閑話–ジン 恋しい弟子と、新しい世界を
田舎は退屈で欠伸が出る。
血にまみれていた都会での生活に未練などはない。
だが、あそこは欲を満たせる環境でもあった。
今の儂の暮らしはどうだ。牧歌的過ぎて眠くなる。
教え子達の成長を見るにつけても、都会の洗練された若者と比べてしまう。
せめてここに、磨けば光る存在でも居れば違うのに。
武術の才のみならず、儂の目にとまるような逸材はいないのか。
だがそのような存在がいたとして、こんな田舎では磨く術もない。
不毛なことを考えてしまった、と今日も一人、密かに嘆く。
「坂之下ミチルですぅ……」
突然儂の寝所に入ってきた曲者は、か細い声でそう名乗った。
細くしなやかな体は儂の好みど真ん中。
可憐な顔立ちにもかなりそそられる。
まさに儂のど直球美少年が目の前に現れた。
儂は田舎暮らしがそんなにキツかったのだろうか、こんな幻影を見るほどに。
だが、細い腕には触れるし、×××を握ったらそれはなんとも可愛い声で鳴いた。
なるほど。こいつは鐘馗会の手の者か。
ヤツらめ、儂の好みをここまで正確に把握していたとは。気持ちが悪い。
鐘馗会なら即縛りあげるのがいつもだが、せっかくの心遣い。
遠慮なく楽しませてもらおう。
……だが、魔物が現れた。なんてタイミングの悪い。
驚いたことに、曲者の少年は黒獣を知っていた。
ベスティアと呼んで、特性まで説明してみせる。
こいつは本当に鐘馗会か? それとも別の何か?
ミチル・サカノシタ。そう名乗った少年の得体が知れない。
……得体が知れないが、見れば見るほど儂の理想を体現する容姿だ。
儂の剣幕に完全に怯えている。震える子兎のようで、愛らしい。
演技ならたいしたものだが、ミチルとやらは尚も異常な事を言い出した。
ここではない、別の世界からやって来たと言う。
間者がそこまで突飛な弁解をするだろうか。
まともな人間が言い訳として用意するものでは、到底ない。
では、このミチルは本当に?
それでこの世のものとは思えない、素晴らしい容姿を?
そんな取り止めのない事を考えていたら、本人は気を失った。
こんなに無防備で迂闊な行動は、間者ではあり得ない。
儂は、何か、とんでもない者と出会ってしまったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
モロ好みの少年と床を共にして、何もしないなど初めての経験だ。
×××が疼きっぱなしでついに一睡も出来なかった。
鐘馗会の間者である可能性が薄れ、更に気を失った少年をどうにかするほど儂も落ちてはいない。
しかもこのミチルとやらは儂の髪の毛を一束握りしめて眠っている。
まるで、儂に縋るように。健気に眠る姿は×××……
等間隔で訪れる欲と闘いながら、儂はとうとう朝を迎えた。
この熱を鎮めようと、たおやかな尻をせめて撫で続ける。
余計に昂るものもあるが、微かに欲を満たすことでなんとか儂は耐えた。
目覚めたミチルは謝ってばかりいた。
しかもこの儂をおじさんと呼ぶかお兄さんと呼ぶかで迷っている。
儂のどこがおじさんなのだ。
嫌味のつもりの冷や飯には大喜びで食らいつく。
自分の立場などすっかり忘れて食い物を妄想している。
おもしろい少年だ。そして可愛い。
ミチルという少年そのものは儂にとって好ましかった。
だが、ミチルの素性については別問題。疑いはまだ晴れない。
ミチルにはどうも連れがいるようだ。
男か。なるほど。イライラする。
その男達が鐘馗会かもしれない。疑いはまだ晴れない。
異世界から転移したという己の身の上。
故郷とこちらの世界の違いを細かく語ってみせたのは、並の想像力では出来ないように思われた。
そこまで語っておきながら、黒獣については意識的に話題にするのを避けているように見える。
怪しい。疑いが再び強くなる。
黒獣……ベスティアと言うらしいが、詳細を尋問したらようやく語り出した。
だがその顔は儂に対する恐怖で震えてばかり。
