11 転移の技術–発展編
傍若無人かと思ったら、ちょっとした仕草が可愛かったり。
勝手なことばかり言っていると思ったら、急にしおらしくなってミチルに愛を語る。
さすが数十年も孤独な空間に閉じ込められていただけあって、情緒がだいぶ不安定。
何しろチルクサンダーは自分に関する記憶がない、という事は自我もあまり芽生えていない。ただ自分がとても尊大な存在である事だけがわかっていて、その感覚が彼をこんな風に浮き沈みの激しい気性にさせているのだとミチルは思った。
大変だぁ。放っておいたらこいつはもっと自意識過剰モンスターになる。
こんな超絶イケメンが、それではあまりにも不憫! オレに何が出来るかはわからないけれど、一刻も早く保護しなければ。
ここまでのチルクサンダーとの会話で芽生えたミチルの感情は以下のとおり。
①六股目のイケメンとして意識しちゃう♡
②ていうか、イケメン過ぎて疼いちゃう♡
③……なんて呑気にうほうほしてる場合じゃない! イケメンは安全な場所で愛でるべき!
チルクサンダーの精神があまりに頼りなくて、ミチルの中で③の感情が大きくなっていた。
そうなると、この真っ黒異空間から出ることが先決。出た先がどこかはわからないけれど、ずっとここにいるよりはいい。
さあ、どうやって出ましょうか?
ミチルはやっと真面目にその方法論を考え始めた。
「……ミチル?」
「んん?」
長い長い思考から戻ってきたミチルの目の前には、チルクサンダーのイケてる顔面が大接近していた。
「このまま、よいのか……?」
つうぅっと、その指先で顎の下までなぞられて、ミチルはやっと自分の状況に気づく。
「ふぎゃあぁあッ!!」
つくづく便利な空間です。よくわからない内にミチルはチルクサンダーに押し倒されていました。
思考が別の方向を向いていたミチルは、チルクサンダーに組み敷かれたまま♡♡♡を許す展開になっていたのです!
「どさくさになんて事しやがるゥ! どけェエ!」
口説かれていた事を忘れてた! このままよいのか、って良いわけないだろ!
オレが今まで守ってきた鉄壁の〇〇〇を舐めるなよ、二重の意味でな!
「むう、残念だ」
「いいかい、ちるくん! 相手の了承なしにこんな事したらダメです! いくらLOVE♡が押し寄せても我慢する事を覚えなさい!」
「う、うむ……わかった……」
エリオットやルークに対する時、ミチルは少しお兄さんムーブである。チルクサンダーに対しても同様……というか、これはもう保護者ムーブ。チルクサンダーは輪をかけて幼い、とミチルの心に刻まれた。
「まったくもう、心臓がいくつあっても足りないよぉ」
起き上がったミチルに、チルクサンダーは遠慮がちに尋ねる。
「ミチル、怒った……のか?」
ヤダ、カワイイ!
いたずらを叱られた保育園のいじめっ子みたい!
「とんでもない! オレはね、文句は言うけどイケメンに怒ったりはしないよ。それがオレのイケメン保護法だからね!」
「つまり……嫌いではない、という事か?」
ナニコレ、ホントカワイイ!
図体のでかい幼児だと思ったら、可愛さだけが突き抜ける!
「嫌う? 何それ! オレの辞書に『イケメンキライ』なんて言葉はないから!」
ミチルがキリッとして答えると、チルクサンダーは初めて無防備に笑った。
「そうか、良かったぁ……」
「はにゃわおきゅーん!」
本当に心臓に悪いです!
もう、すぐにでもここを出ないと、オレがどうにかなっちゃいそう!
「も、ももも、もう、早くここを出ようよ! あっ、でもちるくんは出来ないんだっけ、じゃあ、どうすればいいの!?」
キリリとなったのもごく一瞬、ミチルは結局いつも通りイケメンうほうほの波に攫われて、赤面オロオロで狼狽える。
「うむ、それなんだが、オマエの転移術であれば可能ではないか?」
「えっ……?」
話題を振られたミチルの心臓はさっきとは別の意味でギクリと跳ねる。
それって、オレがくしゃみで色んな国に転移したこと?
でも、意識して使ったことなんて一度もないけど、どうやって?
「そもそもカエルラ=プルーマで便宜的に言う『転移術』とはな、カミの使う『召喚術』の下位魔法なのだ」
「ほへえ……?」
ミチルは急な話題の変化に、間抜けな声を漏らすしか出来なかった。チルクサンダーが順を追って説明しようとしてくれている事だけはわかるが。
「カエルラ=プルーマには『呼び出す』技術はあるが、『出ていく』技術はない。これは、エーデルワイスもオマエに話したことがあると思うが」
「ああ、召喚は出来るけど、送還は出来ないって言ってたヤツ?」
あの一言でミチルがどれだけ苦悩したことか。忘れたくても忘れられない。
「そうだ。それから、アルブスには『転移術』と呼ばれる技術があると聞いたこともあるだろう?」
「ああ! ある!」
エリオットが言っていた。魔法大国であるアルブスの王と最高顧問のスノードロップなら転移術が使えると。
「彼らの言う転移術の原理はこうだ。こちらからあちらへ転移すると言うのは、こちらにいる者があちらから『呼ばれた』結果である。二つの拠点で相互協力がなければ転移術は成立しない」
「ど、どういう事?」
「つまりだな、こちらにいる者があちらにいる者に『召喚』されて移動する事をカエルラ=プルーマでは『転移術』としている。高位の魔法使いが、カエルラ=プルーマ限定で何かを呼び寄せる術だ」
「ふ、ふむむ……」
なんとなくわかる気もするが、ミチルにはイマイチ理解への自信がなかった。
チルクサンダーもその雰囲気を感じ取ってはいるが、噛み砕いた言い方は苦手なようで、とりあえず説明を続ける。
「我や法皇は別の次元からも召喚を行うことが可能で、これが本来の『召喚術』である。尤も、カミの御技の真似事に過ぎぬがな。その更に劣化した、真似事のマネゴトがカエルラ=プルーマ人の使う『転移術』だ。その仕組みは召喚術に起源しているが、カミの御技に比べたらとても同じものとは言えぬ。それで『召喚』と言う言葉を使えぬのだろう」
「へ、へええぇえぇ……」
とても難しい説明に、ミチルはのけ反って感嘆する事しか出来なかった。
「まあ、今となってはその成り立ちを覚えている者はおらぬだろうがな。『召喚』と『転移』は両極の技術。カエルラ=プルーマ人の『転移術』は所詮『召喚術』から派生した簡易魔法に過ぎぬ」
「お、おお……」
何度か繰り返されるうちに、ミチルにも少しずつ飲み込めてきた。
そうしてようやくチルクサンダーは本来の話題に切り込んでいく。
「では、『召喚術』の対極に位置する、本来の『転移術』とは何か。次元を超えて自在に『出ていく』ことが出来る技術である」
「ふんふん」
チルクサンダーの説明にすっかり呑まれているミチルは、次なる言葉で我に返ることになる。
「それが、ミチル。オマエの使う転移術だ」
「ふーん……」
……へえ
……そうなんだぁ
「──ええっ!?」
オレのくしゃみ転移って、カミサマオンリースキルの対極なの!?
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