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第八章 その2



「元太、元太っ! 大丈夫? 怪我ない? 起きて! 」

『優太、これを』

 ドグーンが、指の先で、自分に貼られていた呪符を差し出した。

「ありがと、元太! 起きて!」

 元太に呪符を貼って、さらに揺さぶる。

「……あ、ああ、優太。俺、いったい……」

「元太、大丈夫かい? 脚とか腕とか、取れてない?」

「取れてるかっ!」

 がばっと起きあがって元太が突っ込む。

「よかったあーー」

 優太がほっとして、地べたにすわりこむ。

 その優太の様子と、展開する自衛隊や周囲で暴れる怪獣の様子を見て、元太もおおよその経緯を悟ったのだろう。申し訳なさそうにつぶやく。

「……悪かった。助かったよ」

「ううん、無事でよかったよ」

 ほっと安心のため息をついて優太がいう。

『よし。これで攻撃に専念できるな』 




 16式機動戦闘車でも、元太の救出を確認していた。

「怪獣の上に乗っている小学生の救出を確認! ドグーンが小学生を回収しました!」

「よし! 照準を巨大怪獣に変更! 一斉射撃!」

 指揮官の指示に、一斉に攻撃目標を変更し、射撃を開始した。

 青森駅から転戦してきた洋弓隊も、呪術弾の攻撃を続けている。




 ナビゲーションシステムで現在位置を把握している大和が、第9師団司令部に現地到着を報告をする。

「堤橋に到着しました」

「よし、現地守備部隊と合同し、国道と堤橋を確保してくれ」

「了解しました」

 さすがに現在は、橋の東岸で激しい戦闘が行われていて、交通はない。

 しかし、国道4号線の結節点でもあり、さらに東へ進むと、医療拠点である青森県立中央病院もある。自衛隊としては事後のこともあり、交通の要衝でもあるこの橋を失うわけにいかない。

 大和は周囲の部隊配置、攻撃パターンを確認して、自分の配置の最適判断を行った。

 後ろに数十メートルを下がると、助走をつけてジャンプした。長距離を跳躍し、攻撃の射線をかいくぐって堤川の東岸に着地。ドグーン側の川岸の自衛隊陣地に滑り込んだ。

「優太、ドグーン、無事か」

 大和が優太達の座り込む、諏訪神社の境内の木陰に走り寄る。

「大和! 来てくれたんだね!」

「攻撃対象はあの怪獣達か?」

『そうだ。それと最終的には、あの巨大怪獣を排除しなければならない。あいつを通じて、ここいにる怪獣どもが操られている。大きいだけに強力だ』

「了解した」

 大和が105ミリショットガンを構えると、木陰から駆けだした。

 ドンっ、ドンっ!

