34 進むしかない
反乱の首謀者、ルードがミチル達を連れてループス邸を出ようとした頃、早馬が伝令を持ってやって来た。
先行していた部下達により、ルードの到着を待たずにあっさり役所の奪取に成功。あっという間に役人全員を捕縛したと言う。
それを聞いたイケメン達は拍子抜けしてしまった。
ならず者とは言え一般市民が押し寄せただけで、普通そんな事にはならない。
派遣されているアーテル帝国の役人達がいかに腐敗し堕落していたか。ラーウスの民達がいかに怒っているかの結果であった。
「いいねえ。まずは第一段階成功だな。それじゃあセイソン様を伴って役所に入りますかね、厳かにな!」
ルードが高らかに宣言すると、待機していた部下達数人が金銀ちりばめた旗を持って隊列を組んだ。残る部下達でミチルの乗る輿を持ち上げる。その先導はルード。装飾された鞍の馬に乗って悠々と進み始める。イケメン達は分厚いローブを目深にかぶったまま用意された馬に乗った。ミチルの乗る輿の周囲を守るように進む。
チーン
ドーン
シャーン
途中から合流したのは数人の楽士。銅鑼だの鈴だの太鼓だのを軽快に鳴らして、ルードの隊列を賑やかしていた。
「おいおい、すでに戦勝パレードみたいじゃねえか」
民衆がこちらに向ける応援と歓喜の声を、馬の上から浴びたエリオットは少し呆れたように呟いた。
「それだけ帝国のやり方が腹に据えていたのだろうな」
ジンもまた、マグノリアから聞いた役人の惨状を憂いていたため、そんな感想を漏らす。
「いや、どうもそれだけではないようだ」
注意深く民衆を観察していたジェイは、いつになく冴えた見解を示した。
「路肩で声援を送る人達の視線は、ミチルのいる輿にある。ルード殿が事前に漏らしたのかもしれない。中には深々祈っている人も見えた」
「どういう事だ? この辺はチルクサンダー魔教会が幅きかせてんだろ? セイソンはチルチル神教の聖人なのに、ありがたがるのか?」
エリオットがそんな疑問を口にすると、ルークが小声で説明した。
「チルクサンダー魔教、ラーウスでは新しい宗教。うちのような特殊な事情がなければ、帰依する人、少ない。それに、最近は帝国役人との癒着が目立ってきていて、不信感のある人、増えました」
「ふうん……なるほどね」
「だからこそ、今が反乱の好機という訳か」
一を聞いたら十を知ることができるエリオットとジンは納得して頷いていた。
つまり、チルクサンダー魔教会は帝国との繋がりだけで、ラーウスにのさばっているに過ぎない。
実態としては現地人の信者は少なく、ループス家のような金持ちをそそのかして献金させるような事しかできない、宗教としては脆弱なものなのだ。いや、それなら宗教と呼べるものでもないかもしれない。せいぜい新興宗教がいいところなのに、帝国と癒着しているために権力だけは持っている。だから民衆から反感を買っているのだろうとは、輿の中から話を聞いたミチルにも想像できることだ。
「ようするに、チルクサンダー魔教会はラーウスに教えを広げるのを失敗してるんだな?」
アニーがそう確認すると、エリオットはニヤニヤと愉快そうに笑っていた。
「へっ、民意がこっちにあるならボロいな。とっとと魔教会に乗り込もうぜ」
「王子、血気に逸るな。我らはあくまで後方。彼らの為す反乱とやらを傍観する立場に過ぎない」
「そうだぜ、俺達まで戦いに参加したら誰がミチルを守るんだよ」
ジンだけでなくアニーにも嗜められて、エリオットは舌打ちしながら肩を竦めた。
「なんだよ、つまんねえな」
作戦前は冷静だったのに、湧き上がる民衆の声と、勇ましい反乱ムーブに、精神年齢がショタのエリオットは興奮してしまったようだ。暴れたい欲求と戦って体がウズウズしている。
そんな会話をしているうちに「セイソン様御一行」の行列は役所に到着した。
「ハッハッハ! アーッハッハッハ!」
役所前の広場に反乱軍と民衆を集めて、ルードは大音声で笑っていた。その傍らには父マグノリアも立っている。
なんでそんなに声が通るんだろう。これも魔法の力なのかもしれない。
輿の中からでも十分に聞こえる声に、ミチルはそんなことを考えていた。
「同志諸君! 我々は悪政蔓延るこの庁舎をついに取り返した! 帝国の役人どもは一人残らず投獄済みである!」
ウオォオオ……!
