10 我思う故に我あり
「召喚術……って言うと、えぇちゃんがオレを地球から呼んだみたいな?」
エーデルワイスもその言葉を使っていた。
ミチルがそう聞くと、チルクサンダーはコクリと頷いて説明を始める。
「召喚術というのは本来はカミの御技である。だが、カミの眷属やその信者も真似事を公使する事が可能だ」
「ええっと、チルクサンダーはカミサマの眷属だから、召喚術の弱いヤツが使えるってこと?」
「そうだ。我のようなカミの眷属の他には、法皇を名乗るカエルラ=プルーマ人も使う事ができる。その資格はカミに近いか否か。我も、当代の法皇も、召喚術が使えるのはひとえにカミへの信心深さの賜物である」
「じゃあ、カミサマを強く信じれば召喚術が使えるんだ?」
ミチルの問いかけに、チルクサンダーは頷きつつも難しい顔をして答える。
「……理屈は合っているが、そこらの坊主には無理だ。己の存在そのものをカミに近づける必要があり、それはヒトの努力程度ではどうにもならない」
「ほへ……」
「カエルラ=プルーマではペルスピコーズの法皇となった者以外に召喚術は使えないだろう。法皇は、すでにヒトの運命を超越した特殊な存在なのだ」
それでエーデルワイスは少年の姿のまま二百年以上も生きているのか。
ミチルは改めて彼の特異性に舌を巻いた。
「えぇちゃんってやっぱスゲエヤツなんだぁ……」
「まあ、そうだな。法皇はどちらかと言えば、ヒトと言うより我のようなカミに近しい存在だ」
「へえぇ……」
そりゃあ遥か異世界の地球から人間一人を召喚できる訳だ。
ミチルは溜息吐いてエーデルワイスに思いを馳せる。彼の出自はまだ確かめていないが、ミチルの戦死した曽祖父である可能性が高い。
エーデルワイスは異世界転生者なのだ。異世界転生にはチート能力があって当たり前。ミチルはラノベ脳で納得した。
「つまり、我と法皇もまた同種の存在であると言える。それを裏付ける根拠として、我は当代の法皇・エーデルワイスと繋がることが出来ている」
「繋がる……って?」
ミチルが首を傾げて聞くと、チルクサンダーは分かりやすいように言葉を選びながら答えた。
「そうだな……うまく言えぬが、繋がると互いが互いの行動を逐一『視る』ことが出来る。ただし、我はカミの眷属であるからエーデルワイスよりも格上の存在だ。その場合は、我が一方的にヤツを『監視する』事が可能で、実際、我もそちらの方法を取っていた」
「ああ、えぇちゃんはチルクサンダーから見られてるって知らないみたいだったもんね」
ミチルはあの時の事を思い出す。
自分達の関係に動揺したエーデルワイスは、何か失態をしてしまってチルクサンダーに介入された。そしてチルクサンダーの声に『何者だ』と確かに言っていた。まさか自分が誰かから『覗き見』されていたとは夢にも思っていない様子だった。
「ここまでの事が出来た事だけでも、我がカミの眷属である証拠としては十分だろう」
「なるほど……」
カエルラ=プルーマにおいて唯一カミサマに近い存在である法皇。その法皇を完全に出し抜くことが出来るのは確かにそれ以上の存在だとミチルは納得する。
「更に、強固なペルスピコーズの結界をものともせず、オマエをここに召喚した我は、間違いなくカミの系譜に連なる存在なのだ」
「ははあ……」
思わぬところで、召喚術の講釈を受けてしまった。
ミチルはイケメン達も知らないだろう情報を入手したのだ。帰って皆に伝えたい気持ちが生まれてきた。
でも、待てよ。
「ねえ、チルクサンダー。ちょっと意地悪な事を聞くけど……」
「何だ?」
「チルクサンダーは記憶喪失なんだよね? 今の説明は誰から教わったの? 召喚術はカミサマのオンリースキル、みたいな設定なんてさ」
「何と、オマエは我の言った前提すら疑うのか」
チルクサンダーは少し驚いていたが、怒った風はなかった。
