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閑話–アニー 仰いだ光に、夢を見た




 夜が怖かった。もうずっと前から。




 夢を見るのが嫌で、寝ることを拒絶した。

 夜起きていてもいい仕事と言えば、水商売しかない。

 だからこれは天職なのだと自分に言い聞かせていた。


 普段と変わらない夜だった。ひとつ違ったのは、光。

 見たことがない光り方をする少年が、目の前でトラブっていた。


 家出の少年だろう。この街では珍しくない。

 ただ、ものすごく可愛かった。男だろうけど、ものすごく好みだった。


 助けて、恩を着せて、囲ってペットにするのも悪くない。

 退屈な人生に、短い時間でも刺激があるかもしれない。


 そんな下心があって助けた少年は、安心したのか泣き出した。

 しめた、これで自然に連れ込める。泣くほど取り乱した少年を言いくるめるなんて簡単。


 ミチル、ごめんね。

 俺は結構サイテーなヤツなんだ。






 家出少年なんかじゃなかった。

 ミチルは信じられないくらい不思議な身の上の持ち主だった。


 こことは違う世界。そんなのは聞いたことがない。

 それにいくつも世界が存在するとか、そんな学問も初耳だ。まあ、俺に学はないけれど。

 ミチルの世界は今の文化から500年は進んでいるらしい。そんな未来の世界なんて想像もつかない。


 そんなミチルがこの街の事を聞いた。純粋な興味を持った目で。

 けれど俺はひねくれているから、500年も進んだ文化を持ったミチルに勝手な劣等感を抱いてしまった。


 ルブルムの屈辱的な歴史を話したら、ミチルの口からは信じられない言葉が出た。

 ここはカエルレウムの植民地だったのか、と。


 純朴な少年の口から出るような言葉じゃない。俺のけちな劣等感を軽く吹っ飛ばすほどの爆弾だった。

 それを、ミチルは何の躊躇いもなく、あっけらかんと言ってのけた。


 俺が少し嗜めたら謝っていたけれど、すでに俺の興味はミチルのその広い考え方にあった。

 第三者的と言うか、世界そのものに視点を持った人の考え方はとてもクールだと思った。

 カエルレウムにされた仕打ちをねちねち恨んでいる自分の考えが、ちっぽけに思えるほどに。


 もっとミチルと話してみたい。ミチルの考えが知りたい。

 最初に抱いた暗い下心は、この時には少し形を変えていた。


 今あるのは、ミチルへの純粋な興味。それからものすごく好みの容姿。

 口説いたらどうなるだろう。初めはそんな軽い気持ちだった。


 まんまと口車に乗せて、一晩泊まる事を承諾させた。

 ミチルの様子だと、俺に対してまんざらでもない感じだ。少し迫ればすぐに抱けるんじゃないかと思った。


 とりあえず抱いて、俺のものにして、ゆっくり知っていくのも悪くない。

 毎晩抱いてやれば、ミチルは俺から離れられなくなるだろう。


 500年も未来の文明から来たのに、見ず知らずの男の胸の中で寝るなんて無防備な子だ。

 俺はミチルの小さな体を抱きしめて、寝たフリをした。


 フリだった、はずなのに。




 ◇ ◇ ◇




 気がついたら、朝だった。その事に愕然とした。


 嘘だろ。この俺が、夢も見ずに熟睡した?

 何が起きた。この俺の身に何が。


 ミチル?


 俺の隣に横たわって、まだ眠っているミチルのせい?

 この子、何? 平和に寝過ぎなのでは?


 そんなことより、寝顔が可愛い過ぎるな、ちくしょうめ。

 朝の日差しがなければ、こんなのメチャクチャに抱いている。

 太陽、マジありがとう。俺は外道にならずに済んだ。


 外道、か。昨晩俺がミチルに抱いた感情は外道そのものだ。

 それなのに今は外道にならずに済んだことを喜んでいる俺がいる。


 混乱しながら俺はベッドから降りた。

 ミチル、まだ寝てる。可愛い。

 その煩悩を振り払うために、ミチルが起きた時のための支度を始めた。


 ミチル、それでもまだ寝てる。可愛い、無理。

 ミチルに嫌われたくない。でも、ご褒美が欲しい。

 踏み止まった俺に、何かご褒美をくれないか、ミチル。


 俺は、その頬に唇を寄せた。

 甘くて、蕩けるような感覚だ。ミチルの肌からも甘い匂いがする。


 これでも起きなかったらミチルが悪い。

 その時は……


「ん?」


 ミチル、起きた! ナイス、ミチル!


