24 真実の代償
「おい、おっさん。あんたらが言ってるその『セイソン様』ってのがミチルのことか?」
エリオットが改めて聞くと、マグノリアは嘲笑うように答える。
「おや。チルチル神教における聖人だと言うことですが、チルチル神教お膝元のアルブス王子でもご存知ないですか。私どものような商人くずれでも知っておりますのに」
マグノリアはあからさまに挑発していた。息子のためとは言え、他国の王子にここまでたてつける胆力はすごい。
もちろん、それに怯むようなエリオットではないが。
「くだらねえマウントはいい。今テメエが説明した神話、チルチルとチルクサンダーの話だ。あれは確かにチルチル神教でも大まかな所は変わらねえ。プルケリマってのが、こっちではチル一族になってるが、ルブルムではその名が伝わってるらしいから、それもいいだろう」
だが、とエリオットは語気を強めてマグノリアに更に言う。
「テメエの言った通り、チルチル神教のお膝元の我が国でも、セイソンとかカリシムスなんて言葉は聞いたことがねえ。それは本当にチルチル神教の聖人なのか? 一体誰に聞いた?」
やっぱりエリオットって頭いい! とミチルは感心してしまった。
セイソンとカリシムスは、確かにパオン司教が言っていただけ。それらの言葉は彼が朗々と語ってみせた神話にも出て来なかった。
それなのに、どうしてそれに固執してしまったのだろう。魔教会の話術にまんまとはまってしまっていたのだ。
「なんと……! 西の方ではその教義がないとおっしゃるか?」
案の定、マグノリアは目を丸くして驚いていた。そこへ、ルードが苦虫を噛み潰したような顔で反応する。
「チッ、やっぱクソ魔教会のデマカセかよ。親父様、これでわかったろ。あいつらの言うことは何一つ信じられねえ」
「なんと、言うことだ。それでは私達の信じていた前提すら崩れてしまう……」
チルクサンダー魔教の教えはすでにこの土地に染みついている。マグノリアのように、一時期でも魔教会に熱心に通ったことがあるなら尚更だ。魔教会のやる事に疑惑があって、反乱を起こそうとまで考えたマグノリアでさえ、無意識下ではその教えを信じてしまっている。
ルードはそうではないようだが、自分の生活の一部になってしまったものを足元からスッパリと否定できる方が変人だろう。
「父さん、まだ、わかりません」
自身の根底が揺らぎ困惑する父に、ルークは毅然とした声で言った。
「エリオット殿下、確かにチルチル神教に近い国。アルブスの人がそう言うなら、真実に近いかもしれない。でも、きっとそれも正確じゃない」
「……」
ルークの言葉に、今度はエリオットが複雑な表情をしていた。更にルークは続ける。
「チルチル神教、総本山ある。法皇って言います? その人に本当のこと、聞くべきでは?」
「もちろん、それが一番正しいことがわかるんじゃねえの」
頷いてはいるが、エリオットの言葉はどこか呆れているようだった。
「それが出来れば苦労はないのだが……」
続けて言ったジンも、なんだか歯切れが悪い。
すると全てを察したように、ルードが溜息混じりに言った。
「まあ、法皇に奏上するってなるとオオゴトにはなるよなあ……お前らは、それがイヤなんだろ?」
「当たり前だろ。ミチルの存在が世界を揺るがすなんてことになったら、ミチルはもうおれ達とはいられなくなる」
「え……?」
エリオットの言葉に、ミチルはゾクリと寒気がした。
法皇に存在を知られたら、もうイケメン達とは一緒にいられない……?
「儂もそこを懸念している。シウレンの転移の力は法皇に聞くのが一番。だが、そうした時点でシウレンの身柄は法皇に引き渡すことになるだろう」
「はあ!? ふざけんなよ! それじゃあミチルがそこで何をされるかわかったもんじゃねえ!」
ジンが続けた言葉に、アニーは憤慨して右足を立てた。更にはジェイも奮起する。
「ミチルは私が守る。父の剣にそう誓ったのだ!」
「俺だって先祖のナイフに誓ってラァ!」
「……」
ミチルは一気に不安になって俯いた。それを見た対面のジェイとアニーが声をかける。
「ミチル、大丈夫だ。気にするな」
「ミチルは絶対に誰にも渡さないから!」
「うん……」
ジェイとアニーはこう言ってくれるけれど、本当にそれでいいのだろうか?
ミチルはイケメン達と一緒にいたいけど、そうすることでイケメン達に迷惑がかかるのでは?
そんな不安が、急にミチルの心に広がっていった。
「ミチル。つまんねえこと考えんなよ」
「……エリオット?」
ミチルが顔を上げると、いつものように自信満々な顔をしたエリオットが笑っていた。
「おれ達はミチルが好きだから一緒にいるんだ。いざとなったら、おれはお前を攫って辺境の城で一生一緒に暮らすんだ!」
「エリオットぉ……」
その優しさに、ミチルは泣きそうになっていた。
「……ふむ、十年引きこもっていた王子らしい考え方だ」
「なんだと! どエロ師範がぁ!」
「儂からシウレンを奪う者は、例え法皇でもぶん殴る」
ニッと笑って言うジンに、ミチルはとても安心した。
「先生ぇ……」
やだあ、こんなに愛されていいのかしらあ♡
……と舞い上がっておかなくては、ミチルは湧き上がった不安感に押し潰されそうだった。
「よおーっし! そんなキミ達に朗報だ!」
イケメンとの絆を確かめ合っていたラブい空気の中、能天気とも言える明るいルードの声が広間に響く。
「もう、こうなったら全員、俺様の革命に参加しなさい!」
「はあ?」
突拍子もないことに、イケメン四人は顔をしかめていた。
話が早すぎる、とミチルは思っていた。
最終的にそこに持っていくつもりではいたけれど、いろんな説明ぶっ飛ばしてない?
「いいか? チルクサンダー魔教をぶっ潰して、アーテル帝国もぶっ潰す。するとどうなる? そう、ペルスピコーズが事態の収拾に乗り出すだろう。そこがチャンスだ。魔教会をぶっ潰してやった恩を引っ提げて、堂々と法皇に謁見すればいい!」
「ハァアア!?」
ルードの頭脳の回転が早すぎてついていけない!
ていうか、ペル、ペルスピ……なんですって?
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