6 もうひとつの宗教
美しい顔が、迫る。
思わずミチルは体を引いた。
しかし、さらに迫る美しい顔。
心臓がバクバク跳ねて、その音が聞こえないようにまた体を引く。
おわかりだろうか。ミチルがルークに押し倒されようとしているのを。
「ちょ、ちょちょちょ……」
ミチルは焦る。すでに自身の体は長椅子に沈められていた。
「ミチル……」
そんな綺麗な顔で雰囲気出さないでもらえます!?
「あのね、ルーくん? ちょい、落ち着こうか? ねえ?」
だが、ルークの潤んだ翡翠色の瞳は、制止の声が届いていなかった。
ミチルに体重をかけるルーク。その髪に唇を埋めて、ミチルの耳たぶを喰んだ。
「んひぃ……っ!」
ゾクゾクっと体中に電流が走り、ミチルは思わず手をあらぬ方向に振った。
ルークの首、金色のオシャレチョーカーに当たる。
ピリッ!
「──キャン!」
静電気のような感触の後、ルークが顔をしかめて飛び起きた。叱られた子犬のような声を出して。
「ルーくん!? 大丈夫?」
ミチルは起き上がって、首元を押さえて痛がるルークの背中をさする。
「あ……うあ……」
ルークは更に頭を抱えて苦しんでいた。尋常じゃない雰囲気に、ミチルは人を呼ぼうと立ち上がる。
「待ってて、カカオさんを……」
「行かないで、ミチル!」
立ち上がったミチルの腰に縋りついて、ルークは悲痛に叫んだ。
「ルーク……」
「ミチル、お願い……座って、ぼく、抱きしめて……」
その顔は、捨てられた子犬のようで、何かに怯え、必死に誰かに縋ろうとする悲壮感があった。
そんな風に言われて断れるはずがない。ミチルは長椅子にまた腰掛けて、震えながら抱きつくルークを抱きしめ返した。
広い肩が、今はとても小さくなってミチルの腕の中で震えている。
そんなルークの姿に切なくなったミチルは、抱きしめる力を強めてその髪に頬擦りした。
「ミチル……あたたかい」
しばらくそうしていると、次第にルークの震えが治ってくる。
するとルークは自らの手で、ミチルの腕から離れた。
「……大丈夫?」
ミチルが顔を覗き込むと、少し赤みがさした頬でルークは小さく頷いた。
「ごめんナサイ。びっくり、した、ね?」
「うん……苦しくない?」
「もう、平気」
ルークはミチルの隣の座り直して、儚げに笑った。
それから、首のチョーカーに手を置いて、少しずつ語り始める。
「ぼく、たまに、こうなる。今日のは、まだ軽い方」
「ええ? なんで?」
ルークには何か病気でもあるのか。ミチルが首を傾げていると、ルークはまた薄く微笑んで言った。
「ぼく、カミサマに、呪われて、いるから」
「ええっ!?」
ルークが呪われている? いや、重要なのはそこではない。いや、呪われているのも大変だけど。ここはファンタジー世界だから、そういう設定だってあるだろう。
問題は何に呪われているって?
カミサマって言った? 悪魔とかではなく?
「ミチル、この世界のカミサマ、知ってる?」
「えーっと、チル神様だっけ? チル一族の親玉の」
ミチルはとりあえずアルブスで得た知識から答えた。
するとルークは可笑しそうに言う。
「ふふ、親玉、か。そう、そのチル神様」
「カミサマって、人を呪うの?」
天罰を与えるとかならわかる。でも、呪うというのは全く違う印象だ。罰は一瞬で済むが、比べて呪いは継続性があるように思えた。天上の神が、人間ごときを長い時間構うかな? とミチルは違和感を覚える。
「……わからない。でも、アーテルの神官サマ、そう言った」
「アーテルかぁ……」
その単語が出てきた途端、なんだかそれが胡散臭いようにミチルは感じた。それはミチルが前情報からアーテル帝国に良い感情を持っていないからだ。だけど、実際に帝国下で暮らすルークは違うかもしれない。だからミチルは軽率な言葉は控えた。
「ぼく、カミサマに呪われてる。このチョーカー、呪いを薄める効果、持ってる」
「あ、そうなんだ?」
ルークが首にかかる金色のチョーカーに触れながら言うので、ミチルもそこに注目した。純金なのかはわからないが、それに似た輝きの金属のようだった。
「呪い、酷くなると、このチョーカーがピリピリする。それ、呪いを薄めてくれる反応。だから、さっきピリッとした」
「ああ、なるほど」
ルークに押し倒された時、偶然触ってしまったチョーカーから静電気のようなものをミチルは感じていた。それのことだろうと思った。
「呪いの発作、一番酷くなると、どうにもならない。ぼく、それで、黒い狼、なる」
「ええええ……! そうだったの!?」
出会い頭の出来事が一気に繋がった。最初のオアシスで遭遇したのは、呪いの発作が酷くなったルークだったのだ。
さすが、ファンタジー……
ミチルは目を丸くしつつも、ゲーム脳を発揮して、ルークの「設定」を飲み込もうとしていた。
「チョーカーは、お守り。アーテルの神官サマが、くれた」
「ねえ、待って、ルーク」
ミチルはゲーム脳を発揮しても、納得出来ないことがあった。
「神官がいるのに、どうしてルークがカミサマに呪われるの?」
神に仕える神官がいる。その神官にルークが守られているなら、大元の神は何故ルークを呪うのか。そこがミチルはわからなかった。
だが、ルークは「ああ」と短く言ってから軽く首を振る。
「アーテルの神様、カミサマ、違う」
「えっ!?」
チル神様はこの世界の唯一神ではないのか? ミチルの今までの知識が根底から揺らいだ。
「アーテル、違う神様、信じてる。だから、チル神は、ここでは異教」
「えええ?」
ミチルはエリオットの話を思い出した。チル神様を強く信仰しているのは、法皇がいる独立宗教国家。アーテル帝国はそこに反発している。
つまり、アーテル帝国はすでに「別の信仰対象」を作り上げているのだ。
その信仰とは……
「チルクサンダー魔教。アーテルと、その属国は、そこの神様、信じてる」
そんな宗教戦争が起こりそうな設定、ちっぽけなオレの手には負えないよ!!
お読みいただきありがとうございます
感想などいただけたら嬉しいです!




