8 ぴえんな神官
チルクサンダー魔教の神官がやってきた!
非常にタイムリーなその出現に、ミチルは警戒心を強める。
「坊っちゃま、入ってもよろしいでしょうか? ミチル様は起きられますか?」
おずおずと顔だけ出して部屋の様子を窺う執事のカカオ。
このオジサンはルークとミチルが超絶エクスタシーの最中にいると勘違いしている。
「カカオ、ふざけないで。早く入ってよ」
少し苛立ったルークが言うと、執事のカカオはようやく薄ら笑いを浮かべながら入って来た。
「ああ、ようございました。しかしあまり早いのもいただけませんな、若いんですからもっとこう……」
「カカオ!」
「も、申し訳ございません!」
ルークの叱責に、姿勢を正すセクハラエロおじさん。
この世界のオジサンはみんなこうなのか? ルブルムのヒグマおじさんも似たような事をしていた。
さらにジンというとんでもねえセクハラおじさんに、ミチルがとんでもないことをされたのは記憶に新しい。
「……もういい。それで、神官様が、何の用?」
「は。それが、ルーク様とミチル様に是非お会いしたい、と」
「ミチルに?」
カカオの報告を聞いて、ルークはますます訝しんで表情を険しくした。
今まで子犬のような可愛さだったのに、使用人に対する毅然な態度と凛々しさ。そんなルークの別の顔を見て、ミチルはちょっとときめいてしまう。
ギャップ萌え、サイコー!
……などと舞い上がれるような雰囲気では、残念ながら、ない。
「なぜ、ミチル、いること知ってる? 誰か、教会に言ったのか?」
「とんでもございません! 旦那様のお言い付けに背くなど、滅相もないことです!」
ルークの厳しい質問に、カカオは真っ青になって否定した。
旦那様、って言うとルークのお父さんかな? とミチルは考える。
そういえばさっきも、ルークは「家の事情が変わって教会には随分行ってない」と言っていた。
もしかして、お父さんとチルクサンダー魔教会の間に何かあるのかもしれない、とミチルは思った。
「とにかくですね、旦那様がお留守の今、ルーク様に応対していただかないと……」
カカオの縋るような目が、ミチルには印象的だった。そんなに神官とやらは怖い存在なんだろうか?
「わかった。行くよ。兄さん、こと、言ってないよね?」
「もも、もちろんでございます! 口が裂けても申し上げられません!!」
さらに怯えるカカオの様子に、ミチルはますます首を傾げる。
なんだこの家は。話に聞くとろくでもない兄貴っぽいけど、何があるっていうの?
「ミチル、一緒、来てくれる?」
「あ、うん……」
どうやら自分のこともバレているようなので、ミチルは足が竦む。
出会ったイケメンにうほうほしてきただけのミチルにとって、それ以外の人と会うのはかなり怖い。
スノードロップの時の比ではない。もっと嫌な予感がした。
「大丈夫、ミチル、ぼく、絶対に守る」
「うん……」
微笑むルークに少し安心したが、それでもミチルはその腕にしがみつきながら玄関に向かった。
大理石がツヤツヤに光る玄関に着くと、そこには真っ黒いローブを着た、いかにも「悪の秘密結社!」みたいに顔の下半分を布で隠した男が立っていた。
「……お久しぶりでございます、ルーク・ループス様」
その黒いローブの男は、丁寧に一礼したが、声の調子は慇懃無礼だった。
「わたくし、チルクサンダー魔教アロニア支部教会、神官のピエンでございます」
ぴえん、かあ。女子高生か、お前は。などとどうでもいい事を考えて、ミチルは恐怖に竦む心を誤魔化そうとしていた。
「僕たちに、なんの、用です?」
ルークがそう切り出すと、その後ろに隠れて立つミチルの方を見て、神官ピエンは答えた。
「そちらが異邦からやってきた御仁ですね?」
「なぜ、それ、知ってるですか?」
だがルークの問いに答えることはせず、神官ピエンはミチルに向けて深々と礼をした。
「お迎えにあがりました、セイソン様」
「……? オレ?」
「サンクトス・ネポス。貴方様は確かにセイソン様でございます」
言ってる意味がひとつもわからない! ミチルは頭がクラクラしていた。
チル一族だの、チル神様だのの次は、セイソン!? 何それ、清楚ってこと!?
清楚だったらオレは違うよ! イケメンどもに揉まれまくって爛れた生活をしてきたからね!
──そこまで考えて、ミチルは自己嫌悪に陥った。
「……言う意味、よく、わかりません」
ルークは警戒を強め、ミチルを自分の真後ろに押し込める。
しかし、神官ピエンは目だけでにっこり笑って続けた。
「セイソン様が降臨なされたという事は、ルーク様の呪いが解けることを意味します」
「! じゃあ、やっぱり、ミチルが、ぼくのプルクラ?」
「左様にございます」
再度深々と礼をする神官ピエンに、ルークは幾分か態度を和らげた。それを感じ取った神官ピエンは、また目だけ微笑んで言った。
「解呪の儀式を執り行いますので、お二人には教会に出向いていただきたいのです」
「……だから、父さんいない、来たんですね」
「今がまたとない好機でございますよ、ルーク様」
目尻に深い皺を作る神官の顔。
得体の知れない悪寒をミチルは感じていた。
だが、ルークはすでにその気になっている。
ルークが口走った「プルクラ」の意味もわからないまま、ミチルは馬車に乗せられてしまった。
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