7 両極の秤
朝が来た。
チュンチュン言ってる気がする。
ただし朝チュンの事実はない。ミチルは今まで通り清らかな朝を迎えている。
「お、は、よ、ミチル♡」
アニーからの目覚めのキッス。随分と久しぶりな感覚だ。
「よく眠れた? ミチル」
ルークの爽やかスマイル。こちらもかなりお久しぶり。
「うん……えへへ」
やだあ、なんか照れちゃう♡ 何にもなかったのに、すでに新婚みたいな雰囲気!
とりあえず六人と同じベッドで寝たのは事実。それだけでミチルは天にも昇る心地だった。
「ああ、ミチル。顔色が良くなったな」
「シウレンの寝起きはかわゆいなあ」
「おいおいミチル、寝癖がついてるぜえ」
「……ふむ、これが『そううけはあれむ』か」
ジェイ、ジン、エリオット、チルクサンダーの順で朝のご挨拶。ラブ度が高い。
朝から輝くイケメン六人に囲まれて、ミチルはやっぱり笑いが止まらないっ!
「うふ、うへ、うふふっ」
そして、イケメン達にもれなくついている目の下の隈にも気づかないっ!
「えへへへ……♡ 幸せえ……」
「おい、これを毎晩やるのか?」
「ざけんなよ、一晩で〇〇こが限界だぜ」
「これは……システムを考え直す必要があるな」
「辛くても、交代でマンツーマン……ッ」
「俺もそれ賛成。六日に一回独り占めできる方がいい」
「至急不可侵条約を取り決めるべし」
円満なハーレム6への道は険しいかもしれない。
「入るぞ、ボケども」
すごい悪口でエーデルワイスがノックもせずに部屋に入って来た。
「あ、えぇじいちゃん、おはよー」
寝起きであろうミチルを、エーデルワイスは観察するように眺める。
「ミチルは……よく眠れたようではあるが、顔がスッキリもしているな」
「うん、オレ、今までで一番幸せな朝かもしんない!」
「……そうか」
エーデルワイスはその言葉で全てを悟った。間違えているけれども。
そしてイケメン達を振り返ってものすごい形相で睨む。
「昨夜、其方達のウィンクルムがかつてない輝きを見せた。六ついっぺんにだ……つまり?」
ズゴゴゴゴ……と地鳴りがするような圧で凄む法皇の前に、カリシムスは全員全否定。
「違う!」
「何もしてない!」
「見ろ、このクマを!」
「一晩中、ズッキズキだぞ!」
「生殺しではないか!」
「むむむう!!」
曽孫を寝取られて(←違う)いても、そこはさすがの法皇。彼らが嘘を言っていないのはわかる。
「何、では、♡♡♡以外でもウィンクルムに反応がある、という事か……」
寝不足で欲求不満になっている彼らを見れば、それは一目瞭然。
どうやらウィンクルムはカリシムスの感情とも連動しているようだ。
「しまったな、もう少し光り方を注視しておけば良かった」
知識欲が刺激されてしまったエーデルワイスに、ミチルだけがのんきに話しかける。
「えぇじいちゃん、なんか用? 朝ごはん?」
「ん、ああ、そうだな。ミチルよ、身支度を整えなさい。朝食後に大事な話がある」
「はーい」
二人の纏う空気はすっかりマゴと溺愛ジジのよう。
アットホームな雰囲気に周りのイケメン達も和やかになるけれど、「大事な話」を想像して身震いもしていた。
昨夜のご馳走と打って変わって、朝食はシンプルなパンケーキ。卵やハムなどのいわゆるナマグサものも付かない。
ジャムとバターが辛うじて添えられているだけだった。その代わりサラダは山盛り。逆にミチルは少し安心する。
これでいい。いや、これがいい。
一般ピープル出身のミチルには、いまだ絢爛豪華な酒池肉林は刺激が強すぎる。
朝食を終え、ミチル達はエーデルワイスの後について大聖堂の大広間へ来ていた。
豪奢な祭壇が威圧感たっぷりで尻込みするけれど、その前に立つ小さな法皇の纏う緊張感の方がもっと七人をヒリつかせる。
「……其方達のウィンクルムを再びミチルに返還する方法だが、だいたいの術式は整った」
「もう!?」
数日待て、と言われていただけに、ミチルは驚きに目を見開いた。
「うむ。アルブスのスノードロップによって、ウィンクルムの魔力パターンはほぼ解明されていた。後はワタシの方でそれに合った術式を組み立てるだけだったのでな」
「……ほらな、すげえだろ。ウチのクソ魔ジジイ」
ヒヒヒと笑いながらエリオットがドヤる。
エリオットの手柄では一切全くないのだが、一同は黙って聞いていた。
「それにしては、浮かない顔をしておられるが」
「そうだよ、これでミチルは助かるんでしょ? いいじゃん」
ジンが訝しみ、アニーは気楽に笑っていた。
対照的な二人を見て、エーデルワイスは大きく溜息を吐く。
「……何か問題があるのだろうか」
ジェイがそう問うと、エーデルワイスは沈んだ面持ちで頷いた。
「其方の想像通り、このウィンクルム六つを再び魔力に変え、ミチルに返還すればその魂は修復される……という見解は、ワタシもスノードロップも一致した」
「すごい、です!」
それを聞いてルークは嬉しそうにはしゃぐ。
だが、チルクサンダーはいち早くその「問題点」に気づいたようだった。
「やはり、危惧していた通りなのだな?」
その問いにコクリと頷いてエーデルワイスはミチルを見つめた。
「ミチル、よく聞きなさい」
「ふえ?」
ミチルの生命を繋ぐことが最重要かつ最優先事項である。
だが、それはミチルから「生きる目的」を奪う結果となるかもしれない。
「お前にウィンクルムを返還すると言う事は、即ち絆が消える事を意味する」
「そ、それって、どういうコト……?」
ただならない雰囲気に、ミチルは一気に不安になった。
今まで積み上げてきたものが、足元から崩れていくような感覚だ。
エーデルワイスは静かに目を閉じて、意を決してからハッキリとミチルに残酷な事実を告げる。
「それは、プルケリマとカリシムスの関係を解消するという事だ。お前と彼ら六人の絆は初期化されるかもしれない」
「初期化……されると、どうなるの?」
ああ、待って。
そんなことになるなんて思わなかった。
ついさっきまで、この上なく幸せだったのに。
ミチルの体は震え始める。
それは、自分が命を失うことよりも恐ろしい。
「彼らのウィンクルムをお前に返還すれば、関係は初期化され、お前は彼らを忘れるだろう」
「あ……」
体が急に冷えていく。
どこを見ているのかもわからない。景色がグルグル回ってる。
ミチルは覚束ない足に、それでも懸命に立ち続けよと願った。
何故なら、目の前の曽祖父は、再び悲壮な決意を帯びた瞳をしているから。
「……術式は整った。だが、ワタシはこれを使いたくない。其方達を引き離すことは、世界の理抜きにしてもしたくない」
「ああ……」
声が、言葉にならない。
何を言っていいのか、わからない。
「ミチルよ。やはり、これしかないのだ」
大好きなイケメン達の記憶。
大好きになるはずのじいちゃんの命。
それを、天秤にかけるなんて。
「ワタシの生命を、お前に注ごう」
できない。




