39 魔教会の末路
「皇帝が来ちゃってんの!?」
突然現れた黒い怪鳥と大司教ガーチャー。その背後にはアーテル帝国皇帝、シャントリエリがいる。
ミチルは未だ見ぬ皇帝の影に、嫌な汗が出ていた。偵察用であるという、空を飛ぶ黒い鳥。その視線からマジのいやらしさを感じる。
鳥の目を通して、皇帝がミチルを見定めているらしい。
更に目の前にいる、チルクサンダー魔教会本部の大司教。
黒い法服の老人は、懐から更に黒く禍々しい雰囲気を纏った、何かの角を取り出していた。
「あれは、もしや……」
ジンがそれを注視しながら呟く。ミチルも、ある事を思い出していた。
『しばらく変なお経みたいのを聞かされて、派手な服のおじさんが黒い牛の角みたいなのを持ってきて……』
以前、ミモザから聞いた怪しげな儀式。
『それで、その黒い角を、おじさんが僕の胸に突き刺したんです』
外傷はなかったらしいが、ミモザはそれにより洗脳状態になり、最終的にベスティアを吐き出した。
今、ガーチャー大司教が持っている一本の角は外見はミモザの証言通りだし、ベスティアのような禍々しい雰囲気を帯びている。
「先生、あれ、ミモザ君が見たっていう角かな……?」
ミチルがそう聞くと、ジンも神妙な顔つきで大司教の動向を気にしながら答えた。
「おそらく。あんなものが何個もあってはたまらんからな」
ミチル達の緊張を嘲笑うように、大司教は悠然とした様子で黒い角をパオンに渡す。
それから、ゾッとするような冷たい声で命令を下した。
「お前にチルクサンダー魔教最大の聖遺物を預ける。するべきことはわかっておろうな」
「は、ははっ!」
パオンは跪いたまま、黒い角を両手で掲げるように受け取った。その額には脂汗。顔には悲壮な決意が乗っている。
「行くぞ、ピエン」
「ええっ! 私もですか!? 司教様だけでおやりになればいいのでは?」
ピエンは心底巻き添えを食いたくないようで、かなり焦っていた。
「馬鹿者! これはラーウス支部全体の責任。全員で儀式にあたるのだ!」
「えええー!? 大丈夫ですか、帰って来れるんですよね?」
「ふん。死出の旅はいつでも片道切符だ……」
「嫌だぁあー!!」
よくわからないが嫌がって駄々をこねるピエンの耳を引っ張って、パオンは黒い角とともにコンクリートの魔教会ビルへと消えていった。
「あ! 待て! 逃げんのか?」
事態の急変で呆然としていたルードが我に返り、パオン達の後を追おうとした。
だが、それを阻むように大砲が再度空砲をぶち上げる。
「──クソ!」
そうしているうちに、魔教会の建物は出入り口を固く閉ざしてしまった。
「さて、いかほどのものが出来上がるのか……」
魔教会の様子を冷静に見ながら大司教ガーチャーは呟いた。自分は関係がない、と言う顔で。
静寂が辺りを包み込む。
ミチル達はこれから何が起きるのかさっぱりわからず、その静けさを不気味に感じていた。
少しして、コンクリートビル全体がぼんやりと輝き始めた。
次いで、その壁に黒い文字のような模様のようなものが浮かびあがる。
「なんだありゃ、魔法陣の一種か?」
エリオットは目を見開いて、そこに何が書いてあるのか判別しようとした。
だが、その時間はなく、ビル全体が「ボンッ」と音を立てて、一瞬のうちに黒い霧となり果てる。
「えええ!?」
ミチルは心臓が飛び出るほどに驚いた。
今の状況はさっきルークがベスティアになった時の光景と同じであった。かなり大規模になっているけれど。
ぼーんぼん
大量の黒い霧が、ビルのあった場所で漂っていた。
ぼーんぼん
中にいたはずの魔教会の坊主達はどうなったのだろうか。
ぼんぼん ぼんぼん ぼんぼん……
霧は雲になり、むくむくと黒い影が形成されていく。
ぼんぼろぼーん!!
「ギャアアア!」
ミチルは目の前に現れた超巨大ベスティアに悲鳴を上げた。
ビルの大きさそのままの、ライオンの体に人の頭。それはミチルもテレビでしか見たことがない。
「スフィンクス!?」
むひょーおおおおお!!!
超巨大スフィンクス型ベスティアが、生まれた喜びを表すように鳴いた。
スフィンクスの鳴き声は知らんけど。喋るんじゃなかったっけ!? 知らんけど!
「あんなの、ベスティンクスじゃん!」
命名はしてみたものの、これで事態はますます戦々恐々。
初めてみるベスティア、しかも超巨大ベスティンクスに、反乱軍や民衆は狂乱して逃げ惑う。大砲の比ではない。
「……ふむ。見事だ。陛下には奏上しておいてやろう」
大司教ガーチャーはそれだけ呟いた後、フッと消えた。まるで転移したように。
その行方を気にする余裕は、その場の誰にもなかった。
むっひょひょひょーお!!
ベスティンクスは雄叫びを上げながら、大きな前足をドッスンドッスンと上下させた。地面がまるで地震のように揺れる。
「矢だ、矢を射ろぉ!」
ルードの掛け声に従うことができたのは数人。そして射られた僅かな数の矢は、ことごとくベスティンクスの体をすり抜けた。
「げえっ!?」
「ダメだよ、ルード! ベスティアに攻撃は当たらない!」
驚きに固まるルードに、ミチルは怒鳴って教える。
何度目かにはなるけれど、規模が違い過ぎて、ミチルもどうしたらいいかわからなかった。
むっひょ、むっひょ、むっひょー!
ベスティンクスは得意げな声を上げて、足踏みを繰り返す。
その度に地面が揺れ、人々は散り散りに逃げて行った。
「ああっ! お前ら、逃げるな、戦えっ!」
ルードだけがその場にとどまってはいたが、その声は誰にも届かなかった。
「……いや、逃げろ。出来るだけ遠くにな」
エリオットの声が場に響く。手にはセプターを持ち、仁王立ちで構えていた。
「じきにここはおれの極大雷が堕ちる、大戦場になる」
やはり予感は的中してしまった。エリオットは自らが抱いていた危惧を話せないままこの事態を迎えたことに、少し責任を感じたのかもしれない。
だが、ニヤリと笑って格好つけている姿には「めっちゃ本気で魔法をぶっ放してみたい」という気持ちも透けてしまっている。
「エ、エリオット……? だいじょぶ……?」
ミチルは不安になってその背中に聞いた。
小悪魔プリンスは高らかに笑って勝利宣言。
「まーかせとけって! おれの雷撃であんなん瞬殺よ! ミチルはこれでおれに惚れまくりっ!!」
惚れる云々よりも、とばっちりが怖いんですけど……
そんなツッコミを考えられるほどには、ミチルの精神は落ち着いていた。
「いーんじゃねえの? やってみたら」
「まあ、何でも試せばよい」
「殿下の次は私にいかせてくれ」
のんびり構えるイケメン達の心強さよ。ミチルは希望を持った。
だよね、この超絶イケメン達が負けるわけないんだよ!
「ミチル……大丈夫、かな?」
彼らの実力を見たことがないルークは、まだ不安そうだった。
それにミチルは大きく頷いてやる。
「うん、大丈夫! あいつらはやってくれる。だって──」
オレの自慢のイケメンだから!!
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