33 暗いよ狭いよ怖いよ
アヴィス歴3025年、ロサの月二十日
作戦名 ループス・スペルビア
決行時刻は正午。その時がいよいよ迫っている。
「ふうん、まあまあだな」
エリオットは用意されたミチル用の輿をじろじろ見定めていた。
それは一応注文通り四角い箱型で、金糸や銀糸で刺繍が施された織物で装飾されている。模様はなんだかよくわからないがとても美しい。ミチルの感覚からすればエキゾチックな大陸風といった所だ。側面の一つが開き、出入り口になっているようだった。
「おいおい、まあまあとはひでぇな。これが一番金がかかってんだけど。親父様も真っ青になるくらいの、な」
苦笑いするルードに、イケメン達は「当たり前」という視線を投げた。
「ふん、シウレンの身を守るのだ。これくらいは最低限だろう」
ジンの痛烈な評価を聞きながら、ジェイが輿を片手でノックするように叩いた。
「ふむ。かなり頑丈ではあるが、どれくらいの攻撃に耐える?」
するとルードはニヤリと笑って得意そうに言う。
「物理的には矢くらいなら余裕だ。輿に貼った布には俺様が魔法で防御力を高めてある。俺様の魔力は繊維にこめるのが一番効くんだ」
「へえ、なるほど。糸を媒介にする魔術ってことか」
エリオットがそう問うと、ルードは首を傾げていた。
「……詳しいリクツはわからん。俺様は空飛ぶ絨毯が欲しい! って思ったら、このジーナちゃんが目覚めたってワケだ」
言いながらルードはくるまったままの絨毯と、肩がないのにがっしりと肩を組んで笑う。絨毯も軽快に揺れていた。
「ふうん……まあ、細けえことは今は聞かないでおいてやる。魔法を使うお前の出自なんかは、な。飛んでくる矢が防げるなら上場。あとはウチの脳筋コンビがなんとかすらあ」
エリオットが言うように、戦闘に適した武器はジェイの大剣とアニーのナイフだけである。ジンは拳や蹴りだし、エリオットのセプターは打撃には向かない。必然とミチルの防御はジェイとアニーに任せることになるだろう。
「ええっと、ヘンなこと確認するけど、ここでは弓矢が一番強い飛び道具?」
ミチルは歴史に詳しくないけれど、ひとつ懸念があった。この世界では船の航路が確立されている。そうなると、海賊的な輩がいるかもしれない。海賊船の装備と言えば大砲。つまり、銃火器の類だ。そりゃあ頑丈な箱なら矢ぐらいは防げるだろうが、頑丈とは言え箱程度では火薬は防げないのではないか、という事である。
「うん? 弓矢以外の飛び道具だと、もちろん魔法攻撃があるだろうな。ワリイけど、俺様の防御魔法は対魔法を試したことがなくてな、魔法で攻撃されたらどうなるんだろうな? アッハッハ!」
テキトーなルードは高らかに笑った。何せラーウスには俺様の他に魔法を使えるヤツがいないから、俺様は天才だから、とか言いながら。
そんな態度にミチルもイケメン達も不安に眉をひそめる。しかし、エリオットは想定内だと言わんばかりの顔をしていた。
「魔教会の奴らが魔法でミチルの輿を攻撃しようとするなら、おれの出番だな」
「ほう。王子は防御魔法も使えるのだな」
ジンが少し感心した顔で言うと、エリオットはしれっと首を振る。
「いや? 防御魔法は覚えてねえ。要はアレだろ、魔法攻撃されたら着弾する前に、おれの雷魔法で全部迎撃すりゃいいんだろ」
「まあ……理屈はそうだが」
自信たっぷりのエリオットに、ジンはいささかの不安を覚えていた。それにアニーも便乗する。
「荒っぽいなあ。迎撃しても、その衝撃は輿に当たるんじゃないか? 大丈夫なの、それ?」
「多少は揺れるだろうが、衝撃そのものは魔法ではなくすでに風圧などの物理だ。ルード殿の言い方なら防げるのでは?」
ジェイがそう分析を付け足すと、ルードはニカっと笑って頷いた。
