14 初恋と初告
地球では古代から生物が存在していた。人間よりも遥か前に超生物が。
カエルラ=プルーマにはどれくらいの歴史があるかはわからない。ミチルはこれだけこの世界に深く関わっているのに、歴史すらもまだまともに知らないのだ。
だからね。
カエルラ=プルーマにもこいつがいたんだなあって。
オレは純粋に驚いている所です。
グギャゴゴゴェアアア!!
大きな頭。真っ赤に燃えるような紅い目。
小さな手。大きな脚。
シャントリエリが変身したベスティアは、太古の昔に君臨したあの巨体。
「ティラノサウルスだあぁああ!」
ミチルは思わずそう叫んでしまった。
体は真っ黒でベスティアのそれだけれど、フォルムは完全に超有名パニック映画のソレである。
「ティラノ……?」
首を傾げるエーデルワイスに、ミチルは大慌てでまくし立てる。
「えぇじいちゃん、恐竜知らないの!? ずーっと昔に地球にいたヤツでしょうがぁ!」
「ワタシは戦前の生まれだぞ。教育課程もお前とは違ったろう。それに、転生前のことはあまり覚えていないしな」
「まじでえー……」
この恐怖と興奮を分かち合える者はここにはいない。ミチルはガッカリしてしまった。
イケメン達もポカンとティラノ化したシャントリエリを見上げているだけ。「変わった魔物だな」くらいの印象で。
『ククク……ああ、すこぶる気分が良いぞ』
「ベスティアなのに、喋った!」
ティラノサウルス型ベスティア──ベスティラノは、シャントリエリの声を出していた。
自我があるタイプのベスティアはもちろん初めてである。
『当たり前だ。余はベスティア化したこの体を完全に掌握している。テン・イーの研究の賜物だ』
「そういえばベスティアなのに、紅い目もあるぅうう!」
従来のベスティアは影から逸脱しない姿だった。目も口も真っ黒で判別できなかったのが普通である。
だがこのベスティラノは目があり、喋るから口さえも動いていることがわかった。
『余はベスティアを超えたのだ! 完全無欠となった余にもはや敵はない! 法皇よ、それから忌々しいカリシムス! 余が全て噛み砕いてくれるッ!』
ゴハアァア……! と怪獣的な呼吸とともに、シャントリエリの勝鬨が響いた。
ビリビリと空気を震わせ、ミチルは思わず身が竦む。
こんなのにどうやって勝つって言うんだ。
いくらイケメン達が一騎当万でも無理くない?
ミチルはそう思って、絶望しかけた。だが。
「さあて、誰からいく?」
「むむ、相手にとって不足なしだ」
「噛みちぎって、やります……!」
「あれか? また斬ったら縮むのか?」
「いやあ、アレは今のが最終形態だろ? 喋ってるし」
「ふむ。まずは我の魔法がどの程度かアレで試そう」
イケメン達はノリノリで作戦会議を始める。
会議などとも呼べない雑談だ。それが彼らの余裕を物語っていた。
「よおーっし、とりあえず攻撃隊長のおれからだよなっ!」
「ずるいぞ、エリオット!」
嬉々としてエリオットがセプターを構えた。アニーは茶化しながら送り出す。
「まあ、王子の雷で様子を見るのが間違いなかろう」
「私もいけるが……」
頷きながらジンは一歩退がった。ジェイは少し悔しそうに状況を見守っている。
「いくぜ! デカブツ皇帝怪獣!!」
やる気満々で、セプターを掲げるエリオット。ホームランでも打つつもりかのような、予告の構えである。
それを見下ろして、ベスティラノはニヤリと笑った。
『ほう……まずはアルブスのもやし王子からか』
「アア!? もやしかどうかはこれを喰らってから言いな! 雷鳴鳥……」
エリオットの気合いとともに、セプターの宝珠が蒼く……光らなかった。
「……あれ!?」
異変に気づいたエリオットは目を丸くしてセプターを見つめる。
「どうした?」
アニーが聞くと、答えるその声は少し震えていた。
「魔法が……出ねえ……」
「えっ」
驚きでイケメン達の誰もが一瞬硬直した。
その後、ルークがおずおずと手を挙げて一言。
「ぼくも……イヌ、なれません」
「ええっ!?」
前を見て驚き、後ろを見てまた驚く。
イケメン達は忙しなく、互いにアイコンタクトを繰り返していた。
「そういえば……あまり気の流れがよろしくないな」
ジンもバングルを嵌めた腕を見て言う。いつものような蒼く光る感覚がない。
「なるほど……我らはカリシムスの能力を失っているのだな」
「エエエッ!!」
チルクサンダーの分析に、イケメン五人は大声でのけ反る。
「な、なんで!?」
考えてもアニーには全然わからなかった。
「むむ……力が湧いてこない……」
ジェイは自分の剣を握りしめてはいるが、首を捻って歯噛みする。
「そうか、絆石をシウレンに返してしまったからだな!?」
ハッと気づいたジンの言葉に、チルクサンダーは大きく頷いた。
「その通りだ。我らの武器にはミチルの力が宿っており、それがベスティア特効になっていた。だが、それをミチルに返してしまった今、我らの武器はなまくら同然」
「ウソー!!」
ノリノリで攻撃しようとしていたイケメン達を頼もしく見ていたミチルは愕然とする。
まさか、そんな、こんな事って。
オレの命を繋いだばっかりに、イケメン達はその強さを失ってしまった!?