 腹の底に響く射撃音とともに105ミリ散弾がヒットし、怪獣達を追いつめていく。

「すげえ……」

 元太がつぶやく。




「ぬうっ、あの大和とやら。やるな」

 大地母神がーー舞奈が、感心とも悔しさともつかないつぶやきを漏らす」

 そのつぶやきを聞いた鮫島が、話しかける。

「お前の時代錯誤な妄想に付き合う者は、この地にはいないぞ。お前がこれ以上この地に災厄をまき散らすなら、我々は全力で抵抗するぞ」

「ふん、うるさいわ」

 そういうと、後ろに向かって手をひらりと振った。同時に、控えていた五十州(いそす)の両親が、糸の切れた操り人形のように、ばたりと倒れる。

 鮫島が二人に駆け寄る。

「お、お前、何をしたっ!」

「心配するな。ここまで尽くしてくれたのだ。解放しただけだ。害してはいない」

 二人を抱き起こそうとする鮫島に言う。

「さあ、使い魔どもよ。神社に立てこもる連中を攻撃しろ! わらわの邪魔をする連中を排除するのだ!」




「敵怪獣、川から上がってきます!」

 16式機動戦闘車で射撃を続けている隊員が、車長の小比類巻に報告する。

「なにいっ!」

 見ると、堤川に浸かったまま自衛隊と交戦していた怪獣が二匹、護岸のコンクリートを踏み砕きながら地上に上がってくる。ちょうど堤川の防衛陣地の側面を襲う形になる。

「いかん、全車後退! 咄嗟射撃っ!」

 しかし怪獣は護岸のコンクリートを崩しながら地上に上がり、そのまま諏訪神社の境内に踏み込む。

「うわつ!」

 怪獣攻撃のために密集体型を取っているのが災いし、数台が怪獣の突撃を受け、弾き飛ばされる。

「回避してください」

 大和も怪獣の前に立ちふさがり、105ミリショットガンを突進してくる怪獣めがけて、立て続けに打ち込む。

 しかし、突進の勢いそのままに怪獣は境内に踏み込みーーそこで見えない壁にぶち当たった。

「な、なんだっ?」

 小比類巻も、ありえないものを見たとばかりに驚く。

 怪獣は見えない壁にもがき苦しむ。しかし、その見えない壁は、怪獣がさらに進もうとすると、高熱を発しているかのように、怪獣を溶かしはじめた。

 GYAOOOO!

 もがき苦しみながら、怪獣は境内を奥へと這いずっていき、もう少しで鳥居に届こうというところで、力つきた。

 もう一匹も、境内の中でもがき苦しみ、自衛隊の砲撃を弾いて苦しめた硬質のトゲが、ぐずぐずに崩れていく。

 そのまま、怪獣は二匹とも、土塊のように崩れ落ち、土に還ってしまった。

『愚かな……神々の聖なる力に拒絶されたのだ』

 ドグーンがつぶやく。

「聖なる力ーー」

 おどろいた優太もつぶやく。

「ーーすごい、すごーい、ドグーン、あいつらを神社におびきよせれば!」

『無理だ。今のは、苦し紛れに大地母神が使い魔に突進を命じたからこその結果だ。連中も馬鹿じゃない。二度と自分からは、神社の結界に踏み込んだりはしないだろう』

「だめか……」

 がっくり肩を落として、優太がしょげかえる。

『気を落とすな、優太。少なくとも二匹は自滅したんだ。こちらが有利だ』

「いや、こちらの16式機動戦闘車は、全車何らかの被害を受けている。状況が有利とは限らない」

 近寄ってきた大和が言う。

 たしかに、あたりはひどい有様だった。

 諏訪神社の境内を中心に展開していた16式は怪獣に突き飛ばされ、なぎ倒され、無事な車両は一台もない。怪我をしながらも、乗員がみんな車両から降りてきているのが幸いだった。

 怪獣は、仲間が境内の結界にやられたことで動きを止めていたが、またこちらに攻め寄せるために動き始めている。

『お前の武器はどうした?』

「さっきの怪獣の突撃で破壊された。使い物にならない」

 大和が手に持ったショットガンを見せた。銃身がねじ曲がっている。

『武器がなくてどうする?』

「105ミリ砲ならある」

 そう言って、大和は16式機動戦闘車を見た。




「ふはははっ! やったぞ! あの忌々しい武器を壊してやったわ!」

 大地母神が哄笑する。

「あらららら……そのためだけに、怪獣を突っ込ませたのか?」

 さすがに結果と損害のバランスの悪さにあきれ、鮫島がつぶやいた。

「我が意を体現するためならば、仕方あるまい。これで邪魔者は消えた。武器がなくなったからには……!」

 そして、目の前の光景を見た大地母神は目を剥いた。




『照準よし。撃て!』

 ドンっ!

 105ミリショットガンを失った大和は、十六式機動戦闘車を脇に抱えて、攻撃を続行していた。

『撃てっ!』

 ドンっ!

 105ミリ砲そのものは正面に固定し、大和が車体を抱えて照準し、指示とともに撃つ。大和のFCSーー射撃管制装置が自衛隊の標準装備であり、リンクが可能なことで出来ることだった。

 射撃システムが無事な16式は、諏訪神社の境内で他の怪獣の制圧射撃を続けているが、その中の一台が選ばれ、大和とともに怪獣に突撃していた。

「車長、これって……うわっ、役得ですかねえっ?」

 装填手が振り回される車体の中で必死に砲弾の装填作業を続けながら、小比類巻に叫ぶ。

「さあねえーーわわっ、とりあえず撃墜スコアは稼げるっ、だろうけど。こう乗り心地が悪いんじゃ、スコアもらえないと、とと、損だなっ!」

『撃てっ!』

 ドンっ!

