18 魔教会の謀略
「そも、ルークにかけられた呪いと言うのはだな」
ルークの父親、マグノリアはそう切り出した。
ミチルだけでなく、ルークも緊張の面持ちで聞いている。
「感情の昂りをきっかけに、我を失って暴れるようになるというものだ。そして、その昂りが尚も鎮まらなかったり、激情にかられたりすると、ルークは獣の姿になり、手がつけられなくなる」
「ルークに生まれた時から呪われてたって聞きましたけど、ホントですか?」
ミチルが聞くと、マグノリアは軽く頷いて答えた。
「その通りだ……と、今は思えないのだが、とりあえずはそうだ」
「んん? 何それ?」
ミチルが首を傾げると、マグノリアは顔を曇らせて続けた。
「ルークを産んだ後まもなく妻が死に、その葬儀の最中に魔教会の連中が来たのだ。当時はまだそこまでチルクサンダー魔教が広まっていなくて、最初の印象は不気味な奴らだと思った」
「そんな奴らの話を信じたんですかあ?」
ミチルが眉をひそめて言うと、マグノリアは罰が悪そうにしていた。
「ううむ。当時は最愛の妻を亡くして何も考えられなくてな。赤ん坊のルークを見た奴らに『御子息はカミに呪われている』と言われて、ますます訳が分からずに怯えてしまって……」
「人が弱ってる時にやって来て不吉なことを言うヤツなんか、ろくでもないに決まってんじゃん」
ミチルが憤慨を表すと、マグノリアは自嘲気味に笑った。
「まあ、確かにその通りだ。だが、あの時の私は妻だけでなく、ルークをも失うのがとても恐ろしかった。だから口車に乗ってしまって、気がついたらルークの首にお守りがはめられていた」
「ははあ……それかあ……」
ミチルは視線を、ルークの金のチョーカーに移す。それは金属らしく微かに光っているだけだが、なんだかとても不気味に思えた。
魔教会はそれが呪いを緩和してくれるお守りだと言って、マグノリアとルークに入信を勧めたらしい。
「そこから、私は月に一回魔教会に通い、祈りと寄進を毎回行っていた」
ほらあ、やっぱり。たかられてんじゃん!
……とミチルは言いかけたが、話しながらマグノリアがどんどん落ち込んでいくので、その言葉を飲み込んだ。
「ルークが『狂化』の呪いを初めて発現させたのは、三つの時だ。母がすでに死んでいると、私が教えた時だった」
「ああ……」
それは確かに感情が昂る。ミチルは幼いルークを思って胸が痛んだ。
「最初はワアワア叫んで苦しがっていた。医者に見せようとしていたところ、ルークの姿が変化した。真っ黒い子犬のような姿に」
父の話を聞きながら、ルークは少し震えていた。ミチルが気遣うと、無理に笑って首を振る。それでミチルはもっと側に座り直して、ルークの手を握ってやった。するとルークは甘えるようにミチルに少し寄りかかった。
「……子犬のようだったが、とても獰猛で、仕方なく私はルークを害獣用の檻に入れて困り果てた。するとどうやって聞きつけたのか、魔教会の神官がやって来てな」
マジかよ。そんなことつい最近もなかった?
都合よく現れる魔教会の奴らに、ミチルはすでに猜疑心でいっぱいだった。
「神官が何やら祈り続けると、ルークは段々と落ち着き、人の姿を取り戻した」
「へえ……」
どういう絡繰なんだろう。ミチルは疑いの頭で考えるけれど、さっぱり見当もつかなかった。
するとマグノリアは急に語気を強めて怒りながら言う。
「私はその場で神官を怒鳴りつけた! 魔教会に入信して祈り続ければ、呪いは酷くならないのではなかったのか、と! 私の息子はこれからも辛いことや悲しいことがある度に、こんなに苦しまなくてはならないのか、と!」
「父さん……」
ルークはミチルに体を預けたまま、震える声で呟いた。
ミチルは、大丈夫だよと安心させるように、ルークの手を握る自分の手に力を込める。
「その時の神官は、言い訳がましくこう言った。『ルークの呪いは、成長するにつれて重くなるようだ。お守りである程度は防げるが、今回のように大きなショックを受けたらどうにもならない。普段から心穏やかに過ごすのを心がけて教会に祈りに通いなさい』とな」
「まあ……筋は通ってるように聞こえるけどさあ」
「それから私はルークも連れて教会通いを熱心に行った。寄進も年を追うごとに増えていったのだ」
そっちが目的なのでは?
子を想う親心につけこむたあ、マジ許せん! そんな教会なんかこっちから願い下げじゃい!
ミチルはそう心の中で憤慨してから、少し落ち着いた頭で考える。
魔教会に行くのをやめたからといって、ルークの呪いが解けるわけではない。
例えばアルブスなんかに行って調べたらわかるかもしれないけど、アーテル帝国に支配された身の上ではおいそれと外国に行けるものかどうか?
ラーウスでは魔法は珍しいようだし、魔術などの知識が乏しいこの父親にとってみれば、魔教会の言う事を聞くしかなかったのかもしれない。
「私達はしばらく教会通いを続けた。その間もルークはしばしば黒い獣に変化したのだが、いつもすぐに神官がやって来て鎮めてくれた」
ええ……いつもそんなに都合よく?
ミチルが心の中でそう疑っていると、マグノリアはそれを見てふっと笑う。
「君の言いたいことはわかる。奴らはルークの動向を察知するのが早過ぎる。けれど、私には結局奴らを頼るしかなかった。こんな歪な依存関係は決してルークのためにはならない。私が次第にそう考えるようになった時、神官から希望とも呼べる予言を聞いた」
「何ですか、それ?」
ミチルが聞くと、マグノリアは目を細めて幾らか穏やかに言う。
「ルークには将来、運命の伴侶が現れる。それはとても聖なるお方で、その方がルークのもとに降り立った時、呪いは消えるだろう」
父がそこまで話すと、それまで怖がっていたルークも少し顔を高揚させて笑顔を見せた。
言われたミチルは、父子の雰囲気に思わずたじろぐ。
「え……っと、それってもしかして……?」
マグノリアは更に目尻に皺を作って言った。
「君のことだろう? ミチル」
「ぷええぇ!?」
ルークの「プルクラ伝説」の発信元はやっぱりどグサれ魔教会だったのかぁ!!
父と子の愛の包囲網が敷かれる!
どうする、ミチル!?
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