24 黒い角の真価
法皇の聖石、アルターエゴと呼ばれる石は、ペルスピコーズ法皇になるべき宿命を背負った赤子が握って生まれてくるという。その聖石出現の気配を感じ取った当代の法皇が、宿命の赤子を迎えに行くのである。
エーデルワイスもかつて、異世界転生の果てに、そのようにしてカエルラ=プルーマに生を受けた。
法皇の庇護下で育てられた赤子が成長し、次代の法皇になる時。
その力の源である法皇の杖が作成される。そこにはめ込む宝珠は、アルターエゴから魔力を吸い上げる。
杖が完成した後のアルターエゴは魔力を失った殻のようなものだが、その後もペルスピコーズ内にて厳重に保管される。
何故なら、抜け殻と言えども当代法皇と強固な魂の結びつきが残っているからだ。
「……あれは、非常に不可解な事件だった」
エーデルワイスはかつて起きた僧侶の大量失踪事件と、そのちょうど同じ頃に起きたアルターエゴ消失事件を振り返る。
「修行中の僧侶が何人も消えてしまった。身の回りのものを全て残して煙のように……」
「そうです。私もその中の一人として記録されていますな……?」
テン・イーは指で摘んだエーデルワイスのアルターエゴを軽く弄りながら笑う。
その口調には、全てを知っているのにわざとエーデルワイスに悟らせようという傲慢さが出ていた。
「然り。あの事件は原因も目的も不明として未解決のままだ」
「同時期に紛失したアルターエゴとの関連はお調べに……?」
口元に皺を作ってわざとらしく聞くテン・イー。
エーデルワイスは頭を振って打ち消すように答える。
「もちろん調べたが、そもそもアルターエゴの存在は秘匿中の秘。失踪した僧侶達の身分では知り得るはずがない、神官の其方でもだ」
「……なるほど。確かにペルスピコーズは秘密を隠すのが大得意でありますからなぁ。法皇様も、ごく最近それを思い知ったのでは……?」
「どういう意味だ」
エーデルワイスの刺すような視線に、揶揄いが過ぎたと思ったテン・イーは、咳払いをひとつして、話題を戻す。
「まあ、それはいいでしょう。己の隠蔽体質を過信しているペルスピコーズは、アルターエゴの紛失はその存在を知る由もない僧侶達の失踪とは無関係と結論付けた。そして、アルターエゴが失くなった事実も隠蔽する。当然ですな、もともと公表していないものなのだから……」
「長々と喋るが、アルターエゴを其方が持っているという事は、其方が持ち去った、という事なのだろう?」
つらつらと語るテン・イーの態度に嫌気がさしたエーデルワイスは結論をはっきりと突きつけた。
テン・イーは少し残念そうに表情を歪ませながら頷く。
「ええ、その通りですよ……」
「失踪事件のどさくさに紛れたのか?」
エーデルワイスがそう言うと、テン・イーは一瞬驚いたように目を見開いて、高らかに笑った。
「アッハハハ! 本当におめでたいですね、アナタ達はぁ! 消え去った坊主どもは全てカモフラージュでしょうに!」
告げられた残酷な事実に、エーデルワイスは杖を握り込んで立ち尽くす。
「其方が……僧たちを……ッ」
「私、『出す』技術には少々自信がありましてね、彼らには様々な場所にご退場いただきました。そこが何処かは、いちいち覚えておりませんねぇ……」
今までで一番悪く笑うテン・イー。
エーデルワイスは犠牲者達の末路を思いやる。誰一人として戻らなかったのだから、推して知るべしだ。
「何という、悪魔のような所業……ッ!」
「過去にそんだけヤッてたら、俺の両親なんか簡単って訳だ」
「ここまでの陰険は王宮にだっていねえ」
「どうりで鐘馗会と気が合うはずだ」
「ワンワワ、ワンワン(許せない、です)……!」
「……なんてヤツだ」
イケメン達が口々に言い合う中、ミチルも拳を握って震えていた。
恐怖ではない。怒りの震えだ。
「オレは今まで一番憎いのはベスティアだったけど……」
もっと悪い根源を、今日知った。
「ベストワンが軽く更新されちゃったよ……ッ!」
ミチルの決意を見たチルクサンダーは、ふっと笑って前方のテン・イーを見た。
「このような毒虫がいるからヒトはくだらぬ。よかろう、ミチル。我はオマエの望みを叶えるためにいる」
「ん?」
なんか、右手にエネルギーがバチバチしてますけども!?
