35 宿命と決意と絶望と
チルクサンダー魔教会ラーウス支部。ミチル達は反乱軍とともに押し寄せた。
相変わらずの不気味コンクリートビル。
以前ルードが開けた穴はまだ補修されていない。
「クソ坊主どもぉ! 神妙にお縄を頂戴しろぉ! ラーウスは我々の手に取り戻ぉす!!」
ノリノリイケイケでルードが怒鳴る。やはりとんでもない大声だ。魔力で増幅しているからだろう。
コンクリートがビリビリ震えるほどの声で呼んでも、中にいるであろう司教達は出てこなかった。
「おい……あれ……」
エリオットが目を見開いて指さしたのはビルの三階部分の窓。その二つから黒くて大きい筒状のものが顔を出す。
ドッカーン!
突然響いた破裂音に、反乱軍とついてきた民衆はまるで蜘蛛の子を散らすように右往左往しだす。
輿の中にいるミチルにも、その音と衝撃は伝わっていた。
「な、何、今の!?」
ミチルは思わず輿の側面の扉を少し開けた。そこで見たのは、イケメン達だけでなく全ての人が何かを見上げている様。
「ウソだろ……」
「大砲、だと……?」
呆気に取られながら、エリオットとジンがそう呟いていた。
そうしているうちに、第二発が飛んでくる。
ズドォーン!!
「ギャアアアア!」
あっという間に反乱軍は統制を失い、散り散りになってしまった。
ルードはその状況を悔しがり、険しい顔をしている。
「おい、ルード! ラーウスに大砲なんかないんじゃなかったのか!?」
焦って叫ぶアニーに、ルードも混乱しながら答えた。
「そのはずだ! 事前調査でも魔教会に大砲設備なんかなかった! こんな短時間にどうやって……?」
狼狽しているうちに部下達もまた混乱していく。
ルードはとりあえず大声を張り上げて、反乱軍に叫んだ。
「みんな、怯むな! 大砲は脅しだ、当たらない!」
言う通り、被害はまるでない。おそらく空砲だ。民衆はわからないとしても、ルードの部下達はそれくらいは承知していたはずだった。
だが、実際の爆発音を見聞きするのは誰もが初めてだったため、ルードが思うように統制が取れなかった。
「くっ……今は空砲のようだが、次はわからない」
すっかり怖気付いてしまった反乱軍を尻目に、ジェイはまどろっこしく視界を遮るローブを脱ぎ捨てた。
それからミチルの輿の扉を開く。
「ミチル! こうなってはその中にいたら危険だ!」
「う、うん!」
ミチルはジェイの手を借りて、急いで輿から出た。
その間に、アニー、エリオット、ジンもローブを脱ぎ捨てる。悠長に「後方から傍観」できる事態ではなくなっていた。
「ミチル!」
兄の側にいたルークも駆け寄ってきた。
ここに、イケメン五人が素顔を出して集結! 周りの人からすれば、それはとんでもない光景だった。
光り輝く超絶イケメンが勢揃い! その周囲はよくわからない美のオーラで発光して見えた!
あらかじめ彼らはカリシムスという聖人だと思われているから、その効果は絶大である!!
「あああ、なんという事だ……」
「ありがたい、後光が見える……」
「この世の者とは思えないほど美しい……」
大砲の音で惑わされていた人々は口々にそう言ってイケメン達に注目していた。
ボッカーン!!
間髪を入れず三発目の空砲が轟いたが、人々はそれを気にもとめずに彼らに見惚れていた。
「うにゃあ!」
「ミチルッ!」
イケメン免疫が誰よりも高いミチルだけが空砲の音に驚いてバランスを崩す。
イケメン五人が揃ってミチルにかしずいたのを見た人々は、そのミチルの姿にも心を射抜かれた。
なんて可愛らしいお方!
神々しく清廉な装い!
あの方がセイソン様!
我々に救世主を与えてくださる、マザー……
その場は恍惚とした雰囲気に包まれた。
誰もがミチルとイケメン達に心奪われて魅了されている。
おお……
おおおお……
誰となく、周りから歓声が上がっていた。
それは、ミチルを讃える歌のように場に響く。
セイソン様がついている!
聖戦に勝利を!
セイソン様に忠誠を!
ワァアアアア……!!
もう人々は恐れない。
高揚させた戦意を高らかに叫ぶ。
「ハ……ハハ、さすがセイソン様とカリシムス! そのカリスマ性は絶対だ!」
気を取り直したルードも、勝利への確信に震えながら叫んだ。
「同志諸君! 我々にはセイソン様のご加護がある! 恐れるな、進め! 魔教会を追い払うんだ!」
オアァアアア……!
その光景は、ミチルには恐ろしかった。
皆が一つになって戦いに身を投じようとしている。
誰もが自分の意思を持っていないように見えた。
ルードは嬉々として扇動しているけれど、その旗頭はセイソン──自分。
皆がミチルのために血を流す覚悟を決めた。その事実が、ミチルはとてつもなく恐ろしかった。
「……ふざけてるぜ、くそばかルードの野郎」
興奮のるつぼとなったこの状況に、エリオットは舌打ちする。
「これではまるでシウレンが反乱の首謀者のようではないか」
ジンもまた悔しげに呟いた。
「ミチル、気にしないよ。あいつらが勝手にミチルを利用してるんだからね」
アニーはそう言ってミチルの手を優しく握る。
「何が起ころうとミチルのせいではない。全身全霊で私が守る」
ジェイが優しく笑ってその肩を抱けば、ミチルは少しだけ体の震えが止まった。
「うん……ううん、オレ、戦うよ」
非力でちっぽけな自分だけど。
「だって決めたから」
この先、何があるのか、すごく怖いけど。
「オレがこの世界に呼ばれた理由……運命と戦うって」
みんながいてくれたら、立ち向かえるって思うから。
「だから、ルーク!」
ミチルは恐れと戸惑いで立ち尽くすルークに手を伸ばした。
「一緒に魔教会をぶっ潰そう!」
愛の象徴、プルクラ。
ルークの愛おしい存在は、勇ましさも合わせ持ったプルケリマ。
この地に降り立ったプルケリマはセイソンと呼ばれる。
そしてカリシムスは、セイソンに永遠の忠誠を誓い、寄り添うのだ。
「はい、ミチル!」
迷いと恐怖を断ち切ったルークはミチルの手を取ろうとした。
しかし、その指先は触れる前に硬直する。
「……うっ」
「ルーク?」
ルークはミチルの目の前で膝をついた。
首元を押さえて苦しそうに喘ぐ。
「ぐっ……うぐ……っ」
「ルーク!?」
ミチルが駆け寄った次の瞬間、ルークの周りを嫌な空気が取り囲んだ。
それは、ミチルがよく知るもの。
忌むべき宿敵の気配。
「あ、ああ……」
「ルーク! しっかり!」
苦しみ続けるルークを嘲笑うように、コンクリートの要塞から悠然と出てくる人影があった。
「やれやれ。おいたが過ぎますなあ、セイソン様……」
冷酷に笑う、老いた司教。
「やっとお出ましか、パオン……」
ルードのかける言葉にも冷徹な視線で返すだけ。
その関心は、苦しみ続けるルークにのみある。
「そのカリシムスは、我々のものだ」
パオンがルークに向けて手をかざす。
その首元、金色のチョーカーが怪しく光っていた。
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