5 術式を探せ!
消えゆくミチルの生命を、エーデルワイスがその責任を取って肩代わりすると言った。
ミチルはそれを「ダセえ」と一蹴し、派手にメンチを切る。
打開策なんかある訳ない。それでもミチルは希望を捨てない。
イケメン達と一緒なら何でも出来る!
……でもいい案は浮かばないから、じいちゃんが代わりに考えてよ!
「そうか、さすがはワタシの子孫。わかった」
わかっちゃうんかい! というツッコミを誰もがしたかったが、ミチルの命を繋ぐ事が第一である。
皆、固唾を飲んでエーデルワイスの次なる言葉を待った。
「とりあえず、教会中の文献を調べるから数日待ちなさい」
そんなところからなんかーい、とツッコミたかったが、誰が考えてもそれくらいしか浮かばない。
「ふうん……手伝ってやろうか?」
エリオットがニヤニヤしながら言うと、エーデルワイスは無表情のまま首を振る。
「いや、カリシムス達はミチルの側についていてやって欲しい」
殊勝な雰囲気を帯びて、エーデルワイスは続いて自嘲した。
「自己犠牲の精神、それ自体は尊いもの。だが、捧げられた方からすれば重く辛いものである……という事か」
「……まあ、そんな気にすんなよ」
アニーのフォローに続いて、ルークもまた苦笑しながら言う。
「ミチル、想う気持ち、きっとぼくらと変わらない」
「孫に嫌われたら祖父母は生きていけぬ。それ即ち、世界の真理だ。心中お察しする」
ジンはわかったような顔で腕を組み、何度も頷いていた。
「……嫌われた訳ではない」
不貞腐れて答えるエーデルワイスの姿に、ミチルは初めて親近感のようなものを感じた。
じいちゃんの膝の上にいるような、あったかい感じ……
「えぇじいちゃん、よろしくね!」
「任せておけ」
初めて目を合わせて笑い合う、こんな瞬間が来るなんて。
姿かたちは違っても、ミチルは諦めていた肉親とこの異世界で出会えた。それはこのうえない運命だと思う。
「……とは言え、何もとっかかりがないからな。膨大な古文書をどう調べたらよいものか」
最後の最後でしまらない。ミチルはズルッとこけそうになった。
そんなところも自分に似ていると思う。
「あの……」
おずおずと手を挙げて、ぽんこつナイトが口を開く。
「これは単純な話だと思うのだが──」
ジェイはその「ぽんこつ」という冠らしく素朴で素直な意見を述べた。
「ミチルが青い石を生成して魂がすり減ったのなら、我々の青い石をミチルに返せばいいのでは?」
「!!」
一同がぐるりとジェイを囲んで驚愕の眼差し。
驚愕の種類は人それぞれだが。
「それだー! 冴えてるじゃないか、ジェイのくせに!」
「ジェイさん、ナイスアイディアです!」
……と喜んだのは魔術に詳しくないアニーとルーク。
「なに、そんなことが可能なのか?」
……と訝しんだのは疑い深いジン。
「形成された魔力を返還、する……だと?」
……もっともらしく表現出来てはいるが、何を言っているかわからないエリオット。
ジェイの投げた言葉は金言なのか戯言なのか。
「それは、さすがに……」
一番否定的な反応を見せたのはチルクサンダーだった。
だが、ミチルはそれに気づく間もなくある事を思い出す。
「そうだ!」
本当は思い出したくないのだが、チョメチョメな記憶とともに、ミチルは整然と並べられた青い遺物を思い浮かべていた。
「あのさ、アーテル皇帝の所で見たんだけど、アイツ、テン・イーを使って過去に存在した青い石を集めてたんだ!」
「何? それは、かつてのカリシムスのウィンクルムという事か?」
エーデルワイスは驚愕しながら聞いた。
コクコクと細かく頷きながらミチルは拙い説明を続ける。
「そうそう、そうだと思うよ。それをね、どう使うかしんないけどさ、青い石を集めて自分もカリシムスになるんだーって言ってた」
