3 魂を削る
チルクサンダーはエーデルワイスと『接続』されたついでに、その子孫であるミチルとも繋がっていた。しかも、世界という次元を超えて、ミチルがほんの子どもだった頃から。
そんな要素がチルクサンダーに運命を感じさせた。
チルクサンダーはミチルの成長を見続ける事で、閉鎖空間に閉じ込められた孤独に耐える事が出来ていた。
チルクサンダー側から見れば運命を感じる、ハートフルで素敵な話。
ところが、ライバル関係にある他人から見れば、ただの覗き魔。
「こおの、幻想ショタコン野郎ッ!!」
自分たちの事は棚に上げて、イケメン五人はチルクサンダーをそう謗る。
しかしながら常識がイマイチ足りていない本人は、相変わらず首を傾げるだけ。
「……何の事を言っているのだ?」
「ううーん……」
ミチルもどちらかにつく事が出来ずに頭を抱えた。
みんな仲良くして欲しい。だってみんなオレの「最愛」なんだから。
でも、それって虫がいいのかな?
ミチルが少し後ろ暗い感情に囚われそうになるのを止めるように、エーデルワイスの怒号が飛んだ。
「話題が逸れていると言っただろう! 黙ってワタシの話を聞け!」
出るぞ、バリバリゴッシャーンが!
ミチルとチルクサンダー及びイケメン全員が身構えた。
ところが雷も暴風も出ず、エーデルワイスは少しよろめいてそこに座り込む。
「えぇちゃん!?」
ミチルが駆け寄ると、エーデルワイスは弱々しく笑っていた。
「……少し、疲れただけだ。お前も座りなさい、目が覚めたばかりなのだから」
「う、うん……」
こんなに疲れ果てたエーデルワイスは初めて見る。ミチルは一気に不安になった。
その見た目が少年なために、若くて元気な印象だったからだ。
「はあ……すまない。楽な姿勢で説明させてもらおう」
エーデルワイスがその場の芝生に膝を折ると、ミチルもイケメン達も思い思いに腰を下ろした。
「ウィンクルムを生成できる上限……はおそらくセイソンによって違うだろうが、カリシムス一人分を生成したところで何の影響もないことは歴代の記録が証明している」
「それで普段は言う必要がねえのか。言った所で青い石は必要だし、一人だけなら影響がないから徒に不安を煽ることはねえ……と」
エリオットがそんな風に言うと、エーデルワイスは無言で頷いた。
「だからって褒められた事じゃねえな。影響がなくてもセイソンの生命力は確実に削られてる、それを本人に告げないのは誠意がねえ」
悪態が止まらないエリオットだったが、ジンは逆に法皇側に立った意見を述べ始めた。
「まあ、組織というのは大きくなればなるほど余計な事は言わないものだ」
「うむ……」
理解を示されたと思ったエーデルワイスが見ると、毒舌師範はフンと鼻を鳴らして突き放す。
「故に教会は隠蔽体質だと言われても仕方がないがな」
「……肝に銘じておこう」
エーデルワイスは耳が痛い事として二人の意見を聞くしかなかった。
「つまり、ミチルは青い石を生成したのが通常よりも多いため、気を失ったり眠ったりすることが増えた……と?」
ジェイがそう聞くと、チルクサンダーが意気消沈している法皇に変わって答える。
「ざっくばらんに言うとそうだ。アルブスで三人目だったな、そこまでがおそらくミチルの上限なのだろう。それ以降は魂に影響が出る。その予兆としてフラーウム以降、ミチルはよく気を失っている」
「へええ……そうなんだあ……」
ミチルは改めて身の上に起こった事を振り返る。
ジンと遭遇してあはーん♡な事ばかり起きるから、興奮して気が遠くなったんだと思っていた。
ルークは良い子なのにたまに野獣♡だし、イケメン全員から愛♡を受けたりしたから、気持ち良過ぎて気が遠くなったと思っていた。
つまり、スケベな気持ちで気を失ったのではなく、別の要因があった。
うん? それって安心していいの? それとももっと悪いの? ミチルにはよくわからない。
「あのさあ、水をさすかもしんないけど、ミチルが力を使ったのは俺達の武器に対してじゃない? デスティニー・ストーンはベスティアが倒れた場所に転がってたんだけど?」
アニーの疑問に、賢い部類のエリオットとジンがハッとした。
「確かに、ぼくの時もそうです。皆さんもそう、だって聞きました」
ルークもそう付け足してエーデルワイスの反応を伺う。
エーデルワイスは目を丸くしてチルクサンダーの方を向いていた。
「……そうなのか?」
「状況から言えば、こいつらの話す通りだ。ミチルはまず先に彼らの武器を改変している。そこに魂が使われた可能性はある。ミチルの力がこもった武器でベスティアを倒したからこそウィンクルムが生まれたと考えれば、手順はどうあれ、ミチルがウィンクルムを生成した事実は変わらない」
チルクサンダーの澱みない説明にミチルは感心してしまった。
こういう考察が出るのだから、チルクサンダーが一部始終を見てくれていて良かったと言えるのでは? とさえ思う。
「ベスティアを介して生成されたのか……前例がないが、そもそもベスティアも突然現れたものであるし、ミチルがセイソンとなって複数の絆を結んだ事も例外的だからな……」
ぶつぶつ呟きながら考え始めてしまったエーデルワイスに、エリオットはめんどくさそうに結論を急ぐ。
「わかったよ、要するにさ、ミチルが青い武器を生成したから青い石が出来たんだろ? どっちに使われたのかは知らねえけど、ミチルの生命力は確かに削られてるって事だろ」
「その通りだ。さらに言えば、そこのオオカミ小僧がベスティア化した時も、我がベスティア化した時もミチルが救ってくれた。あれらの場面でもミチルの魂が使われたはずだ」
「ええ……」
チルクサンダーの付け足しに、ルークは青ざめてしまった。
しかしアニーの言葉が少しの救いを差し伸べる。
「いやあ、質量的に見たらお前の影竜化を解いたのがいちばんの負担じゃない?」
「……それは認める。我が迂闊であった。我があそこまでミチルの力を吸い上げなければここまでの事態は起こらなかったかもしれん」
シュンと落ち込むチルクサンダー。その姿に、ミチルは思わずよしよししたくなる。
暴動が起きそうだったので堪えたけれど、イケメン達が自分の事で落ち込んでいるのはとても嫌だった。
「まあ、そうだな。前例がないために判断が難しいが、現にシウレンが弱っている事が問題だ。そこを解決せねば」
応用力に長けたジンがまとめた事が全てだった。
全員に事実を共有できたと見たエーデルワイスは、極めて冷静に言い放つ。
「それについては当面の間は問題ない。ミチルの生命に大きな危機は訪れないだろう」
その冷静さが逆に不自然で、エリオットは試すような口ぶりで聞いた。
「……だろうな。オメーがミチルに何かの魔法をかけたのは全員が見てる。しかも、ものすげえヤツだ。何をした?」
すると、エーデルワイスは深く息を吐いてから、やはり極めて落ち着いて答えた。
「ワタシの生命とミチルを『接続』した。ミチルは今、ワタシの生命を使って生きている。残念ながら、ミチルの生命はほとんど残っていない」
「な……っ!」
イケメン五人と、チルクサンダーすらも驚愕していた。
彼らが衝撃だったのは、ミチルの生命が残っていないという事。
「今、ワタシとミチルは同じ生命を共有して生きている。この『接続』を解除すればおそらく……」
その続きはその場の誰もが聞きたくない事。
当の本人、ミチルは──
「……」
何も、考えられなくなっていた。