 大和の指示で砲を放つ。大和と同じ対怪獣用105ミリ散弾を装填していた主砲が、怪獣の頭を吹き飛ばした。

「ビンゴっ!」

 装填手と小比類巻が同時に叫ぶ。




『我々も行くぞ、優太!』

「うんっ!」

 優太も手すりをつかみ、足を踏ん張って身構えた。

 ドグーンが両刃の剣を構えると、巨大怪獣めがけて突進する。

 突進して跳躍。

 エビ型の怪獣だけあって、頭上にはさみを振り上げることが出来ない。

 そのまま頭上から剣を振り下ろし、エビ型怪獣の脳天に剣を突き立てる。

『我々ををなめるなっ!』 

 ドグーンの叫びとともに、さらに怪獣に剣が突き込まれる。

 GYAAAAA!

 剣を抜き、素早く後退するドグーン。




「はは、どうやらこの場も人間の勝ちのようだな、大地母神」

 怪獣はすでに半数が退けられ、残りの怪獣も手負いとなっている。

 鮫島は肩をすくめた。

「人はお前が見守っていたころより遙かに強く、賢くなっているんだ。それなのに人を舐めて、自分勝手な思いこみを押しつけようとした、あんたの負けだ。いいかげん、現世に実力行使するのは諦め、神の世界に帰れ」

「帰る?」

 その言葉を聞いて、舞奈ーー大地母神がゆっくりと振り返る」

「どこに帰るというのだ。私はこの地の大地母神ぞ。私がいるべき場所はここだけだ。どこへも帰りはしない。帰るべき場所は、ここだけだ」

「お前はこの地に住まう人々を見守り、慈しんできたのだろう? その結果が出て、人は成長したんだ。むしろ、誇らしく思うべきじゃないのか?」

 しかし、大地母神は鮫島の言葉を聞いてはいなかった。

「ーーこれで勝ったつもりか、鮫島」

 目に憎しみをたぎらせ、睨みつける大地母神。

「こうなれば、私自らが出よう。あの大和とやらやドグーンを退け、この地を正しき者に恵みを与える世に、作り替えてやる」 

 そういうと、羽織っていた上着を脱ぎ捨て、両手を空に向かって差し上げたーー。

「う、うわっ!」

 大地母神ーー五十州(いそす)舞奈の周囲に、物理的な圧力をもって魔の気配がわき上がり、鮫島は弾き飛ばされた。

「な、なんだっ!」

 膨れ上がった魔のオーラは、少女の身体を中心に膨れ上がりつづけーーそのまま少女の身体を宙空に浮かび上がらせた。

「わらわが姿を表し、この地に降り立つことをありがたく思えっ! そしてこれが、お前が現世で見る最後の光景になるのだっ!」

 何もない空間に黒い瘴気がわき上がり、そのまま少女をつつみこみーー収斂していく。

 それは高さ30メートルほどもある大きさとなり、実体化した。

 その様子を至近で目の当たりにした鮫島は、呆然となった。

「……マジかよ」

 瘴気が固まって実体化したものーーそれは、巨大な遮光器土偶ーーいや、人が地母神として土偶に表現したという、遮光器土偶だった。

「まあ……大地母神だわなあ……」

 しかし、当の大地母神は、そんなつぶやきを聞いてはいなかった。

「ふははは! この実体をもってあらゆるものを滅しつくしてくれるわっ!」

 それを聞いた鮫島は、歩道橋の手すりにしがみついて叫んだ。

「くそっ、本音が出たなっ、結局お前が望んでいるのはそれかっ!」

「うるさいっ! 雑魚めっ、貴様から叩き潰してくれるっ!」

 そういうと、巨大遮光器土偶は、その短い足からは想像出来ないほどすばやい動きで、歩道橋に近づいてきた。

 鮫島は振り返り、何が起こったのか理解出来ないまま、呆然としてる五十州(いそす)の両親に叫んだ。

「何をしているっ、早く逃げろっ!」

「は、はいっ」

 壊れたおもちゃのように首をかくかく縦に振って、両親がころげるように、歩道橋を駆け下りる。

「いそげっ!」

 鮫島も、その後を追って駆け下りる。

 その間にも、数歩で歩道橋に近寄った大地母神は、そのまま歩道橋を蹴り崩す。

「うわわっ、無茶しやがってっ!」

 すんでのところで逃げおおせた鮫島が毒つく。




「なんだありゃっ?」

 元太が驚きつぶやく。

『大地母神だ』

 ドグーンが冷静なまま言う。

「あれが……」

 そう言っている間にも、大地母神は歩道橋を蹴り壊し、そのまま怪獣達に近づいた。

「貴様ら、我の元へ戻れ!」

 そう言って、かがみ込みながら、手を怪獣の首根っこにつかんだ。

 GYAAAAA!

