EPISODE15 お役立ち
狼は必ず、親元を離れる「一匹狼」へと変貌する。
向かうところ敵なし状態のイヌ科最大の肉食獣、狼。天敵もなし。
だが、強いだけでは生きていけない。必ず仲間がいないといつか食い殺されるかもしれないから。
一旦のモヤモヤを晴らした八雲くんと今、用あって職員室前にいる。
勿論、いつもの二人に事情を話して連れてきている。
職員室前にある展示物やら記念品やらを鑑賞していたり、イジイジしているようだ。
重々しい、金属製の引き戸に2、3回とだいぶ大きめにノックをした。
この手は何度もやっていることだからまぁ、随分慣れてきたものだ。
ドアにラミネートされている注意書きの通りに事を済ませる。先生の御成りだ。
その人はひょっこっと顔をのぞかせた。
正直びっくりする。何度も体験しているがこれは慣れないものだな。
遊び心のある若い先生だからこそできる芸当をしてきた。
早「どうしたんだい、ん。」
その後は何も言わずに察したような顔で会議室へ僕らを勧める。
もちろん、同意します。
早「...なるほどね。C組の奴らに絡まれているのか。困ったもんだな。あいつら小学生の時にもかなーりやんちゃ坊主だったらしくてな。小学校の先生から聞いた話なんだがな、いじめにあっていた児童も少なくはなかったそうだ。まるで、獲物を蹂躙してる狼、と言ったほうが良いのか、そんな表現が正しいような奴らなんだよな。」
時「ん...。」
さすが先生である人物はバケツリレーのように情報が紡がれている。
僕「あ、あの、八雲くん絡まれているだけでなくって。」
早「何だ、言ってみろ。」
僕「原田さんの筆箱。」
早「うん?」
僕「原田さんの筆箱、なくなったって聞いてますよね。」
早「あぁ、当然だ...。まさか!」
僕「そのまさかですよ、その三人組が関与しているとともに八雲くんに後ろ盾に操っている、とでも言いましょうかやむを得ず筆箱を隠してしまったそうなんです。逆らうにもボコボコにされてしまうので...」
早「海人のことは本当なのか?時」
時「えぇ、伊藤たちに命令されて筆箱を隠してしもた。」
先生が黙り込む。この場の雰囲気もズン、と重くなった気がした。
その時、会議室のドアからノックの音が聞こえた。人影が見えた。程なくしてドアが開くとそこには、校長先生が佇んでいた。実に真剣そうな表情で後ろ手を組んで立っていた。
校長「早乙女先生、探していましたよ。」
早「校長先生!すみません、お手を煩わせてしまって。」
校長「構わんよ、探しているのは実際私ですし。」
早「しかし...」
学校長が会議室になんの用だと言うんだ、そう思った。次に校長はこちらを向いて言った。
校長「ん、こちらの生徒さんたちは?ご指導中かね?」
早「あ、いえ。お聞き及びかと存じませんか?昨今、なんでも1年生のクラスで筆箱が盗難されてしまった事件が発生しているのですが。」
校長「それは耳に十分に入っているよ。つまりこれは聞き込みでもしているのかい?」
早「いかにも。」
校長「うむ、それならば話は早い。こちらも情報提供者になれるかね?小さな探偵さん。」
ビクッとした。『小さな探偵さん』、母に言われた言葉が重なり姿が見えた気がした。
こちらを向いて、自分を売ってきた校長先生の情報を照らし合わせるにはこの場は最適だ。
こちらも事実を元に何があったか順序立てて事細かく洗いざらい吐くとしよう。
僕「小さな探偵でもお役に立てれば光栄です。」
校長「まぁまぁ、そんな固くならんでも。」
八雲くんの肩にポン、と軽く手を乗せる。首だけこちらを向ける。微笑みかけて終わりではない。
向けた首を戻さないといけない、が言うまでもない。
まるで観客と化したももちゃんとたっくんだが、ちゃんとうんうん、と頷いているので、まぁ良しとする。
僕「どのくらいご存知ですか?」
校長「うーんとね、いじめにあったこと、時くんが教師たちの保護下に入ったこと、原田さんの筆箱の行方を捜索中、C組の奴らが監視されている、といったところかな。」
僕「さすがに存じ上げていますか。」
校長「左様。」
なんだろう、半々で丁寧な口調といい加減な口調で喋ってくるのが妙に引き込まれる。つまり、会話しやすい人だ。早乙女先生も例外ではない。
僕「では、僕達の出る幕はないようですね。」
早「いや、意外にそうでもないみたいだぞ。」
ん???一瞬疑問に思ったが、この一瞬の疑問を抱いた自分が馬鹿だった。
まずこの場にお呼び立てにあっている事自体が何か、僕達がこの場にいる意味があるという存在証明にもなる。
校長「結論から言うとね、筆箱捜索が難航しているんだ。その事何だけど協力してくれないかな。頼まれてくれ!」
校長に言われてしまっては、仕方がない。早乙女先生のお願いでもやらなくもないけれども。
取り敢えず言われるがままに。
僕「良いですよ。僕達もちょうど協力者が欲しかったところですし。」
校長「助かるよ、こんなシワが無くなってる脳をフル回転させて見つけ出すよりも若いもんを頼ってみるもんだよね。」
んー、そうなのかな。口からポロッと零れ落ちそうだったが縁にかかったところで受け止めることができた。僕達は元々某さんの筆箱を探す気でいるのだがね。
話はこれ以上するまでもないと思うのでふかふかソファーに沈んだ重い腰を起こした。よいしょ。
僕が重い腰を上げた途端にたっくんが口を開く。
卓「あのさ、僕の証言の校舎裏の人物、あれって未解決のままなの?」
発言に食いついたのか早乙女先生がたっくんを一瞥する。見られてきょとんとした顔で続ける。
卓「もしあれを未解決にするならさ、ダミーを埋めた犯人が迷宮入りじゃない?」
たしかにそうだ。
僕が推測するに、ダミーを埋めた人物と筆箱隠しを突きつけたあの三人組、これらが同一人物なのではないか、という見解になる。
この見解が本当なのであればばんばんざい!となるのだが。
たっくんの発言で気付いたが、現在発生している事件は3件、発生していることになる。
校舎裏の筆箱の件、あの三人組の件、そして原田さんの筆箱失踪事件。
僕「解決してみせるさ、小さな探偵の名にかけてね。」
桃「なにそれ、推理者の読み過ぎじゃない?」
なに、失敬な。私は推理小説の虫だぞ。舐めてかかられては困りますね。
深く座りすぎた足に係る負担は想像以上に重く、足取りは覚束なかった。
フラリとしながら決め台詞を言ってみたが、読み過ぎで一蹴されてしまった。
ぜひ私めでもお役に立てるのであれば是非。
そう思って僕は校長先生のお願いをすっと聞き入れた。