29. こうしてエセ文学少年は生まれる
「さてと、それじゃあお店でよっか」
「ここで話すんじゃないんですか?」
「お店も混んできたみたいだし、あんまり長居は良くないよ。ゆっくり散歩でもしながらお話ししようよ」
「わかりました」
俺は椎菜先輩に倣ってカップを返却口に戻すと店を後にした。
夏の終わりのむせかえるような暑さに、汗が一気に吹き出す。
「散歩は失敗だったかな」
椎菜先輩は額から汗を流しながら苦笑いをしている。
「とりあえず建物の中入りますか」
汗を拭って日陰を目指した。
先程映画を見たのと同じ商業施設に入るとあっという間に汗が引いていく。
「ふー、涼しいねー。これは妙案だよ」
「ありがとうございます。適当にぶらぶらしてみますか」
「そうだね。健二くんは結構この辺り来るの?」
「全然ですよ。家がかなり遠いんで、映画を見に来るときくらいですね」
「それであの作品じゃ立てなくなるのも無理ないね」
椎菜先輩を見たその先にアパレルショップが目に入った。この辺りは女性もののそういうお店が集まっている場所らしく、そんな場所に行ったことのない俺は緊張してソワソワしてしまう。
椎菜先輩は小柄な体型ながら大人びた服を見事に着こなしていた。一方の俺は派手な柄が入ったTシャツで、すれ違う大人たちと比べると子供っぽいような気がして恥ずかしくなる。椎菜先輩の隣に立ってていいのだろうか。
「健二くん、聞いてる?」
「えっと……すみません。聞きそびれてました」
「なんだい、私みたいな美少女が隣を歩いてるっていうのに他の女に見惚れてたのかい?」
「いやいや、椎菜さんの隣を歩いてると緊張しちゃって」
「なっ、んんっ。それならよろしい」
余裕そうに発言しているが、椎菜先輩の顔は真っ赤だった。バカ正直に思った事を言ったせいで俺の顔も多分、赤くなっていた。でも、今までずっと大人に見えた椎菜先輩が見せた隙のある表情は俺とそんなに歳が離れていないことを感じられて安心した。
「ゴホン。じゃあもっかい聞くけど、健二くんは高校でどうなりたいの? もう1回野球やる? それとも勉強でてっぺんとってインテリ路線? もしくはファッションセンス磨いて高校デビューかましてイケメン路線とか?」
「やっぱり俺の服ってダサいですか?」
「いやいや年相応でいいんじゃない?」
確実にからかっている。俺は外にいた時以上に顔が暑くなるのを感じた。
「どうなんでしょうね。正直まだよくわかんないです」
「焦る必要はないもんね。でも早く決められた方が準備する時間もたっぷり確保できるよ」
「なんとなく思うのは、あんまり人間関係を広げたくはないってことですかね。この夏、人間なんて結局他人を利用して自分の利益ばかり得ようとする生き物なんだって気付いたので」
俺を身代わりにした”そいつ”も、俺を攻撃して楽しんでいるあいつらも。
そして多分、俺自身もそうなのだ。
「それは……そうなのかもしれないね」
椎菜先輩の表情が僅かに曇る。
「他人と関わるから利用されるんですよ。だったら本当に信頼できる人間以外とは付き合わない方が良い」
「信頼するためには関わらなくちゃダメじゃない?」
椎菜先輩は流石だ。俺の思いつきの幼稚な意見はすぐに諌めてくれる。
「そこはおいおい考えていきますよ」
「あはは。それが良いよ」
「でも実際問題、これから中学卒業までの間は野球部の奴らと距離を取らなきゃいけないですし、絡まれにくくなる方法は考えなきゃですよね」
椎菜先輩はどうしてるんですか? そう聞きたくなったが、それを聞くことは彼女が学校で1人であるということをこちらから突きつけることになる。本人が言っていたとはいえ、俺からその話題を振るのは気乗りしなかった。
そんな俺の心を読んでいるみたいに椎菜先輩はいつも1歩先回りした発言をする。
「私が実践している技を伝授してあげようか?」
「ぜひお願いします。師匠」
「うむ。では早速向かうとするか」
「どこへですか?」
「本屋さんだよ」
椎菜先輩に連れてこられたのは同じ施設内にある書店だった。
「こっちこっち」
手招きする椎菜先輩は文庫本コーナーの方へ向かっていく。
「漫画以外のコーナーって初めてきました」
「じゃあ新しい発見がいっぱいだね。羨ましい限りだよ」
