12 聖なる蒼き瞳
憎むべき、黒い影の魔物・ベスティア。
世界にどんな謎が隠されていようとも、自分の運命がどんなものであろうとも。
ミチルの信じるべき前提──事実は揺るがないと思っていた。
ベスティアは聖なる獣?
不浄な存在を一掃する?
ふざけるなよ!
それなら、ジェイが、アニーが、エリオットが、ジンが、戦ってきた「事実」はどうなる!?
大好きなイケメン達の奮闘が、無意味だったなんてオレは信じないっ!!
ミチルの瞳が、不意に蒼く輝いた。だが、ミチル自身はそれに気づかない。
その様子を見たパオン司教は、微かに笑った後、冷静な声で一礼する。
「サケル・プピラ。セイソン様、お怒りをお静めください」
「……は?」
また意味のわかんないことを。
ぴえんもぱおんも、どうせオレが異世界から来た変なヤツだって見下してるんだ。
ミチルが目の前の慇懃無礼な老坊主を睨んでいると、横にいたルークが優しく肩を抱いた。
「ミチル、落ち着いて。目が、少しだけ、蒼く光った」
「へ? オレの?」
生粋の日本人である自分にそんなことがあるわけない。
ミチルが驚いてルークを見ると、ルークは微笑んで頷いた。
「とても、綺麗。でも、少し怖い。ミチル、怒らないで」
「怒ってなんか……」
叱られたような気分になったミチルは、俯いて口を尖らせた。
なんか、ちょっとバツが悪い。
オレ、悪くないもん。目の前のハゲちゃびんが悪いんだもん。
「セイソン様はすでに充分なお力をお持ちだ。ピエン、急いで儀式の準備を」
「かしこまりました」
パオン司教がそう言うと、窓枠の前に立っていた神官ピエンは軽く一礼してそこを離れる。
「今夜はこちらでお休みください。明日の朝、ルーク殿の解呪の儀式を行います」
「ほ、ほんとう、に?」
パオン司教に言われたルークは、驚きつつも喜んでいた。
けれどミチルは、そんな事絶対信用できないと思っていた。
なんとかしてここから逃げないと。
ルークの呪いを解くなんて言っておいて、明日は本当は何をするつもりなんだか。
ひとまずここは穏便に済ませて、こいつらを部屋から出すこと。
それからルークを説得して、脱出すること。
鍵をかけられたって、窓が開いてる。二階って言ってたな。地面が砂地なら、飛び降りてもなんとかなるかも。
ミチルはささやかな頭で、ここから脱出する計画を立てる。
全てのカギを握るのはあの窓だ。ハゲちゃびん達が去ったらまずは窓を調べて──
ドッゴオオオオーン!!
ミチルに軍師の真似事など、百年早い。そう嘲笑うように、突然轟音が響いた。
部屋全体が揺れて、コンクリートの欠片的なものがパラパラと落ちる。
「な、何事かっ!?」
それまで余裕で笑っていたパオン司教も、部屋を出ようとしていた神官ピエンも焦って言葉を失っていた。
ドグワッシャーン!!
さらにもう一発。窓に黒い大きな鉄球のようなものが当たったのをミチルは見た。
それで窓枠には大きなヒビが入り、四角い穴の形は崩れて外の景色が大きく広がる。
「ミチル!」
ルークは異常事態に緊張を高めて、ミチルを庇うように抱きしめた。
いい匂いに包まれたミチルは、興奮と困惑と混乱で目眩に襲われた。
「なんだあ!? なんなんだあ! ヒトがせっかく脱出計画を立ててたのにぃ!」
計画もクソもない。
こんな力技で乗り込んでくるなんて、どこのヒトデナシよ!!
「ハーッハッハッハ! アーッハッハッハ!!」
高らかな笑いとともに、壊れた窓の外から人影が乱入!
「き、貴様、ルード・ループス!」
「ええええっ!?」
憎々しげに叫んだパオン司教の言葉に、ミチルは度肝を抜かれた。
カラカラと笑いながら仁王立ちする、ルークによく似たまあまあのイケメン。
黒い癖っ毛を無造作に伸ばしっぱなしで、上半身は短いベストだけ、布の腰巻きにふくらんだズボン。
完全にアラ○ン姿の不審人物が登場!
「兄さん!」
ウソでしょ、ルーク! ウソだって言ってえ!
キミのお兄さんは、頭の良さをひけらかす知的系陰険なヤツなんじゃなかったのぉ!?
「ルーくぅうううん! 怪我はないでちゅか!? お兄ちゃまが助けに来ましたよぉおおお!」
ルークの姿を発見した兄は、途端に顔を緩ませて大絶叫する。それはまさに変態の所業。
「……」
ああっ! ルーくんが無表情でスンとなってる!
ミチルはもう何がなんだかわからない。
冒頭のオレのシリアスな怒りはどうしたらいいのさ?
「おおい、そこのクソ神父! 俺様の可愛い弟をかどわかすとはふてえ度胸だ!」
「ぬ、ぬぬ……相変わらず破天荒な……」
ルークの兄、ルードは視線をパオン司教に向けて尊大に言い放った。
司教は悔しそうに歯噛みしている。威厳が消え失せ、一気に悪代官のようになっていた。
「てめえら魔教会は、越えちゃならねえ一線を越えやがった。ルークに手を出したからには、おしめえだ。破壊の限りを尽くしてやんよぉ!」
「こ、この、道楽息子がぁ……!」
わなわな震えるピエンとパオン。
三人の睨み合いに、ルークが割って入る。
「兄さん、ここでは、やめて! ミチル、危険、巻き込まないで!」
「……ああん? ミチル? へえ、そのガキんちょがそうか」
ルードはミチルを見た後、ニヤリと笑った。
「仕方ねえ、可愛いルーくんのためだ。命拾いしたな、クソ坊主ども。けど、近いうちにやってやるから覚悟しとけよ」
「何をしている、衛兵はまだか!」
慌てふためくピエンとパオンは、やっと部屋の入口から鍵を開けた部下達に激を飛ばしていた。
わらわらと人が入ってくる。ルードが笑いながら右手で薙ぎ払う動作をすると、部屋に敷いてある高そうな絨毯もろとも床が裂けた。
「ヒィイイッ!」
魔教会の坊主達が怯んだ隙に、ルードは弟に向かって叫ぶ。
「ルーク! ジーナちゃんを待たせてる。そいつを連れて飛び出せ!」
「わかった!」
え? ナニ? 何ですって?
ミチルが状況を飲み込めずにいると、ルークは素早くミチルをお姫様抱っこして窓の方に駆け出した。
ちょっと待ってえ! 飛び出すってそういうことぉ!?
落ちる! 落ちるんじゃないのぉ!?
ミチルは恐怖に目をつむった。しかし、その体はぼふっと柔らかい振動を感じただけだった。
「ん? 何これ、じゅ、絨毯?」
「ミチル、大丈夫。これ、兄さんの、魔法の絨毯」
ミチルとルークは、窓の外で浮いている大きな絨毯に乗っていた。
そ、空飛ぶ魔法の絨毯じゃあっ! ミチルは大興奮で大混乱。
「よーし、一旦逃げるぞ! ジーナちゃん、GO!!」
最後に飛び乗ったルードの掛け声とともに、絨毯がすごいスピードで空を飛ぶ!
「ギャアアアア!!」
これは、ア・ホール・ニュー○ールド!
……じゃなくて、アホーの予感!!
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