36. また明日、
学校から飛び出して家に帰って布団の中でうずくまる。
思い出すほどに顔から火が出そうだ。
客観的に見て俺はどう見えていたんだろう。
1人勝手に盛り上がって暴れて帰っていった意味のわからないやつだっただろうか。
甲斐はそれからどうしただろう。
よくないことになってないといいな。
古庄と気まずいだろうけど一緒になって宿題して、俺の悪口でも言って仲良くなってくれれば……その上、古庄が心を入れ替えて宿題を自分でやるようになってくれたり、甲斐が言いたいことを言えるようになれば。それが理想だ。
甲斐が自分の意見を言えるかどうかは彼女自身の問題だから、俺にはどうすることもできない。これから先、ずっと彼女を見守って何かあるたびに古庄たちに文句をつけることも現実的じゃない。だから差し当たって目の前の問題を動かすきっかけを作ったにすぎない。
それでも俺に取っては大きな進歩だ。
ピンポーン。
家のチャイムが鳴る。
宅配便を頼んだ記憶は無いし、何かの勧誘だろう。
俺は立つ気力も湧かないのでそのまま居留守することにした。
ピンポーン。
もう一度チャイムが鳴らされる。
ピンポーン。
ピンポーン。
あまりのしつこさに根負けしそうになるが、それでも無視をするしかない。
今の俺は誰かの無駄話に付き合ってられるほど心にゆとりがないのだから。
「赤嶺くん、いないんですか?」
玄関の向こうから甲斐の声がした。
驚きのあまり布団から俺は飛び出す。
「もう一回だけ」
甲斐がチャイムを鳴らすと同時に俺は玄関の扉を開けた。
「甲斐、なんでここに?」
「会えて良かったよ……赤嶺くんと話がしたかったから来ちゃった。迷惑……かな?」
迷惑かどうかで言えば俺が先に迷惑をかけたわけだから、文句を言える義理ではない。
「いや、大丈夫……ってか学校は?」
「それを言うなら赤嶺くんも一緒じゃん。もう授業始まってるし、今更手遅れだよ」
部屋の奥にある掛け時計はちょうど9時を指していた。
甲斐みたいな優等生に学校をサボらせたと考えると俺もなかなかとんでもないことをしてしまった気になる。
「うち、あんまり綺麗じゃないけどそれでも良ければ」
本当ならどこかお店に入りたいところだったが、この時間帯に制服を着てそんなことすれば学校に連絡されて面倒になりそうだ。気乗りしないが俺は甲斐を家へ招き入れる。
「全然大丈夫だよ。押しかけたのは私だし」
甲斐は気にするそぶりを一切見せずに、俺の玄関の中へ入ってきた。
友達のいない俺からすると、家の中に同級生がいるというのはなんとも奇妙な気分になる。
「これ、お茶」
冷やしておいた烏龍茶を甲斐の前に差し出す。
「あっ、おかまいなく……」
気まずい。
「……さっき、ごめんな。勝手なことして」
「勝手だなんて、私のためにやってくれたんだよね……ありがとう」
「それは半分違って、俺は俺が甲斐と古庄の関係性を認められなかったからああいうふうな行動に出たんだよ」
「もう半分は?」
「甲斐にもっと良い関係を築いて欲しかった。これも俺の身勝手な願望だけどね」
多分面倒臭いやつだと思われただろう。でもこれははっきり定義しておかないと、せっかく気づいた自分というものを簡単に見失ってしまいそうな気がした。
「だったらやっぱりありがとうだよ。赤嶺くんが出ていった後、楓ちゃんたちに謝られちゃった」
「それってどういう?」
「私が宿題見せるの気乗りしていないのは気づいてたけど、何も言わないから大丈夫なんだって勘違いしてたって。それに甘えてたことをごめんって」
「案外素直なやつなんだな」
「楓ちゃんたち、みんな良い子だよ。それをあんなふうにしてたんだとしたら、それはちゃんと伝えられなかった私の責任」
そんなの甲斐に甘えた古庄の責任だと言いたかったが、そうやって自分の答えに閉じこもってはいられない。甲斐の考えていることを俺はもっと知りたかった。
「前に話した通り、私は中学生の時に友達とうまくいかなくて、それもあって楓ちゃんたちに何を言って良いのかわからなかった。それで赤嶺くんにも怒られちゃったんだけど、それって私が楓ちゃんたちのことを信じられてなかったんじゃないかって、ここに来る途中で思ったの」
「信じる?」
「うん。こういうことは言っても大丈夫だろうとか、ここは相手にとって譲れないとこだから簡単に触れちゃダメとか。私はそういうのを全部無視して楓ちゃんたちに何も言えなくなってた。だって本当に楓ちゃんたちのことを良い子だって信じられているなら、宿題見せる見せないくらい言っても良いはずなのにね」
甲斐の言葉は一理ある気がして、俺は黙って頷いた。
「逆に中学生の時はそこを盲信しすぎてたの。友達なら受け入れてくれるはずだって。だから勝手に越えちゃいけないところまで越えちゃった。それに、その後関係を修復することだって本当はできたはずなのに、そこで信じることをやめちゃったから結局そのまま悲しいお別れになっちゃった」
古庄たちもかつての甲斐と同じで、これくらいなら大丈夫と勝手に信じすぎてしまっていたのかもしれない。
「信じる……か」
それを放棄してきた俺には随分耳が痛い言葉だった。
その言葉を無駄だと一蹴しないのは、俺がちょっとだけ俺のことを知ったからだろう。
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それから少しして、学校へ戻るという甲斐を玄関まで見送ることにした。
「明日、学校来るよね?」
扉を開ける直前でふと動きを止めて、甲斐は不安そうに聞いてきた。このまま不登校にでもなってしまったら甲斐も寝覚めが悪いだろう。
「まあ、多分……」
もちろん行くつもりだったが、やってしまったことを思えばその足はかなり重くなっているのも事実だ。
というか、平然と学校に行けるメンタルがあるならそもそも今日逃げ帰ったりしていない。
「楓ちゃんたち怒ってなかったし、クラスのみんなもちょっとびっくりはしてたかもしれないけど……それで赤嶺くんが教室に居づらくならないように私が話するから。だから明日からも来てほしいの」
「俺が勝手にやったことで甲斐さんに迷惑かけるわけにはいかないよ」
「だったらこれは私が勝手にやることだから赤嶺くんは気にしないで」
そう言われると返す言葉がなくなってしまう。
俺たちの関係は結局のところ、自分の利益をどうやって得るかという関係だ。ただ、その自分の利益の中に例えば友達とか大切な人とか、他人のことを含められるなら、そういう関係も悪くないのかもしれない。
「私のこと、信じてほしいな」
信頼を育むには関わらなきゃいけないと椎菜先輩は言っていた。
俺は学校やクラスメイトを信じられるほど関係を築けていない。
でも、甲斐真希奈だけは別だ。それは不幸な偶然によって生まれた関係だが、この1ヶ月確かに繋いできた。
「また明日、学校で待ってるから」
そして甲斐の言葉を信じてみようと判断できるほどに俺たちの関係は育っていたみたいだ。
だから俺も信頼を言葉にして返す。
「また明日、学校で」