「そうだな、風圧くらいならビクともしねえよ」
「ミチル! 揺れるって! 乗り物酔いとか、大丈夫?」
アニーが更にそんな心配をするので、ミチルは苦笑しながら頷きつつ、どうしても気になることを聞いた。
さすがのファンタジー世界。魔法攻撃があるなんて。今の話はとても興味深いけれど、ミチルの心配はそこではなかったのだ。
「う、うん。酔うとかは多分大丈夫。それよりも、あのー、ほら、大砲とかってあるのかな……? って」
「大砲? あんなデカくて重いもん、ラーウスには一台も設置されてねえよ! あったとしても当たらねえしな!」
ルードがカラカラ笑っていた。ミチルの問いはとても馬鹿馬鹿しいものだと言うように。
イケメン達もキョトンとしている。その反応から、ミチルはまだここでは銃火器は充実していないと悟った。
「シウレン、大砲などは一朝一夕に配置できるものではない。我らの行うのはゲリラ戦および白兵戦。我らはもちろん、攻撃を受ける側の魔教会にもそんな時間も人員の余裕もないだろう」
この中で戦争を知るジンの言う事には説得力があった。加えてジェイもそれに同意する。
「大砲は、例えば城攻めくらいの規模でないと使われない。心配するな、ミチル」
「そうなんだ、良かった」
そこでやっとミチルは胸を撫で下ろす。その様をルードは興味深そうに見ていた。
「お前、子どものくせに恐ろしいこと考えるなあ……」
「ミチルの世界じゃあ、もっと手軽に大砲が戦争に使われてるってことだろ。何せここよりもずっと技術が進歩してるらしいぜ」
何故か代わりにドヤるエリオットだったが、ルードはそれでも「へええ」と唸っていた。
「オレの住んでた国は戦争しちゃいけない国だから、よくわかんないけど……」
ミチルの基礎知識は主にアニメとラノベだ。ファンタジーアニメで見た海賊や戦争のシーンを思い浮かべたに過ぎない。
何も知らないよりは全然マシだろうけど、フィクションの知識しか持たないミチルが、今、現実の戦争に身を投じようとしている。
これから起こることは全てリアルなのだ。ミチルは改めて不安で身震いがした。
「まあ、ミチルっこは輿の中でじっと隠れてりゃいいさ。俺様の方便でなんとか出てこなくてもいいようにはしてやる。なんなら寝てたっていいぜ、どうせ昨夜は寝不足なんだろ? 一晩中××で××な……」
「ちぎってねえって言ってんだろぉ!」
真面目な話の中で急にセクハラを入れてくるからループス父子は始末が悪い。
五人からの抱擁でミチルはそのまま意識がとんでしまったけれど、きっとそれ以上のことはない。
イケメンのくせにイロイロと終わってる奴らだけれど、まさか眠っているミチルに♡なことはしないだろう。
さっき確認したもん!
おしりだって痛くないし、腰もなんともないもん!!
……チクン
「ん?」
ルードのセクハラ発言に元気よく怒っていたミチルだったが、なんだか体のどこかが微かに疼いた気がした。
「ミチル? 大丈夫?」
少しの変化も見逃さない、細やかな神経をもつルークがミチルの顔を覗き込む。イエス、イケメン。
「うん。何でもない」
気のせいだろうと、ミチルはルークに心配させまいと笑いかけた。ルークはそれ以上は聞いてこなかった。
「さあ、時間だ。よろしく頼むぜ」
ルードの少し緊張した声がその場に響く。
ミチルは輿の中に押し込められた。中はもちろん真っ暗で、天井の空気穴だけが唯一の明かり取り。
閉所恐怖症でなくて良かった、とミチルは心底思った。暗闇の外でドンパチされるのを想像すると今からもう怖いけど。
「レッツ反乱!」
狼煙をあげろ!!
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