 怪獣が吠え、じたばたあらがうが、その勢いが弱まり……。

「ーー吸収しやがった」

 怪獣は、まるで風船のようにしぼみ、大地母神の手の中に吸い込まれていった。

 つぎに、ドグーンが大ダメージを与えたエビ型怪獣に近づき、その怪獣も首根っこを捕まれて吸収された。

 最後に残った怪獣は、大地母神が近づくと、まるで嫌がるように後退りしながら、逃げるようなそぶりを見せた。

「我に逆らうのか?」

 嫌がって逃げようとする怪獣を、すばやい動きで捕まえる大地母神。

 GA…GYA……GYAA

 吠え声を上げかけた怪獣は、そのまま大地母神に吸収されてしまった。

「……なんて奴だ」

 元太が、胸糞が悪いとばかりに吐き捨てる。

『……本物の大地母神は、あのようなことをしない』

「ドグーン?」

 その言葉に驚いて、頭上の顔を仰ぎ見る。

『あれは、大地母神に憑依している魔ーー怨霊の仕業だ。その怨霊が、自分が生み出した使い魔を回収し、呪力に戻しているのだ』

「じゃ、じゃあ、さらにーー」

『強力になる』

 そう言っている目の前で、大地母神ーー遮光器土偶が咆こうを上げる。

「ふははは! 最初からこうすればよかったのだ! 我が身をもってあらゆるものを滅しさってくれるわ!」

 大地母神ーーに憑依した怨霊が歩き出す。

「う、うわっ、歩いただけで地震並だわっ、うおっ」

 元太が振動する地面にしがみついて叫ぶ。

 遮光器土偶の名前の由来となっている両眼の遮光器ーーそれを、堤橋のたもとのビルに向けると、その細いスリットが光る。

「うおっ!」

 スリットから発した不可視の光線がビルに命中し、轟音を上げて爆発。ビルがもろくも崩壊する。

「あ、あれ、攻撃?」

 攻撃の強力さに、呆然とする優太。

「あんなの当たったらひとたまりもないぞっ!」

 そう言っている間にも、遮光器土偶は首をめぐらし、今度は諏訪神社に顔を向けた。

『あぶないっ!』

「伏せろっ!」

 ドグーンが二人の上に覆い被さり、大和が抱えている16式機動戦闘車ごと盾になろうとする。

 轟音。

 攻撃は神社の結界によって防がれたが、爆発の爆風は周囲のものをなぎ倒し、境内の木々が吹き飛ばされる。

「なんて威力だ!」

「どうする、ドグーン」

 優太がとまどい、ドグーンを見上げる。

『む……怨霊どもめ、以前よりも遙かに強力になっている。しかし、この攻撃を封じることが出来れば……』

「封じることが出来ればいいのか?」

 大和が傍らの十六式から、乗員を降ろしながら聞いてきた。

『断言は出来ないが、少なくとも反撃の機会はある』

「わかったーー済まない、車長、105ミリ砲を装填してもらえないか。発射は私が行う」

「わ、わかった。次弾装填!」

 車長が装填手に命じて、次弾を装填する。

『どうする気だ』

 乗員が退避するのを確認した16式機動戦闘車を抱え、大和が立ち上がる。その背にドグーンが問いかける。

「私は私に出来ることをやる。すまない、16式で制圧射撃を5連射お願いする。そのタイミングで私が突撃し、大地母神に隙をつくる」

「大和! あぶないよっ!」

「大丈夫だ、優太君」

 振り返った大和が、優太を見下ろし言う。

「それに、自衛隊に信頼と自信を持っている中野渡技官なら、こういう時、言うはずだ」

 大和が、制圧射撃を開始しようと砲をかざす16式機動戦闘車の車列を見て、言った。

「自衛隊をなめるな、と」




「ふはははっ、そのような攻撃、我には通じんわっ」

 うそぶきながら、着弾の土埃の中を闊歩する超巨大遮光器土偶。

 堤橋のたもとにある堤橋交番をなぎ倒し、川沿いにさらに内陸に移動しようとする。

 その後ろから16式機動戦闘車を抱えた大和が突進する。

「待て、他の場所には行かせない」

「きさま、まだ逆らうかっ!」

 16式を差し上げ、土偶めがけてジャンプする。

 高く跳躍する大和。

 大和を振り返って、両手を差し上げ、光線の発射態勢を取る遮光器土偶。

「自衛隊をなめるなっ!」

 その顔をめがけて16式を叩きつける。

「っ!」

 車体前方に長く伸びた105ミリ砲が顔に突き刺さる。

「撃てっ!」

 ドンっ!

