5 幸福の全て
遥か昔、創世神チルは世界の危機を感じると、自らの眷属を地上に降臨させ、人類がそれを乗り越える一助としていた。しかし、人類が発展を遂げると次第にその干渉は薄くなっていった。それでもしばしば地上では世界を揺るがす危機が起きる。眷属が降りて来なくなった人類はその危機を乗り越えられず、一旦世界は終末を迎えるほどに荒廃した。
「チルチル神教の新教典に曰く、荒廃した世界の中に、ある特殊な運命を持った赤子が生まれるようになった。カミの世界から転生した聖人である。チル神様を信じる者はその聖人を教会に迎え、法皇に据えた。法皇は人智を越える力を行使し、プルケリマと同等の存在を召喚することに成功した」
「えっ──」
エーデルワイスの話を静かに聞いていた一同は、そこまで聞いて我が耳を疑う。
それでもエーデルワイスは淡々と説明を続けていった。
「其方ら、そこのミチルがここではない別の世界から来たことは本人から聞いているだろう。チルチル神教の法皇は、異世界からプルケリマ足りうる存在を召喚することが出来る。しかし、厳密にはそれはプルケリマではない。言うなればプルケリマの代わり……模造品だ。法皇が異世界から呼んだレプリカをチルチル神教ではセイソンと呼んでいる」
「ちょっと……よく、わかんないんだけど……」
アニーの呟きは希望を孕んでいた。決定的に言われるまで信じたくない、という気持ちはアニーだけではない。
そんなイケメン達の心の機微を知ってか知らずか、エーデルワイスは残酷にも真実を告げる。
「そこにいるミチルは、チルチル神教第二十三代法皇であるワタシが、世界の危機に瀕して召喚したプルケリマ=レプリカ……セイソンである」
「!!」
ああ。
ついに言い切られてしまった。
ミチルは不思議とせいせいした気分だった。
お前はこうかもしれない、いいや違うものかもしれない。そんな風に自分の存在を勝手に考察されてきたのは、はっきり言って嫌だった。
自分は結局なんなのか。それがここでハッキリしたのは、どんなものであれミチルに一つの区切りをつけてくれる。
「ミチル、大丈夫……?」
優しいルークはミチルの手にそっと自分の手のひらを重ねる。それは、とても温かかった。
ミチルはそれでようやく笑うことができた。
「ん……まあまあかなあ」
自分の正体がわかったことと、自分に課される役割が何なのかはまた別の問題だ。
そこに大きな不安はあるけれど、ミチルの側には頼れるイケメン達がいる。ここから先は一人ではない、そう思えたからミチルは笑うことができた。
「むむむむ……」
ミチルが少しの強がりで笑う様を見たジェイは複雑な思いを持って眉をひそめていた。
「どうした、ジェイ?」
エリオットがそう聞くと、ジェイはまとまらない頭でそのままの言葉を述べる。
「ミチルを親元から引き離し、たった一人でこの世界に召喚した法皇様には無礼だが怒りを覚える。だが、そうでなければ私はミチルに出会えなかった。ミチルと会えたことは私の幸福の全て。ミチルのいない世界などもはや考えられない。そう思うと……複雑だ」
ぽんこつナイトの言葉は、いつだってシンプルな真実をくれる。
「全くその通り。俺だってそう言おうと思ってたもんね!」
「そりゃそうだ。過程はどうあれ、ミチルはおれの妻になって悠々と暮らせばいいんだよ」
「シウレンの父母にはなれないかもしれないが、儂はそれ以上の愛で×××……!」
「ミチルは、ぼくのために、ここに来てくれた、です!」
イケメン達の言葉は、いつだってミチルに希望を与えてくれる。
「みんな……」
大好きだよ。
胸に広がったこの気持ちを、ミチルは大切にしまった。
いつか、それを伝える日が来るまで大事に育てよう。
「なるほど……カリシムス候補者の心をここまで掴んでいるとは、優秀なセイソンだ。プルケリマシステムは正常に働いているようだが、この盲目ぶりはかえって異常やもしれぬ」
「おい、法皇チビ。すげえ不穏なこと言ってんじゃねえぞ」
エーデルワイスの呟きをめざとく聞き取るエリオットは、王子の身分だからこその不遜な態度でメンチをきった。
「ふむ、すまない。今のはワタシの想像に過ぎない。それについてはもう少し調べてみよう」
そんなものは法皇たるエーデルワイスにとって脅威ではない。エリオットの文句はサラッと流された。
「で、そのチビはさ、『カミの世界から転生した』? 聖人だからチビでも法皇になってんだな?」
チビチビと連呼するアニーの無礼さにも、エーデルワイスは特に気にしていないようだった。
それにも淡々と頷いて答える。
「然り。ワタシは生まれた時より人とは違う意識を持っていた。チルチル神教が生まれたばかりのワタシを探し当て、十四の時に第二十三代法皇に就任したという訳だ」
「ふーん。ポッと出の子どもが急にトップに収まるんじゃ、チルチル神教も大変だな。僧侶はどんなに修行しても法皇にはなれないって事だろ」
エリオットの指摘はその場の誰もが言われて気づいた事だった。それは秩序ある姿と言っていいのだろうか。
しかしエーデルワイスは冷静に答える。
「……僧侶は出世を目指して修行するわけではない。ワタシのような選ばれた聖人が法皇になる方がかえって平等である」
「あっそ。別にチルチル神教の組織にそこまで興味ねえから別にいいけど」
エリオットは口を少し尖らせて息を吐いた。頭上で腕を組んで伸びをする。本当にこれ以上の興味がないのだろう。
問題は、自分達のことだ。そこで姿勢を正してジンが改めて尋ねる。
「法皇殿、概要はおおよそ理解した。次は我らの事案についての具体的な説明をしてもらいたい」
「もちろんだ。では今回のセイソン召喚についてのあらましを説明しよう」
いよいよ、ミチルとイケメン達に課された運命が顔を出す。
六人は各々座り直して、エーデルワイスに注目した。
「ワタシがセイソン……ミチルを呼び出したのは、世界が今、危機に瀕しているからに他ならない」
その使命とは何なのか。皆が固唾を飲んで言葉を待った。
「此度の危機と言うのは、影の魔物ベスティアの大量発生である。これを鎮めることが此度のセイソンの使命だ」
……待った割には、予想通りの答えだった。
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