32 不機嫌なマイ・スウィートハニー
いやーん♡
まってえ♡
そんなに××らないよぉ♡
「ミチルくん! 起きなさい!!」
史上最大にして最高の夢は、ドスのきいたマグノリアの声でかき消された。
「……ふえっ」
ミチルは反射的に涎を拭いて跳ね起きた。まだ部屋は薄暗い。
寝ていたのはここ数日使っていた自室のベッド。
床にはイケメン五人が死屍累々。昨晩、何があったかは推して知るべし。
結局こいつらはこれをやらないと進めないのだろうか。
「しかしすごいな、この惨状は。君はその顔で彼らをちぎっては投げ……?」
「ちぎってない! 契ってないよっ!」
マグノリアの問いにミチルは大きく首を振った。振りながら考える。
お尻痛くない。腰も痛くない。オールオッケー!
オレはまだぴちぴちチェリーなピーチパイです!(※可愛らしい表現でお送りしています)
「まあ……ルークも世間の荒波に揉まれる必要もあるし、明日の生死の保証は出来ないのだから、昨晩の君の不貞行為は大目にみよう」
「物騒な事を言うなぁ! 不貞もしてなぁい!!」
不穏&下品な発言をされて狼狽えるミチルの腕を掴んで、マグノリアは少し怖い声で言った。
「いいから来なさい。君は支度に時間がかかるんだから」
「えっ? 何?」
ミチルは引きずられるようにベッドから降ろされて、そのまま部屋を出された。
入口付近ではカカオと数人の使用人がばっちりスタンバイ。
「さあ、参りましょう。ミチル様」
「ナ、ナニデスカ……?」
「セイソン様のお召し替えです!!」
その掛け声とともに、ミチルは左右の腕を抱えられて支度部屋へと連れていかれた。
「ぎゃあぁあ……」
断末魔の叫び(?)を残して……
「ふむ。後はこの山か……」
ミチルを送り出したマグノリアは床の上に積み上がったイケメン山(含息子)を見る。
皆、一様に白目を剥いて、失神するように眠っていた。とりあえず積み木崩しの要領で、その山を倒す。
派手な音を立ててバラけたイケメン達は、ゆっくりとゾンビのように起き上がった。
「う……」
「おお、ルーク! よくぞ戦った! さすがループス家の男!」
当然と言えば当然だが、マグノリアは真っ先に息子に駆け寄った。何人か踏んだかもしれない。
「あ、父さん……ミチルは?」
「なんと健気な、真っ先に嫁を気にかけるとは! ミチルくんなら、先に支度をしに行ったぞ」
うっすら涙を浮かべる父は一体どんな誤解をしているのだろう。ルークは確かめるのが怖いのでやめた。
「……もう、朝かぁ?」
「熟睡できたぁ! さすがミチルぅ♡」
「そう思えているなら何も言うまい」
「むむ……爽快だ」
口々に言いながら起き上がるイケメン達。
その視線の先には一人で盛り上がっているマグノリア。
「ルークぅ! 心配するなぁ! 6♡の果てにミチルくんが誰の子を孕もうと、聖戦がもたらした尊い子に違いない! 私は喜んで孫に迎えるぞぉ!」
父の誤解は、清純なルークの考えも及ばない所にあった。
「何言ってんだ?」
「腹が減った」
「同じく」
「おい、朝食はまだか」
マグノリア劇場を華麗に無視して、イケメン四人はルークを引きずって食堂に向かう。
昨晩本当は何があったのか、覚えている者は誰もいない。
「おい、ミチルはどうした? まだ来ないのか?」
大量の朝食をそれぞれ腹に収めたイケメン達は、すっかり片付けられた広間でミチルの支度を待っている。
かなり待たされているため、エリオットが痺れを切らしていた。
「もう結構陽が昇っちまったぞ、役所を襲撃するんじゃねえのかよ」
イケメン達が目覚めたのは、空が白み始めた頃。だが今はすっかり陽が昇ってしまった。
「普通は夜明け前に行動するべきではないのか?」
続けて疑問を投げるジンに、マグノリアは苦笑しながら答えた。
「情けない話だがな、役人どもが出勤するのは昼前だ。毎晩飲んだくれて怠惰な連中だからな」
「なんと……それはお察しする」
驚くジンの後ろで、ジェイもアニーも目配せしながら呆れていた。
反乱は起こるべくして起こるのだと、ようやく理解出来たような気がする。
「旦那様、セイソン様のお支度が整いましてございます」
ようやくカカオが畏まりながらやって来た。それでマグノリアは弾んだ声を出す。
「おお、そうか。お通ししなさい」
「……」
ニコニコ笑顔のカカオが促しているようだったが、ミチルの姿は現れない。
「どうしたのだ? さあ、我らにその清らかなお姿をお見せください」
「いやー、ちょっとぉ……恥ずかしいんですけどぉ……」
部屋の外から聞こえるのは確かにミチルの声。それでイケメン達は一気に色めき立つ。
「ミチルぅ♡ お着替えしたの?」
「おいおい、どんな恥ずかしい格好してるってぇ?」
「シウレン、大丈夫だ。ありのままのお前を見せろ」
「む。ミチル、入ってきてくれ」
「ミチル、きっと、似合ってます」
五人はウキウキでウェルカム。それでもミチルの声には躊躇いがあった。
「ええ……っと……」
「さあさあ、ミチル様! もう時間がありません、お早く!」
カカオはニコニコしたままで入口に戻り、ミチルをぐいぐい部屋に押し込めようとしていた。
「お、押さないでえ!」
少しよろめきながら部屋に入ってきたミチルの姿は──
「……」
イケメン達は一目見て真っ白な石膏像の様に固まった。
無理もない。彼らは今、究極の愛に直撃したのだ。
立襟で長袖の白いチュニックは総レース。
下に履いている白いズボンはゆったりと、レースのラインがあしらわれている。
髪はちょっと可愛く整えられていて、薄く化粧もされているよう。
薄桃色のリップがぷっくり唇を演出している。
「ミ、ミミミ、ミチル……?」
イケメン達には各国の違いがあるかもしれないが、その純白の姿は誰が見ても……
「花嫁さぁん!?」
「……ッ!」
真っ赤になって恥じらうミチルの仕草は、もう、ほんとに……
「[ 私 俺 おれ 儂 ぼく ]の花嫁さーん!!」
はい☆鼻血!
「ブー!!!!!」
イケメン五人は決戦を前にして、すでに再起不能!
「おじさぁん、ほんっとにこの格好でいいのかねっ!?」
ミチルの現代地球の知識で見ても、自分の姿は花嫁さんだった。
かろうじてズボンだけれども、完全にジェンダーレスの花嫁さんだった。
「素晴らしい……なんと神々しい……」
聞く耳もたないマグノリアは大号泣。つられて使用人達も咽び泣く。
「もー、何コレェ……」
感動の渦に包まれた広間に、バタバタと騒がしい足音が響いてきた。
「おーっす! 野郎ども、準備はいいかー?」
「ルード!」
その場で口が聞ける者は、ミチルだけだった。
歓喜の異空間を目の当たりにしたルードは、高らかに一言。
「ワーオ、花嫁さーん!」
「おまえの差し金だろうがぁあああぁあ!!」
いよいよ、ついに、とうとう!
反乱の狼煙が上がる!
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