたらし、生命を生み出す女神っているんだよ。でも……」

 困り切った、と言わんばかりに、隆治が嘆息する。

「またエラいものと戦ったものだ」

『大地母神でありながら、彼女は皆に恵みと命をもたらす存在であることを辞めた。それに気づいた我々は、全力で抗ったのだ』

「ね、ねえ、ドグーン……その戦いって……どうなったの?」

『ああ、引き分けた。大地母神は封印されたが、そのかわり、私も力尽きて、眠りについた。その後は優太に起こされるまでそのままだ』

 優太は驚いた。自分が発掘したその時、数千年前には神様と戦っていたのだ。

「それで、五十州はどうなんだ? あいつがおかしくなったのは、その関係か?」

 元太が、話が逸れたことにじれて、強引に話題を戻した。たしかに同級生の様子は気になる。元々はその話なのだ。

『それだが、その娘はふだんは攻撃的ではないのだろう?』

「ああ、口げんかひとつしたことないぞ。暴力なんてとてもとても」

 元太が肩をすくめていう。

『そうか……』

「やっぱり、今回の件に関係するの?」

 優太が不安げに聞く。

『ああ……』

 ドグーンはうなづいた。

『大地母神……神はそのままの姿では現世に関わることは出来ない。依代が必要だ』

「よりしろ?」

 聞き慣れない言葉に、優太が首をひねる。

「よりしろ。要するに神様には実体がないので、生身の人間を仮初めの身体として取り付くんだ。下世話な言い方をすれば、幽霊が取り付くのと同じようなもんだ」

「ひえー」

 一緒に聞いていた元太が声を上げる。

「じ、じゃあ……舞奈ちゃんは、大地母神に取り付かれたってこと?」

『女性という点で巫女としての適正はある。可能性は高い』

「おいおい、地母神って豊穣の女神だろう? 舞奈ちゃんってまだ小学生……12歳

だぜ。とてもそんな……」

『12歳。すでに適齢期ではないか』

「ええっ!?」

「うそっ!」

 現代としては非常識なことを当たり前に言ってしまうドグーンに、隆治は額を押さえてため息をついた。

「ドグーン……現代は人の寿命は7、80年ある。出産は20歳代が適正とされている」

『そうか。失礼した。この時代は人の寿命が長いのだな』

「それはともかく……確かに現代に、12歳では「豊穣」というイメージではないがーー「豊穣の女神」というのは生命を生み出すというところから女性がイメージされたものだからな。神としては女性という点で依代とするのに問題ないということなのだろう」

「じゃ、じゃあ舞奈ちゃん、大丈夫?」

「……一応、様子を見に行こうか。とりあえず、この一件と関係があると分かっているのは我々だけだからな」

「わかった」

『気をつけてくれ』

「うん」




「……ただいま」

 小学校から帰った舞奈は、すぐに自室に籠もった。

 ーーなんだろう、いったい?

 篠田先生に対する態度。優太君には喧嘩までふっ掛けてしまった。

 さらに、昨日の夜からずっと脳裏に響き続けている声……時を恨み、集落を恨み、時代を恨み、この世のことわり全てを恨む怨嗟の声。

 それは舞奈の意識に、まさに土足で上がり込み、どんどんその意識を浸食していた。

「……これって、これって……!」

 何なのか分からない。しかし、母親のように暖かく、その裏側で冷たくもある。

 そのささやきは、舞奈の意識をからめ取り、その声の望む行動を取らせようとしている。

 ーーさあ、私とともに立ち上がるのだ……命を見捨て、手を差しだそうとも、かばおうともしなかった連中に、いまこそ復讐を!!




「こんにちはー。舞奈ちゃんいますかー?」

 優太を先頭に、五十州家の呼び鈴を鳴らしていた。

 舞奈はあの後、学校を早退していた。たしかお母さんは専業主婦なので、家にいるはずだ。

「……いないのかなあ?」

 家の中では反応がない。

「どっか寄り道してるのかな」

「早退してか? あのまじめな五十州が?」

 クラスでもまじめな方の舞奈が? という元太の疑問に、優太も首を傾ける。

 疑問だが、いないものはしようがない。

 諦めて、帰ろうとした時に、玄関ががらっと開いた。

「どなたですか?」

「あ、はい、三内小の同級生の工藤優太といいます。舞奈ちゃんはいますか?」

 と言ってから、優太はびっくりして出てきた女性を見た。

 女性は年格好から舞奈の母親だろう。

 が、様子がおかしい。

 今朝の舞奈と同じで、目の回りが黒く隈を作っていて、表情がうつろだ。

 さっきから言っているいわゆる「取り付かれている」状態だ。

「舞奈はさっき学校から帰ってきて、家にいます……どうぞ、お入りください」

 そういって、お母さんは玄関を大きく開けた。

「あ。はい、失礼しまー……」

「……優太くん?」

 玄関に入ろうとしたところで話しかけられ、優太は顔を上げ……そして呆然となった。

 玄関の中に立っていたのは、舞奈だった。

 ただ、格好が異様だった。

 白い布……シーツだろうか……それを上半身と腰のあたりに巻き付け、腹部や脚は剥きだしになっている。

 露出が大きいわけではないが、素肌をさらした格好で、しかも半眼で異様に光るまなざしで見つめられ、優太は固まってしまった。

「どうしたの?」

「い、いや、その……」

「せっかく来たんだから、上がっていったら? 遊んでいけばいいでしょ」

 舞奈の微笑みーー美少女だが幼い容貌に似つかわしくない、嫣然たる微笑みだ。当然、優太は訳も分からず戸惑っている。

「いやあ、これはかわいらしいお嬢さんですね、五十州さん」

 隆治が優太の横に立った。

「私は元太と優太の友人、鮫島隆治と申します。ちょっと今の舞奈さんの格好は優太には刺激的すぎるので、今日のところは失礼します。

 隆治は、強引に優太の肩を押して外に出て行った。




「あれはまともじゃないぞ。お母さんも完全に取り付かれているな」

「そうなの?」

 優太が隆治に問いかける。

「そりゃそうだ。幼い娘があんなけったいな格好で人前に出て、平然としている女親はいない」

 元太と優太を連れ、隆治は車に戻る。

「これは、なんか対策を考えないとやばいな」

 五十州(いそす)

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