21. 良い子の条件
田舎で生まれ育った俺は地元の少年野球団に入って、そのまま中学でも野球部に入った。
小学校も中学校も近隣には1校しかないから、中学に入っても小学生の延長というか、代わり映えがしない良くいえば安心感のある、悪くいえば閉鎖的な生活だった。
俺は小学生の頃から大人の言うことを真面目に聞き入れる子どもで、宿題は必ずやっていたし寝坊もしない、学級委員みたいなみんながやりたがらない仕事もやっていた。
当たり前のことを当たり前にやってきたつもりだったけど、両親や友達の親、学校の先生から「健二くんは良い子だね」と言われ続けてきた。
良い子でいるのは悪いことではない。良い子でいれば褒められる。悪さをしている友達を見るとなんでそんなことをするのか理解できなかった。後で大人たちに怒られるだけなのに。
だからといってみんなにやっかまれることもなかった。大人にとっての俺は”良い子”ではあったが”優れた子”ではなかったから。成績はぼちぼち、野球部でもレギュラーだけどエースや4番のような中心ではない。ただそこにいてやれと言われたことをやってそこそこの結果を残しているだけだった。それに加えて俺は友達に対しても良い子であろうとした。誘われれば積極的に遊びに行ったし、みんなが嫌がることも進んでやってた。今思えば都合のいい奴だっただけかもしれないけど……
そんな居心地の良い生活が崩れたのは中学2年の夏だった。
3年の先輩にとっては最後の大会。俺たちのチームはその年、県大会への出場も期待されていた。
しかし結果は1回戦負け。セカンドを守るチームで唯一の2年生レギュラーだった”そいつ”が不運なイレギュラーもあってエラーしたことが原因だった。先輩たちは泣いていたが、誰も”そいつ”を責めることはしなかった。
それなのに、何を勘違いしたか同級生たちが”そいつ”を責め立てたのだ。『先輩たちの夏を終わらせた』と。
それを言い出したのが駅で見かけたあの背が高い坊主頭で、典型的な体育会系というか、先輩先輩ってタイプだったのもあってか、意味のわからない正義感を振りかざして理解できないくらい怒っていた。もともとレギュラーで出てた奴の次にうまいのがその背高坊主だったから、他のチームメイトもできた流れに乗っかるように”そいつ”を責めてたよ。
俺は良い子だったから、責める風潮に乗っかることはしなかった。
だってエラーなんて誰にだってあり得るし、当の先輩たちは許してるってのに第3者が変な理屈で叩き出すなんてまるで意味がわからないでしょ。
言葉の暴力は徐々に行動にも現れて、先輩が引退した後は”そいつ”にとっては地獄だったと思う。暴力とかはなかったけど、ちょっとした悪戯とか友達同士なら笑って許せるギリギリのラインの行動を悪意を持って”そいつ”にぶつけてた。
流石にやりすぎかなって思ったけど、俺は何もしなかった。
先生に言って止めさせるとか考えなかったわけじゃないけど、それで当事者になってしまうのは怖かった。背高坊主と”そいつ”の良い子でいることは両立できないが、悪い子にならないためには関わらないことが正解だと思っていた。
それでうまく行くと思って部外者を気取っていた。
で、結局のところ全てを失うと言う話。
”そいつ”から言われたよ。「真面目な良い奴ぶってるくせに、こう言う時は無視するんだな」って。正直腹がたった。だって”そいつ”に危害を加えているのは俺じゃなくて背高坊主どもだ。なのに無関係な位置にいる俺を責めてきた。俺がわざわざ大人に助けを求めなくたって本人の口で伝えることだってできたのに。
だけどそれが”そいつ”なりのSOSなのかもしれないと思って、俺は結局、”そいつ”を助けるために大人たちの力を借りようとした。案の定、背高坊主たちの標的はチクリの俺に変わったし、標的じゃなくなった”そいつ”が俺を助けることはなかった。
夏が終わる頃には俺は野球部を辞めていた。
人と人との繋がりなんてクソ喰らえと思ったよ。
先輩を慕って、盲目的に信奉したバカが身の程を弁えずにいじめを始めた。
力がある人間に靡く、プライドのない輩がそれに便乗した。
反論する気概がないくせに、傍観者を煽る被害者が俺を焚きつけた。
自分を持たず、どこに対しても良い子であろうとした空虚な俺は信念の無い行動で全てを失った。
全部全部誰かが誰かと関わっていたせいだ。
悪い影響を与えて、足を引っ張りあって、所詮人と人との関わりなんてそんな低俗なものでしかない。
関わって利があるから友人でいて、害があるから責め立てる。
俺はそんな周りの人間が許せなかったし、何より自分が許せなかった。
たかだか1人の言葉に揺らいで安直に行動する愚かさ。
その結果自分の身に降り注ぐ被害を受け入れる覚悟のなさ、情けなさ。
出せばキリがない己の未熟さ。
そうやって俺は人と関わるのを辞めた。
幸い、部活を辞めてからは背高坊主も粘着してくることはなかった。
だけど、どうせこいつは俺が都合の良い奴だから仲良くしているんだろって考えちゃうと部活と関係ない友達との関わり方もぎこちなくなって、そのうちひとりぼっちになったよ。
だから自分のことを知っている人がいないところでゼロからの関係を永遠にゼロとして保ち続けるために、地元の人間が誰も行かない街中の進学校へ進んだ。
そしてそこで他者を寄せ付けないようにエセ文学少年として孤独を愛する存在を演じ続けてきた。