確かに文庫本のコーナーは想像していたよりもいろんな種類の本が置かれていた。並んでいるのはイメージ通りの小説だけじゃなくてエッセイや雑学系の本はタイトルだけで興味がそそられる。
「それで、秘伝の技ってなんなんですか?」
「本を読むことだよ。私は朝も昼も夜も、学校にいる全ての空き時間を読書にあてることで周囲の雑音をシャットアウトしているよ」
「呼んでるの邪魔されなかったんですか?」
椎菜先輩が受けた嫌がらせはきっと俺のそれより遥かに悪質だ。だからただ本を読むことが回避策になるとは思えなかった。
「まあ最初のうちは読んでる邪魔をされたり、本を隠されたりしたよ。それでも抵抗しない。ただ本にだけ興味があるという態度をしていたらそのうち相手にされなくなった。さっきも話した通り、それが正解だってわけじゃないけど1つの手段になれば良いなと思って」
「俺は勉強だけじゃなくて読書も苦手ですよ」
「別に本当に読まなくたって良いんだよ。読んでるフリでも構わない。それこそ相手がどう捉えるかってだけの話だからね。文庫本広げて座っている人がいればわざわざその人の視線が文字列を追っているかなんて確認しなくても本を読んでいるって判断するよね?」
「そうですね」
「そういうことだよ。まともな感性している人間なら、読書している人の邪魔はしてこない。逆に邪魔してくるおかしな人間は私たちが本を読んでいようがいまいがお構いなしさ。だから1つのお守り代わりって感じかな」
「そういうことなら……」
俺は目についた本の中で1番難しそうで分厚い文庫本を選んで手に取る。
どうせ読まないなら賢そうで手に持っててカッコいいのを選んだ方がお得だ。
「その本は……読書初心者には歯応えがありすぎるんじゃないかな?」
「いや、これが気に入りました。これにします」
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本屋を出る頃には16時をまわっていた。
「電車で結構かかるので、俺はそろそろ帰らなきゃです。椎菜さん、今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとう。君のおかげで素敵なお休みが過ごせたよ」
「それはこちらのセリフですよ」
「君とはもっと仲良くなれそうだ。また会えないかな?」
椎菜先輩からの申し出にドキッとした。きっと彼女の言葉には額面通りの意味しかないはずだ。
「俺もぜひそうしたいんですけど、滅多なことがないとこっちまで出てこなくて……連絡先交換しませんか?」
「あいにく、うちの家が厳しくてまだスマホを持たせてくれないんだよね。だから交換したいのは山々なんだけど私に紐づく連絡先がないんだ」
「それは残念です……」
椎菜先輩も本当に残念そうな顔をしてくれていた。
「あっ! そうだ! 君のスマホ貸してくれない?」
「良いですよ?」
椎菜先輩は検索エンジンで1つの高校を表示して俺に見せてきた。
「私、来年の春からこの高校に通うから。君もここ受験しておいでよ。そうすればまた会える」
「椎菜さんも受験まだですよね?」
「大丈夫。私は必ずここで待ってるから。ちょうど良いレベルの進学校だし、健二くんが一生懸命勉強すれば必ず合格できる。その方が君の勉強するモチベーションにもなるでしょ?」
自分に合うことをモチベーションに頑張れだなんて、椎菜先輩の自信は底なしだ。
だけど椎菜先輩の思惑通り、俺に取ってはこの上ない推進剤になった。
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それから椎菜先輩に会いたい一心というわけではないが、それも1つのモチベーションとして勉強して約束通りに高校で再開することになる。
椎菜先輩は自分で話していた通り、彼女自身が最も魅力的に見えるように周囲へアピールして、学校中で一目置かれる存在になっていた。
そんな彼女が文芸部にいるという話を聞いて、当時エセ文学少年として自分の見せ方を確立していた俺は一片の迷いもなく入部を決めた。
映画館から出ると、無性に椎菜先輩と話しがしたくなった。
今までこんなこと1度だってなかったはずなのに。
俺は高校に入って手に入れた椎菜先輩の連絡先にメッセージを送ってみた。