 腹に響く発射音とともに、遮光器土偶の頭が吹き飛んだ。

『やったっ!』

 ドグーンが叫ぶ。

 16式機動戦闘車の105ミリ砲の散弾の零距離距離をまともに食らった頭は、首から上が消え失せている。

 ーーが。

「ふ、ふははははっ!」

 土偶の短い腕が、大和を腕の上からがっしりつかんだ。

「我はいくらでもよみがえる。もともと我にこの世の実体はないのだ。この程度、すぐに再生するわっ」

 黒い粘液のようなものが胴体からわき上がり、瞬く間に特徴的な目と頭を形成していく。

 両手で締め付けられながら、大和はその様子を真正面で見る。

「ーーいくら再生しようとも、お前が再生出来なくなるまで攻撃する」

 遮光器土偶は、それを聞いて哄笑する。

「武器を失い、その態勢で我をどう攻撃するのだ! 強がりもいいかげんにしろ!」

 遮光器土偶が腕に力を込め、大和の特殊綱製のフレームと複合装甲がミシミシときしみ音を立てる。

「ふっ」

 大和が上げたのは笑い声だっただろうか。

「ヴァルカンっ!」

 大和の両こめかみの部分から、噴水のような火線が火を吹いた。20ミリバルカン砲が、再生しかけていた遮光器土偶の頭に炸裂する。

 一般にあまり知られていないが、20ミリバルカン砲は弾体が20ミリという大口径故に、鉄鋼弾以外に、炸裂弾や焼夷弾など多彩な弾頭がある。

 しかも機銃弾そのものが、一発あたっただけで、衝撃で普通乗用車がぺしゃんこになるほどの威力がある。

 今回は対怪獣用に焼夷弾が装填されており、装弾数が片側900発。弾数そのものは6秒で撃ち切る数字だが、その機銃弾を両側1800発を、一カ所に至近でまともに食らった。

 さしもの巨大遮光器土偶も、この不意打ちには耐えられなかった。

「う、うおおおおっ」 

 巨大遮光器土偶が吠え声を上げ、大和を放した。

 ガシャンっ!

 パーツがぶつかる音を立てて、地面に放り出される。

 大和は、身体をねじって境内の方を見た。

「ドグーン、攻撃を頼むっ!」

『うおおおっ!』

 神社から飛び出したドグーンが疾走する。

『人間をーー人間をなめるなっ』

 手にした両刃の剣を、再生途上の首に突き立てる。

「ふ、ふはははっっっっ!」

 遮光器土偶が、苦しみながらも哄笑する。

『何がおかしいっ!』

「我といえどもさすがに再生に時間がかかるが……再生のあかつきにはお前たちを葬ってーー」

『我が何のために作られたと思う? 貴様らと戦うためだ!』

 そういうと、ドグーンが手刀を、再生途中の首のところに突き込んだ。

「ぐあああああああっ!」

 巨大遮光器土偶から、いままでとは比べものにならない絶叫がとどろく。

『我の身体そのものが、貴様と戦うために破魔の材で出来ているのだ。大和のおかげでやっと貴様を捉えることが出来た』

 ドグーンの右腕が、巨大遮光器土偶の首から、胴体の中にめりこんでいる。そこは赤く輝き、熱を帯びたように怨霊の身体を焼きはじめている。まさに退魔ーー魔を滅するための効果だ。

