1 舞い降りたイケメン
サラサラと流れる記憶。
乾いた風が、砂を巻き上げてミチルの頬を撫でる。
オレは、どうしてこの世界に来たんだっけ……
オレの目的って、何だったっけ……?
全ての謎を解いたら、オレには何が残る?
その時、オレに居場所はある?
オレは、オレを……どうしたいんだろう
「……ぶはぁ!」
細かい砂粒が喉に張りついて、ミチルは窒息寸前で起き上がった。
「ぺっぺっ! げほげほっ!」
喉が大変。カラッカラに乾いて、砂粒がザラザラするもんで、ミチルは咳がとまらない。
これではタイトルが変わってしまう。
「び、びずぅ!」
ミチルは反射的に水音のする方へ這いつくばって向かい、溜まり水のような、けれどとても清らかな水に頭ごと突っ込んだ。
「んん、んぐんぐ! ごくごくっ! ぶはっ! なんてこった、うめえ!」
生水を飲んだらお腹を壊すとか、そういうことが考えられないほど、ミチルの喉は極限状態だった。
そんな喉を潤してくれたこの水は、まさに甘露。どこの天然水?
「はあー……助かった。ありがとう南アルプ○……」
やっと意識がハッキリしたミチルは、そこで辺りの景色に気づく。
地面は熱い砂地。太陽がジリジリと照りつける。
しかし、そんな過酷な光から守ってくれるように生い茂る緑。
中心に溜まる、超美味しい水。
「ここは……」
ミチルはジンから再三言われたことを思い出した。
『ここからアルブスに行くなら陸路で半年はかかるだろうな。砂漠が広がっているから』とか。
『カレンデュラからここに来るには砂漠を越えなくてはならん』とか。
ええ、そうです。非常に旬なワードですね。
「砂漠ぅううう!!」
ミチルは絶望のままに叫んでしまった。
「──の、オアシスぅううう!!」
そんな甲高い叫びに呼応するように、生い茂った緑の塊からガサガサと音がした。
「!」
ミチルはその気配を感じた瞬間、体を強張らせる。
あれだ。あれの感じ。
是非とも予想が外れて欲しかったミチルだったが、茂みから出てきたのは真っ黒い狼。
大型犬ほどの大きさの、ベスティアだ。この際、犬でも狼でも、そんなことはどうでもいい。
「……」
ミチルは少し成長していた。
みだりに震えて腰を抜かしたりは、もうしない。
目の前の黒い影の獣を見据える。
「……?」
影? ベスティアって影の魔物だよね?
しかし、目の前の黒い狼のような犬のような魔物は、なんだか実感がある。
さらに決定的な違いが。そのベスティアは金色の首輪をしていた。
「ウウウゥ……」
唸る声も、上手く言えないけど、存在感のようなものがあった。
良く見ると、獣を覆う短い体毛がふさふさと生えているのがわかる。
こいつは、確かに、立体物として存在している。
それなのに、この気配はベスティアだ。
ミチルが感じる悪寒は、いつものあの感じだった。
ただの荒れ狂う獣なのか、それとも宿敵である影の魔物なのか。ミチルは立ったまま混乱した。
その隙に、黒い狼犬が飛び上がる。
「ガァアアァ!」
狼犬の緑色の目は濁っていて、ミチルを狙っているようにも思えなかった。
それでも飛びかかってくるからには、動くものに襲いかかるように狂わされているように思えた。
え、ちょっと待って。
緑色の目?
黒一色だったはずのベスティアに、そんなことある?
「ガオォオ!」
「ぎゃあああ!」
これ以上冷静に分析している暇はミチルにはなかった。
噛みつかれる or 引き裂かれる。どっちも痛そう!
「嫌だァアア!」
バチーン!!
ミチルの悲鳴と同時に、その体を守るように青く光るバリアが現れた。
「あっ!」
これ、知ってる。
フラーウムに転移する前。猿型のベスティアを撃退した、よくわからんヤツ!
「キャアンッ!」
黒い狼犬が悲鳴を上げた。
ミチルは青く光るテントに守られているよう。
それに阻まれた狼犬は、テントの天井に張りついたような格好で苦悶の表情を浮かべる。
「やばいっ! ちょ、これ、いつまでもつの!?」
猿型ベスティアは、このテントに触れただけで消え去った。
なのに、この狼犬はテントに乗っかったまま。
もしもこの防護幕が消えたら、ミチルは獣の餌食になる。
「わわわ……」
結局、ミチルは震えて尻もちをついてしまった。
それでも狼犬から目を離さずに、打開策を考えようと頑張ってみるだけ褒めてほしい。
「んん?」
ミチルがしばらく様子を窺っていると、狼犬に変化が出てきた。
その姿が影のようにぼやけていく。いつものベスティアのように。
「んんん?」
しかしその影は消えるどころか、むくむくと大きくなって人間くらいの大きさに広がった。
黒い人影は、その重みでテントの張りをたゆませる。
「お、おお……?」
ミチルが大いに戸惑ったその時。
パチーン!
青く光る防護幕は、弾けて消えた。
「キャアアア!」
人影が、ミチルにどんどん近づいてくる。
黒い巻毛、褐色の肌の、年若い男。
意識がないようだ。だけど閉じられた瞳を飾る美しい睫毛。
首元で金色の何かが光っている。
「イケメンだぁあ!」
狼だと思っていたら、超絶イケメンが。
「イケメンが、降ってくるぅううう!!」
イケメンに押し潰されるなら、痛くない……
ミチルは薄れゆく意識の中でそんなことを考えた。
お読みいただきありがとうございます
感想などいただけたら嬉しいです!