それなのに口調は少し不貞腐れてもいる。
完全に甘えたガキのすることだ。
こんな愚かな少年に間者など務まるだろうか、いや無理だ。
ならばやはりミチルは異世界からの、儂の常識も及ばないような育ち方をした少年なのか。
よほど平和な場所でぬくぬくと育ったのだろう。
苦労などしたことがないからこその、肌の艶と張り。
大事に育てられたからこその、愚かさと可憐さ。
ミチルに対して疑いと懸想を行き来した結果、疑いは消してもいいと思えた。
やはり、このモロ好みの容姿に勝るものはない。
そしてベスティアに対する正しい知識。まさに儂が欲しかったもの。
ミチルは、儂の求めるものを全て持った奇跡の美少年だ。
素晴らしい。是非手元に置いておかなければ。
ミチルはこの世界ではまだまっさらな存在。
どう染まっていくかは、その側にいる人物次第。
その人物は、やはり儂だろう。儂以外にはいない。
儂好みの更に素晴らしい少年にしていこう。
ミチルよ、その名は捨てろ。
お前は今からシウレンだ。
儂の恋しいミチル。儂だけの愛弟子……シウレンと成れ。
◇ ◇ ◇
シウレンの修行は続いている。
日中の武術。夜中の♡術。
シウレンはどんどん儂の教えを飲み込んでいく。
特に夜の修行は最高だ。
いいぞ、上手だシウレン。素晴らしい……
ぎゃあぎゃあと喚きながら、時折妙なる声で善がるシウレン。
儂の〇〇は毎晩×××……
それでも刺客はやって来る。懲りない奴らだ。
だが儂の手元にはシウレンがいる。
シウレンと共に刺客を捕縛する。そのプロセスはまさに極上。
儂は刺客に感謝すらした。素晴らしいひとときであった。
そのどさくさで、シウレンに儂の過去を教えねばならなくなった。
儂の、隠したい闇の部分。血生臭い遍歴を。
なかなかに重たい話ではあったと思うが、シウレンは意外にも全てを受け入れた。
ここに来た当初よりも精神がタフになった証拠かもしれない。
さらにシウレンにより、皇帝陛下の憂いを消せる可能性も出てきた。
儂はとうに諦めていた都への凱旋を再び夢見る。
こんなに希望が湧いてきたのはシウレンのおかげだろう。
儂の最後の♡仕上げにより、シウレンの気も充実している。
これならば明日の武道大会はシウレンが優勝だ。
◇ ◇ ◇
シウレンは負けた。
やはり大会に出るには圧倒的に経験が足りなかったか。
毎晩経験させたというのに。
シウレンを退けた対戦相手の少年は、決勝戦にて不穏な行動に出る。
黒い影を吐き出した。それはまさに黒獣……ベスティア。
影の獣の気配には覚えがあった。儂はそれらを一度倒したことがある。
いや、倒せてはいなかったのだ。目の前にあるのはそれらの集合体。
儂は己の無知を悔いた。
姿が消えたから倒したと思い込んで、ベスティアが力を蓄えるのを放置してしまった。
その結果が、今だ。
儂は、己どころかシウレンの身すらも危機に晒している。
ああ、シウレンよ。お前だけでも守りたい。
陛下から賜った腕輪が折れても。
儂自身が折れたとしても、お前だけは。
「お前なんかなあ、毒舌セクハラエロ師範とモブ学生がメッタ打ちにしてやるからなァアア!」
儂はシウレンをみくびっていた。
蒼く輝く気は、希望そのもの。
儂に大いなる力を与えてくれる、光。
田舎の暮らしは退屈だった。
だがシウレンよ、その田舎でお前と会ったのだ。
全ては蒼き運命の導き。
儂はお前と出会うために、この地にやって来たに違いない。
であるならば、儂のいるべき地はもはやここではない。
シウレン、お前の隣。そこが儂のあるべき場所。
儂とシウレンは一心同体。
シウレンの赴く場所ならば儂は何処へでも行こう。
気に病むな。儂はお前と共にある。
目を逸らすな。儂はお前の側にいる。
恋しい弟子を追いかける、愚かな師範に。
お前の光を与えて欲しい。
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