4 バカな恋
ミチルの生命はほとんど残っていない。
これは、想定外に多数のカリシムスと絆を結んでしまったからである。
さらにミチルはベスティア化したルークとチルクサンダーを救っている。その事も、ミチルの魂を削る大きな要因となっていた。
「ああ……オレって、そうなんだあ」
ミチルは告げられた真実に、力無く頷いた。
あらかじめ座っていて良かった。今は立てる気がしない。
「転移した先々でイケメンうほうほしちゃったから……」
イケメンに出会ってもれなくときめいてしまった。
だけどそれってプルケリマシステムってやつのせいでしょ?
「イケメン全員に恋しちゃったから……」
出会わなければ良かった?
そもそもオレを転移させたのは誰なんだってハナシ。
「命を削って恋をするなんて、オレってバカだよねえ……」
彼らに出会ったという状況は、誰かがそうさせたものかもしれない。
でも、恋をしたのはオレ自身。それはオレの責任だ。
「ミチルのせいではない」
よく通る、懐かしさを帯びたエーデルワイスの声が、ミチルの心にストンと落ちた。
「えぇちゃん……?」
「ミチルはセイソンたる能力を発揮し、カリシムスと巡り合っただけ。しかも転移し続けたのはお前の意志ではないのだろう。世界が、お前とカリシムス達を引き合わせたのだ。お前に無理を強いたのはカエルラ=プルーマそのもの」
「んん、でも……」
プルケリマシステムは恋愛感情の箍を外すだけなんでしょ?
「好き」な気持ちはオレ達のものなんでしょ?
ミチルは全てを世界もしくは運命のせいにして、自分の恋心を偽物にはしたくない。
だが、それを上手く伝えられずにいるうちに、エーデルワイスは一つの結論を示した。
「責任があるとすれば、お前をこの世界に召喚したワタシだ。ワタシがこの世界に転生し、法皇になったばかりに、血縁者のお前が召喚される事になってしまった」
その言い方は何か引っ掛かかる。違和感を覚えたイケメン達を代表するように、ジェイがエーデルワイスに問うた。
「それは……一体、どういう意味だ?」
問われたエーデルワイスは大きく息を吐き、秘中の秘、法皇にさえ知らされていなかった事実を告げた。
「調べるのに苦労したが、先代法皇の隠された手記に書かれていた。法皇が召喚するセイソンはかつて己が生きていた世界から、己と縁がある者が選ばれる。つまり、ワタシがこの世界に転生した時から、その子孫であるミチルの運命も定められてしまった」
「!」
その事実にミチルもイケメン達も驚愕する。
エーデルワイスはさらに自嘲めいて、持論を語り始めた。
「よく考えれば一理ある。全くの異世界から異質な存在を召喚するのだ、何かマーキングがあった方が成功しやすい。それが、血縁という因子だろう」
「……胸糞だぜ」
エリオットが吐き捨てるが、エーデルワイスは語るのをやめない。
「それを法皇自身には知らせるはずもない。自身の子孫だと知ったら躊躇う者も出るだろう。誰が好んで自分の孫や曽孫を世界に捧げるものか」
「……隠蔽体質にも程があるぞ」
ジンもまた口元を歪めていた。それでもエーデルワイスは顔を上げて、たどり着いた「解決策」を述べる。
「だが、今回に限り、それを逆手に取ってミチルの生命を救うことができる方法があるのだ」
「え……?」
語ろうとしている表情が、一向に明るくならなくて、ミチルはますます不安になる。
助かる方法があると言うのに、このどうしようもない絶望感は何なのだろう。
「ワタシの生命をミチルに注ぐ。これは、血縁でなければ成功しない特殊な反魂魔法だ。こと今回においてはワタシとミチルに血縁関係があって良かったとさえ言える……いや、こういう事態すらも見越して、世界はこの仕組みを作ったのかもしれん」
「……成程。いざという時にも、血縁関係であれば法皇がその責任において解決出来る。それほど世界にはプルケリマが必要だと言う事か、法皇を犠牲にしてまでも」
チルクサンダーが付け足した言葉に、一同は青ざめて息を飲んだ。
「ちょっと待てよ、チビ法皇がミチルに生命を注ぐって──」
魔法などに一番詳しくないアニーが真っ先に震え出す。
「ミチルの代わりに、エーデルワイスが死ぬ、いう事?」
次いでルークもあまりの衝撃にうっかり口をつく。
そんな二人を鋭い視線で制したジンは、恐る恐るミチルの方を見た。
「シウレン……」
ミチルは目を丸く見開いて、ポカンと口を開けて呆けていた。
「ミチル、大丈夫か?」
ジェイが手を伸ばすけれど、触れる事は躊躇った。
それほどに、今のミチルには「触れられない」雰囲気があった。
「オレの代わりに、えぇちゃんが……死ぬ?」
反芻すればするほど、その事がミチルの心に重くのしかかる。
オレが世界に喚ばれたのは、ひい祖父ちゃんがここに転生したから?
オレが生命を削ったとしても、血縁の法皇から補填する?
「ミチル、此度の事、巻き込んですまなかったな……」
儚く笑うエーデルワイスの顔を見て、ミチルは急にムカついた。
この世界のあり方に。
けれど、それよりもそんな曽祖父の態度に。
そんな風に、自分だけで背負って、悲劇ぶるだなんて……
「ダセエことしてんじゃねえぞぉおおお!!」
オレはね、もう決めたんです。
我慢しないって。
だからね、ムカついたら怒っちゃう。
だってえぇちゃんは、オレのひい祖父ちゃんなんだ。
じいちゃんに甘えて何が悪いの!?
「えぇちゃんのぉ、ジコマンにぃ、それこそ巻き込まないでよぉお!」
「……うん?」
癇癪のようなミチルの言葉に、エーデルワイスは悲壮な表情を一変させた。
何を言ってるんだ、この子は。状態である。
「勝手に人を召喚して、前は悪びれもせずに儀式ヤレー! って言ったじゃん。それなのに、オレが子孫だってわかった途端に先祖らしくしようとするとか、チョーダサい!!」
「お……?」
今度はエーデルワイスが呆ける番だ。
何語喋ってんの、この子。状態である。
「謝る気があるなら、最初っから謝って欲しかったんだけどぉ! 身内だってわかってから可愛くなったとかがダサいんだよ!」
「……」
エーデルワイスは目を丸くして放心している。
「プププ……」
そんな法皇を置いて、ミチルの剣幕にチルクサンダー以外のイケメン達が笑い出した。
「さすがミチル……ッ」
そうだ。
それこそが、オレ達の最愛。
「えぇちゃんの指図は受けない! 命もいらない!!」
「だ、だが、それではお前が……」
狼狽えるエーデルワイスに、ミチルは大いにメンチを切った。
「オレの問題は、オレとみんなでなんとかするッ!!」
「ヤッタゼ、ミチル!」
「よく言ったシウレン!」
「もちろんだ、ミチル!」
「絶対なんとかなるよ!」
「きっと、大丈夫、です!」
おバカなプルケリマと、おバカなカリシムス達。
だが、みんなでそうやって何度も乗り越えて来た。
「……それは、どうやって?」
しかし、強制的に数に入れられてしまったチルクサンダーの疑問が盛り上がりを止める。
「それ以外に、どうやってミチルの生命を救うのだ?」
「そ、それは……」
空っぽの頭で、ミチルはエーデルワイスを見る。
難しい事はよくわかんない。だからミチルは唯一の血縁にぶん投げた。
「えぇちゃんがもう一度考えてよ!!」
オレが可愛いなら、オレが納得いく方法を探してよね!!




