12 次元の来訪者
カエルラ=プルーマには呼び寄せる魔法、すなわち『召喚術』しかない。
次元、または時空を超えて『出て行く』ことは、カミですら不可能。
だが、ここにそのカミとは対極の力を持った異世界人がいる。
そう、地球生まれのミチルだからこそ使える、出て行く魔法。すなわち『転移術』だ!
「オマエが転移を使えるのは異世界生まれだからだろうと、我は考える」
「そ、そそ、そんな重大な設定が、オレにあったなんて……!」
ミチルは今までのくしゃみによる転移は『意地悪な何かの思惑』によって転移させられていると思っていた。
チルクサンダーの言う通りなら、ミチルは自分からカエルラ=プルーマを飛び回った事になる。
「じゃ、じゃあ、今までのセイソンもくしゃみ転移が出来たのかな!?」
特別なのはオレだけじゃないはず、ミチルはそう思いたい一心でチルクサンダーに尋ねる。
「さあ、それは我もわからぬ。正規の手順を踏めば、セイソンが転移術を使う機会が訪れるとは思えないがな」
「た、確かに……」
元々セイソンは、ペルスピコーズ法皇が召喚した後、過保護とも言うべき庇護下で該当する国に送り届けられる。通常の行動では他の場所に転移する機会など無かったかもしれない。
そしてミチルはエーデルワイスの言葉を思い出す。
彼は「まさかセイソン自身に転移術が使えるとは思わなかった」と言っていた。その口ぶりから、少なくともエーデルワイスはその事例を知らないはずだ。
さらに続けて「其方が無計画に世界のあちこちに転移したせいで、カリシムス候補者が五人にも増えてしまった」とも言っていた。
エーデルワイスは同時に転移の原因はミチルの方にあると予測していたかもしれない。
「気になるならペルスピコーズの記録などを調べたらどうだ」
「う、ううーん……てか、どうやってペルスピコーズに行くのさ!」
はい、堂々巡り!
ミチルはそう突っ込んだが、チルクサンダーはしれっとしていた。
「だから、ミチルの転移術でここから出るしかなかろう」
「それはどうやってやるんだよぉおお!!」
こいつは今までオレの何を見てきた? ナニか、ナニ♡だけか!?
オレが一度でも「あそこに行きたい」っつって、転移したことがあったか!?
ミチルは進まない議題に頭が混乱していく。
ミチルに転移術が使えるのなら、その方法が必要だ。何故使えるのか、とかも気になるけれど今はとりあえずいい。
どうやったら、くしゃみ転移を起こせるのか。それを突き止めることが急務だが……
「ふーむ。異世界人の能力であれば、我には範疇外だな」
「ここまで来て途中で投げるなぁ! 最後まで面倒みろぉ!」
「だが、オマエ自身に方法論がないとなると……」
結局この空間から脱出する話はまた振り出しに戻る。
どうやって? と二人してううーんと唸りながら考えていた時。
ぶぅん……
何か音がした。
ミチルの感覚では、何かの機械のモーター音のように聞こえた。
「!」
不意に、チルクサンダーの表情が強張る。
次の瞬間には、ミチルの腕を掴んで素早く己の背に隠していた。
「えっ、ナニ!?」
「ミチル、我から離れるな」
「ぷえっ!?」
緊張感を孕んだシリアスな声音がものすごくカッコいい。
だがそんな浮かれている場合ではない光景を、チルクサンダーの背中越しにミチルは見てしまった。
真っ黒い空間が、縦に裂ける。その割れ目の長さは、小柄な人間の身長ほど。
それがアーモンド型に広がって、鈍い光が漏れ出した。
その隙間の向こうは外界なのか。ミチルはそれを確かめる勇気が出ない。
動かない足と、チルクサンダーのマントを握る手が、固まってしまったような恐怖感に戸惑っているうちに、アーモンド型に裂けた空間の割れ目から人影が現れた。
少し身を屈めて、まるで玄関の敷居を跨ぐような感覚で、その人物はゆっくりと入ってくる。
黒い法服。ラーウスで見たようなローブタイプの、しかし誰よりも位が高そうな金糸刺繍が入る。
日焼けた肌と、薄い皺を帯びた顔つきは、ミチルと近いような人種を思わせる。おそらくもっと南の方の。
「……お久しゅうございますなぁ、チルクサンダー様」
最初に発した一言で、その人物が慇懃無礼だとわかる。なんて嫌味な口ぶりだろう。
ミチルの目には、失礼な坊主のオジサンのように見えていた。
「テン・イー……ッ!」
「えええっ!?」
ギリと歯を食いしばって、絞り出すような怒りを坊主に向けたチルクサンダーの言葉に、ミチルは心臓が飛び出るほど驚いた。
こいつが、テン・イー!?