『終わりだ、怨霊どもめ』

「う、うおおお、身体が、身体が焼かれていく……!」

 遮光器土偶が、短い足をばたばたさせながら、苦し紛れに歩き回る。

「う、うおおおっ」

 首の再生が始まる様子がない。ダメージがそのままだ。

『大和っ、優太を!』

 ドグーンが頭に乗っている優太を左手でつかみ上げ、大和に渡す。

「ドグーンっ!」

 優太が叫んでドグーンに向かって身を乗り出すが、大和が抱き止める。

『ありがとう、優太。時を越えて君のような友人を持てて、うれしかった』

「うれしかったって、そんな……!」

 ドグーンが怨霊に向き直る。

『さあ、闇の世界へ帰れ、亡霊めっ!』

 ドグーンが、空いていた左手の手刀も、遮光器土偶の再生しきれていない頭部に突き立てる。

「ぐおおおっ! こんな、こんなことがっ……!」

 その時、白い光がドグーンと遮光器土偶の周りに沸き立ち、渦を巻き始める。

『あの光は……!』

 光が収斂し、遮光器土偶を縛り上げる。

 その光は遮光器土偶の動きを完全に止め、その場に固定してしまった。

 やがて、土偶の上に浮かび上がったのは……。

『……大地母神……』

「え?」

 優太があっけにとられ、声を上げる。

「大地母神って……」

『ーーいや、あれは本物の大地母神だ』

 遮光器土偶に突き込んでいた腕が解放されたドグーンが、光を見上げてつぶやく。

「ーーええっ! 本物の神様っ!?」

 やがて、光の中に女性ーー少女が浮かび上がった。

 長い髪をなびかせた、母性を感じさせる美しい姿。成熟した肢体を、妖精を想像させる衣装に包んだその面立ちは、どこか五十州(いそす)舞奈を思わせる、大人の女性だ。

「ーー人の造りし者。いや、今はドグーンという名がありましたね。ドグーンよ」

 大地母神が、花びらを思わせる唇を開き、柔らかい声でドグーンに語りかける。見おろすその視線は、あくまでも穏やかだ。

『大地母神よーーお目覚めになられたのですね』

 光の中の地母神が、うなずく。

「私のふがいなさのために、あなたにはつらい思いをさせました。あなた達が弱らせてくれたおかげで、ようやく怨霊のくびきを離れることが出来たのです。地獄のような邪念を脱し、ようやく本来の地母神の役目を、果たすことが出来るようになりました」

