（差替可能）何よりも大切なミチル Ver.ジン
教会って質素なイメージだったけど、意外に贅沢な感じなんだな。
ミチルはあてがわれた部屋に入って少し驚いた。
好きに使っていいと言われたこの部屋。まず、かなり広い。ミチルのかつての自室の三倍はある。
絨毯が敷かれ、お姫様が使うみたいな調度品の数々。タンスやら机やらが少し乙女チックで照れる。
奥にはクローゼットがあり、部屋着やら衣服やらもいくつかあった。
ミチルは今着ている反乱時の堅苦しい花嫁さん衣装を脱いで、簡素な部屋着に着替えた。
袖なしシャツと、もこもこした短パン。ミチルにはちょうど地球でギャルが着るカワイイ部屋着に見えた。
完全に女前提で用意してるじゃん、とミチルはまたもエーデルワイスにイライラする。
そんな気持ちのままにやたらとでかいベッドにダイブした。クイーンサイズかキングサイズかはわからないが、エリオットやルークの部屋にあったベッドの豪華さと遜色がない。
布団も枕も純白でふっかふか。ミチルはこのベッドでもう二時間もうだうだしている。
いつからだろう。
地球に戻りたいと思わなくなったのは。
オレはこの世界の住人じゃない。だからいずれ帰るのが自然な事だと思ってた。
だけどイケメンの隣が心地よくて、愛おしくて、離れられない。
許されるなら、こんなオレでも望んでくれるなら。
イケメンの側にこれからもいたい。そう思うのに時間はかからなかった。
オレ……このまま……側にいてもいいの？
そんな風に殊勝に、オトメチックに耽っていたかったのに、現実はどうだ。
オマエハ スデニ コノセカイノモノ
モドルコトナド ソウテイサレテイナイ
「くそがぁああ！！」
ミチルはイライラそのままに叫んだ。
「ムカつくぅううぁあああ！！」
淡々とオレの運命を最初から決めていた法皇への怒りが止まらない。
「どチクショォがああぁあ！！」
コンコンコンッ！
部屋のドアがまたノックされる。
ミチルは思わずビクッと震えた。さっきから何度も無視してしまった。エーデルワイスだったら殴りそうだったからだ。
だが、今のノック音は焦っているように聞こえた。
「シウレン！ シウレーン！ 無事かあぁ！？」
銀髪を振り乱してズバァンと扉を開けたその姿は、まさに鬼の形相。青ざめているからさらに怖さが引き立つ。
「せ、せんせえ……」
それでもミチルにとっては頼れる師範。その姿を見て安心したら不意に涙が滲む。
ここでクールに励ませたら良かったのに、ジンはミチルの格好を見るなりのけ反ってすっ転んだ。
「先生ー！！」
ズドーンと仰向けで倒れた拍子にドアが閉まる。
後に残るのはうわごとのように禁止用語をぶつぶつ呟く毒舌師範の成れの果て。
「シ、シウレンの脇が×××……シウレンの足が×××……もしかしたら×××まで×××か……？」
あまりにも「平常運転」過ぎて、ミチルは逆に落ち着いてしまった。
胡座をかいて頬杖をつき、ジンが蘇生するのを待つ。さすがの達人は復活も早かった。
「むうぅ、なんたる不覚。らぶりぃシウレンの破壊力が音速を超える……」
「何言ってんだ、ドスケベ師範」
しかしミチルの悪態を華麗にスルーして、ジンは真面目な顔でとんでもない事を言った。
「シウレンよ、胡座はやめなさい。お前の内腿が丸見えで××部まで見えそうだ」
「……わかったッ、わかりました！」
久しぶりのマンツーマンセクハラに、ミチルは顔を赤らめてベッドの上で正座した。
すると音もなく即座に隣に座る、まさに達人の所作。更にそのままジンは実に自然にミチルの肩を抱いてみせた。
「シウレン、一人で悩んではいけない。儂に何でも話しなさい」
それから優しく微笑む顔は極上の美しさ。最初からこれをやって欲しかった。
コメディが過ぎたので、ミチルのテンションはなかなか戻らず、結局不貞腐れたような態度になってしまう。
「別に悩んでなんか……ただ、ちょっとムカつくだけで」
「そうか。ならば、遠慮せずに怒りなさい」
「え？」
ジンからの意外な言葉に、ミチルは顔を上げてその表情を見る。そこには慈愛に溢れた笑顔が輝いていた。
「儂はな、シウレン、お前がとても尊い。お前は時折、言いたい事を我慢してしまうだろう。相手を思いやるその精神はとても尊く美徳であるが、それでお前が心を壊してはならない」
「先生……」
ジンはミチルの肩を抱く手にぐっと力を込めて続けた。
「お前は儂の前では己の感情を素直に表現するではないか。それこそがお前の尊さ、可憐さ、可愛らしさ……」
ヤダ、もういいです！ 恥ずかし過ぎます！
ミチルはだんだん頬が熱くなってきた。触れられている肩も、温かい。
「恐れるな、理不尽なことがあったら遠慮なく儂に怒りなさい。心配しなくていい、儂がそれでシウレンを嫌うことなど世界が終わってもあり得ないのだから」
「せんせえ……」
胸の奥まで届く、ジンの優しい言葉。ミチルはまた涙腺が緩んだ。
その涙を親指でそっと拭って、ジンは笑う。
「シウレンの心は、儂がいつまでも守ってやる」
「せんせえ、オレ、悔しいよ……」
「そうか」
ただ頷いてくれるジンに、ミチルは駄々をこねるように思いを吐き出した。
「勝手に呼んどいてさ、勝手にオレのこと決めてさ。オレだってちゃんと考えてたのに」
この心は、一番誰を求めてるのかって。
「偉いぞ、シウレン」
ジンの顔が、極近くなる。涼やかな瞳に、ミチルはこの上なく安心した。
「せんせえ……っ」
縋るミチルの瞳を捕らえ、そのままジンはミチルの唇を覆った。
「ん……」
どこまでも優しく、いたわるようなキスがミチルに与えられる。
ミチルは目を閉じてジンからの愛を我慢せずに受け取った。
「んん……」
ミチルはジンの唇を追いかけて、その首に腕を回す。ジンはミチルの腰を抱いてより深く口付けた。
セクハラばかりで逃げていたけれど、もう、逃げなくてもいいかな……
ミチルの中にそんな甘い衝動が生まれ始めていた。
「あ……」
ジンの手が、ミチルの体中に触れていく。
ふわりとベッドに沈められ、キスが全身に降りてくる。
ああ、気持ちいい……
先生の手が温かい……
「ああ、シウレン……」
「せんせえ……」
見つめる金色の瞳に、ただひとつの真実がある。
「儂の、ミチル……」
それを感じるだけで、ミチルの心は救われていく。
「ジン先生、好き……」
そう呟いたミチルは、急に目眩を覚える。
ああ、だめ。すごく眠い。
「シウレン？」
ジンの声が遠く聞こえる。
目が開かない。体ももう動かない。
やだよ。
先生、もっと抱きしめて。
声にならなかったミチルの想い。
けれどジンは頷いて、すでに眠りに落ちたミチルの体を抱きしめた。
「お前は……儂だけの、恋しいミチルだ」
その愛らしい髪の毛に顔を埋めて、ジンも目を閉じる。
懐の中、蒼い光が輝いていた。
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