9 膝枕で鼻キッス!
ミチルとルークが連れて来られたのは、街外れの小さなオアシス沿いにある建物だった。
その材質を見て、ミチルは驚愕する。
「コ、コンクリートじゃね!?」
フラーウムで、イケメン3人がたむろしていたあの廃墟。村では誰も材質を知らない不思議建物。
それと同じビルディングと言って差し支えない建物がそこにあった。
ヤバい!!
入口まで来て、ミチルは冷や汗が止まらなくなった。
四角くて簡素な、例えるなら〇〇組事務所のようなビルを前にして、ミチルは足が竦んだ。
「ミチル? どうしたの?」
神官ピエンに促されてビルの中に入ろうとしていたルークは、立ち止まってしまったミチルを振り返る。
「無理無理無理。ダメダメダメ。帰ろ帰ろ帰ろ!」
ミチルはルークの袖を強く引いて、その歩みを止めた。
これ、絶対、入ったらあかんヤツ! 危険過ぎる!!
「……あまり入口で騒いでいただきたくないのですが」
神官ピエンの目は冷たい。さらにミチルはゾッとした。
「ねえ、ルーク! やっぱ帰ろうよぉ! 入ったら絶対ヤバいよぉ!」
本当なら事細かに説明したい所だが、神官ピエンの前なのでそれができない。
ミチルはただの駄々っ子のように、ルークの腕を揺すった。
「でも、呪い、解けるって……ミチル、ぼくの、プルクラ……」
「うーん、それは良くわかんないんだけどぉ、とにかく一旦帰ろ!? ルークのウチで説明するから!」
「ミチル、何、怖がってる?」
「だからね、それはね……」
ミチルがルークにどう言おうか迷っていると、ルークの金のチョーカーが鈍く光ったような気がした。
微かな、それも一瞬だけ。
「あ──」
だが、それだけでミチルは意識を失った。
◇ ◇ ◇
「……はっ!」
次にミチルが気がついたのは、部屋の中だった。
体はふわふわしたいい感じの枕と、ルークの家にあったのと同じような豪華な絨毯に横たわっていた。
「ミチル、だいじょぶ?」
頭の上からルークの声が聞こえた。この枕、すげえあったかい……
「きえええっ!?」
そう。ミチルが寝ていたのは、ルークの膝枕である! ものすごくいい匂いがする!
「ミチル? 気持ち悪い?」
「ピャッ!」
ミチルは慌てて起き上がった。ルークもミチルの顔を覗き込んでいたため、なんと鼻キッスをしてしまった!
むにっ♡
「……おう」
「ふにゃあ! ごめんね、ルーク!」
「ううん、とても、ドキドキする」
頬を赤らめて微笑むルークがものすごくカッコよくて、ミチルも頭が沸騰しそうだった。
いやーん♡
鼻だなんて、惜しいーん♡
「──言うてる場合かっ!」
ミチルは己につっこんで、現状確認を急ぐ。
「ルル、ルーク! ここって、まさか……」
「チルクサンダー魔教会の、客室。二階だよ」
「ああああ……しまったぁ……」
ミチルはがっくり項垂れた。どうしていつも都合良く意識が遠のくんだ!?
呪われてるのってオレの方じゃないの? などと根拠のない事を考えても無駄であった。
頭を落ち着かせようと、ミチルは深く深呼吸して部屋を見回した。
壁も床もコンクリート打ちっぱなし。地球の日本であれば、オシャレ空間と言えなくもない。
だが、技術の拙さが丸わかりで不安になる。窓だって桟もない、ただの四角い穴が空いているだけ。
部屋の半分を占めているのは大きめのベッド。ルークの部屋で見たような天蓋はないものの、敷いてある布団などはちょっと豪華だ。
そして足元には高そうな絨毯と、高そうなクッションが数個。ルークはそれに腰掛けていた。
「そうだ、退路の確認!」
ゲームでの知識を総動員して、ミチルはそこにようやく思い至る。
木製のドアが、部屋の隅でぴっちり閉められていた。ミチルは慌てて駆け寄ってドアノブをひねる。
「ゲゲッ! 鍵、かかってる!!」
「それ、ほんと? ミチル」
ガチャガチャしても開かないドアに、ルークも驚いて立ち上がった。
密室……ではなかった。窓は開いている。
だが、これは軟禁と表現して差し支えない。
「なんで、こんなこと、するんだろう?」
それは、ここがヤバい団体だからです。
だがそれをどうやってルークに説明するべきか、ミチルは迷ってしまった。
ルークはこの教会を悪くは思っていないようだった。いや、「呪いが解ける」と言われて喜んでさえいる。
今となっては、その話も怪しいとミチルは思っていた。
だが、それをルークが納得するように説明できるだろうか?
何しろ証拠などがない。ミチルの完全な想像である。
前提として、アーテル帝国やチルクサンダー魔教に対する感情が、ミチルとルークでは真逆だ。
その乖離をどうにかしないと、ルークとともにここから脱出するなんて叶わないとミチルは考えた。
それでも。
ここで怪しげな儀式に巻き込まれるなんて、真っ平ごめん!!
「あ、あのね、ルーク」
わかってもらえるかはわからない。
だが話さなければ、わかってもらうことすらできない。
「オレの……ううん、オレ達の推論を聞いてほしいんだけど」
エリオットのように澱みなく、ジンのように冷静に。そんな説明が出来るかわからないけど。
ルークには聞いて欲しい! ミチルは意を決して口を開いた。
だが、その決意も、突然響いたノックの音にかき消される。
「失礼いたします」
ガチャリと鍵を開けて、黒いローブをまとった男が二人入ってきた。
一人は知ってる。神官ピエンだ。
「セイソン様、お目覚めでしたか。結構なことで」
相変わらず顔の下半分を布で隠した神官は、目だけで笑って見せた。
ミチルはまたも寒気がぶり返す。
「こちらは当教会の司教様にございます」
そう言って、神官ピエンは一歩横に移動しつつ頭を下げて、上司に道を開けた。
ミチルとルークに相対したのは、金の刺繍が入った黒いローブの老齢の男。こちらは顔を全て晒している。
スキンヘッドで、ちょっと怖い皺を顔に浮かべていた。
「セイソン様、お初にお目にかかります」
「あ、あの……」
司教はミチルに対して深々と一礼し、名乗った。
「司教のパオンと申します」
ぴえん超えてぱおんが来たぁ!!
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