 大地母神が晴れやかに微笑む。見ただけで、胸の奥が暖かくなるような笑み。

「この怨霊は、我がしかるべきところに葬り去りましょう。二度とこの豊かな地を、汚すことがないように」

「大地母神ーーならば私があなたを護衛し、怨霊を葬るところまでご一緒しましょう」

 ドグーンが、誓うように胸に手をあて、宙空の大地母神の方へ一歩踏み出す。

 大地母神が微笑む。

「ありがとう。そう言っていただければ心強いです。しかしーー」

 笑みをわずかに曇らせ、言葉をつなぐ。

「よいのですか? あなたの友人と別れることになってしまうのですよ」

『それは……』

 ドグーンがわずかにためらい、ふりかえって優太を見る。

 優太は息をのんだ。

 しかし、優太はすぐに決断した。ドグーンはこの瞬間にたどり着くために、数千年の時を越えてきたのだーー邪魔をしてはいけない。

 優太は意を決して、大和の手の上に立ち上がり、ドグーンに叫んだ。

「行きなよ、ドグーン! そのためにここまで、この時代まで来たんだから!」

『優太……』

 ドグーンはつぶやき、それでもうなづいた。大地母神に向き直る。

『大地母神、友は分かってくれた。一緒に行きます』

「……わかりました。では、ご一緒しましょう」

 そういうと、宙空から大地母神が、地上のドグーンをすくいあげるように手を伸ばした。地上のドグーンが手のひらの上に、すくい上げられるように持ち上げられる。

『優太、勇気をもって生きるんだぞ』

「ドグーン……」

 持ち上げられるドグーンを見て、優太がつぶやきーーしかし、叫ぶ。

「元気でね、ドグーンっ!」

『うむ、行ってくる』

「優太くん、ドグーンをお借りします。舞奈とも仲良くーーあなたも元気でね」

「うんっ!」

 優太がぶんぶん手を振る。

 大地母神の光に縛られた怨霊と、手のひらに乗ったドグーンを連れ、大地母神が空高く上りーーそして宙空に消えていった。

 そばでその様子をじっと見ていた大和がつぶやく。

「光学確認出来ず。レーダー反応消失……状況終了」

 自衛隊の、そして青森のきびしい瞬間は、ようやく終了した。




「……このように、ここで発掘された『ドグーン』が、青森の地を守ったのです……」

 説明が続くものの、優太はそれを聞き流して、堀立柱を眺め続けていた。説明自体、優太は当事者として内容は知っているし、それを見た他人がどう思っても、関係なかった。

 ただただ、ドグーンがここにいないのが寂しかった。

 堀立柱の前には、抜け殻になったドグーンが立っている。

 大地母神とともに旅立った後、文字通り魂が抜けた後のドグーンがその場に立っていたものを、この三内に移動して運び込んだものだ。

「いま、どこにいるのかな……」

 ドグーンは「行ってくる」と言った。「行ってくる」からには帰ってくる、と信じて待っているが、今だに帰ってくる気配はない。

「優太くーん」

 鈴の鳴るような呼び声とともに、舞奈が駆け寄ってくる。

 あれ以来、すっかり仲良くなったが、優太としては話しやすい友人のままだ。

「ねえねえ、大和くんとお話ししようよ。ほら!」

 舞奈が腕に抱きついて、優太をひっぱる。

「え、あ、うん」

 堀立柱には、あの時一緒に戦った大和が、特別展示されている。自衛隊第9師団司令部の好意で「動体展示」というか、稼働状態のままだ。

 堀立柱の脇に、ドグーンの身体と一緒に立っている。

 大きさも同じくらいだし、ならんでいると、まさに堤橋の決戦の時を思い出して、少し寂しくなる。

 しかし、舞奈は戦友と会わせることで、優太を励まそうとしているのだろう。

「ほらほら、大和くん、優太つれてきたよ! 共に戦った戦友でしょ?」

 大和の前に立つと、舞奈が高い位置にある大和の顔に話しかける。

「や、やあ、大和」

「おひさしぶりです、工藤優太君」

 今の今まで、展示ということで直立不動の状態で立っていた大和が、片膝をついて、優太の視界に入るように、かがみ込んだ。

「うごいた!」

「すげー」

 と周囲がざわつく。

 何となく、きまじめに「展示」という使命を果たすために直立不動のままなのが、まるでドグーンを思わせ、少し胸が苦しくなる。

「お元気ですか?」

 大和が、挨拶らしい言葉で話しかける。

「う、うん。大和は元気?」

 ロボットに「元気か」もないものだが、以前に比べても話しぶりが自然になっている。つい聞き返してしまう。

「はい。中野渡技官以下のみなさんの尽力で、わたしのメンテナンスは完璧です」

 大和ももちろん、まともに応える。突っ込むなんてことはしない。

「ただ、一つだけ、中野渡技官からクレームがありました」

 応えた後、大和は首を傾けた。

「クレーム? なに?」

「中野渡技官に言われました。『お前、言葉をいろいろ覚えて、人らしくなったな』ということです」

「へえ……」

 そう言われると、覚えがある。堤橋の決戦の時に、大和は言ったのだ。

「中野渡技官ならこういうはずだ。自衛隊をなめるな、と」と。

 大和は大和なりに学習しているのだろう。

「いいんじゃない? それぐらいの方が自衛官らしくって。

「はい。みなさんに好評です」

「そりゃいいね」

 そう言って笑った。舞奈も笑い、大和もうなずく。

 その時。

 空中、堀立柱の上のあたりに、白っぽい光がまたたいた。

「え?」

 思わず、優太が目を丸くする。

 と、その光が見る見る大きくなる。

「な、なんだ?」

「なんだ、あれは?」

 周囲の見学者がざわつき、大和も立ち上がって、光を仰ぎ見る。

「あ、あれって……」

「危険はないようですーーそうですね、優太君」

 大和もうなずく。

 光が、堀立柱に近づき、ドグーンに重なり、消える。

 そして、ドグーンの全身がまばゆく光り、しばらくそれがつづきーー次第に収まっていく。

 光が消えた数瞬後、立っていた土偶が、ゆっくり優太の方を見た。

「ただいま、優太」

「ドグーンっ!」


                   終わり



お読みいただいてありがとうございます。

香月 優といいます。


初投稿となります。いかがだったでしょうか。


章タイトルだけで投稿したりと、トラブル続きでしたが’(直し方を知らない 汗)

内容そのものはそのままなので、お許しください。


楽しんでいただければ幸いです。

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