2 美しい人
四人のイケメン達と意気揚々と旅立ったミチルは、結局くしゃみに襲われ、志半ばで別の国に転移してしまった。
彼らと別れ、一人ぼっちでたどり着いたのは、砂漠の中のオアシス。
黒い狼に飛びかかられたと思ったら、狼はイケメンになってミチルを押し潰したのである。
……毎回思うけど、イケメンてほんといい匂いだよねえ。
ミチルの体の表面は、今、全ての箇所が気を失ったイケメンの体温で満たされていた。
イケメンに押し潰されるなら痛くない。
痛くないけど、いいかげんに重たい。
「あのー……」
体の上に覆い被さっている褐色肌の男性に、ミチルは恐る恐る声をかけてみた。
黒い巻き毛は、日光を浴びた箇所だけ深い緑色を帯びて美しい。
しかしもっと美しいのは、その顔面。
閉じられた瞳を飾る長い睫毛の、なんと艶やかなことよ。
ミチルはそれを超至近距離で見続けている。
褐色イケメンの顔は、ミチルの顔のすぐ横にあるからだ。
しかも、彼の唇はミチルの首に触れるか触れないかの絶妙な距離。
もし彼に意識があって、その美しい唇でミチルに吸いつこうものなら、アレがついてしまう。
そう! 嬉し恥ずかし「キスマーク♡」というヤツである!
「ふぁあ……!」
意識のないイケメン相手に興奮している場合ではない。どうもジンやミモザから受けたセクハラが、ミチルに悪影響を及ぼしている。
ミチルは己の頭を小刻みに振って、不要な興奮を脳から取り除いた。
「もしもーし、だいじょぶですかぁ……?」
「ウ……」
ミチルが声をかけると微かに反応があった。閉じられた瞼が少し動く。
ミチルは彼の背中に手を回して、さするように撫でた。着ている服はすべすべしていて、とてもゆったりしたものだった。
「あのー、起きられます?」
イケメンの香りと温かみはとても心地いいが、かかる体重の辛さがそろそろそれを越えそうになっている。
ミチルの呼びかけに、ついに褐色イケメンが目を覚ました。
「あ……プルクラ……?」
「!」
何を口走ったのかミチルにはわからなかったけれど、そんなのは思考に留まらなかった。
ミチルを見つめる、綺麗な翡翠色の瞳! まるで大きなエメラルド!
エキゾチックな美が、ここについに極まれり!!
「……ダレ?」
ちょっと待って! 耳元で囁かないで!
開発された大事なところが疼いちゃう!
「あの、あの……! おもっ、エモッ……!」
重いです。されど貴方はエモいです。
そう言おうとしてみても、ミチルは極近くのエキゾチックビューティに圧倒されて窒息寸前。
「あっ! ごめん……ナサイッ」
ミチルが苦しそうに口をハクハク震わせているのに気づいた褐色イケメンは、慌てて起き上がった。
その重みは名残惜しいけれども、ミチルはやっと解放されて大きく胸で息を吸う。
「すはー! ぜはー!」
疼いたオレの〇〇よ、落ち着いてくれ!
ていうか、伏せ字が癖になってる! セクハラエロ師範は今度会ったらぶっ飛ばす!
「ダイジョブ……?」
イケメンがオレを気遣っている! なんて優しいんだ!
ミチルはそれに応えるべく、身を起こす。
「だい、大丈夫です! ボクは大丈夫です!」
「よかった……」
ああああ! 笑ったぁあああ! なんてほんわりと笑う人なんだあああ!
オレの邪な心が浄化されていくぅうう!
ミチルはその天使のような微笑みの前で、無垢な小羊に戻ったような感覚だった。
思えば今まで、イケメンに触られ触りまくりの爛れた生活をしてしまった。
ここで一度、その行いを悔い改めなければ! ──そんな風に拝みたくなる笑顔だった。
「アナタ、どこからキタ?」
「えっ、えーっと……」
ミチルを見つめる彼の顔は純朴で何も裏のない、素直な疑問を口にする。
毎度毎度のこのプロセス、なんとかして省けない?
その度に受ける心労がまじ苦痛。ミチルはにわかに緊張してしまう。
「ふ、フラーウムって国です……」
最初から異世界ですとは言えずに、ミチルは直近のジンの国を口走ってみる。
疑われるんだろうなあ。こんな純真な人に怪しまれたら、生きるのが嫌になっちゃうなあ。
ミチルがヒヤヒヤしていると、褐色イケメンはにっこり笑って頷いた。
「ここヨリ、東の国ネ。ようこそ、ラーウスへ」
「……へ? 信じてくれるんですか?」
ミチルが驚いて見せると、彼もまた目を丸くしてから首を傾げた。
「ウソ、ですか……?」
なんでそんなこと言うの? みたいな顔で悲しそうに言うイケメンの顔は、子どものように愛らしかった。
「いいええ! 本当です! フラーウムから来ました!」
大きな罪悪感に苛まれつつ、ミチルは大きく首を振った。
すると、イケメンはもう一度にっこり笑って言う。
「よかった。ここはラーウス、旅の人、カンゲイします、ようこそ」
ようこそ……?
歓迎してくれるの、こんなオレを……?
「ぼく、ルーク・プルクラ・ループス、いいます」
褐色イケメンのルークは、人懐っこい笑みをミチルに向けていた。
「アナタ、名前は?」
「オレ、オレは……」
何も聞かずに無条件で受け入れてくれる。
そんなことは、この世界に来て初めてかもしれない。
「ミチル、です……」
泣かないって決めたのに。
彼の優しさと純真さに、自然と涙が出る。
「ミチル……」
彼の口から紡がれる自分の名前は、こんなに清らかだっただろうか?
「ようこそ、美しい人」
差し伸べてくれた手を、ミチルは迷わずとった。
そこから伝わる体温が、全てを癒してくれる。
ミチルは流れる涙を拭いながら、ルークの綺麗な笑顔に安心していた。
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