「テン・イーはもともと殺すつもりだったしな……」
バチバチ、バリバリ! とチルクサンダーはなんだか凄そうなエネルギー弾を作っていた。
「おおおおい、待て待てえ! 早まるなぁ!」
悪事を聞いて、即・殺すとはいくらなんでも早い。
その目的、手段などの一切合切を吐かせてから罪を裁くべきでしょうが!
しかしミチルのそういう「平和な常識」を、カミの眷属を自称するチルクサンダーが理解するはずもなく。
「テン・イーめ、よくも我を長いこと幽閉してくれたナァ!」
「わー! そうだったぁ! コイツには個人的恨みもあったァア!」
チルクサンダーの恨みの光弾がテン・イーめがけて飛ぶ。
ていうか、その前に立ちはだかっているイケメン達やエーデルワイスにまず当たるのでは?
ミチルが青ざめて悲鳴を上げた時。
ぽひゅぅうん……
「ぬっ!?」
光弾がチルクサンダーの手から離れた瞬間、それはまさにすかしっ屁のごとく、頼りない空気のみとなって消えた。
「ククク、何やらごちゃごちゃやっているが、チルクサンダーよ。お前の力はワシには効かぬ」
法皇に悪事を大披露して気が大きくなっているのか、テン・イーの口調は変わっていた。
フリだとしてもチルクサンダーを敬っていた態度は消え、見下すような振る舞いを見せ始める。
「何故、ワシが急いでお前達を追ってきたと思う!? お前の弱体化が効いている今が、最大の好機だからよっ!」
「クソが……ッ!」
悔しさに歯噛みするチルクサンダーに、ミチルは焦って尋ねた。
「弱体化って何、チルクサンダー!?」
「我が日頃から食べていたチョコレートという物質のせいだ。あれはテン・イーが用意していたものだったのだ……」
何処から召喚しているかわからないチョコレートをチルクサンダーは確かに食べていた。
ミチルはなんとなくお菓子屋さんから拝借しているんだろうと思っていたのだが。
「まじ、クソぼうずぅうう!!」
用意周到な悪事に、ミチルも地団駄を踏んだ。
「オマエを助けに行った時は直接ぶん殴ってきたが、こう距離があっては魔力が弱まっているとなると……」
その言葉に光明を見出した者達がいた。
「なるほど。肉弾戦であれば勝機があると」
「むむ、承知した」
「直接殴るんでも、俺は全然オッケーよ」
「ガウウゥ(噛みついて、やります)……ッ!」
指だの拳だの牙だのを鳴らし始めたイケメン達から、エリオットのみが一歩後退した。
「よーし、チルクサンダー。交代だ、ミチルは任せろ」
「我に命令するな」
しかしチルクサンダーはニヤリと笑って、数歩前に出る。同時にエリオットはミチルの側まで下がった。
文字通りクソ坊主をボッコボコ……にすることは出来なかった。
「ン、ム……ッ!?」
突然チルクサンダーの体がギシっと軋んで止まる。
その瞬間、ミチルは再び「最悪」の予感を抱く。
「チルクサンダー!?」
「ガッ、ガァ……ッ」
瞳を曇らせ呻くチルクサンダーの姿に、全員が注目した。
「其方、何をした!」
エーデルワイスの問いに、すっかり悪役然と成り果てたテン・イーが邪悪に笑う。
「言ったでしょう、今が最大の好機だと。プルケリマに寝返ったカミの子はもはや不用」
「アアァァ……」
苦しむチルクサンダーを愉快そうに眺めて、テン・イーは手をかざす。
「法皇よ、これが世界を裁く災害だ」
「チルクサンダーァア!!」
ミチルの声も、もう届かない。
「ベスティアの祖が、今、降臨する」
チルクサンダーに残された片方のみの角。
怪しげな紋様が浮かぶ。
黒い角に、さらなるどす黒い光の筋が浮かんでいた。
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