「そっ、そんな事が可能なのか!?」
同じ台詞でも、二度目のジンのそれは驚きに支配されていた。
「テン・イーはそんな奇想天外な術式を確立しているという事か……?」
目を丸くしながら言うエーデルワイスに、チルクサンダーは冷静に述べる。
「方法論はわからぬが、ウィンクルムから何らかの魔力か精神力を抽出する事が可能なのだろう。であるなら、こちらも同じアプローチで検証してみるのも悪くない」
「そうだな……闇雲に文献を漁るのは非効率だ。方針が一つでもあれば、まずはそこから打開策が見えるかもしれない」
「我が手伝ってやろうか?」
今度はチルクサンダーがニヤリとして言うが、エーデルワイスは依然として首を横に振った。
「いや。もはや其方はただのカリシムスだ。それも絆を結んで日が浅い。今のうちにミチルと交友を深めておけ」
「おお、祖父殿の許しが出たぞ、ミチル」
急に話題♡を振られたミチルは顔を赤らめて興奮してしまった。
「きえええ! 何するの? ナニなさるつもりなのっ!?」
「……ふふ」
きゃああああ、とミチルの心臓は砕け散りそうになる。
生命のピンチでも、トキメキ用の心臓は別なのかもしれない。
「では、祖父殿に進言しておこう」
「なんだ」
チルクサンダーはゆったりとした口調で、言い聞かせるように語る。
「ミチルが直接力を込めたのは、武器の方。今回の場合ウィンクルムは副産物だ。ミチルと武器、それからウィンクルムには一本の経路が通っている」
「なるほど、そういう事か……」
エーデルワイスはその話に何かを得たようで、少し表情が晴れていた。
それからイケメン達に対して声を弾ませて言う。
「其方達、ミチルが強化した武器とウィンクルムをワタシに預けてくれないか」
そう言う視線には確かな光が宿っていた。
イケメン達は大いに頷いて、大剣、ナイフ、セプター、バングルと、それぞれのウィンクルムを出す。
「あの……ぼくのネックレス、外れない、ですけど……」
ルークが戸惑いながら言うと、チルクサンダーはミチルを見て促した。
「ミチル、外してやれ」
「えっ、そんな事できるの? ルーくんのネックレス、繋ぎ目ないんだけど」
「触れて念じれば、おそらく外れる」
ほんとかなあ、と半信半疑のままミチルはルークの首元の青いオシャレ鎖に触れた。
外れろ、と思ってすぐに、鎖のひとつがかちりと外れてネックレスが取れる。
「ほんとだあ……」
「ミチル、すごいね……」
二人で感心しつつ、ルークのネックレスとウィンクルムもエーデルワイスに提出される。
「で、オメーのは何なんだ?」
エリオットは興味津々でチルクサンダーを見た。
チルクサンダーは左の耳元からイヤリングを外す。
「我の武器はこれだ」
片耳だけのイヤリング。
黒い枠の中に、蒼い宝石が嵌められている。その黒は、かつてチルクサンダーの頭にあった角の色に似ていた。
「へー! でもイヤリングでどうやって戦うの?」
ミチルの素朴な疑問が、大きな事実を呼び覚ます。
「さあ……我はヒトの身になってしまったのでな、魔力がかなり減っている。これは我の魔力を増幅してくれるのではないかと推察する」
「そうなんだあ……うん?」
今、なんつった?
「……ヒト?」
って言った?
「うむ。我はすでにカミの眷属から脱却している。今の我はこの世界のカリシムスに過ぎない。そして、カリシムスは人間でなければならないのだからな」
チルクサンダーのトンデモ発言が、その場の全員に今日二番目の驚きを吹かせた。
ちなみに、一番目はもちろんミチルの生命の件だが。
「でえええっ!!」
チルクサンダーは「魔族風」イケメンではなくなってしまった!
どうする?
今後はもう、「スーパーモデル風」イケメンと呼ぶしかないのか!?




