11 空の向こうに行ってしまった…
翌朝、ミチルはベッドの中、一人で目を覚ました。
「あ……」
体にはまだ甘い痺れが残っている。
それがミチルにはとても愛おしく、この上なく幸せだと感じた。
起きなくちゃ。
ミチルは自然とそう思えた。
起きて、立ち上がらなくちゃ。
もらった最上の愛に報いるために。
ベッドから降りたミチルは真っ直ぐクローゼットに向かった。
楽だから、と着ていたシャツと短パンを脱ぐ。
それからもう一度、ここに来た時に着ていた衣装に手をかけた。
かっちりした固い布地にレースをあしらった、ミチルの新しい服。
着慣れたパーカーは置いてきてしまった。
今日から、これがミチルの新たな「戦闘服」だ。
真っ白で、清廉な。聖なる存在になるための衣にミチルは袖を通す。
甘えたの自分に、この服は不釣り合いかもしれない。
今はそうでも、未来は釣り合えるようになりたい。
ミチルは初めて自分の「運命」と向き合う決意をした。
一人では決められなかった。
「決めたかった」と駄々をこねたけれど、あの時点では結局ミチルはまだ決められなかった。
みんなが居てくれたから。
優しく包み込んでくれたから、決めることができた。
結局、オレは甘えたのままなんだ。
そんな自嘲でミチルは己を笑う。
それでもいい。誰にも頼らずに生きていくことなんて出来ない。
オレはこれからも大好きなイケメンに甘えて生きるし、大好きなイケメンの側にいる。
それを、決めることが出来た。
「たのもぉお! えぇちゃあぁん!!」
部屋を飛び出したミチルは、大聖堂を通って、屋上へと駆け上がった。
抜けるような青空。すぐ近くに見える雲。ここは、天界に一番近い場所かもしれない。
見とけよ、カミサマ。オレがきっちり世界を救ってやんよ。
みんなとだったらどんなことだって出来るんだ。
「ああ、ミチル。やっと出てきたか」
少年法皇エーデルワイスは、明るい日差しの下、輝くように白い法衣を着て相変わらず澄ました顔をしていた。
「ミチル!」
さらにはミチルの大好きなイケメン達、ジェイ、アニー、エリオット、ジン、ルークもこの空中庭園に来ていた。
ミチルは今出来る精一杯の笑顔で、声を張り上げる。
「みんな、おはよう!」
するとイケメン5人も、瞬間、顔を赤らめてからとても綺麗な顔で笑った。
朝日を浴びるイケメンズの輝く笑顔が眩し過ぎます。
オレには過ぎた宝物。
早くこの輝きに見合う存在になりたい。
「ふむ。その様子では、心は決まったようだな」
エーデルワイスも微かに笑ったように口元が上がっていた。
まあ、こいつには色々言いたいこともあるけれど、オレにはやらなくちゃならないことがある。
そのためにはこいつからのバックアップは必要だ。ミチルはまた少し大人になった。
「うん、オレはね……」
明るい太陽の日差しが、ミチルに勇気を与えてくれた気がした。
ここでハッキリ言ってやろう、所信表明だ。見とけよ、野郎ども。
「オレ、坂之下ミチルは──」
お父さん、お母さん、ごめんなさい。オレはもうそこには戻らない。
だけど、オレは確かにそこにいた。その証にこの名前は捨てないよ。
オレは、オレのままでこの異世界を生きていく。
ミチルの心は晴れ晴れとしていた。
「……坂之下?」
だけど、ああ、現実はやっぱり残酷なんだ。
エーデルワイスはミチルの名字を聞いた途端に表情を曇らせた。
「えぇちゃん?」
「ミチル、其方は『坂之下』というのか?」
「そうだけど……」
エーデルワイスは顔を真っ青にして震えている。
あれ? オレ言ってなかったっけ?