ミチルも疑い過ぎだとは思う。しかし頭が真っ白で赤ちゃん状態だったチルクサンダーから、澱みのない説明がなされた事に違和感があった。
「ごめんね。でも、なんか気になっちゃった」
「何と賢い子だ。当代のレプリカはやはり特別で、我が伴侶に相応しい……」
「いや、褒めなくていいけど」
ミチルが少し困っていると、チルクサンダーは初めて自信が無さそうな顔で言う。
「確かに、我はここに囚われた当初、何もわからなかった。だがしばらくする内に、暇なのでアレコレ試していると法皇の様子を視る事が出来るようになり、何処からかダークマターを召喚する事が出来るようになった」
「ダークマター……チョコレートね。食べ物って事だよね」
「うむ。何故我はこんな事が出来るのかと、暇なのでずっと考えた。すると知識が少しずつ蘇るような感覚がしたのだ」
「知識……? 記憶じゃなくて?」
ミチルの問いに、チルクサンダーは軽く首を振る。
「いや、我は何者なのか、という記憶は今でも戻らない。だが、この世界の理のようなものが『知識』として蘇ったのだ」
難しいなあ、とミチルは首を捻る。
例えばオレが記憶喪失になったとして、「オレは坂之下ミチル」だとはわからないけど、身体的特徴から「オレは人間だ」とわかるようなものだろうか。その場合、「何故自分が人間だと思うのか」がチルクサンダーの言う『知識』なのか?
「我個人のことは何もわからない。だが、我の中にある真理は普遍である。ヒトに照らし合わせると本能のようなものだろうか? いや、例えば善と悪を自然と介するような倫理観……?」
「あああ、わかった、わかった! チルクサンダーが自分をカミサマの眷属だって思う理由は理屈じゃないんだね!」
難しい単語を並べられる前に、ミチルはチルクサンダーの言葉を遮った。
人は生まれながらに「こういうものだ」と理解している事がある。それは何故かなんて考えたこともない事が。チルクサンダーもきっとカミサマの眷属なら当たり前に知っている事を思い出しただけだろう。そこにチルクサンダー個人の情報がないから、なんだかややこしい感じになっているのだ。
「そうか……? 我は今まで自身がカミの眷属だと確信していたが、オマエに疑われると自信が無くなる」
「えっ」
シュンとなってしまったチルクサンダー。でかい図体で項垂れる様はちょっと可愛い。
だが、ミチルが細かい事を気にしたせいで、それまでの彼の存在意義を見失わせてしまった。
「我は本当にカミの系譜に連なる者なのだろうか……」
「も、もも、もちろんそうだと思うよ!」
マズイ、こんなちっぽけなオレに左右されるとは思わなかった。
ミチルは落ち込むチルクサンダーに慌てて語りかけた。
「だって召喚術はカミサマに近い存在しか使えないんでしょ? それは実際に呼ばれたオレが保証するし、そういうのよりもなんていうか……チルクサンダーはやっぱり特別だと思うよ! 纏ってる圧っていうか、オーラ?的なのが半端ないもん!」
支離滅裂な事を言った自覚はある。だが、ミチルがチルクサンダーに抱いている感覚に嘘はない。彼は間違いなく『特殊な』存在だ。それだけはわかる。この感覚が『カミサマ的』なのかはまだミチルにはわからないけれど。
「ミチル……オマエは優しいな」
チルクサンダーはふっと体の力を抜いて笑った。それからミチルの頬に手を伸ばす。
「オマエの瞳には誰も穢すことのできない光がある。そしてその精神も不可侵な清廉さがある」
「ほえっ」
また、そんな、イケてる顔面で微笑んで。
温かい手でオレの心まで撫でるんだ。
「我はオマエがいつまでもそう在れるように、全ての困難から守りたい……」
隙あらば口説いてくる、そのやり方はやっぱりイケメン達に似ている。
ミチルの胸はさっきから忙しなくときめいていた。
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