「大変だ、どうしよう、じいちゃん!?」
ミチルはすぐさまエーデルワイスに泣きつくが、彼もまた事態を重く見て、眉をひそめていた。
「そうか……そうなるか……確かにな……」
エーデルワイスは考えながら、段々トーンダウンしていく。
まさか法皇のワタシがそこに気が回らなかったとは、と言わんばかりである。
「じいちゃんも気づいてなかったんかいっ!」
どうしよう、どうすればいい?
イケメン達の蒼い武器がなければベスティアを倒すことは出来ない。
「じゃあ、オレがもう一度──」
力を込めればいんじゃないか、とミチルは焦った頭でそう口走った。
しかし、当然ながらそれはエーデルワイスに一蹴される。
「バカを言うな、何のために返還の術を施したのだ! もう二度と命を捨てる事は許さん!」
「でもぉ……」
「何か方法は……っ」
エーデルワイスは悔しそうに歯を食いしばっていた。
ベスティラノを見上げながら懸命に考える。けれど何も浮かんでこない。
油断していた。
テン・イーや皇帝自らがベスティアに堕ちる事などないと思っていた。
敵ながら天晴れ、捨て身で勝負を挑んできた。
エーデルワイスが考えあぐねていると、ゆっくりとジェイが歩みを進めていく。
「ジェイ!? 危ないよ!」
後方でミチルがそう叫んでも、騎士は行進を止めなかった。
「私の剣なら、元々ベスティア対策がされている。一矢くらいは報えるはずだ」
「無茶だよぉ! あんなおっきなティラノサウルスだよっ!?」
雑魚ベスティアならまだしも、相手は最強を謳うベスティラノ。
かつてケルベロスティアに、形見の剣を折られたのをまさか忘れてるのか。
ぽんこつだしその可能性もある、と見たミチルはあらん限りの声で叫ぶ。
「やめてえ、ジェイ! 死んじゃうよぉ!」
一人で立ち向かうなんて特攻以外の何でもない。
ジェイは一瞬だけミチルを振り返る。そこには愛に溢れた初恋の瞳が……
「心配しないで、ミチル!」
そこへひょこっと碧い瞳が入ってきた。
「アニー!」
「む?」
アニーはナイフを持って、爽やかに笑ってみせた。
「忘れてない? 俺のナイフだってワイルドボアーティアに傷つけたんだけど」
「ほえ……」
涙で少し滲んだ先、ミチルは国民の彼氏級スマイルを見た。
「ジェイにばっかりいいカッコはさせられないなあ、第二の男としてはサ!」
「アニー殿……」
悲壮だったジェイの頬が、少し安心で緩んだ。
「とりあえずやってやろうじゃん。『初恋の男』と『初めて告った男』の共演だ!」
「うむ!」
ジェイとアニーが肩を並べてベスティラノに対峙する。
二人のオトコの背中に、ミチルは涙を流して興奮した。
「めちゃんこカッコいいぃいいい♡♡」
そんなミチルの反応が一番面白くないのが、対峙された方。
ベスティラノとなったシャントリエリである。
『やっと決まったか……』
その鋭い牙を鳴らしながら、ベスティラノは笑っていた。
『最初の犠牲者が……』




