33. スタートラインに立つ
委員会の仕事を終えた俺は家に帰るなり、SNSを使って土曜日に会ったばかりの"そいつ"の連絡先を探していた。
こんなことになるならあの時連絡先を交換しておけばよかった。
中学の同級生くらいならすぐに見つかると思っていたが、中学生時代の縁は全て断ったせいでなかなか見つからない。
人生思い通りにはいかないものだ。
妹の同級生から部活後輩、先輩、そうやってようやく見つけた"そいつ"に簡素なメッセージを送る。
『この前はあんな態度で申し訳なかった。改めて話がしたいから連絡もらえないか?』
再会した日に湧きあがったやり場のない負の感情。
それがなぜ生まれたのか、それをどうしてやりたかったのか。謝ってほしいわけでも苦しんでほしいわけでもなかったあの日の思いの答え。
それが財津と御手洗からヒントをもらった今ならわかりそうな気がする。
だからあれだけ派手に拒絶した相手に恥を忍んで連絡をしているのだ。
『連絡くれてありがとう。今から電話できる?』
返事は思った以上に早く帰ってきた。
俺はアプリの通話機能を立ち上げながら深呼吸する。
「もしもし」
「もしもし。連絡ありがとう。この間は本当にごめん。いや、この間のことだけじゃないな。中学生の時も悪かったよ」
"そいつ"は俺の言葉も待たず勝手に謝罪してしまう。
やっぱりこいつはそういう人間なんだ。こちらの都合はお構いなしで、自分が謝って楽になりたいから謝る。独りよがりな身勝手野郎だ。
でもそれは俺も同じ。それを今日、御手洗に教えてもらった。
「本当に、そのことはもういいよ。こちらこそ土曜日は怒ってたとはいえあんな感じでごめんな」
「いや、それだけのことを俺はやったよ」
「今日電話したのは謝りたかったのもあるけど、聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
俺はこれを知ることで、椎菜先輩を満足させられる程度には俺に詳しくなれる気がした。
いや、椎菜先輩だけが理由ではない。俺は今更だけどあの時の答え合わせをしたいのだ。
「あの時、俺に言った言葉覚えてるか?」
「……なんだったかな? 助けてくれ、とか?」
「真面目な良い奴ぶってるくせに、こう言う時は無視するんだな。って言われたよ」
忘れようもないほど衝撃的だったからおそらく一言一句間違いない。
「……俺、そんな酷いこと言ったのか。ごめん」
「謝罪はもう十分もらったからいいよ。それよりも、当時なんで俺にこう言ったのか。俺にどうして欲しかったのか。それを教えてほしい」
電話の向こうにいる"そいつ"の歯切れが悪くなる。それも当然だ。こんな聞き方をされたんじゃ、どんな枕詞を添えたって責めているようにしか聞こえない。
「俺当時さ、お前のことなんて助けなきゃよかった。ってすげー後悔してた」
「そりゃそうだよな」
「でも今日ふと気づいたんだよ。俺はお前に助けてなんて言われてなかったんだってことに」
「まあ健二が言ったさっきの言葉が本当なら、確かに助けてとは言ってないけど……暗にそれを要求はしてたとも取れるだろ」
「だとしても、俺はお前の言葉を『助けて』以外で解釈することだってできたはずなんだよ。それなのに勝手に助けを求められた気になってた。だから、あの時のこの言葉がお前にとってはどういう意味だったか知りたいんだ」
俺のことなんてお構いなしに謝罪してきたお前と、自分のために触れられたくない過去をほじくり出す俺でおあいこだろう。
「当時のことだから、今はそんなこと思ってないし気に触るかも知れないけどありのまま話すから……怒るなよ」
「怒らないよ」
「言葉通りで、俺は誰にでも良い子ちゃんやってるお前が、ああいう明らかに間違ってるだろって状況は見て見ぬふりしてたのにムカついてたんだよ。真面目そうな顔して自分が被害受けそうな時は知らんぷりして情けないやつだなって。まあ多少助けてほしいって気持ちもあったけど、それ以上に溜まってた鬱憤をせめてぶつけられそうな相手にだけでもぶつけてやろうって思った」
「そっか。じゃあやっぱり助けてほしがってるってのは俺の勝手な思い込みでいらんお世話だったわけだな」
「いや、そこまでは言ってないけど」
「それで新たなターゲットにされて……自分だって最初は見て見ぬ振りしてたくせに同じように振る舞うお前のこと逆恨みして……俺ってとんでもないやつだよな」
攻撃の対象にならないよう、自分を守るために無視をした。
良い子であることを否定され、己のアイデンティティを守るために行動を起こして失敗した。
その上、頼まれてもいないのに助けて欲しがっていると他人に理由をつけてそれを何年も引きずって……
財津を助けた日もそうだ。俺はいろんな理由を並べたけど、どれも結局自分のためだった。
甲斐の時も同じ。初めて会った日に逃げ出した罪悪感から逃れたかっただけで、甲斐のことなんて俺の行動の理由にはこれっぽっちもなかった。全部自分を守りたいがための行動だった。
結局、俺はどんな時だって"俺"のことしか考えていない。自分が最も嫌ってた連中と同じだった。
電話越しに気まずい時間が流れる。
聞きたいことは聞けた。欲しかった答えも、望んだ回答ではなかったが手に入れられた。
あとはこいつとどうやって別れるか。それだけだ。
「……健二?」
「突然電話して色々とズケズケ聞いて悪かったよ。でもおかげでスッキリした」
「なら良かったよ。なあ、俺たちって」
「やっぱり俺たち、今日で最後かもな」
"そいつ"の言葉をかき消すように俺は今の素直な気持ちを被せるようにしゃべった。
「そんな」
「これでお互い謝ってはい仲直り、元通りとは言えないくらい拗れたし時間も空きすぎたよ……でも、またどこかですれ違った時にはこの前みたいに逃げたり怒ったりするんじゃなくて、久しぶりって素直に言えるくらいにはスッキリした」
「だったら」
「だから中学時代に色々あった俺たちの関係はここでおしまい。それで万が一またどこかで出会うことがあったら……そこから始めよう。久々に会った中学時代の同級生としてよそよそしくしてもいいし、この前みたいに気づかないふりしてもいい。馴れ馴れしくされたら……ちょっと引くかな。でもとりあえず、その日その場のテンションでまたそこから始めよう。多分、ここで無理しても結局いい関係にはなれないからさ」
「……わかったよ。お互い、そんなに遠くないところにいるわけだし、案外近いうちに会えるだろ」
「だな。じゃあまた」
「おう」
俺は電話を切る。
別れ際にはああ言ったものの、多分、"そいつ"とはもう2度と会うことはない。そんな気がした。
だけどそれでいいと思う。
俺たちはとうの昔に道を違えたのだから。
今更離れた距離を埋めようと近づくのは、別れてから今日までの色々が歪になってしまう。
出会った全ての縁を大切に繋ぎ止めるには俺の心じゃキャパが足りない。
たった1つの縁でさえ、しがみつくので精一杯だというのだから。
自然と歩いていった遠い先で偶然また交わることがあったなら、今日のことも含めて笑い話にできるといいな。
今は心の底からそう思えた。




