15 破壊神
ミチルの命を繋ぐため、ウィンクルムを返してしまったイケメン達は、頼みの蒼い武器も不全になっていた。
ベスティア特効がなくなってしまったため、遠隔攻撃のエリオットとチルクサンダーは魔法が出ない。直接殴る蹴るのジンは近づけない。犬に変身できないルークはただのおぼっちゃま状態。
中距離で斬りつけられるジェイの大剣と、素早く斬りつけながら距離を取れるアニーのナイフだけが、可能性を持っていた。
奇しくも第一の男(初恋)と第二の男(初めて告られた)の共演がここに成立する!
『ナニが【初恋】と【初めて告った】ダァアアアア!!』
ティラノサウルス型ベスティア──ベスティラノと化したシャントリエリは、ギャオオスと怒りの咆哮を上げる。
『ならば余は【初めて股間を光らせた男】ダァアアアア!!』
いや、光らせたのはイケメン達の怨讐だし!
ていうか、それ、なんの自慢!?
ミチルは無茶苦茶怒っているベスティラノ・シャントリエリに突っ込みたかった。
「おれは『初めてキッス30回でNTRした男』だぁ!」
「儂は『初めてお尻♡を××した男』だぞぉああ!」
「ぼくは『初めて毎朝ペロペロ♡♡しまくった男』でええす!」
「お前たちぃいい!」
ミチルは羞恥でどうにかなりそうだった。
エリオット以降は完全にこじつけ。でも認めてあげたい気もする。複雑である。
「我は……我は、ええと」
「チルくんまで乗らんでいいっ!!」
「……おお、そうだ! 我は『初めて濃厚注入(※魔力を)した男』であるぞぉ!」
「キャアアア! 言い方がヒワイ過ぎるゥウウウ!!」
ギャーギャー騒ぐ外野の状況を見ながら、ジェイとアニーは溜息を吐いた。
「……あれらに比べたら、私達の『初めて』はささやか過ぎないか?」
そんな風に言うジェイの肩を、アニーはポンと叩いて頷いた。
「だよな。ズルくない? どんどんエスカレートしてさあ」
……ごめんなさい。誰かが謝った。
「だけどな、ジェイ」
「む?」
「俺達は公式メインヒーローなんだ、そこに胸を張る!」
「むむう! 了解した!」
……あの、そろそろメタ発言やめてもらっていいですか。誰かが言った!
「おおい、こら、変態ストーカー皇帝!!」
気を取り直したアニーがベスティラノ・シャントリエリを呼ぶ。
『だあれが、変態ストーカーダァアア!!』
ズドーンと大きな脚が振り下ろされた。
しかし、ジェイもアニーもひらりとそれを交わす。
「ストーカーには接近禁止令が下るはずだ、ミチルを金輪際見ないでいただきたい!」
ジェイはベスティラノの片足を薙ぎ払うように斬った。
切断は叶わないものの、確実にダメージはあった。
『ギャアアァアアアッ!!』
「さっすがカエルレウム、いい剣作ってるじゃねえか!」
ベスティラノが痛がっている隙をついて、アニーがナイフを構えながら接近する。
「先祖のホコリを喰らえ!」
高く跳躍したアニーは、ベスティラノの紅い瞳の片方に傷をつける。
『ウギャアアァア!!』
一時的ではあるものの、片足と片目を潰されて、ベスティラノ・シャントリエリは悶絶していた。
「すごーい! さすがジェイとアニー!!」
すぐ調子に乗るミチルは大はしゃぎ。
「やれー! そこだー! いっちゃえー!!」
だが、その油断がいつも危険を誘う。
『デン・イィイイィーッ!!』
部下を呼びつけるベスティラノ・シャントリエリ。
その叫びは憤怒に満ち溢れている。
『もっと、もっどだぁあ! もっど、ヨに、大いなる魔力ヲ、ォオオオ!』
もはやシャントリエリに元のような威厳溢れる面影はなかった。
闇を欲し、力を欲し、瞳を血のように赤く光らせるその姿に、エーデルワイスは身震いする。
「皇帝は……すでに闇に魅入られている」
テン・イーは己の主人でさえも暗闇に染めた。その事を法皇は悟っていた。
アーテル帝国の内側にチルクサンダー魔教は深く食い込んでいる。皇帝自らベスティアへと身を投じたのも、テン・イーの策謀なのだろう。
『デエン・イイィイイ! 余に、ヨに、モッド、ヂカラをぉおヲ!!』
怒りに任せて正気を失っているシャントリエリ。その命を受けたテン・イーは、静かに目を閉じる。
一瞬だけ止まったように見えた。だが、一瞬だけだ。すぐにテン・イーは目を開ける。
「──御意。これが最期の魔力でございます……ッ!」
大きく両手を振りかぶって、テン・イーは有らん限りの魔力……どす黒い波動をベスティラノ・シャントリエリに流す。
その凄まじさたるや、ミチル達も呆然と眺めるしか出来なかった。
『オ、オオオォオオ……』
魔力を受けてベスティラノは再びその体躯を揺らめかせる。
『オア、アアアァアア……ッ!』
黒い波動を注ぎ続けるテン・イーの口元には血が滲んでいた。
「これで……全てに、終焉を……ッ!」
ベスティラノだった巨体がバアンと黒い飛沫をあげて弾けた。
「ああ……っ!」
ミチルはその影の中に、人影を見つける。
シャントリエリの姿形そのもの。ただし、全てが黒い。今度は目も口も、その位置はわからない。
「……」
黒い人影は何も言わなかった。
ただ、その右手を少し上げればよかった。
黒い人影の発する闇の波動に、その場の全員が吹き飛ばされる。
「うわぁッ!」
ミチルはなんとかエーデルワイスに助けられて、地面に体を打つことは免れた。
「クソが、やはり縮んだではないか……!」
ジンはその人影を睨みながら悪態をつく。
「これは……まずいな」
チルクサンダーからは珍しい絶望を孕んだ声が漏れた。
「なんだよ、このデタラメな魔力……! チルクサンダーがベスティア化した時よりも、ものすげえ」
エリオットもその膨大な力の差に愕然とする。
「破壊神……」
ルークがポツリと呟く。それが的確な形容だと誰もが思った。
破壊神、ベストリエリ……!
物言わぬ、けれども全てを凌駕する、「災厄」が降臨した。