ルードの演説に煽られて、仲間の反乱軍だけでなく、その周りの民衆も声を上げた。
「アロニア区はラーウス独立の足がかりとして立ち上がった! 帝国からの腐敗政治を退け、今こそ正しい指導者を、我々の中から正しく選ぶべきである!」
選挙でもするんだろうか。だとするとかなり民主的で近代的だとミチルは思った。
それがうまくいくかどうかはミチルの手が及ぶところではないけれど、とりあえずルードは落選した方がいいと思う。
破天荒な英雄は、国を治めるべきではない。維新を成し遂げた洗濯屋さんのように。
とは言え、それもミチルの気にするべきことではない。
「そのためにはもう一つ、取り除かねばならないものがある。チルクサンダー魔教会! 奴らこそ、邪悪な思想を広める帝国の先鋒。魔教会を追い出してこそ、我々の真の独立は為るのである!」
そんな事をして、この土地は大丈夫なのか!?
魔教のカミから罰が下らないのか!?
民衆の輪からそんな声が口々に叫ばれた。もちろん、ルードの仕込みである。
「心配するな、諸君! 先般、我が弟ルークの元に聖なる存在が降り立った。その方こそ、チルチル神教では聖人とされるセイソン様。我が弟はセイソン様の伴侶、カリシムスとしての啓示を受けたのだ!」
オォオオオ……!
さらに興奮のるつぼと化す民衆。反乱軍であるルードの部下達も大袈裟に騒ぐ。
その喧騒を縫うように、ルークが顔を晒し、一歩前に進み出た。
「ルーク!?」
カリシムスは顔を晒さない約束だったのに、イケメン達は驚いてその背中を追った。
だが、ルークは彼らを制止して静かに笑う。
「大丈夫、ぼく、兄さんの身内だから仕方ない。皆さんは、どうぞそのままで」
「確かにセイソンもカリシムスも誰も顔を見せないとなると、士気に関わるか……」
ジンは眉をひそめながら唸っていた。その胸中は複雑だ。
ルークが素顔を見せたことで、首謀者の一人だと見なされたら、その身の危険が増す。
だがカリシムスとして姿を見せた以上、セイソンの側を離れられない。ミチルにも危険が及ぶかもしれないのだ。
第五の男であることは間違いないとして、まだルークの武器も、力も見えてこない。そんな最弱の者が目印になってしまうことに、ジンは率直に不安を抱く。
「儂の心配した通りになってしまった……」
悔しさに歯噛みするジンを他所に、ルードは弟の肩を抱く。一歩下がって息子達を見るマグノリアが先んじて拍手をし始めた。それを受けてルードは演説のボルテージを上げていった。
「我が弟の他にも四人のカリシムスがセイソン様のもとに降臨している! つまり、我々の土地にはチルチル神教からの強力な加護がおわすのだ! チルクサンダー魔教会などここから一掃してしまおう!」
──オオオオオオッ!!
今までで一番の歓声が上がる。それは地響きのように砂漠の土地を揺らした。
砂煙が舞う。それは湧き上がった民衆の熱を運んでいた。
「さあ! 腕に覚えのある者は我々に続け! セイソン様の加護がある限り、我々の勝利は揺るがない!!」
大きな波が押し寄せる。民達の叫びの波だ。
それは大きなうねりになって、自由への到達点を目指す。
ミチルも、ルークも、イケメン達も。
そのうねりに巻き込まれながら、前に進むしかなかった。
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