第一章
「……あれ?」
優太は、土を避けていたハンドスコップの先に当たった違和感に、眉を潜めた。
ここは、青森市郊外の道ばたの空き地。
少し離れたところには、青森県の地元にある縄文文化を保存・展示するための、三内縄文時遊館の建物が見える。
もともとここは昔から、地元の子供が土いじりをすれば、必ず縄文土器の破片を見つけて拾う、と言われる土地柄だ。実際にここの出身の優太の父も、子供の頃に縄文土器の破片をいくつも拾ったという。
もっとも、優太が生まれるはるか以前の話で、すでに遺物は残っていないというが。
現在は、縄文時遊館が、近隣の遺跡を保護している。
保護自体は。古代の歴史に興味深々の優太にとってはありがたいことだが、自らの手で遺物を発掘する機会が遠くなってしまったことは、歯ぎしりしたい事実だ。しかしこればっかりは、仕方がない。
というわけで、今日は父親が子供だったころの夢をもう一度、と思って素人ながら、三内丸山の縄文遺跡の近くの地域を掘れば、何か見つかるのでは? と思って探しにきたのだが……。
「何かあったのかな?」
心許ないながらも、胸の中に灯った望みに心を踊らせながら、ハンドスコップの先を動かす。
スコップの先に当たったものに沿って土を除いていく。
それはかなり大きく、しかも深い。最初は大きめの瓶か何かの破片くらいに思っていたのだが、掘っている範囲は深く、しかもどんどん広がっていく。
「これは、ずいぶん大物だぞ……」
わくわくした気持ちに高まる鼓動。どんどんスコップを動かしていく。
しかし、それはどんどん広範囲になっていき、しかも深くなっていく。
土と埋まっているものの間を除けて、かたちをなぞっていくと……。
「これは……!」
埋まっていたのは人型ーー素焼とおぼしき人形だった。
しかも、聞いたこともないくらい巨大な人形が、地面に半身を埋もれた形で埋まっていたのだ。
見た目の形状は、以前、歴史番組の再現画像で、前方後円墳を守護する形で飾られた人形に近い。しかし、全体的な形状や細かい部分が写実的に表現されており、どちらかというと、中国の秦の始皇帝の墓を守るため、副葬品として大量に埋葬されたという兵馬俑ーー素焼の兵隊達の方が、見た目は近いかもしれない。
しかし……。
「なんで、こんなものが」
優太の頭の中を、三内丸山遺跡の歴史が頭をよぎる。
以前から考えられていた考古学上の縄文時代の「常識」を覆した大発見。
まだ農耕生活をしておらず、食料等の生産性の低さから、数家族単位でで移動を繰り返して狩猟・採集生活をしていたと考えられていた、日本の縄文人。
その想定をくつがえし、数千人の集落を構成して定住し、それどころか後年考えられていた、弥生時代でなければ行えなかったはずの大規模土木工事まで行っていたという、歴史上の一大トピックス。
どこをどう間違えたのか、普通のサラリーマンの父をさしおいて古代の歴史が大好きになってしまった優太にとって、父のふるさとの青森市が、その舞台になっているというのは、心躍る事実だった。
だから、もうないと分かっていても土器の破片でも、と三内の縄文館の近辺に遺跡探しにきたのだが……。
ーーまさか、こんな。
こんな超ド級の発掘物が残っているとは……。
全長は優太の歩幅で30歩。ほぼ15メートルほどか。
完全な人型で、人の顔が模され、その上に銅鐸のようなものが被せたように一体化している。
顔の造形は、縄文時代の土偶によく見られるようなカリカチュアしたものではなく、むしろ写実的な端正な形状をしている。それこそ前方後円墳の埴輪の方がまだ近い。