所信表明を挫かれて、ミチルが不満を漏らしながら答えると、エーデルワイスは誰も知らないはずの言葉を口にした。
「まさか、其方は……亨の息子か?」
「へっ? 亨はじいちゃんだよ。オレのお父さんはワタルだけど」
この時、ミチルはエーデルワイスが自分の家族の名前を知っていたことに、それほど疑問を感じなかった。
地球から人間を呼び寄せるほどの力があるんだ、オレの個人情報くらい筒抜けでしょ。そんな風に軽く考えていた。
「亨……ワタル……ミチル……?」
だが、エーデルワイスの顔はどんどん血の気が引いていく。
ワナワナと震え、杖に寄りかかっていたけれども、とうとう膝をついてしまった。
「あ、ああ……あああ……」
「え、えぇちゃん?」
ミチルはようやく事態が重い事を知る。
エーデルワイスが途切れ途切れに呟いた、重大な事実も。
「だ、代々、ペルスピコーズの法皇に、任命されるのは、特殊な生まれの持ち主である……」
「それは昨日も聞いたけど……」
ミチルはエーデルワイスに近寄ってしゃがんだ。
イケメン達は尋常ではない二人の様子を黙って見ていることしか出来なかった。
この二人には、何かとんでもない繋がりがある。
そしてそれはみだりに踏み込んではいけないもの。イケメン達はそれを肌で感じていた。
「その特殊な生まれとは……ここではない、異世界からの転生者であるという事」
「ええっ!?」
ミチルは我が耳を疑った。異世界転移だけでなく、更にメジャーな異世界転生まで出てくるなんて。
やっぱりファンタジーラノベ色が強過ぎない? とかそんな呑気なつっこみすら出来なかった。
「前世──元の世界での人生の記憶保有量には個人差がある。ワタシはそれがあまり多い方ではない」
「……え、ちょっと、何言い出す?」
ミチルは心臓がひっくり返りそうな感覚だった。手に力が入らない。
エーデルワイスはとんでもない事を言おうとしている。
やめて! これ以上、大変な事にしないでよ!
ミチルのそんな思いとは裏腹に、エーデルワイスは絞り出すような声で、頭を抱えながら言い放った。
「……だが、それでも、ワタシのかつての名前と、息子の名前くらいは覚えているッ!」
「えぇ……ちゃん……」
衝撃に呆けるミチルを見据え、悔恨の念を込めた表情で、エーデルワイスは懺悔するように言った。
「ワタシのかつての名前は、坂之下充。息子の名前は坂之下亨だ……」
『それは、じいちゃんのお父さん。ミチルのひいじいちゃんだよ』
ずいぶん昔に聞かされた。祖父の膝の上で。
『遠い遠い海を渡って、そのままお空に行ってしまったよ。お空の高いところにね』
今ならわかる。曽祖父は「戦死」したんだって。
「オレの、ひい、じいちゃん……?」
目の前のこの少年が。
瞳を伏せて打ち震える、少年法皇が。
「なんと……いう、ことだ……」
オレの曽祖父だって言うのか。
「ミチル……まさか、こんなことが……」
ミチルはもちろんのこと、エーデルワイスも衝撃に震えていた。
エーデルワイスがかつてミチルの曽祖父であった事実以上の恐ろしい何かがあるような。
偶然で片付けてはならない要因があるのでは、と傍らで見ているイケメン達の脳裏に突拍子もない事がよぎる。
その場の誰もが、衝撃の事実と、その先の因果を恐れて言葉を失う。
何も、今は考えられない。
それは、世界の理を「管理」する立場の法皇にあってはならないことだった。
『まさか、精神結界が揺らぐとは……』
「──!!」
その場の全員に、暗く重い声が響いた。
それは誰の声かと考える間もなく、青空は褪めていき黒く澱んでいく。
『恥じよ、法皇。お前はその責務を放棄した』
「何者だ!?」
異変を受けてエーデルワイスの意識が切り替わる。
即座に立ち上がって杖を握り、光らせた。だが、現れた闇を振り払うことは出来なかった。
『法皇エーデルワイス、お前に我が伴侶を任せることはもう出来ぬ』
「な……に……? まさ、か……」
大きく瞳を見開いて、エーデルワイスが声の正体に辿りつきかけた時。
「……え?」
無数の黒い羽根が、ミチルの周りを飛び交った。
「ミチルッ!!」
突然の予感に、イケメン全員がミチルへ駆け寄る。
何度も経験してきた、「ミチルがここからいなくなる」予感だった。
「やだ……っ! なに、コレ……!?」
黒い羽根はミチルの周りにどんどん増えて、その体を包もうとしている。
ミチルもまた「いつもの予感」を感じずにはいられなかった。自分がここから消える、その感覚を。
「助けて……ッ!」
視界が黒く染まっていく。
手を伸ばして自分に駆け寄ってくる五人に、懸命に腕を伸ばすが届かない。
『プルケリマ=レプリカ。我が伴侶。ミチル、おいで』
「嫌だ!」
けれど、重い、重い声が、ミチルの思考を黒く染めていく。
『オマエハワレノモノ』
その声は、聞いたことがある──
「ミチルーーッ!!」
みんなの声が遠い。
みんなの温もりが遠ざかる。
どうして……?
どうして、オレばかりこんな目に会うの?
空が再び青を取り戻していく。
黒い羽根は消えた。
ミチルもそこから消えていた。
「異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!」
Last Meets 籠の中のレプリカは最愛を探す 了
次章「Meets Extra 孤独なヴィランと黒い皇帝」の公開までしばらくお待ちください
なお、本編再開までの間いつもの更新時間にショートショートを公開します
こちらで繋ぎながらお待ちいただけますと幸いです
「くしゃみのラブラブSS集め」
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