13 破天荒兄さんがいじめる!
さあ、目を開けてごらん……
「ヒギャアァアアーッ!!」
豪速で飛び回る絨毯の上で、悠長に歌えると思うなよ!
ミチルはルークにしがみついて、叫び続けた。だが、絨毯はスピードを緩めるどころかさらに加速する。
「ダーッハッハッハ! 間抜けに口なんか開けてると舌噛むぞぉ!」
高速移動中の空飛ぶ絨毯の上で、座っていられるだけでも奇跡的なのに、ルードは立ち上がって高笑いしていた。
ナニ、このヒト! 変態なんじゃない!? ほんとにルークのお兄さん?
目の前ではエセアラ○ンが爆笑しながら絨毯を動かしている。助け出してもらった恩も忘れて、ミチルは冷たい視線を彼に向けた。
「ミチル、すぐ着く。我慢、して?」
ルークは落ち着いた声で、ミチルを抱きしめる腕に力を込めた。
こうなればルークを信じて委ねるしかない。
「うぅう……ふぅうんっ!」
ミチルは目をぎゅっと閉じて、口も引き結び、ルークにめいっぱいしがみついた。
ルークはミチルの小さな体を愛おしそうに更にきつく抱きしめる。
「ほほぉ……あの話はマジだったのかよ……」
そんな二人の様子を見たルードは、人知れずそう呟くのだった。
「よぉーっし、到着ゥ! 野郎ども、全員無事か?」
ループス邸に絨毯を横付けしたルードは、ヒラリと飛び降りて付いてきていたラクダやらロバやらに乗った者達を振り返った。
見た目は完全にアリ○バに出てくる盗賊だ。無頼漢達は揃って腕を振り上げ、勝鬨を叫ぶ。
「うるさいんだけどぉ、ナニ、この人達ぃ」
絨毯が静かに地面につき無事に着地できたミチルは、安心感からさっそくこの変な人達に悪態をついた。
「大丈夫、ミチル。皆、兄さんの仲間。乱暴だけど、良い人」
「ええー……?」
大抵の人間は後から褒めれば先に挙げた欠点は帳消しになる。ミチルは半信半疑で彼らを見ていた。
ミチルとルークを降ろした絨毯は、ひとりでに包まって縦に立ち上がり、ルードに懐くように擦り寄った。
「おお、ジーナちゃん。ごくろーさん!」
ルードはそう言って絨毯を撫でた後、ミチルの目の前でそれを消してみせた。
「ギャァ! 何それ、魔法!?」
「うん、兄さん、魔法使える。ラーウスでは、珍しい」
「そ、そうなんだ……」
ミチルが呆然と見ていると、ルードはまた振り返って二人に相対した。
「ルーくぅううん! 久しぶりだねぇえ♡ 元気だったかなぁ?」
猫撫で声でルークのほっぺを両手でうりうりする兄の顔は、ベッタベタに蕩けていた。
聞いてたのと話が違う。ミチルは変態的ブラコンを見せつけられて、さらに呆然とする。
「に、兄さん、やめてよ。コドモじゃない、から」
ルークが困りながらもされるがままでいるのを見ると、兄弟仲も悪くないようだ。一方的かもしれないけど。
紛らわしいなあと思いながらミチルが二人を見ていると、ルードはそのまま顔だけをミチルに向けてすごんだ。
「おおい、異邦の少年よ。いい気になるなよ、ルーくんは俺様の弟だからなぁ」
「へ? どゆこと?」
にこやかに笑ってはいるが、目が冷たい。
ルードは次の瞬間には音もなくミチルの前におり、耳元で低い声で囁いた。
「調子こいて初心な弟を誘惑して、ペロペロなめなめ××××なんかしやがったら、○○スぞ」
卑猥と殺意のダブルコンボ!
どこかの毒舌師範とタイマンはれる言葉遣いに、ミチルは震え上がった。
「兄さん! ミチルに、変なこと、言わないで!」
「ルークゥ!」
耳が虐められました! ミチルは涙目で思わずルークの腕に縋る。
それを見たルードは舌打ちしてものすごい台詞を吐き捨てた。
「……仕方ねえ、ルーク。それならヤられる前にヤれ、徹底的にな!」
「ナニをぉお!?」
もうヤダァ! この兄貴、絶対先生と年齢が近い!
わかった、この世界の若オジはみんなこうなんだ!
ミチルが恐怖に震えていると、ルードは少し満足げに笑って踵を返す。
「よーし、泥棒猫には釘を刺したから、とりあえず一旦退くぞぉ!」
そう叫ぶと、周囲の無頼漢たちは「オォ」と口々に言いながら、ラクダやロバに跨って走り始める。
巻き上がる砂煙の中、ルークは兄を呼び止めた。
「兄さん! どこ、行くの?」
いつの間にか仲間が連れてきた立派な馬に跨って、ルードはニッと笑って言った。
「じきに親父が帰ってくる。俺様がここにいたらマズイだろ。心配すんな、魔教会をぶっ潰す算段整えたら連絡する!」
バイバイベイビー☆
そんな軽薄な言葉とともに、ルークの兄・ルードは馬を駆ってあっという間に走り去っていった。
「ああぁぁ! ルークさまぁあ! よくぞ無事にお戻りでぇえ!」
入れ替わりに、執事のカカオが泣きながら玄関から飛び出してきた。
それを見て、ルークはやっと肩の力を抜く。
「カカオ、兄さん、知らせた?」
「申し訳ありません! 旦那様もいらっしゃらずにどうしたら良いかわからず……!」
執事は跪いて許しを請うた。
それにルークは一息吐いて屈み、笑ってその肩を叩く。
「いいんだ。心配かけて、ごめん。ありがと」
「ルークさまぁ……」
無事に戻れたものの、ルークの表情は少し暗かった。呪いが解けると言われたことをまだ信じているのかもしれない。
ミチルは助かったと安心する気持ちをしまって、ルークに真相を告げる決意を固めた。
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