アニーの仇。ジンの敵。そして、一連の黒幕だと思われる人物。
それが、ミチルの目の前に立っていた。
「此度は大層なご活躍でしたなぁ……」
テン・イーはゆっくりと、雄大な足捌きで二人に近づいてくる。
ニヤリと笑う口元が、ミチルの背筋に悪寒を走らせた。
そして右手を伸ばして一言。
「プルケリマをここに連れてきてもらえるとはねぇ……」
その言葉と同時に、テン・イーの纏う空気が変わる。
手をかざされたミチルは強烈な引力に引っ張られる感じがした。
だが。
「何をするっ!」
バシっとチルクサンダーが何かの力を遮った。
それでミチルは体の感覚を取り戻す。
「あ……」
安堵のため息は出たものの、ミチルは身も竦むような恐怖心からまだ完全には逃れていなかった。
その理由は、止められたはずのテン・イーが更に余裕な笑みを浮かべたから。
「ふふ。貴方ともあろう御方が、候補に成り得るほどソレに魅入られているとは……」
ニヤニヤと笑いながら言うテン・イーに、チルクサンダーは怒りを露わにして叫ぶ。
「黙れ、お前はここで殺す!」
「ふっ、怖い事をおっしゃる……」
チルクサンダーの気迫を意にも介さず、テン・イーはまた右手をかざす。するとその指先が怪しく光った。
「ぐっ……!」
「チルクサンダー!?」
自分を守ってくれていた黒い壁が苦悶の表情を浮かべて片膝をついた。
ミチルはその光景が信じられなかった。
チルクサンダーの圧は、テン・イーのそれを確実に上回っている。
テン・イーも怪しげな、かなり強い圧を感じるがチルクサンダーとは比べものにならない。
素人のミチルが感じ取れるくらいだから、その差は歴然だ。
それなのに。
こんな小さなおっさんにチルクサンダーが屈している。
ミチルはもう訳がわからなかった。
「く……何故、だ……ッ」
苦しみながら屈辱にまみれるチルクサンダーを見もせずに、テン・イーはミチルに狙いを定めた。
「では参ろうか、プルケリマ……」
「ひっ……!」
テン・イーがくいと右手を曲げただけで、ミチルの体は浮き上がる。
そして自分の体が鈍い光で覆われていく様に、ミチルは恐怖で叫んだ。
「助けてえ、チルクサンダー!」
「ミチル……!」
カエルのように這いつくばったチルクサンダーは、苦悶の表情のままミチルに手を伸ばす。
だが、その指先は触れられず、光に包まれて視界がぼやけていく。
「我が君が、首を長くしてお待ちである……」
ミチルは霞んでいく意識の中で、笑うテン・イーの言葉に嫌悪を覚えた。
まだだ!
あきらめるな!
「チルクサンダーぁあ……ッ!」
まだ、一緒にいたいよ……
ミチルはチルクサンダーを想ってひたすら手を伸ばす。
何かに触れた気がした。
だが、そこで思考は途切れた。
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