「これはこれで、不思議な感じだけど」
縄文時代の人間からすると、板状土偶や遮光器土偶の形が普通なのだから、どうしてこういう形になったのか……。
「……はっ、こうしちゃいられない!」
とりあえず、この発掘物を他の人に見られるわけにはいかない。
スマホを取り出すと、
「人形は顔が命……と」
元ネタを知らないフレーズをつぶやきながら、顔や頭を写真に納め、次に顔の脇に対比物のスコップをおいて、再度撮影。
次に胸、全体、周囲と、つぎつぎと写真を撮っていく。
そして、全体を撮り終わったら、全身を埋め戻す。
一所懸命埋め戻しながら、優太は忙しく頭の中で考えた。
ーーいったい、誰にこれを明かせばいいか……。
とりあえず元太には言わなければ。
近所の親友には明かすとして……。
ーーそうだ。隆治兄さんにも教えて、意見を聞こう。
隆治は元太の6歳上の兄だ。優太の種々雑多な好奇心に応え、いろいろなことを面白おかしく教えてくれる、得難い友人である。
ーーそうと決まったら、さっそく。
優太は手を動かすスピードをあげた。
「元太くーん、いますかー?」
優太の家から数件となりになる元太の家の前で、優太は声を上げた。
「……あ、優太か。なになに? 上がれよ」
しばらくして顔を出した元太が、破顔して声をかけた。
「おじゃましまーす」
家の奥で声を掛けてきた母親に挨拶をして、優太が中に入る。
「ゲームでもやるか?」
いつもの通り遊びに来たと思っている元太が、自室に案内してゲーム機を取りだそうとする。
「いや、あのさ……」
それを押しとどめ、優太が話を切り出す。
「隆治兄さんはいる? よければ相談したいことがあるんだけど」
「ああ、今日から2、3日うちにいるよ。にいさーん、優太が相談だって!」
そう呼びかけながら、元太が隣の部屋へ駆けていく。
「ああ、優太くん、いらっしゃい」
元太の兄、隆治の部屋は、三面を埋め尽くした本棚にぎっしり本が詰まった部屋だった。
国立弘前大学で理系の学部に所属しているものの、本人は「あらゆるもののオタク」と言ってはばからない、面白い人だ。
「どうしたんだい、相談事って?」
「実は……三内でこんなものを発掘したんだ」
そう言って、写真をスマホで見せる。
最初は小学生の自慢か、といった感じで、保護者的な表情で写真を見た隆治。
だが、写真の中の、対比出来るように置かれたハンドスコップで大きさを把握すると、目を剥いた。
「なんだこりゃ!」
そう言って椅子に座り直した。
優太は、三内で巨大な人型の土偶を発掘したこと、それがいかに大きいか、ということを説明した。
スマホで撮った写真を、元太と隆治に見せた。
「……うわっ、でけー! こんなもの、どうやって見つけたの?」
その大きさを写真で確認して、元太も発掘物の大きさを実感したようだ。優太の期待どおりの驚きを見せた。
椅子に座り直した隆治が写真をまじまじとみる。
優太が発掘した経緯を説明すると、隆治はうなり声をあげた。
「……そもそも、信じられない大きさだな。素材は何だった?」
「素焼きみたいだったけど。触ったかんじ、土器とかと同じ触感だった」
優太がさわった時の感触を思い出して言う。
「素焼き……まあ、地面において上でたき火をすれば出来るだろうけど……でもすごいな、これだけの大きさのテラコッタって」
言われてみればそうだ。テラコッタにするには焼かないといけないが、どうやったのだろう?
