12 イレギュラーの理由
再び現れた、ミチルを付け狙う懲りない男。アーテル帝国皇帝シャントリエリ。
まあまあハンサムの金髪ソフトモヒカン男である。
だが、悲しいかな、彼は決してイケメンにはなれないのだ。
「ククク……ミチルよ、さあ、おいで。余と帰ろうぞ」
金細工の悪趣味な鎧に身を包んでミチルへ手を伸ばす皇帝は、もちろん真のイケメン六人の壁に阻まれた。
「バーッカ! ミチルがオメーなんかについてくワケねえだろ!」
「ミチルの名を呼べばいいと言う事ではないっ!」
「素直な皇帝さんは大人しく帰れ! あ、後ろのジジイは置いてけよ」
「ついでにラーウスからも、出ていって、欲しいです!」
「シウレン! 今だ、アレを言ってやるのだ!」
「言うかァ!!」
ジンがミチルに促したのは、特大セクハラ満載のお断り文句である。
あんなもの、言った途端に口が腐るに違いない。
「ほう? ミチルから余に愛の言葉があるのか? 是非聞きたいな」
「愛なんかねえよ、バーカ!!」
ニヤニヤしながら言うシャントリエリに、ミチルは震える声で虚勢を貼るのがせいいっぱい。
やはり、まだ♡♡♡されかけた心の傷は癒えていない。
「ふふふ、可愛い声だ。お前の紡ぐ言葉なら全てが愛おしいぞ……」
「……ゾオオ!」
やだもう! なにコイツ!
ほんとキモチワルイッ!!
「……シャントリエリよ」
ミチルの限界を見たエーデルワイスは、誰よりも前に出た。
その気迫は充分で、カミの教えを説く聖職者と言うより、カミに代わって天罰を下す裁定者のようだ。
「法皇よ、久しいな。余に恐れをなし、引きこもって何年経つ?」
だがエーデルワイスの気迫は、尊大なシャントリエリの前では空回ってしまっているようだった。
「まさか。そちらの企てがくだらな過ぎてやる気を失くしただけだ」
「クッ、そうか。その企てのおかげで、余はミチルという愛らしい妃に出会えたぞ」
やめてえ! もう、ほんとキモチワルイッ!
ミチルは耳を塞いだが、エーデルワイスの興味はそこではなかった。
「……やはり、此度のベスティア騒動は其方の企みか」
「おや、とっくに知られていると思っていたが?」
「確証がなかったのでな」
終始、優位に会話しようとするシャントリエリ。
ひらりと躱わすエーデルワイス。
二人の間に緊迫した空気が流れ続けていた。
「全てはこのテン・イーが、幸運にもカミの子を入手した事が始まりよ」
そう言いながら、シャントリエリは後方に控えし部下、テン・イーを前に出した。
「此奴がカミの子・チルクサンダーを余の父の御前に出した日から、この壮大な計画は始まった」
その言葉に、イケメン達はざわつく。
「カミの子ってなんだ?」
「チルクサンダーさん、眷属、では?」
「いや、眷属も広い意味だと子って使うんじゃね?」
「むむ? 眷属なのか、子どもなのか、どっちなんだ?」
「結局ヤツは何者なのだ?」
「……」
五人のイケメン達が口々に言う中、チルクサンダーは黙ってシャントリエリとテン・イーを睨んでいた。
そう述べる真意と、今それを言う意味を懸命に考える。
「旧時代から新時代に変わる時、偉大なるカミはお隠れになった。これはペルスピコーズが何千年も世界に隠してきた真実でありますな……」
主よりも前に出て、やっと口を開いたテン・イーは、低い声で厳かに語り始める。
「教会に潜り込み、司教となった私はようやくその秘密にたどり着いた。今までカミサマにより降臨しているとされていたプルケリマも、代替品であると知ったのもその頃です……」
「……」
慇懃な態度で語るテン・イーに嫌悪感を示しつつも、エーデルワイスはそれを黙って聞いていた。
そして無礼な口調のままにテン・イーはなおも語り続ける。
「ではカミはどこにいるのか!? 本当に地上からも天からもお隠れになったのか!? プルケリマ=レプリカを召喚出来ているのはカミからの賜物ではないのか!? 私は探そうと思ったのですよ、この地上に必ずカミの残滓があるはずだとね……」
テン・イーは邪悪な笑みを浮かべて、愉快そうにまた喋る。
「カミに一番近いのは法皇様、貴方です。私は貴方のアルターエゴを持ち出し、それを手がかりに世界中を飛び回りました……」
「ワタシのアルターエゴをカミへの発信機としたのか……」
エーデルワイスはテン・イーの発想と、技術の巧みさに驚く。そんな事を思いつくような人間はまずいない。
テン・イーの執念とも言える思考はカエルラ=プルーマ人のそれではない。エーデルワイスはテン・イーにますます不気味さを感じていた。
「ふふ……それでねえ、私はついに見つけたのですよ。カミの落とし胤、チルクサンダー様をねえ……」
「何……?」
そこまで聞いて皆はチルクサンダーを一斉に見る。
チルクサンダーも驚きを隠せずにいた。
「そうです! チルクサンダー様は紛れもないカミの子息ですよ! 地上に残したカミの残滓こそがチルクサンダー! しかし、私が見つけた時にはすでに反転していました……」
「反転……?」
反芻するだけのエーデルワイスに、テン・イーは得意げに頷いた。
「ええ。もはやチルクサンダーはカミの御子にあらず。聖なる力も失っていた。代わりに、闇の力を有していたのです……」
「まさか、それが……?」
少し震えるエーデルワイスに、テン・イーはますます面白そうにニヤリと笑って高らかに言う。
それは、既に勝ち誇った老人の鬨の声であった。
「闇の象徴、チルクサンダーの角から無限に魔物が湧いてくる! 我々はこれを利用して世界に脅威を起こしたのです! さすれば法皇、貴方はプルケリマ=レプリカを召喚せざるを得なくなる……」
「待て。カミの残滓であるチルクサンダーが反転していた……? では、カミの援けというものがないまま、ワタシはミチルを召喚したのか……?」
エーデルワイスはワナワナと震えていた。
だが、ミチルを始め、イケメン達はその意味がわからない。ミチル召喚時の重大なリスクが理解出来なかった。
「そうです! カミの残滓による援助があって、これまでのレプリカ召喚は成り立っていました! しかし、貴方の召喚にはそれがなかった。貴方の召喚は失敗なのですよ! 生涯で一度きりしか出来ない召喚に貴方は失敗したのです!」
だから……
ミチルは……
イケメン達は……
「これが、お前たちの全てがイレギュラーである真相だ……ッ」
テン・イーの邪悪な呟きが、その場に広く響き渡った。




