8 真摯に愛を語る
「無茶なことを言うなァア!」
この真っ黒異空間を出る、とチルクサンダーは言った。ミチルにイケメンの所まで案内しろとも。
自分勝手に決めて、オレを振り回す。いくら気になる♡イケメンだとて、その態度は許せない。
「だいたいここにオレを呼んだのはおまーだろうが!」
ミチルはずびしぃっと指さしてチルクサンダーを睨んだ。
「えぇちゃんのトコロから、おまーがオレを連れて来たんじゃん! だったらオレを元の場所に戻すことだって出来るでしょうよ!」
カミサマの眷属を名乗るならそれくらいはやれて当然、とミチルは思っていた。
ミチルをエーデルワイスのいるペルスピコーズに戻すついでに、チルクサンダーも来ればいいと。
「……ッ」
不可抗力ではあるがエーデルワイスの事を口走ったせいで、ミチルの心にチクッと痛みが刺す。
『ワタシのかつての名前は、坂之下充』
ミチルの、亡き曽祖父の名前を名乗ったエーデルワイス。
ひどく動揺し、ひどく後悔するような、青ざめた表情が頭に残っている。
オレはこんな変な空間で悪魔イケメンにうほうほしてる場合じゃなかった。
一刻も早く戻って、エーデルワイスとの因縁を確かめなければならない。
そんなミチルの心残りに、チルクサンダーが気づいていたかはわからないが、彼は少し大きく息を吐いて穏やかな声で言った。
「ミチルよ、此度は無理矢理にこんな空間に召喚して済まなかった。我は、オマエと繋がれたことが嬉しくて舞い上がっていたのかもしれぬ」
「え……」
トーンの下がったチルクサンダーの様子に、ミチルは頭に上った血がゆっくり冷めていくのを感じた。
カミサマの眷属だと偉そうにしていた悪魔イケメンが、こんなちっぽけなオレに謝るなんて。
「我はこの空間に長らく捕えられている。たった一人で、行先も見えない暗闇で、それでも我が我を失わなかったのはオマエのおかげだ」
「……?」
オレは何かしただろうか。チルクサンダーとは初対面のはずなのに。
不思議さに首を傾げるミチルを、チルクサンダーは愛おしそうに眺めていた。
「我の夢の中にはいつでもオマエがいた。オマエはどこでも軽やかに飛び回って、その愛らしさで我をずっと慰めてくれていたのだ」
「ふえ……」
ちょっとそんな愛に溢れた目で見ないで欲しい。
ミチルは今の今まで怒っていた気持ちを忘れ、ドッキドキの胸の高鳴りを感じていた。
「何故オマエの夢ばかり見るのかは我にもわからぬ。わからぬからこそ、これは尊い運命なのではないかと思ったのだ」
チルクサンダーはまるで愛を紡ぐように、優しい口調でミチルに語りかける。
「そんなオマエがついにカエルラ=プルーマに降り立ち、エーデルワイスの元にやってきた。あの頑丈な結界が揺らいだ時、我の心はオマエを強く求めてしまったのだ」
「にゃあ……」
ちょっとちょっと。そんなイケてる顔で照れながら見ないでぇ。
自覚ないと思いますけど、ものすごい甘い顔でオレのこと口説いてますよぉ。
ミチルの心臓はトキメキに跳ねまくる。
こんなに真っ直ぐな愛は、ペルスピコーズでのイケメン達から受けた愛に匹敵する。
やっぱりチルクサンダーもオレの愛?
新たに加わった選択肢を辿っていいものか、いや辿らずにはいられない。ミチルの心は千々に乱れる。
「我は、オマエをここに閉じ込めて永遠に我だけのものにしようと思っていた……」
ミチルを真っ直ぐ捉える真紅の瞳。頬に手を添えられれば、それだけで体は動かなくなる。
「だが、それではダメだとオマエは教えてくれた。オマエにも意思があって当然、オマエの尊い心を守ることこそ真実の……」
綺麗な形の唇が、ミチルの唇に迫る。
「ふあぁぁ……」
ああ、ダメです。これ、もうダメです。
抗えません、逆らえません。その熱い吐息から……
「我の、愛……」
むにぃ♡
「……ん?」
観念して目を閉じたミチルが想像した音(ぶっちゅっちゅ♡)はしなかった。
ミチルの口に当てられたのは唇ではなく、チルクサンダーの親指の腹。
「ふふ、ミチルよ。オマエはすぐそうやって流される……」
「きええぇッ!」
ミチルの唇をふにふにしながら、チルクサンダーは悪戯っぽく笑っていた。
「これまでも、そうやって何度彼らを虜にしたか、オマエはわかっておらぬな」
「いやっ! そのっ! あのねっ!」
真っ赤になったままミチルは反論出来なかった。
確かにその場のラブなノリにはもれなく乗ってしまう。だってイケメンがカッコ良すぎるから。
「我は心の広いカミの眷属である。ミチルよ、オマエがその身を捧げるのは誰なのか、よく考えて決めるがいい」
「あう、あう……」
見透かされている、さすがカミサマの眷属!
伊達にミチルのこれまでを見守ってはいない。
ミチルはイケメン達の温情によりヌルい六股の湯に浸かっていられるのだ。
そこから出て誰かを選ぶのか、それとも──
決断の日は確実に近づいているような気がした。
「さて、話を元に戻そう」
チルクサンダーはそう言ってミチルから少し離れてマントを翻す。
「ミチルよ、オマエは我がカミの眷属であるし、オマエを呼び寄せたのだから、元いた場所に返せると思うておるな」
「あ、うん」
待ってよ、まだ心臓がドキドキしてるんだけど。
ミチルは急な話題の転換についていけていない。だが、チルクサンダーの言う事は辛うじて理解したので頷いた。
「済まぬな、ミチル。その期待には応えてやれそうにない」
「へ?」
「我は、我の力ではこの空間から出ることが出来ぬのだ」
そうだ。チルクサンダーは何度も「囚われている」と言っていた。
「出られるのならとっくに出ている」
ソウデスヨネ!
「そして、憎き、あのテン・イーめを殺している……!」
百八十度変わって、怖いんですけど!
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