14 プルクラ、からの同衾
まあお疲れでしょう、とミチル一人が執事に連れてこられたのはだだっ広い風呂場だった。
風呂はありがたい。何より浴槽がちゃんとあったことがミチルを極楽に至らしめた。
念入りに準備なさいませ、と言われたことと、浴槽に散りばめられた薔薇の花びらは深く考えないことにした。
「ふわー! お風呂サイコー!」
風呂場を出たミチルは、絹で編まれたゆったりした部屋着を用意された。上下揃いの異国風のパジャマである。
お肌もスベスベ、服もスベスベ。ミチルは怒涛のようだった一日をすっかり忘れて上機嫌。
外は真夜中になっていて、蒸気した顔にあたる少し冷たい夜風が気持ちいい。
が、ルークの部屋に戻ると、その何とも言えないムーディーな雰囲気にミチルは瞬時に固まった。
「ミチル、おかえり」
迎えてくれたルークもゆったりした服に着替えていて、ちょっと髪が濡れている。
おそらくルークも入浴を済ませたのだろう。待てよ、風呂場が複数あるのか、とんだ金持ちだとミチルは思った。
恐る恐る部屋に入ったミチルは、全体の雰囲気──エロスたちこめる空間に息を飲んだ。
この世界に電気はまだ無いようだから、蝋燭やランプといったオシャレ間接照明が部屋を彩る。
「お腹、すいた?」
気遣ってくれるルークが座る場所には、豪華なお食事。ナンみたいのとか、豆の煮物みたいのとか、肉とか肉とか肉とか。
いい匂いと手招きにつられて、長椅子に向かったミチルが途中で見たのは奥のベッドルーム。
ベッドメイクが変わっているッ!!
なんかピンクになってる! お香が薫かれてモワモワしている!
「ミチル、ごめんね。カカオが、張り切ってしまった……」
ルークは困ったように笑っていた。それでミチルもつい興奮してしまう。
あの、エロ執事めぇ! 張り切ったから、貴方がたも張り切りなさい……じゃねえええ!
もう、こんなの、ザ・アレじゃん! 童貞かつ処○のオレには刺激が強すぎるゥ!!
「ミチル、食べながら、聞いて欲しい……」
「うん?」
えっちな雰囲気にあてられているミチルと違って、ルークの表情は固かった。
「ぼくの、プルクラ……こと」
ミチルはミチルで、ルークに話さなければならないことがある。
けれどルークは思いつめたような顔をしているので、先にそちらから聞こうと思い直した。
今日の会話の端々に出ていた、「プルクラ」について。
「プルクラは、元々は、美しい、いう意味。でも、ループス家では、最愛の人、とも言う」
「ふうん……?」
「ループス家では、伴侶のこと、プルクラ言う。つまり、ぼくの母さん、父さんのプルクラ」
「おお、なるほど!」
ようするに「俺の嫁」ってことね! ミチルは納得して頷いた。
──てことはちょっと待って。ルークはオレのこと「ぼくのプルクラ」って言ってなかった!?
急にドキドキしてきたミチルの手をルークが握る。
口説かれるモードなんですか!? とミチルの心臓は更に跳ねた。
「それでね、ミチル……」
「ぴぇっ!?」
「ぼくの母さん、出身がわからない。父さんと出会った時、記憶がなかった。自分の名前も、知らなかった」
「……え?」
話題の方向が妄想通りではなかったので、ミチルは少し面食らった。
ルークはミチルの手を取って、愛おしそうに摩りながら続ける。
「母さんに、一目惚れした父さん、母さんにプルクラってつけて、結婚した。だから、プルクラ、母さんの名前でもある」
ええ……
なにそれ、エモ……♡
めっちゃ少女漫画みたいでロマンティックじゃん!
ミチルがキュンキュンしていると、ルークの手がその頬に触れた。
じっとミチルを見つめるルークの瞳は、愛が溢れて潤んでいる。
「母さん、ぼくを産んですぐに死んでしまった。ぼく、母さんの忘れ形見。だから、名前にプルクラ、ついてる」
「あ、ルーク・プルクラ・ループス……?」
ミチルがルークの名を呼ぶと、ルークはにっこり笑って言った。
「プルクラは、ぼくの一番大切。いつか、ぼくだけのプルクラ、出会えるの、ずっと待ってた」
ルークの眼差しに、ミチルは心臓ドッキドキで焦っていた。
ままま、待っておくんなまし! これ、アレじゃん、もう恋じゃん!
ムードが過ぎる、この状況。
待ってよ待ってよ、ねえ待って。まだオレの話が終わってないんだよ!
だがルークはすでにやる気満々のようで、更にミチルに迫る。
「ぼくの呪い、いつかぼくだけのプルクラ、出会ったら消える。父さん、それだけ教えてくれた……」
「あのね? ルーくん? ちょ、ちょっと待ってね?」
腰が引けるミチルにも構わずにルークは迫る。
純粋ボーイは恋する暴走列車になると止められない。
「ミチル、ぼくを、狼から戻してくれた。だから、ミチルが、ぼくのプルクラ……」
言いながらルークはミチルの頬に唇を寄せた。軽く喰むようなキッスをされれば、ミチルの腰はあえなく砕ける。
「ふぁあッ!」
力が抜けてしまったミチルはそのままルークに抱き上げられた。
お姫様抱っこでルークが向かう先は、奥のピンクルーム。
きええええっ! 待って待って待って!
一番良い子のルークが、一番手が早いってどんな皮肉なの!?
声にならない心の叫びを上げるミチルは、あっという間にふっかふかでヒッラヒラのベッドに押し倒された。
そのままルークの体重がかかる。
「ミチル……愛して、います」
キャアアアア! ド直球ッ!!
そんな綺麗な顔と心で言われたら、動けないんだけどぉ!!
「あっ、ルーク……!」
ちょっとぉ! あらゆるトコロを触らないでぇ!
反応しちゃうからダメぇ!
「ルーク……待って……っ!」
人生最大のぱっくんちょ危機ッ!!!
「ルーク! おあずけぇ!!」
ミチルはその時、何故その言葉が出たかはわからなかった。
とにかく必死で紡いだ「命令」に、ルークの金のチョーカーがまたしても一瞬光ったような気がした。
すると、ミチルをさわさわしていたルークの手がピタリと止まる。
「……わん」
ルークはそう一言呟いて、ミチルから一旦離れた後、その横に寝転んだ。
「え? ナニ……?」
ミチルは寝たまま、ルークを横目で見る。
するとルークは眠そうにして、その頭をミチルの肩に擦り付けた。
「くぅん……」
まるで犬が眠る位置を体で探るような感じで、ミチルに抱きつきながらルークはそのまま眠ってしまったようだった。
「……」
おおい! 何だコレェ! 何が起きたァ!?
結局、ミチルは今宵もイケメンの抱き枕になって、自分もそのまま眠りに落ちた。
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