「それに何より、そもそもこんな大きなものが、今まで見つからなかったということ自体が信じられない……」
隆治は、スマホの写真をまじまじと見つめ続けている。
「で、これ、どうしたらいいかな?」
優太は正直に悩みをうちあけた。
ものすごい発見だということは、さすがに優太にも分かるが、それだけに、例えば知らせるところ一つとっても、連絡先の選択に困る。
「……うーん、そもそも優太はどうしたいんだ?」
隆治は逆に優太に聞き返した。
「……え?」
質問され、優太はあっけに取られた。
「こんな大発見だ。その気になれば、なんだって出来る」
「え? なんだってって?」
隆治の言っていることが理解出来ず、優太はすっとんきょうな声をあげた。
気を取り直した隆治が、いつもの調子を取り戻して、話し始める。
「たとえば、このまま新聞でも県庁でも駆け込んで、この発見を知らせることは出来る。そうすれば君は世紀の大発見の立役者として、歴史に名が残る」
「……ふぇー」
脇で聞いていた元太が声をあげる。
歴史に名が残る。
小学生にとっては想像も出来ないような大きいスケールの話に、優太が呆然となる。
隆治が第二案を提案する。
「他の方法として、その筋の学者に写真を送って正式に調べてもらうという方法も採れる」
小学生の優太にとってもそれは順当な方法に聞こえた。
なんと言っても考古学マニアだ。専門家に調べてもらうというのは順当な方法に思える。
「……しかし、いずれにしても、モノを確認しないとな」
「確認?」
隆治の言ったことに、思わず優太が聞き返す。
「ああ、この写真にある巨人が、本当にあるのかどうか。そして、本当に縄文時代の物件なのかどうか。ボクは考古学の専門家じゃないから年代測定は出来ないけど、少なくともこの目で確認しないと、過去の遺跡なのかどうかが、そもそも信じられない」
そういうと、隆治が渋い顔をした。
「極端な話、後年埋められた、比較的新しい物という可能性もある。実際に考古学の世界ではあったんだよ。イタズラとか、悪意の妨害行動とかで」
「そうかあ……」
言われてみれば、この手で掘り出した優太本人が、目の前で土の中から出てきた巨人が信じられなかったのだ。確認は当然だ。
「ということで、ちょっと行ってみようか」
元太、優太と隆治の3人は、隆治の運転する軽自動車に乗って、三内の縄文時遊館に向かった。元太達の家からは数分の距離だけあって、すぐに着いた。
ちょうど資料館の駐車場が空いていたので、そこに車を止め、徒歩で発掘現場に向かう。
「ここだよ」
優太の発掘した巨人の埋もれていたのは、縄文時遊館から指呼の距離……というよりも、ちょっと伸び上がると、木立の向こうに時遊館が見えるほど近かった。
「こんなところに……どうしてあんな巨大なものが、今の今まで見つからなかったんだ?」
さすがに隆治が首をひねる。
とはいうものの、優太の言葉に従って、雑草の生い茂る中をかき分け、巨人の発掘場所にたどり着いた。
「ここ、ここ! ここだよ、ほら!」
優太が見覚えのある草むらを指さした。
「……なるほど。埋め戻したってわけか。適切な処置だな」
実際に、発掘品はいったん埋め戻して、のちに再発掘することがよくある。
「じゃあ、ちょっと掘ってみようか」
そういうと、隆治も元太も優太も、てんでにあたりの草むらを掘り始めた。
とはいうものの、すぐにそれは姿を現した。
ハンドスコップを動かし始めて1分もしないうちに、写真に写っていた頭が見え始めた。
今回は、首の上あたりが見えるところまで土を除せた。全身では、さすがに
範囲が広すぎる。
「ふー……こりゃあ、マジにホンモノだ」
目の前に現れたのは、まさに「巨人」としかいいようのないものの頭部だった。
ぱっと見でも人の十倍はある。
実際には、頭の上に飾りのようなものがあるから、さらに大きい。
顔のつくりは端正で、縄文時代というよりは現代の抽象デザインと言った方がいいくらいだ。
額ににじんだ汗を拭って、隆治がつぶやく。