「おはよう、ハニー!」


 これで、俺は再び「良い人」の仮面を被ることが出来る。




 朝食を食べながら交わした会話に俺は絶望しかけた。

 ミチルになんと男の影。しかもカエルレウムに。


 彼氏? とカマをかけたらミチルは真っ赤になって否定した。

 危険だ。ミチルは自分の気持ちに気づいていないだけかもしれない。

 だけど、こうも考えた。気づく前に俺のものにしてしまえばいい。


 俺といることの方が楽しくて、以前のことなど忘れてしまえばいい。

 だから、ミチル一人の力ではカエルレウムに行くことは難しいと教えた。嘘はついてない。


 その日はふざけて、ふざけて、ふざけ倒した。ミチルも楽しそうに笑っていた。

 だけど、本当にこれでいいのか。俺にも良心の呵責があることが意外だった。


 ミチルだって真面目に考えれば、ここにいるべきではないと気づくだろう。

 だけど、ああ、ミチル。俺が少しムードを出すだけで流されそうになる。

 なんて愚かな子なんだ。そんな調子じゃあ、俺みたいな悪魔に食べられてしまうよ。


 ミチルを抱きたい。

 だけど、抱いてしまえば俺もミチルも終わる。


 その夜は、ちょうどよく「仕事」があった。

 初めてありがたいと思った。


 荒んだ俺を、ミチルの体温が暖めてくれる。

「仕事」を終えた俺は何も考えたくなくて、ミチルに縋るように強く抱きしめた。


 初めて、眠ることが気持ち良いと思った。




 ◇ ◇ ◇


 


 夜が怖かった。もうずっと前から。




 夢を見るのが嫌で、寝ることを拒絶していた。

 夜起きていられる仕事と言えば、暗殺業しかない。

 だからこれは天職なのだと思っていた。



 

 ミチルが俺を見て震えている。

 終わりだな、と思った。到底、俺に見合う幸せじゃなかった。

 もうどうでもいい。ミチルに全てを話したのはそんな気持ちからだった。



 

「怖い?」


 当たり前だよね、ミチル。


「怖く……はないかな」


 ──気を使わなくていい。




「理解はしたいと思う」


 ──うん、そう言う人は今までもいたよ。うわべだけのね。


「理解ができたら一緒に罪に堕ちてくれるんだ?」


 そんな人は、いない。




「それが罪だってわかってるなら、堕ちる前にできることがあるよね?」


 ……そんな事を言ってくれる人は、今までいなかった。






 祖先の屈辱。

 両親の死。

 今の俺の堕ちた境遇。


 俺は、「堕ちた」と思っていた。

 だけど君は「まだだ」と言う。


 そんなに可愛いのに、とても厳しいんだね、君は。

 だから、君は高潔で美しいんだろう。


 やはり、俺には過ぎた幸せだ。

 君は元の現実におかえり。


 さよなら、俺に優しい眠りをありがとう。






「アニーとあのまま離れたくなかったから!」


 手放したはずなのに、君から追いかけてきてくれた。


「そのために、オレはここまで来たんだ」


 まるで今夜、俺が「堕ちて」しまう事を知っていたみたいに。




 俺を、すくいあげるために。

 君は、この闇にも恐れずに来てくれた。


 ああ、俺にもついに光が見えた。

 君がその光。






 黒い、黒い、憎むべき獣。

 砕かれた俺の誇りの刃。


 (てき)よ、お前はまた奪うのか。

 俺の両親を砕いたあの時のように。



 

 いや。

 今は違う。暗闇の中で隠れていた俺の側に。


「アニー!! 頑張れェエエ!!」


 君が来てくれた。



 

「やっちゃえ、アニー!」


 君の光が、俺に希望の刃を与えてくれる。

 その色は、高潔な蒼。


 俺に全く相応しくない、蒼い輝き。

 待っていて、すぐに立ち上がるから。


 暗い底から手を伸ばし、君の手を取ってみせるから。

 君も俺を呼んでくれ。




「ミチル! ……ありがとう」


 俺を、救ってくれて。




 溢れる愛しさのままに頬に口付ければ、また甘い感覚が胸に広がる。

 ああ、ミチル。君が欲しい。心から。


 離さない。

 きつく抱きしめて、もう離さない。


 君となら、夢を見たい。

 二人だけの甘い夢を。




 俺は、いつもそう願っているよ。




お読みいただきありがとうございます

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