2 話が逸れるのはいつもの事ですが
「まず、セイソンがカリシムスと心を通わせた証に生成するウィンクルムだが」
そんな言葉から、エーデルワイスの青空教室は始まった。
彼とチルクサンダーがミチルとイケメン五人と向かい合う。
さながら、担任と副担任のようであった。
「あまり本人に告げる事はないのだが、ウィンクルムはセイソンの生命力を使って生成される」
エーデルワイスの説明に、以前からそれを怪しんでいたエリオットが口を開く。
「つまり、ミチルは命を削って青い石を錬成してるって事だよな?」
「然り」
「チッ、やっぱそうかよ。対価はちゃんと取られてたって事か」
苦虫を噛み潰したように言うエリオットに、珍しくジェイが元から少ない記憶を呼び起こしていた。
「……それは、アルブスで言われた錬金術云々なら等価交換がどうこう、という話か?」
するとアニーもハッと思い出したように、己の記憶を辿った。
「ああ、でもそれってミチルには何もなかったんじゃない? 疲れたりとか、そういうの」
そうだねえ、とミチルが言おうとした所でチルクサンダーが口を挟む。
そしてその言葉により、イケメン達が大いにざわつくことになる。
「それはアルブスまで、の話だな。次に転移したフラーウムではミチルは何度か意識を失っている」
「……何故、貴様がそれを知っている?」
訝しんだジンに向けて、チルクサンダーはしれっと爆弾を落とした。
「我はミチルをずっと見ていたからな。カエルラ=プルーマに来た時から、お前達に出会ってどんな事をしてきたのか。全て知っている」
「あー!」
ミチルは慌てて誤魔化そうとしたが、遅かった。
だが、イケメン達はその事実の本質にまだ気づいていない。しかし、その隙をついて誤魔化せるほどミチルの頭も良くはない。
「どうやって……?」
ルークの問いに、チルクサンダーは答えようと口を開いたが、すぐに思い直してエーデルワイスに振った。
「その原理については法皇の方がよくわかっているのでは?」
「まあ……それはそうだが、話が逸れている。説明があえて必要か?」
いかにも「めんどくさい」という顔をしているエーデルワイスを、イケメン五人は危機迫る様子で責めた。
「そんなのは関係ねえ!」
「ソイツが白状しないと納得できないぞ!」
「話、逸れる。いつものこと!」
「むむう! 何故チルクサンダー殿にそれが可能なのだ?」
「そうだ、貴様、シウレンのどこまで♡を知っている!」
ここまで鬼の形相で詰め寄られてはエーデルワイスも観念するしかない。
本人達は知らないが、カリシムスが多数で徒党を組んだら世界すら牛耳れる実力があるのだから。
「わかった。冷静に聞け。決して前のように取り乱すなよ」
エーデルワイスの前置きは注意でありながら、残酷な予告でもあった。
これからカリシムス達が取り乱すような事実を語る、と言う事の。
それを感じ取ったのはエリオットとジンのみである。二人は唇を噛み締めながら頷いていた。
「チルクサンダーが影の竜になった時に少し言ったが、テン・イーは魔法でワタシとチルクサンダーを『接続』していた。この効果はチルクサンダーがワタシの動向をいつでも覗き見できる、というものだ」
それを聞いたジンは「ほお」と少し目を見開いて反応する。さらにエリオットの方は悪態すらついた。
「へっへえ、法皇サマともあろう者がなんだかよくわかんねえヤツにずーっと見られてたのか? ウケる」
魔法による「千里眼」のようなものと認識したエリオットは流石であった。魔法大国の王子という身分は伊達ではない。
カエルラ=プルーマの魔法技術の頂点に立つとも言える法皇が遅れをとった事を、彼はからかっている。
「……他の輩ならいざ知らず、我はカミの眷属ぞ。法皇に悟られず覗き見る事など造作もない」
しれっとチルクサンダーが言えば、エリオットはつまらなそうに口を尖らせた。
「ケッ、そうかよ。そんで、それがミチルと何の関係があんだよ?」
「其方達も勘づいていると思うが、ワタシとミチル……正しくはワタシの前世とミチルには血縁関係がある」
改めて言葉にされるとその事実は重い。
軽口をきいていたエリオットを始め、イケメン達は皆、何も言えなくなってしまっていた。
「ここからはワタシの想像も入るのだが、チルクサンダーはワタシとの経路を通ってミチルとも繋がったのだろう。それでミチルがカエルラ=プルーマに来てからの出来事を『視る』事が出来たのだ」
「……まあ、ミチルとはエーデルワイスを介したせいで遠かったから、干渉出来ずに文字通り見ていただけだがな」
チルクサンダーがそう付け足すと、エリオットにバカにされたのが今頃効いてきたのか、エーデルワイスは眉をピクリと上げて言った。
「それは、ワタシならいつでも干渉できた……と?」
「無論だ。つい最近、それで我がここからミチルを召喚した事を忘れたか?」
ニヤと笑うチルクサンダーに軍配が上がる。
エーデルワイスは顔をしかめて、すでに消え去った敵に怒りを向けた。
「おのれ、テン・イー……ッ」
「──そんな事はどうでもいい」
二人のやり取りに割って入ったのは毒舌師範である。
彼の銀髪は陽の光を浴びてギラついていた。その怒りを象徴するかのように。
「チルクサンダーよ、貴様は結局、面妖な力でもって儂のシウレンの全てを見ていたという事だな?」
「……ああ」
ニヤリと笑うチルクサンダー。ギラリと睨むジン。
ミチルは一触即発の空気を感じてジンを呼ぶ。
「せ、先生、落ち着いてよお……」
だが、毒舌師範は全然落ち着けない心持ちを解き放つ。
「それはどこまで見たのだ! 着替えもか、風呂もなのか? あまつさえ用足しも……かっ!?」
「ドスケベ師範めええっ!!」
ミチルも、他のイケメン達もそこまでは考えつかなかった。変態だからこそ辿り着く真実に一同はざわついた。
そこへ勝ち誇ったチルクサンダーの意味深な微笑み。
「……ふっ」
「ふざけんなよ、コノヤロウ!」
「ミチルの何を見たって言うの? ねえ、ナニをぉ!?」
「ミチル、全部、見られた!?」
「むむう! ミチルの全ても、我らの全ても見られていたのか!」
ギャーギャー騒ぐイケメン達にはとっておきの爆撃を。
チルクサンダーはさらに斜め上から目線で勝ち誇る。
「正しくはカエルラ=プルーマに来る前からだ。ミチルが子どもの頃から我は見ていた。すでにその時点で我はミチルと添い遂げる運命を感じていたのだ」
「チルくーん!!」
ミチルの叫びは空しく上がっていく。
あのさあ、もっと言い方があったんじゃない!?
あいつらを刺激しないような、穏やかな言い方がさあ!
「……何?」
「子どもの頃から、ミチルを見初めてた?」
「お稚児趣味、です?」
「ていうか、ずっとミチルを見てたってことはよ……」
「さては貴様、つきまとい犯罪者か?」
「その罪状に児童〇〇ノもつくな」
ジンとエリオットの指差し確認に、ジェイとアニーとルークは震え上がった。
「何だ、それは?」
常識をまだよく知らない赤ちゃんは首を傾げている。
ミチルはどう収拾つけるべきなのか、わからずに途方に暮れた。
なるほどねー。
怒るよりも、そっちに舵を切ったのねー。
カリシムスから犯罪者は出せません!!