「ね、ね、そうでしょ!」
優太が、勢い込んで言い募る。
「大丈夫だ、疑ったりしてないよ。ただ……」
「ただ、なに?」
首を傾ける隆治に、心配になって聞き返す。
「こいつ、ずいぶんとハンサムだよな。縄文土器の人型の顔って、ほら」
隆治がおどけて顔真似をする。
「こんなふうに、目と口が穴になった奴とかばっかりじゃん。なのに、こいつは『大魔神』の武人像か、弥生時代の埴輪みたいに、抽象化された顔をしている。様式不明だ。縄文時代の制作じゃないみたいだ」
スコップを足下にさして寄りかかる隆治。
優太には「大魔神」とかいうのが、何のことか分からなかったが、埴輪のようだというのはよく分かる。実際に、この像の顔は弥生時代の埴輪によく似ている。
「……この像は本当に、縄文時代のものなのかな? ひょっとしたら弥生時代あたりのものなのかもしれない」
「それって大事なことなの、兄さん?」
隆治の言葉に、「大発見」という言葉に呆然としていた優太のことを気遣って、元太が聞き返す。
「いや、心配ない。大発見なのは間違いない。ただ、時代がかなり新しくなるだけだ」
「新しくって……100年くらい?」
「いや、たぶん、ざっと数千年だ」
「すうせんねん……!」
隆治の「新しい」のスパンに元太も呆然とする。
その言葉に呆然となり、元太も優太も、しばし沈黙してしまう。
……と。
「なんだい、元太?」
優太が突然聞いてきた。
「え? オレ、何も言ってないよ」
「だって、今、ボクに」
「……」
何かが優太に再度呼びかける。
「え? 何だ?」
優太はあたりをきょろよろ見回した。
確かに声がする。
「なんだ?」
耳を澄ませて声のする方にゆっくりあるいていく……と。
『……我を起こしたのは……君か』
呼んでいたのは、なんと、この発掘した土偶だった。
「元太、隆治兄さん、土偶が話しかけてるよ!」
振り返って二人に呼びかけた。
二人とも駆け寄ってきて、優太の言っていることが本当だと知って、呆然となった。
「ね、ね、君は土偶なんだよね? なんでこんなところに埋まってるの? 君は三内の人に作られたの? 何のためにつくられたの?」
好奇心剥き出しで、矢継ぎ早に質問を繰り出す優太。
それを押しとどめて、隆治が質問を始めた。
「待った。君はここ……三内の集落の近くに埋もれていたんだ」
『ここ……に……? ここは集落なのか?』
土に半分埋まった首を少しだけ持ち上げ、土偶の巨人が周りを見る。
「ここは三内……というか、君が元々いた集落は、ここから少し離れたところにある」
どうやら隆治は、巨人を三内にいたものと仮定して話をあわせるつもりらしい。
『我は……戻らなければ』
「戻る?」
『人々の……元へ……』
「戻ってどうするんだ?」
隆治が優しく質問する。
『……守る。人々を害する獣や、魔の害から、人々を守らなければならない。そのために、私は作られた……』
「ふうむ、言ってみれば、守護神ってわけか。なるほどなあ。まさに「大魔神」だ」
一人納得して、隆治は空をあおいだ。
そのまましばし考えてから、隆治はもういちど、土偶の顔を見た。
「ーーつらい話だが、集落にはもう、君が守るべき人達はいない」
『……いない? なぜだ?』
「うむ……落ち着いて聞いてくれ。君がなぜここに埋もれていたのか分からないが、君がこの場所に埋もれてから、すでに数千年の時が経っているんだ。君が守っていた集落は、その間に人々が去ってしまい、もう建物の跡くらいしかない。それでも戻りたいか?」
隆治の説明を聞いた土偶巨人は、しばしの間、沈黙していた。
三人とも、その間じっと待っていたが、やがて土偶巨人が返答した。
『……そうか。分かった。しかし、私は祭壇に戻らなければならない。祭壇に行って、力を取り戻さなければ、何も出来ない』
「そうか。でも、どうやって? 歩けるかい?」
人がいなくなったと分かっても、戻ろうとする巨人の話しぶりに、優太は感化されたらしく、埋もれている巨人の腕をひっぱろうとする。
