38 冷酷な熱視線
チルクサンダー魔教パオン司教の策略により、ベスティア化してしまったルーク。しかし聖なる蒼き瞳を発動させたミチルの献身により、ルークは元の姿を取り戻す。魔教会の呪いが込められていた金の首輪が砕けた今、ルークは真に自由になったのだった。
「ルーク! ルークよぉー!!」
誰よりも大喜びしたのは父親のマグノリア。
元に戻れた喜びでラブラブ雰囲気のミチルとルークの間に割り込んで、ルークを抱きしめてグリグリする。
「良かったー! 息子よ、本当に良かったぁ!」
「と、父さん、いたい……」
マグノリアの行動を密かに拍手喝采気分で見ているのは、取り残されたイケメン四人。
これ以上ルークの株が上がるのは何としても阻止したかった。
「ミチル君! いや、ミチル様、ありがとうございます! 貴方様の愛の御力のおかげ! やはり貴方様はルークを一番愛しておられたんですね!」
「えっ」
マグノリアに涙を流してそう詰め寄られては、ミチルとしても否定し難い。
一番……とか、そんなのはよく分からない。ルークはもちろん、他のイケメン達も等しく「大切」だ。
「ミチル様こそルークのプルクラ! この戦いが終わった暁には盛大な結婚式を挙げましょうぞぉ!」
「ええっ!?」
飛躍し過ぎです、お父様! ミチルは焦るけれども、否定も肯定もできずにいた。
そしてその後ろでマグノリアを睨む、闇の四人衆。
「おい……」
「ああ」
「調子に乗りすぎたな」
「ヤるか? 俺はいけるぜ」
このままでは血で血を洗う、別の抗争が勃発してしまう!
「と、父さん! 今はそういう話、ちょっと」
サービスされ過ぎたと感じたルークは、後ろの闇からの圧に耐えかねて父を下がらせる。
とりあえず、事態は一応の収束を見せた。
「おーのーれぇええ……っ!」
悪役テンプレが過ぎないか、パオン司教。
ミチルがそう感じざるを得ないほど、パオンは額に筋を立てて怒っていた。
「し、司教様、どうなさるのです? セイソン様どころか、カリシムスまで失敗したとなると……」
大慌てでやってきたのは神官ピエン。名前通り、ぴえぴえ泣いていた。
「どうするもなにも、戦うしかなかろう! こうなったらセイソンもカリシムスも一網打尽にしてやるわっ」
「そ、そんな、無茶な!」
パオンは怒りに任せて大口を叩くけれど、ピエンが泣き言を言うように、魔教会側の劣勢は一目瞭然だ。
反乱軍と民衆の士気は充分。更にイケメン達は五人のうち四人が嫉妬に狂ってフラストレーション溜まりまくり。
一網打尽にされるのはどう考えても魔教会の坊主達である。
「絶対に、アイツら、やってやるんだ……!」
ミチルもいつになく好戦的。それはルークにされた仕打ちを怒っているだけではない。
ミチルとイケメン達の♡♡情事を余すことなく盗み聞いて、夜な夜なオカズにしていただろう坊主達は許すまじ! である。
「ミチルっこ、どうする? また輿に戻るか?」
そんなミチルの気迫を察したルードはニヤニヤしながら聞いた。
答えは、決まっている。
「いいよ、そんなの! もう顔出ししちゃったんだ、オレは逃げも隠れもしない!」
キリッと眉毛を逆八の字にしてミチルが言えば、ルードもイケメン達も更に士気が上がる。
「よく言った。それでこそ俺様の弟嫁だ」
「だから、ミチルはおれの正妻だっつってんだろ!」
「シウレンは儂の愛弟子だっ!」
「ミチルは俺の抱き枕なの!」
「私の天使だ」
いつものやつが出れば大丈夫。イケメン達も気合充分である。
「いいえ。ミチル、ぼくのプルクラです」
そこに加わる新たなイケメン、ルーク。
これで最強の布陣が完成。ミチルを守るようにイケメン達は陣形を整えた。
「ミチル、勇ましいのも素敵だけど、俺の後ろにいてね」
アニーがナイフを取り出して、ミチルを振り返り、ホストアサシンスマイルをかます。
「うん、わかった!」
力強く頷いたミチルを見て、エリオットもジンも不敵に笑う。
「おいおいおい、あの変な石の建物よお、おれの雷撃でぶっ壊していいんだよな?」
「ふっ、出来るならやってみろ。儂の俊速の拳で残党は全て潰してやろう」
先陣を切るは、蒼き大剣を構えたぽんこつナイト。
「──では、参るッ!!」
キケケエエエー!!
ルードとイケメン達が突入しようとした、まさにその時、大空を舞う黒い怪鳥が現れた。
それは空を旋回しながら、ミチル達をジッと見ている。とても不気味な視線だった。
「な、何アレ? でっかいカラス?」
ミチルはその怪鳥と目があった。ゾクゾクっと悪寒が背筋を駆け抜ける。
「あれは、シャントリエリ様の偵察鳥!」
同じく上空を見てパオンが叫ぶ。
その発せられた名前に、場の全員の動きが止まった。
「シャントリエリ!?」
ルードがギクリと肩を震わせた。
「皇帝、来てる……?」
ルークも顔を曇らせて立ち尽くす。
兄弟の狼狽に、イケメン四人も立ち止まった。
アーテル帝国の若き皇帝、シャントリエリ。
その冷酷な視線が、すでに空の怪鳥から送られているような不思議な感覚だった。
「パオンよ、失態だな」
そんな厳しい声とともに、黒い法服の老人がパオン司教のすぐ後ろに現れた。
音もなく、まるで転移してきたみたいに。
「ゲェ! ガーチャー様!!」
その姿を確認した途端、パオンは後ろに一メートルほどすっ飛んだ。その勢いでそのまま土下座する。
「ほ、本部の大司教さまッ!!」
続けて神官ピエンも並んで土下座した。
大司教と呼ばれた老人はゆっくり二人を見下ろして、厳かに言う。
「ここより少し離れた陣営で陛下がご覧になっている。よもや敗北を喫することはあるまいな?」
「は、ははっ!」
パオンもピエンもひたすら平身低頭。大司教は構わずに続ける。まるで吟じるように朗々と。
「陛下は此度の反乱などに御興味はない。鎮めて当然である。陛下はあの──」
大司教は言葉の途中でミチルをチラと見た。
「──プルケリマを見にいらしたのだ」
「ははー!」
ミチルは大司教に見られている事よりも、空からずっと感じる視線の方が嫌だった。
じいっと、見定めるような。ミチルを狙うような視線が。
「し、しかしながらガーチャー様、敵方にカリシムス候補が五人も……うち四人は既にウィンクルムを持っており……」
パオンの言い訳に、大司教は大きく溜息を吐いた。それだけなのに、パオンもピエンもまた頭を深く下げる。
「わかっておる。彼らに対抗するには、既存の大砲だけでは不十分。魔教会はお前にこれを貸し与えよう」
「そ、それは……!」
大司教が懐から何かを出す。
ミチルはそれを見て、強烈な引力を感じていた。
黒い。とても黒い。
纏う雰囲気はベスティアそのもの。
黒い、黒い、角──
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