「ちょっとまった。我々の力じゃ無理だ」
隆治はさすがに優太をおしとどめた。
「でも、土偶君、戻るって」
「まあ落ち着け。君ーー土偶君、君は歩けるかい?」
「あ……」
そうか、と優太は納得した。歩けるならば、自ら歩いてもらえばいいのだ。
『ああ、可能だーーただ、今は、長い距離は無理だ。力が足りない。力を蓄えれば、いかなる行動も可能だ』
「力?」
この土偶君もおなかが空くのだろうか。
「ふむ……」
隆治がまだ土に埋もれたままの身体を見回して、顎に手を当てた。
「君はどうやって力を蓄えるんだい? まさか食べ物を食べるわけでもないだろう?」
『祭壇だ』
土偶巨人は、さっきと同じ答えを繰り返した。
「祭壇?」
三内の遺物に詳しい優太と隆治は、首を傾けた。
大規模集落だった三内丸山遺跡では、生活にまつわるいろいろな物が発掘されている。しかし、さすがにそれと分かるような祭壇らしきものは、出てきていない。そもそも精霊信仰的な自然信仰はあっただろうが、現代で言う、「神」を信仰するような宗教観があったとは、思えないし、そんな祭式設備らしいものも発掘されていない。。
「ねえ土偶君、祭壇って、どんなの?」
さすがに考えあぐねいた優太が聞いた。
『太い……木の柱……』
「柱?」
『そうだ、柱が六本……そこに私が立てば……』
それを聞いた隆治と優太は、顔を見合わせた。
「堀立柱だ!」
堀立柱。
それは、従来の縄文時代の常識を覆した、三内丸山遺跡の驚きの遺講のひとつだ。
縄文時代は、人口集約的な大規模作業は出来ないというのが、通説だった。そういった大規模作業は、多数の人口を養うことが出来る農耕が発達し、それによって人が集まって定住する人が増え、大人数の動員が可能になった弥生時代に入らなければ出来ないと言われていた。
しかし、その大規模工事が、縄文時代である三内丸山遺跡では、すでに行われていたということで、エポックメイキング的な遺跡なのだ。
「あの堀立柱が、超古代のメンテナンスタワーだったとは……」
隆治は、道路を伺って車通りがなくなるのを待っていた。
「めんてなんす?」
優太が首を傾ける。
「メンテナンスタワー。土偶君は力とか言っているが、つまり彼が万全に動けるように手入れをすると言うことだろう。言ってみれば、現代のジェット機とかのメンテナンス台と同じだと思う。言ってみれば、『ジオン驚異のメカニズム』というか、『縄文驚異のメカニズム』というわけだ」
「ジオン……きょうい……?」
隆治は、高年齢のアニメマニアでなければ分からない元ネタを使って、驚きを表現してみせた。当然、優太にはついていけない。
この近辺は郊外なだけに民家も少なく、縄文時遊館も観光施設という性質上、夕方を過ぎると人通りがぱったり途絶えた。
「よーし、いいぞ」
夜も遅くなり、周囲にひとけがなくなったのを見計らって、隆治が手を挙げる。
「オーケー」
優太が土偶君のところに駆け寄る。
「土偶君、いいよ!」
『承知した』
優太が呼びかけると、土偶は返事をして、半分埋まっていた土の中から身体を起こした。
その体格は、手足のバランスは普通の人間に近い、写実的な造形をしており、座り込んだポーズをしていても、見上げる大きさだ。
「さ、あっちだ」
『分かった』
うなづいた土偶の巨人は、ゆっくりと立ち上がった。
「ほわわー……」
「でけー」
最初に計ったとおり、ほぼ15メートル超の身長は、見上げるほど大きい。おおよそ優太の身長の10倍だ。さらに肩や脚に鎧のようなパーツが取り付けられており、そのボリューム感が、さらに大きさを際だたせている。
「よーし、そっとだぞ」
隆治がその大きさに呑まれ、潜めきれない声で注意する。
『了解した』
うなずいた土偶の巨人は、ゆっくりと歩き出した。
15メートルの身長ともなれば、先導するつもりの優太も、小走りにならざるをえない。
縄文時遊館の脇の車道を越え、そのまま裏手の集落跡に踏み込む。
『おおお……』
遺跡を目の当たりにした土偶巨人が、感嘆の声を上げる。
「……懐かしいの?」
それを見た優太が、ふとつぶやく。
『ああ。以前はこれほど整然とはしてはなかったが。懐かしい……といえばいいのだろうか』
「……あ」
ふと気がついた。土偶の巨人が、数千年の時を眠って過ごした事実を。
彼にしてみれば、目が覚めたら遙かな時が経っていた、ということになるのだろう。
数千年経ったと言っても、優太達が言っているだけで、彼……土偶に実感はないのかも知れない。
言ってみれば「目が覚めたら、集落が消失していた」ということだろう。
それに気づいた優太は、おそるおそる言ってみた。
「あのさ、あの建物って、当時の建物を作り方をそのまま復元しただけだから、誰も住んでいないよーー?」
『わかっている。気にすることはない。それよりも祭壇……「堀立柱」と呼んでいた、そこへ行こう』
優太の口調や様子を気遣ってか、なだめるように言い、土偶は先を促した。
「うん。こっちだよ」
優太は先に立って駆けていく。
とはいううものの、15メートルの身長だけあって、歩幅は大きい。柱は目の前だ。
「こっちこっち。ほら!」
優太が大きく手を振って誘導する。
数歩で柱のそばに寄ると、ちょうど胸のあたりが、床板の一番高い部分にさしかかる。まさに、土偶巨人の手入れにちょうどよい高さだ。
「そっかあ……土偶の巨人を祀るために、この高さが必要だったんだね」
土偶が掘立柱に寄り添うように立ったのを見て、優太は納得した。
『ああ。ここに立つと安らぐ……長い時を、土の中で眠っていたからな』
土偶がほっとしたような表情で、ため息……のように言葉を区切った。
巨人の巨体が淡い光を帯び、土や雑草にまみれていた表面が、見る見るきれいになっていく。それとともに、テラコッターー素焼の表面に白を基調とした塗装まで再現されていく。
「……すごい」
この巨木によって構成された台が、少なくとも巨人にとって欠くべからざる存在であることは、確かなようだ。
台の前に立ってものの数分で、土偶の巨人は出来立てに見えるくらい、きれいになった。土の中で欠けていた肩当てや、細かいひび割れも修復されている。
「へえ……すごいや」
土偶の巨人は全体が素焼……まさに縄文土器のように、テラコッタのような表面をしていた。
全体のデザインは、埴輪によくあるような弥生時代の武人と、裸の人間の中間のような格好……胴体は鎧のようであり、手足はむき出しの生身の人間のようでもある。身体全体は、プロテクターのようなもので、厳重に守られている。表面は白地にところどころ赤やそれ以外の塗装までほどこされている。
ただ、一番違和感があるのは、頭部だった。
そこは、銅鐸をさかさまにかぶったような形をしていて、その中は空洞になっていた。
まるで元祖ロボットアニメのロボットの乗り物が合体する前のようだ。ちょうど人一人がすっぽり収まるような空間になっている。誰かが乗ることを、想定しているのだろうか?
「隆治兄さん、本当にこの堀立柱、この巨人のメンテナンスタワーだったんだね。全身きれいになったよ」
巨人の脚下に立っていた隆治に、優太が話しかける。
「あ、ああ……確かにすごいな。表面もきれいになったし、壊れた部分も修復している。メンテナンスフリーもいいところだ」
隆治にしても、「力」と言うからには、何かエネルギー的なものが充填されるとは思っていたが、まさか見た目まで物理的にきれいになるとは、思っても見なかった。
まさに「縄文驚異のメカニズム」だ。
「そうそう、優太。ひとつ決めなきゃならないことがある」
きれいになったことを喜んで、巨人の周囲をぴょんぴょん走り回っていた優太に、隆治が呼びかける。
「え?」
「名前だよ、こいつの。いつまでも「土偶の巨人」でもないだろう?」
「あ……」
言われて気づいた。そういえば、名前がまだだったが。
「えっと、ボクが名前をつけてもいいの?」
「もちろん……と言いたいところだが、約束は出来ん。ただ、発掘物としての正式な分類名や様式名の他に、ニックネームーー愛称も必要だろうから、見つけた優太が名前をつけていいと思うぞ」
「うーん」
そう言われて考えるが、いきなり名前と言われても思いつかない。
「遮光器土偶とか、板状土偶とか?」
「正式名称はそういったものがつくだろう。しかしこいつは、遮光器はついていないし、そもそも板状じゃないだろうが」
そう突っ込まれ、優太が首をひねる。
「そういわれてもなあ」
縄文土偶の愛称など、とてもではないが、ぱっとは思いつかない。
というか、青森県には、愛称のついた遮光器土偶のキャラクターがかつていて、愛称が「シャコちゃん」だったという。
優太が生まれる前に、函館と青森市が一緒に博覧会を開いたことがあり、その時におみやげとして、シャコちゃんが宙を飛んでいる文字通り「空飛ぶシャコちゃん」という絵柄がデザインされた箱菓子があったそうだ。
現物を見たことがある隆治に言わせると、デザイン的には「目もくらむ」ような物件で、「悪い夢を見たと思って忘れる」のが正しい扱いだと、ひどいことを言っていた。
もっとも、いま目の前にいる巨人は、遮光器土偶的なデザインはかけらもないから関係ないが。
「うーん、しかし」
ーー土偶の巨人の名前かあ……。
そう心の中でつぶやいて、ふと語感で、ひとつの単語を思いついた。
「じゃあ、土偶だから、「ドグーン」で!」
「は?」
提案された単語を聞いた隆治は、信じられない、という顔で優太を見た。
隆治の目が、「マジで?」と言っている。
しかし、優太はためらうことなく、土偶巨人を見上げた。
「いいかい! 君の名前は、今日からドグーンだ!」
『了解した』
ドグーンと命名された巨人は、15メートルの高さから応えた。
見ると、見た目の造作はほとんど変わらないが、顔に表情が現れるようになっている。これも堀立柱の影響だろうか?
『しかし、優太』
「なんだい、ドグーン」
『今のこの地は、ずいぶん人が多いようだ。しかもこれだけの夜になっても、麓の平地はとても明るい』
「そっかあ、ドグーンの身長だと、街が見えるんだね」
『ああ』
そういうと、ドグーンはかがみ込んで、手のひらを優太の目の前に差し出した。
『乗るといい』
「いいの? やったあ!」
そう言うと、優太はドグーンの手のひらの上に飛び乗った。
ドグーンがそのまま立ち上がると、優太は歓声をあげた。
「うわあ、高い高い! 街が見えるよ、きれいだなあ!」
「おいおい、俺も乗せろよ!」
「わりい、俺も頼むわ」
そう言って、どさくさ紛れに隆治と元太もドグーンの手のひらに乗る。
「うわあ……すげー」
「これがリアルな15メートルか。高いもんだなあ」
縄文時遊館の向こうに、青森市内が一望出来る。さすがに十万ドルとはいかないが、約三十万人の人口を抱える街の夜景は華やかだ。
『今の時代は、人が多いのだな。しかも明るい。これでは獣も近寄っては来まい。安全な集落だな』
そういうと、ドグーンが手のひらの上の三人を見やった。
『私の役目は、この時代にはないらしい』
そういうドグーンの顔は端正ながら、すこし寂しそうに見えた。
「ドグーン……」
「いや」
隆治は落ち着いた口調で遮った。
「君があの集落を守って人々の命をつないだから、それが広がって、この目の前の繁栄につながったんだ。いわば君の努力の結果だ。君は誇っていい」
しかし、巨人は寂しそうだ。
『私はこの集落のように、飾られる運命なのかもしれない』
「そんなことないよ!」
優太が、力いっぱい否定した」
『優太……』
「優太……」
「優太、おまえ……」
元太も隆治も、その力の入った言葉に驚く。
「ドグーンは三内丸山の守り神だったんだろう? 時代が変わったって、きっと役目はあるよ! だからこの時代に来たんだ。役目がないなんて、言わないでよ!」
『優太……ありがとう』
ドグーンがうなずいて、優太を見やる。
「うん!」
そういって、三人と、一体の巨人は、明かりがまたたく青森市内を眺め続けた。